Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ナパーロ/ラックル/694番、サッドニール
◆支援者
サスケ
モリとの死闘によりカクノーシンの体は悲鳴を上げていた。常に己の肉体を鍛え上げ、剣術を磨き、精神を研ぎ澄ましてきたカクノーシンであってもモリとアイゴアの連戦を乗り切れるものではなかった。
「グルルル!殺す!殺す!」
アイゴアは声を上げながら強化義手による暴力的な斬撃を容赦なく叩き込み、もはやカクノーシンは防御一辺倒になっていた。そしてダメージは着実に蓄積されていき、ついに百戦錬磨の剣士は因縁の憎き猛獣の前に膝を付く。
息は荒く、膝は震えている。もはや立ち上がる力はないように見えた。
その様子をスケサーンは複雑な心境で見ていた。
(アイゴアは……無傷か……。異次元の強さだ……)
手負いだったとは言え、あのカクノーシンが打ちのめされ地に伏せているのだ。特別憲兵隊の中でもその圧倒的強さと実直さゆえに、誰からも信頼され、頼られる侍であった。スケサーン自身も密かに憧れ、目標にしていた。立場上、特憲の実力者2トップが消えることはスケサーンとしても望んでいた状況ではあったものの、まさかこのような形で2強の時代が幕を降ろす事になるとは思いもしなかったのだ。
そして隊長は勝負がついたと判断したのかおもむろに近づき声をかける。
「ここまでですね。長きに渡り特別憲兵隊を牽引してくれたあなた方の功績には感謝してます。テングJr皇帝は責任を持ってサポートしていきますのでご安心ください」
「……たわけが……お主たちの時代は決して長くは続かん。先に黄泉で待っておるぞ……」
「ご忠告ありがとうございます。ではお別れです」
隊長はカクノーシンに向けて言葉を返すとアイゴアに対してさっと手を挙げる。
合図を見たアイゴアは躊躇することなく、地に伏せているカクノーシンの首を落とした。その瞬間、スケサーンは思わず目を背けてしまっていた。
「…………」
特憲隊長は転がったカクノーシンの頭部に向けて手向けの言葉を送るように静かに喋りだす。
「さすがは長年、特別憲兵隊の頂点に君臨してきた猛者であった。彼が万全な状態だった場合、アイゴアも苦戦したかもしれないな」
「……な、なぜ旦那を……。本当に皇帝暗殺はあんたが?」
スケサーンの言葉に対して隊長は顔を向ける。そしてアイゴアもその巨体を揺らし近づいてくる。
「くっ……」
禍々しいアイゴアの威圧感にスケサーンは蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなっていた。カクノーシンがいない今、万に一つでも勝ち目はない。そう思わせるほどアイゴアは格が違っていた。
するとその隊長が徐ろに喋りだす。
「1対1のほうが本音が言えるか?」
隊長はスケサーンの反応を待たずしてアイゴアに合図を送る。するとアイゴアは何も言わずに何処かへと消えていったのだ。さすがのスケサーンも都市連合のS級賞金首を平然と見送る隊長に違和感を持ちツッコミを入れてしまう。
「ええ……。あいつをそのまま行かせていいんですか?」
「ああ。任務後はしつけた家に帰るだけだ」
「しつけって……。あんたどうやってあんな怪物を手懐けたんすか……」
「ふ……。それよりこれで喋り易くなっただろ?スケサーン。次はお前の番だ。お前は特憲として何を守っている?」
唐突に発せられた隊長によるこの質問に面食らいながらもスケサーンはこの答えを間違えてはいけないものだと直感する。
カクノーシンの死を悼んでいる暇はない。彼を目の前で排除しておいて
この質問で
ただ、そうなるとアイゴアの存在は厄介なものとなった。隊長が賞金首の彼を密かに手元に持っていることは戦力としてメリットであるものの都市連合の人々にはバレてはいけない両刃の剣であろう。恐らく普段はどこかで匿っており、ここぞの場面でカードとしてきっているのだ。下手するとノーブルサークルさえその行方を把握出来ていないかもしれない。
そんなアイゴアの存在を
それかまたは……
スケサーンは考えた。
(隊長は俺をずっと尾行していた)
気づかれずに自分を尾行できるレベルであること自体、驚異的なことであるが、考えるべき事はそこだけじゃない。
モリも助けようと思えば助けられたはずなのに敢えて見殺しにしている。そこにヒントがあるはずだ。
(モリ、カクノーシンと俺の違いは……単純に考えると力量か。隊長にとって『勝てるか勝てないか』が判断基準であり、勝てる相手ならば生かしておいても制御できると考えたか?だとすると安易な上に……随分舐められたもんだぜ……!)
