Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
バスト大戦から半年後
都市連合領北東に位置する沿岸都市バーク。
ノーブルサークルの1人レディー・サンダが長く領主を務めるこの都市は最北端で海に囲まれており、外敵となる諸勢力とも隣接していなかったため、大戦後のあおりを受けることもなく比較的安定した経営が行われていた。
内部には大型のBARも2箇所あり、双方とも旅人や商人で連日埋めつくされ盛況であった。また大方のBARは2階に宿泊施設を兼ね備えていることもあり、家族連れで旅をする商人の小隊も滞在していたため、親と一緒にご飯を食べている子供もちらほら見受けられた。
そして子供がテーブルの間をバタバタと走り回ることも気にせず大人達は情報交換に勤しんでいる。情報伝達手段が原始レベルまで落ちたこの世界では旅人の噂話は自分の命を守る上で非常に有益なリソースとなっていたのだ。
「おい、聞いたか?浮浪忍者のモールが脱獄して復活したらしいぜ」
「ああ、なんでも以前より勢いを増しているようだな。北方のカニバル共を一掃しかけているようだ」
「マジか。まさか都市連合にも喧嘩売るってことはないよな」
「あいつらはホーリーネーションと犬猿の仲で都市連合とは事実上同盟関係だから大丈夫だろう」
「ならホーリーネーションも気が気じゃないだろうな。炎の守護者もどうやら不在のようだし上級審問官セタも疲労で倒れたって噂だ」
「やはり守護者も大戦で戦死したってのは本当なのか」
「分からん。ただバストも取られてから以前より勢いがないのは確かだな」
旅人が会話しながら置いてある自分のグラスに手を伸ばすが、急に走ってきた子供がテーブルにぶつかりグラスから飲み物がぶちまけられてしまう。
「ああ!何してんだこら!」
「ごめんなさーい!」
子供は大きな声で謝りながらもそのまま走ってBARの外へ逃げていってしまった。
「ったく……」
旅人が転がり落ちたグラスを拾おうとした矢先だった。
「あのー。飲み物がかかったのですけど」
隣のテーブルに座っているハイブ人が旅人に声をかけたのだ。
「あ、いや、すまんね。つーか子供に言ってくれよ。俺がこぼしたわけじゃない」
「知りません。あなたの飲み物ですよね?ちょっと店の外で話しましょうか」
「は?なんだこのハイブ人。調子乗んなよ」
旅人複数人が立ち上がりハイブ人が座るテーブルに詰め寄ってきた。しかしそのハイブ人はそのぶっきらぼうな様相を変えることなく、何を考えているのか分からない無機質な瞳で旅人を見ている。
BARでの先制攻撃は先に暴れ始めた者として店の護衛を敵に回すことになる。旅人たちはその視線を気にして攻撃を仕掛けることはない。しばしの間、睨み合いが続いていたが、バーテンダーと思われるスケルトンがグラスを手に近寄ってくる。
「まぁまぁ、お店から皆様にお酒をおごりますので、気を取り直してください」
そう言うとスケルトンは旅人とハイブ人にお酒が入ったグラスを配ってまわった。
「別に俺達は暴れたいわけじゃなく、元々このハイブ人が喧嘩ふっかけてきたんだ」
旅人の集団はお酒が無料で出ることで機嫌を直し、自分達の席に戻っていった。またハイブ人も出されたお酒を無言で平らげると勘定をテーブルに置き店を出ていった。その様子をバーテンダーのスケルトンは無表情で見ていた。
ハイブ人は身の丈より長い薙刀を背負い、1人歩き出した。その先はバークの外へ出る城門のようだ。時折、立ち止まり靴を履き直したりしながら城門に辿り着くと通行証のような物を門番に提示する。門番はそれを見るなりかしこまってそのハイブ人を通していた。
バークは一歩出ると海沿いであること以外は他の都市と同様に砂漠に囲まれた都市であり、降り注ぐ日光と照り返しにより、晴天の日は灼熱のような気温であった。
その暑さをものともせずハイブ人は砂の大地に足跡を残しながら前に進む。
そしてしばらく歩いただろうか砂丘の窪みで急に立ち止まると、荷物をおろしながら薙刀を構える。
「出てきたまえ。尾けてきていることは分かっているので」
視界が遮られている砂丘の奥に向かって話しかけ、しはらくすると誰とも分からぬ声が返ってくる。
「私の尾行に気づくとはやはり特憲は只者じゃないですね」
