Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ナパーロ/ラックル/694番、サッドニール
「どうやらうまくいったようだね。情報は引き出せたかい?」
枯れた大木が一本倒れた荒野の真ん中でスケルトンが喋りかけてきた。ナパーロは特に驚く様子もなく振り向くと坦々と喋りだす。
「あ、サッドニールさん。特憲の事を聞き出すのはやはり無理でした。あれ?もうバーテン辞めてきたのですか?」
「あの場に長くいたら事情聴取を受けていただろうしね。しかし口を割らなかったか。捕えたのかい?」
「いえ、殺しました。掴まえておくことは無理ですよ。痺れ毒の効果が消えたら僕らが殺されます」
「確かにそうだね」
「それにヒガキは特憲の末端のようでしたので恐らく情報は持ってないんじゃないでしょうか」
「ふむ……。ノーファクション壊滅に特憲が絡んでいると分かったものの……さすがに一筋縄ではいかない組織のようだ」
「ええ。奴らとやり合うにも、もう少し味方が欲しいところです。ラックルも正面からだとヒガキに勝てませんでした」
「そうか。時にナパーロ。君の復讐相手はヒガキだったね?ここからは無理して私に協力することはない。特憲とぶつかることは都市連合を相手にすることにもなり得るのだし」
これにナパーロは驚いた表情をしている。
「何を言ってるんですか。サッドニールさんは僕の命を助けてくれた恩人です。僕は自分の意志であなたについていってるんです」
「私はたまたま通りかかって君を発見出来ただけなのだが……」
ナパーロはサッドニールの小言を聞くことなく続ける。
「それに恐らくヒガキは上から命じられてルイさんの拠点を襲いました。その命じた者こそノーファクションを襲った者と同じかもしれないじゃないですか」
ルイの名前が出るとサッドニールは何かを考え込むようにうつむいてしまう。
「……やはりピット地方を出るべきではなかったな」
「……?何か言いました?」
「いや……、今日のために半年勤めてきたバーテンダーの仕事も辞めたし、グラスを倒してもらうために雇った子供にもお金を渡してきた。仲間を増やすにも金が足りないね」
「そうですねー、杖って今後使います?サッドニールさんに使ってもらうって聞いてたんでずっと拠点に隠したままですけど、思い切って売っちゃいます?」
「あれは世界に1つしかないメイトウだよ。重いから使いこなせていないだけで、いずれは使えるようになりたいと思っている」
「やっぱそうですよね。ごめんなさい。じゃあ前回と同じく暫く潜伏して無難に鉱夫か農夫やりますか」
「その前に
サッドニールから発せられた言葉に、ナパーロの気配が急に引き締まる。
「……例の自称特憲って人ですか。長いこと姿を見せなかったのにヒガキを倒した途端に会うって事ですか?何なんでしょうね……」
「どうやら今後彼らと連携が必要になるらしい」
「ええ!?それ大丈夫なんですか?本当に特憲だったらどうするんです?特憲が特憲殺しに協力しているってこと自体おかしいのに……」
「理由は分からないが、今回もヒガキの所在やルーチンなど詳しい情報を提供してくれた。それに支援者は恐らくノーファクション壊滅について何かを知っている。利用しない手はない」
「実はそいつが張本人だったらどうするのです」
「……その可能性は低い。私もこの支援者に命を助けられたと言っても過言ではないからね」
サッドニールの回りくどい物言いにまだ慣れていないナパーロは理解出来ずに困惑する。
かつてヒガキによるルイの拠点襲撃時にナパーロは瀕死の重傷を負わされていたが、偶然ながらも拠点を訪問したサッドニールに助け出されていた。しかし、サッドニールが支援者とやらに直接助けられた実績はなかったのだ。
「僕の場合は死にかけているところをあなたに助けられましたけど、サッドニールさんはその人と顔を合わせたこともないんですよね?特憲の存在を手紙で教えられた程度で何で助けられたことになるんです」
サッドニールはルイと別れた後、すぐに都市連合を調べ始めていたが、早々に正体不明の者から手紙でコンタクトを受けていた。宿泊先のドアの前に簡素な一文が置いてあり、
『死にたくなければ調査を終了し我々の指示を待て』
と実に過激な内容であった。そのため当然、最初は警戒してその場を離れた。尾行にも警戒し都市も移動した。しかしその何者かを撒くことは出来ず移動先でまた同様に手紙を受け取ったのである。
『お前は特憲に監視されている。時を待て』
その後も至る所で手紙を受け取ったが、そのうちに都市連合には特別憲兵隊という危険な組織がいて、都市連合に仇なす可能性のある者を見つけ出し排除していることが手紙から分かってきたのだ。