スケサーンは特憲になる前はただの侍であった。
周りと違うのは野心が高い事と忠誠心が皆無であること。そして頭が人並以上にきれることだった。その機転の良さを活かし、自分の平凡な剣術をどうしたら人よりも高められるか日々思案していた。筋力も平凡だったので重武器でゴリ押しも出来ない。苦悩した結果、野太刀の刃を極限まで削ぎ落とすことを決断する。太刀より太くて長い戦闘特化した野太刀の利点を敢えて削ったのだ。
意外にもこの考えが功を奏し、野盗討伐における戦果が上がる。相手が初見だと野太刀の斬撃スピードを見誤るようになったからだ。鎧を着ていない敵は初撃で果てていった。スケサーンはこの戦闘スタイルをさらに磨くことにし、自分だけの専用武器『しなり野太刀』が完成する。
モノにするまで歳月を費やしたが、スピード特化と刃のしなりを鞭のようにして斬撃軌道を複雑にしたやり方は唯一無二の剣法となり、ツワモノを撃破出来るほど台頭していくことになる。そしてそれに目をつけたロード・オオタが特別憲兵隊に推薦し現在に至っていた。また齢34ではあるが筋力を重視しないこの戦い方は長く全盛を保つ秘訣にもなっていた。
(隊長は今だ素性が掴めない得体の知れない奴だ。強さも未知数。だが俺の剣技は初見で見破るのは難しい……そのために味方にも披露してこなかったしな)
アイゴアを帰らせたということはこの隊長は
幸い隊長の服はダストコートであり刃も通る。体格的に耐久力が高いようにもパワー型にも見えない。
仮に技術的に実力差があろうとも初撃で致命傷を負わせられれば殺すことが出来る。
隊長はスケサーンのことをジッと見ていた。そこにはこれから狩りをするような敵意は含まれておらず、どちらかと言うと観察に近かったのかもしれない。スケサーンの僅かな機微から心情を読もうとしているのである。隊長は釘を刺すように言葉を続けた。
「戦おうとはしないことだ。私はお前のやり方は知っている」
「……!なんで俺らが戦うんすか?なわけないでしょう」
スケサーンはとぼけて見せたものの内心で隊長の洞察力に驚愕した。
(間を読んだのか?殺気を出していなかったのに。……思ったより扱いづらいな……アイゴアを帰らせた事が仇となったな。やはりここで殺ったほうがいいか……)
「ふっ。殺意を上手く隠しているな。早く答えたらどうだ?」
質問をされてからほんの一瞬のことではあったが、もはやこれ以上の時間は与えてもらえそうもない。いま小細工をするよりも、スケサーンは取り敢えず本音を言うことにした。
「……えーと、何を守っているか?でしたっけ。まぁ……そりゃあ帝国でしょうね。国がなきゃのし上がって裕福に生きられないし」
特憲としての模範解答ではなかった。野心が垣間見えるし『のし上がる』≒『隊長になる』とも取れるからだ。貴族の道を目指しているとしても良い印象ではない。答えた後、スケサーンはもはや隊長のお眼鏡に叶わなかった場合を想定し、殺す手順のシミュレートをしていた。
しかし意外にも隊長の第一声に敵意はなかった。
「お前は役に立ちそうだ」
「……?何のことです?」
スケサーンは警戒を解かずにいつでも戦闘に入れるようにしていたが、隊長は意に介することなく話を続ける。
「お前は今の特別憲兵隊をどう思う?」
「え?どうって……戦力的に再編が急務でしょうね」
「ああ。それはその通りだが、今までのやり方にはしない」
「ええと……立会人からの補充を止めるってことっすか?」
「そういうことではない。私はこれから特別憲兵隊のあり方を少し変えようと思っている。これまではノーブルサークルの意向が強く出すぎていた」
「そりゃあ、今の特憲は皆、貴族に推薦されたメンバーで構成してますしね。隊長もでしょ?自分の主(貴族)の命令は絶対じゃないすか」
「……そうだ。だから任務の内容が貴族の利権に配慮する形となり、時折国家として最適な判断が出来なくなっていた」
「ノーブルサークルが治めているようなものですし、そこはどうしようもないでしょ」
「お前はそこで妥協するような人間なのか?まさか特別憲兵隊の隊長になる事がお前のゴールではないだろ?」
「や……。え?一体何を……」
「スケサーン。お前の場合、ロード・オオタと帝国、どちらを優先する?」
スケサーンの推薦者がロード・オオタと分かっている上での質問だろうが、隊長の真意が見えない。
「そりゃあ突き詰めれば国っすけど……」
「そう、基盤は国だ。にも関わらずモリとカクノーシンは実直で推薦者の貴族を優先する者たちだった」