その声のキーが想定していたよりも高く感じたのか、ハイブ人は軽く驚きの様子を見せる。
「んん?子供ですか?」
姿を現したのは背丈の低い少年だった。その少年はハイブ人を後ろから尾行していたと思われるが、バレて指摘されたにも関わらず妙に落ち着き払っていた。そして独り言のように小さな声で喋りだす。
「ここからは
これを境に少年の雰囲気が変わった。
これまでの冷徹な顔つきから打って変わってギラギラした獲物を狙うような眼つきだ。
この少年は3つの性格を持つ多重人格者であった。いま彼はラックルという戦闘狂の人格にスイッチしたのだ。
これまで彼の中の人格同士は互いの存在を感知できないほど嫌い合い、馴れ合いを避けていた。しかし人生の中で起きた様々な出会いや経験、そして死を実感させる脅威を前にして、偶然ながらも人格同士が協力することになり共存できる道を自ら切り開いていたのだ。
人格によって得手不得手がある中で、得意な場面に応じて切り替わる。一般常識ではあり得ない手法を使い、いま彼はかつて自分に死を実感させた当事者を逆に狩ろうとしていた。その当事者こそまさに今目の前にしているハイブ人であったのだ。
「その目……どこかで会ったような気がしますね」
「あんた特憲のヒガキだろ。俺を覚えているか?」
人格が変わった少年の口調は先ほどまでの落ち着いたものとは打って変わって乱暴になっていた。
「うーん、私を知っている人ですか」
「思い出せないか。俺はルイ一派の者だ。一年前お前に殺されかけたが、生き延びた」
「ああー……あの時拠点にいた少年……。死んでいなかったのですか」
「詰めが甘かったな」
「ふーむ。なるほど……。取り敢えずここで始末するとして……これは隊長に怒られてしまいますね……」
「はっ!今度はお前が狩られる番だ」
「いやいやそれはないでしょう。わざとここまで尾行させたの分かってます?」
この言葉を聞くやいなやラックルに変わった少年は2本の短剣を両手に持ち、猛然とヒガキと呼ばれたハイブ人に向かっていく。ハイブ人も薙刀を構えて迎え撃つ姿勢だが、ラックルは一つフェイントを入れる。長い間合いの薙刀を持つヒガキの先制を警戒したのだろう。しかしヒガキはまだ動かず構えたままだ。
カウンターがないと見ると、ラックルは素早い動きで一気に間合いを詰めて短剣で攻撃を開始した。
「以前から私たちを狙っていたのは君だったってことですよね?」
ヒガキは薙刀を使って器用にラックルの攻撃を防ぎながら問いかけるがラックルはそれを無視して猛攻を加える。しかし、繰り出す攻撃はヒガキの器用な槍術により全て防がれる。
その間にもヒガキは問いかけをやめない。
「君の他にも仲間はいるのですか?」
「何人で活動しているのですか?」
「リーダーは君ですか?」
戦いながらも矢継ぎ早に質問し、ラックルの攻撃をまるで意に介さないようだ。
一方で自分の連撃が通用しないと悟ったラックルはいったん攻撃をやめて後ろに下がる。
「ちっ……やっぱ簡単には倒せないか」
短剣両手持ちで槍使いに対して接近戦を挑んだにも関わらず決めきれなかった。しかも相手は敢えて反撃すらしないほどの余裕を残してだ。戦意をなくしたのを悟ったのかヒガキは勝ち誇ったように語りだす。
「当然でしょう。特憲は各都市から達人を選りすぐっているのですよ。あなたみたいな少しだけ腕がいい程度のチンピラなんて皆、返り討ちにしてます」
「随分余裕こいてるね。まぁいいや。俺もお前を殺す前に先に聞いておきたいことがある。順番に質問しあわないか?お互い捕まえて拷問するより楽だろ?」
ここでラックルは突拍子もない提案をした。しかし当然ながらヒガキの反応は悪い。
「何を言っているのです。時間の無駄じゃないですか」
これから捕らえるか殺すかという相手と取引めいたことをするのはナンセンスだと考えるのは通常の思考である。しかし、ラックルは構わずに続ける。
「さっきの質問に一個だけ答えてやると、俺以外にも仲間はいるぜ」
嘘か真か分からないがヒガキが食いつくネタを自ら提示し、不毛と思われる交渉の継続を計ったのだ。当然、ヒガキは信憑性は置いておいて自らが気になる回答に対して追加の質問を矢継ぎ早にしだす。
「ほう。ここにはあなたしかいないようですが何人ですか?どこにいますか?」
「待て。次は俺が質問する番だ。お前たち特憲は全部で何人いるんだ?」