「無知のまま都市連合を調べ続けていたらやがて特憲に目をつけられて捕らえられていただろう。支援者がその存在を教えてくれたのだ」
「ふーん……。でもやはり僕は信用出来ないなぁ……だってあの特憲ですよ?利用されているだけな気がする」
「まぁ相手の目的が不明瞭だし良い機会だから聞いてみようか」
「聞くって……本当のこと言いますかね」
「ん。言っているうちに来たようだ」
サッドニールの言葉に反応してナパーロは一瞬でラックルに入れ替わる。そして短剣に手をかけ臨戦態勢に入った。目は血走り殺気立っているのが分かる。
そしてその様子を忍者装束に身を包んだ男が少し離れた所で見ていた。
「随分と敵意むき出しな感じだな」
低い声でサッドニール達に声をかけた忍者男は忍び頭巾を被って目もとだけ出しているが、表情が見えない。その得体の知れない雰囲気がますますラックルを警戒させていたが、サッドニールが口を挟む。
「ナパーロ。いや今はラックルか。どうやらこの男相手に我々は無力だ。構えるだけ無駄かもしれない」
「何言ってんすか!確かに只者ではない気配は感じますけど2人でやればいけますよ!」
「暫定査定値だが、彼の推定BPは80±20だ」
「……!!」
ラックルはサッドニールと行動を共にするにあたって自分の戦闘力を計ってもらっていたし、サッドニールの力も聞いていた。その計算だと組んでも勝てない相手であったのだ。そしてその忍びはさらに絶望的な発言をする。
「スケルトンのBPスキャンか。俺は相手を油断させるために低く計算させるコツを心得ている。あまり鵜呑みにしないことだ」
「……マジか」
忍びの発言は少なくとも80±20よりも高いことを示している。ラックルも腹をくくったのか、最早警戒を解いていた。そして忍びはさらに2人に近づいてくる。
「ヒガキを倒せたようだな。これで二人目だがよくやった。警戒している特憲を殺れたということは今後もお前たちが特憲を相手に渡り合えることを証明した」
「ちっ、上から言いやがって……」
ラックルが小言を吐くが、忍びの男は耳を貸すことなく続ける。
「だが、ここから先は激戦が予想される。そのため今後は俺の指示通りに動いてもらうことになる」
忍びの唐突な提案に2人は当然面食らった。
「はぁ?何で得体の知れないあんたの命令を受けなきゃいけないんだよ」
ラックルの反発は至極真っ当であった。ここまで忍びは特憲の情報を提供してくれてはいたものの、顔を見せたことはなく名前すら不明であった。敵か味方かも分からない者から指示を受けるなど考えられないことであった。
しかし、当の忍びは不合理を嘆くがごとく軽くため息をつきサッドニールに問いかける。
「サッドニール。いちいちつっかかってくるこの小僧はどうしたら黙る?」
サッドニールにとってもこの忍びは初対面である。いきなりの問いかけに当人も困惑した。
「いや、私もあなたの事を知らないから……。取り敢えず我々の警戒を解く努力をしてくれないかな。私たちは既に一年ほど提携関係ではあるが、まだあなたの名前すら聞けていない」
相手は相当の実力者であることが想定出来たが、実にスケルトンらしくストレートな物言いで、忍びの男は考え込んでしまう。
「なるほど。そうだな……。ならば……」
サッドニールの態度がやはり忍びの男を怒らせたのか、男は黙りこくり、時折チラチラと2人を見て何かを伺う素振りを見せる。これに対してラックルも瞬時に2人を制圧する算段を考えているのではないかと、警戒してすぐさま短剣を構え直す。
一触触発の空気が辺りを包み、緊張が走った。
そんな2人の気持ちも知らずか忍びの男は顔を上げて目を見開くと、早い口調で喋り始める。
「よ、よーし……おさらいついでに自己紹介しよう!俺の名前はサスケと言う。知っての通り特別憲兵隊の1人だ!よ、宜しくな!」
「…………!?」
急に声のトーンが変わったサスケという忍びに2人は度肝を抜かれた。その主な要因は改めて特憲であることを示されたことでもなく名乗った名前の方にあった。サスケは都市連合が抱える筆頭の忍びとして名を馳せていたのだ。本来忍びとは裏で任務をこなし、他国にも狙われないよう名前すら表に出てこないものであったが、あまりの活躍ぶりに名が世に知れ渡っていたのだ。また名だしをしたまま生き延びていること自体にもその実力が伺えた。
そして何よりそんな男が急に砕けた態度に変貌したのだ。意表を突かれたのも無理はなかった。
「ええと……確かあなたは『即応のサスケ』と呼ばれ、都市連合の中でも高い位にいる方な気がしますが、そんな方がなぜ特憲倒しに協力してくれているのですか?」
サッドニールは駆け引き関係なく質問した。
「ふむ。いい質問だ!本来ならば到底あかせる話ではないが、打ち解けるためだ。やむを得まい!」