「だから排除したと……?」
「ああ。私はモリとカクノーシン、どちらも抹消する予定だった。彼らの突出した強さは脅威であったからな」
利用された。
スケサーンは最初にそう感じていた。モリを討ち取るために多くの時間と資材を費やして実行した。
失敗するリスクとその後の影響も多大な内容でもあった。だからこそロード・オオタや皇帝派の特憲とも極秘裏に打ち合わせし、綿密な計画をたてた。
にも関わらず、この動きは隊長に先読みされ、モリと戦って満身創痍だったカクノーシンをアイゴアにより抹殺された。
(自分の行動は読まれていなかった……。カクノーシンの旦那もそんなヘマはしない。俺専属の立会人は全員死んだ。ならば誰から漏れた……?まさか……)
特別憲兵隊自体、隊長からの緊急指令を受ける時以外は大抵それぞれが独立して動いていたし、基本的に自由に動ける状況であったため、自分の動きがバレているのは考えにくかった。
「……もしかしてノーブルサークル貴族たちの動きを把握してるんですか?ロード・オオタも?」
「察しがいいな。まぁ把握と言うより……誘導していると言ったほうが正しいか」
「誘導……!?」
スケサーンの驚きをよそに隊長は坦々と語りだす。
「私は仮にも隊長という立場だ。上位貴族には各特憲が持ち帰った情報を元に定時レポートを提出している。ロード・オオタへの報告書にはロンゲンが仕掛けてくる可能性を散りばめ、危機感を煽ればいずれ動くと踏んでいた。モリが単独行動するタイミングはロンゲン派貴族の出張記録から予想がつく。後はその交錯する地点にアイゴアを配置するだけだった」
「まさか……尾行すらしていなかったってことですか」
「ノーブルサークルの各派閥の目標や動きが分かれば逆算して読むことは可能だ」
「…………!」
この言葉はスケサーンの考え方を根底から覆す衝撃的なものであった。特別憲兵隊は多くの権限を与えられ自立して事にあたる機関ではあったが、基本的にノーブルサークルの下で成り立っていた。人員も推薦者が殆どを占めているのもそのせいだ。にも関わらず、その垣根を超えて雲の上の存在と思っていたノーブルサークルを自分の行動も含めて逆に利用している存在がいたのだ。
「お前はノーブルサークルの下で一生を終えるつもりなのか?」
スケサーンの動揺を察知したのか、隊長は実に彼が好きそうなテーマを振った。
「……あんた一体何者なんです?名前を聞いてもいいすか?」
スケサーンの頭の中のデータベースには自分が帝国の中でのし上がっていくための情報が膨大に蓄積されている。中でもキーマンとなり得る人物はノーブルサークル構成員や派閥関係は勿論のこと、将来性がある者や今後、台頭しそうな者であれば事前に情報を入手し、関係性を持ったほうが良いのか判断していた。隊長が隊長職を20年ほど前に引き継いで以降、人前に姿を見せていなかったのは事実ではあるが、これほどの男を出生、名前すら不明のまま、自分が気づけていなかったことに違和感を持っていた。
「ふっ……調べても情報は出てこないと思うが、名はバードと言う。覚えておいてくれ」
「……バード……」
やはりスケサーンにはバードという者の情報はなかった。侍から一時的に特憲養成学校に行った際に覚えた歴代の名簿を思い出しても在席していなかった。
ノーブルサークルすら裏で動かし、隠密、戦闘スキルも兼ね備えたこのバードという男の未知なる力量にスケサーンは次第に警戒というよりも敬服を通り越して畏怖すら感じ始めていた。
それはモリやカクノーシンなど強者やノーブルサークルの権力者たちに対して感じなかった新しい感情だった。そして誰にも屈しておらず媚びてもいないこの男の生き様こそが自分が本来目指していた姿なのだと悟ったのだ。
(そうだ。俺は元々誰の下にもつかず命令されることも好きじゃなかった。裏で国を牛耳る組織か……かっけぇじゃねぇか!)
バードはそんなスケサーンの心境の変化を知ってか知らずか言葉を続ける。
「この改革はまさにいま始まったばかりだ。私は強固な国造りを行うため、特別憲兵隊を貴族の派閥や意見に左右されない強固な組織にする。まずは特憲会議を開き、残りの全ての特別憲兵隊に意識を浸透させる必要がある」
「……っかりました。じゃあ俺は召集の手続きしますわ」
「頼んだ。カクノーシン達の後はお前たちが中核を担っていってくれ」
もはやスケサーンは完全に特憲隊長バードの傘下になびいていた。