「……やはり特憲を狙った犯行ですか。以前の件もあなた達なのでしょうね。動機は復讐ですか?」
ラックルの質問に回答することなく自分本位に質問を続けるヒガキに対して、ラックルは半ば諦めの表情だ。
「お前は人の話を聞いていないのか?こちらが質問しているんだ」
「しかし、なぜ私の場所を把握出来たのです?任務で飛び回っているのですが……」
過去に拠点を襲撃された際もヒガキとの会話は成り立たなかった記憶があったラックルは軽くため息をついた。
「……はぁ。やっぱお前ほんとに自分の要件しか興味ないんだな」
「答えてくれないですか。致し方ありません。捕えて尋問することにしましょう」
言うなりヒガキは薙刀を構えてラックルに向かって前進を開始した。しかし、一歩目を踏み出したところで動きを止めた。
「どうした?特憲の人数を教えてくれる気になったか?」
その様子を見たラックルは短剣を構えながらも質問を再開したが、どうにもヒガキの様子がおかしい。
「まさか……あり得ない。
一点を見つめ、明らかに動揺しているのが分かる。しかしラックルも難敵を目の前にして警戒を緩めない。
「……痺れ薬だ。やっと効いてきたか。ハイブ人は毒耐性が強いんだな」
そのうちにヒガキは手を震わせながら、膝から崩れ落ちる。
「どこで盛られた……?バーテン以外が私の飲み物に触れる機会はなかった……」
ヒガキの大きな目がさらに見開いた。
「いつものバーテンダーだから無警戒だったか?」
「馬鹿な……あのスケルトンは半年前から勤務しているただのバーテンのはずだ。住民登録票も確認している」
「お前らを殺るために長いこと計画していたってことだ。まともに動けなくなってきただろ。死にたくなきゃ特憲の人数を教えろ」
立場が逆転したのは誰の目から見ても明らかだった。
「あり得ない……。弱者はお前たちだ……。私は狩る側……」
「案外メンタル弱いんだなー。自分の境遇が受け入れられないか?散々弱い者いじめしてきた罰だろ」
「……」
ヒガキはうなだれて動かなくなってしまった。痺れ薬のせいであることは明白ではあったが、さらにラックルは慎重に動く。
「仕方ないが教えるつもりがないなら殺す」
そのへんに落ちている石を拾い上げヒガキに向かって投げつけ始めたのだ。その瞬間、ヒガキはピクリと動いたが石は頭部に直撃した。傷口からハイブ人特有の血液が滴るがそれでもヒガキは声を発しない。
「……」
「本当はまだ少し動けるんだろ?近づくのを待ってんだろうけど、ぬかりなく殺らせてもらうぜ」
ラックルはそう言うと背負っていた小型ボーガンを取り出し、ヒガキに向かって狙いを定めた。
するとヒガキは急に起き上がり猛然とラックルに向かって走ってきたのだ。
「!!」
ラックルは驚きつつも後方に飛び退いた。
薙刀の端を持った最長間合いの斬撃は、予め距離を取っていたラックルには届かず、ヒガキはそのまま倒れ込んでしまう。
「お前の攻撃範囲は前回覚えたよ」
そのままラックルはつまようじと愛称される小型の矢を一発づつ着実に撃ち抜き、数発はヒガキによって弾かれるも、容赦なく体につき刺していく。そのたびにヒガキは無言で悶絶していたが、そのうち抵抗もなくなっていき、刺さる矢の衝撃で体を少し揺らすだけとなっていった。
ラックルはハリネズミのようになったヒガキの体を注意深く観察し、これ以上動かないことを悟ると、最後にマチェーテのような短剣でヒガキの脳天を叩き割った。
返り血を浴びたラックルは冷静のままであった。
「……ふぅ、やっぱ特憲相手はしんどいな。ナパーロ、疲れたから後は頼むぜ」
ラックルはその場に座り込んでしまった。
そしてまた少年の雰囲気が変化する。
「うわっうわっ……血がすごいかかってる……」
顔にかかった返り血を慌てて手で拭うと、その場の凄惨な様子に少年は独り言を続けた。
「あー……やっぱり殺るしかなかったのですね。後片付けはやっておきます」
3人目の人格ナパーロだ。彼は主に人間社会における通常の生活や労働を担当している。
冷徹で偵察や尾行、暗殺が得意な主人格、694番(愛称ロクシー)。
素行が悪いが忍耐力と戦闘が得意なラックル。
そして温和で順応性があるナパーロ。
3人の人格は得意なシチュエーションを見事に分業していた。
「あとは予定の場所でサッドニールさんと落ち合います」
少年はヒガキの死体を埋めると足早にその場を去っていった。