忍びは変わった雰囲気のまま喋り続ける。
「端的に言うと今の特憲が腐っているのだ!」
両手で少しポーズを取り、何か誇らしげに言い切ったサスケに対してサッドニールは少し間をおいた後、冷静に問いただす。
「どういうことです?」
「……うむ。特別憲兵隊の歴史は長い。それこそ遠い昔に都市連合が出来た時代に合わせて形成された裏の部隊だ。最初は各都市から手練れを出し合って作られたと言われていて、志も高く代表として帝国のためにその身を捧げていた。しかし、時が経つにつれ、ノーブルサークルの推薦制の影響で派閥の色が強く出るようになってしまった」
「その状態が腐っていると?」
「そうだ。皇帝よりも自分を推薦した貴族の指示を優先する忠誠心のない特憲が増えているのだ。本来の姿として、特憲には派閥すらあってはならず皇帝の元で任務を忠実にこなすべきなのだが」
「それなら特憲同士で争うよりも皇帝のひと声で特憲を整備すればいいだけではないですか」
「残念ながら現在の皇帝にそこまで行う力はなく、今や皇帝派も一つの派閥に過ぎない。だから一度他の派閥の力を弱めて特別憲兵隊を作り直す必要がある」
一時の静寂が場を支配した。突如雰囲気が変わったサスケに気負わされたのもあるが、サスケの言う事が事実であるとすればサッドニール達の目的と少し乖離があった。2人の目的はあくまでノーファクション壊滅に関わっている特憲を探し出し追求すること。場合によっては仇討ちに発展する可能性が高い。特憲を立て直そうというサスケの主張とは対立が十分にあり得た。
「特憲の再建ですか……。そうなると我々は素直にあなたには従えませんね。それにあなたの仲間に我々の目的の者がいるかもしれません」
「ノーファクションを壊滅させた特憲のことか。それは以前にも言った通り俺達ではないことは断言できる!」
「なぜですか?」
「俺たちの派閥はノーファクションとの提携関係を都市連合に利するものと判断してサポートしていたからだ」
「ボスが手がけていた物流を担う仕事にあなた達も絡んでいたのですか」
「そうだ!我々特憲の仕事は敵の排除だけではない。都市連合の発展のためになるならば街道の整備や治安維持などにも尽力している」
「そうだったのですか。全く存在に気づいてませんでした」
「当時は目立たないよう気配を消していたからな!はっはっは!」
サスケは場違いな大きな声で笑い出すが、サッドニールとラックルは依然としてサスケという男を掴めないでいた。
「あの、もうその喋り方して頂かなくても結構ですよ。大分話しやすくなりました」
「なに!?そうか?では続けるぞ……」
サスケの喋るトーンがまた低い声に戻るが、もはやどれが本当のサスケの喋り方なのか分からなくなってくる。
「物流の確立により都市連合とノーファクションは急速に力をつけていき、支援している俺達皇帝派も勢いがあった。そのまま成長していければまた都市連合は皇帝の下で1つになれるはずであった。……しかし、それを心良く思わない者がアイゴアをけしかけた」
「ということは、アイゴア部隊の襲来は都市連合の総意ではなかったということですか。いったい誰が襲わせたのですか?」
長年追っていた疑問をサッドニールは躊躇なくサスケにぶつけた。因縁の相手がついに判明するとあってラックルも食い入るように耳をすませている。しかし、サスケは軽く首を横に振った。
「具体的な主謀者は現在も不明だが、少しだけ予想がついている」
2人の反応を待たずにサスケは説明を続ける。
「ノーブルサークルには主に3つの派閥があるのを知っているか?」
「なんとなく噂程度には」
「一つはテング皇帝派。そして残り2つはオオタ派とロンゲン派と呼ばれている」
「あなたはテング皇帝派ということですね」
「そうだ。よって、お前たちに手を出したのはオオタ派かロンゲン派である可能性が高い。中でもアイゴア部隊を単独の判断で動かせる者はさらに限られる」
「ちょっと待ってください。先ほどノーファクションとの仕事にあなた達皇帝派が携わっていたと言ってましたよね。それ以外の派閥が皇帝派が手掛ける事業に手を出したということですか?」
「……そうだ」
にわかに信じられない出来事が都市連合でも発生していたということがサッドニールにも察することが出来た。
「まさか、アイゴアがノーファクション襲撃後にテング前皇帝を暗殺したという話は本当ですか?」
「それは噂としてとどめておけ。その話についてお前たちは知らないほうがいいだろう」
サスケは回答を避けたが否定もしなかった。ただ雰囲気で分かるが恐らく真実なのだろう。表立っては発表もされなかった皇帝交代の真実。当時、都市連合内で静かにクーデターが起きていたのだ。