Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ナパーロ/ラックル/694番、サッドニール
都市連合南西のウェイステーション
「はいよー。ドライミート8つだ。随分買い込むんだなぁ兄ちゃん。遠出かい?」
「は、はい。目的の都市まで一気に行っちゃおうと思って」
ナパーロはウェイステーションの店員から食糧を受け取ると足早に店を出る。しかし、黒コートを着た見知らぬ者がすぐさま声をかけてくる。ガタイの良い体つきで屈強そうな男だ。
「君、待ち給え。見たところ若そうだが同行者はいないのかね?スケルトンとか……」
「え?あ、はい。1人で修行の旅をしてます」
「そうか。登録番号を見せたまえ」
登録番号とは都市連合における住民票に紐づくマイナンバーみたいなものである。役場で照合するとその住民のステータスを確認することが出来た。ここでナパーロは素直に番号を見せることにした。
「うむ。メモを取らせて貰った。行っていいぞ。気をつけてな」
軽く会釈して早々にその場を立ち去り、まだ見られていないことを確認すると、ナパーロは西に向かった。ウェイステーションの西は都市連合領を抜けて大陸の中央デッドランドである。黒雲に覆われた地域であり、絶えず肌を溶かすほどの酸性の雨が降り注ぎ決して人が住めるような場所ではない。
酸性雨を防げるダストコートと笠をかぶると、小走りに岩が入り組んだ見通しの悪い場所へ入っていく。
「サッドニールさん。やはり特憲関係者がウェイステーションに張っていました。番号確認もされました」
「そうか。ならばナパーロ君だと気づいて集まってくるね」
「
「これで後には引けなくなった。我々は都市連合領内から出て、危険なデッドランドを通ることになる」
「覚悟出来てます!特憲に捕まって殺されるよりましですよ!」
「分かった。では早速突っ切るよ。デッドランドにあるスケルトンの都市ブラックデザートシティに辿り着ければ、心強い旧友がいるはずだ」
領内で追手を南に集めさせつつ、危険なデッドランドを抜けて北に出る作戦だ。2人は早速、走り出した。疲れを知らないスケルトンのサッドニールに対してナパーロもスタミナを大分鍛えられたのか、大分早いペースで、黒い大雨が降り注ぐ中、歩を進めていく。時折、雷鳴が薄暗い辺りを照らし出すと所々に過去の遺産や機械の残骸が土壌から顔を出していることが分かる。ここで遠い過去に何があったのか今や知る由もないが、相当科学力の高い文明が存在していたことは確かであった。
「壊れて放置されている鉄蜘蛛には近寄らないで。たまに動き出すかもしれない」
ナパーロが想像力を掻き立てながら思いを馳せている横でサッドニールは地元に帰ってきたかのように坦々と注意点を述べていく。どうやら遠い昔、サッドニールもここの住人だったようだ。
ただ、最近出来たかのような見慣れない建物も見受けられるようで2人は警戒を強める。
「スケルトンが増えることはないと思うから移住でもしているのだろうか。いやしかし移住する必要性を感じられない。いずれにしろ知らない建物は脅威だから余計に距離をとって進もう」
安全第一の考え方であるサッドニールの行程は思ったよりも何か起きることもなく、デッドランドにある最大都市ブラックデザートシティに足を踏み入れることに成功する。暗雲に覆われた丘にコンテナのような見慣れない建物がたくさん建てられており、人が住むには難しそうな場所だ。
「うわー……こんなとこに都市があるなんて……」
「ここにはスケルトンしか住んでいないけどね。もしかするとここに人間が来るのはボス以来かもしれない」
「ええ!?安全な場所なんですよね……?」
「スケルトンは無意味に他者を攻撃しないよ。立入禁止の場所とかにさえ入らなければ大丈夫だ。取り敢えずBARに行こう」
「BARがあるのですか!でしたらウェイステーションで危険をおかしてまで食糧を買わずに良かったのでは」
「バストに点在するサスケの拠点から特憲を剥がす必要があったし、そもそもここのBARには人間が食べれる物は売っていない」
「どういうことです?」
「人間社会の真似事をしてスケルトンに必要な油や器具を売っているのだよ」
サッドニールの言う通り、BARにはたくさんのアイテムが棚の上に飾られていたが、人間が食べれそうなものはなかった。BARらしく机と椅子も並べられており、幾人かのスケルトンが座っているが、皆、何かを飲むようなことはせず会話すらしていない。
「彼らは何をやっているのですか……?」
「さぁ……思いにふけっているのかもしれないな。かつての私のように」
「?」
「それよりも……アグヌ!アグヌはいないか?」
サッドニールが知らない名前を呼び始めた。
「誰なんですか?」
「元ノーファクションのスケルトンだ。音声機能など少し壊れているが、力が強いので用心棒をやっていた」
「おお!そんな人がここに!?」
「人ではなくスケルトンだが……いない。たった20年もジッとしていられないようだ」
「いやいや20年ですから」
「彼は自ら行動するタイプでもなかったのだが……」
「そうですか……」
ナパーロは軽く咳払いをした。
「どうした?」
「いえ……ちょっとだけ気分が悪くて……」
「……この布を顔に巻いてマスクにしなさい」
サッドニールは着ている服を一部破り、ナパーロに手渡した。
「ここは土壌が汚染されていて微かだが人体に影響のあるガスが発生している。それにいまだ有害な粉塵も大気中に混ざっているのかもしれないな。我々だけで北の山脈を早々に越えよう」
「わかりました」
2人はすぐにブラックデザートシティを発った。しかし数分走ったあたりでナパーロは膝をついてしまう。
「はぁ……はぁ……ここ……高低差が激しいですね」
「そうだね。だがそれだけではなさそうだ。あまり息を吸わないほうがいい」
「と言いましてもこんな地形じゃあ……」
「よし。私が君を担いでいこう。君はなるべく寝ていなさい」
「え?え?」
サッドニールはナパーロを担ぐとそのまま走り出した。崖を登り、谷を降る。すごい速さで暗黒に覆われた地域を走り抜けていく。
「予想通りであれば今特憲は南のウェイステーションに集まりだしている。今の内にデッドランドを抜けてバストへ直行するよ」
「今ならバストにあるサスケの拠点に立ち寄れそうってことですね。臨時食糧も残っているといいのですが」
「そうだね。必要な物だけ補充してすぐにでれば問題ないだろう」
山あいの隙間から黄色がかった砂漠の景色が見えるようになってきた頃
サッドニールに担がれたナパーロの咳の頻度が上がり、呼吸も荒くなってきていた。
「そろそろ砂漠に出る。もう少しの辛抱だ」
「はい……ごほ……ごほ……」
「砂漠は都市連合領内だ。山を出る前に敵がいないか様子を見てくるが、君はここで横になっていなさい。もうこの辺りの空気は汚染されていないはずだ」
降ろされたナパーロはグッタリしており力なく頷いただけであった。その様子をサッドニールは無表情で見ている。
「すまないね。人体にここまで影響があるとは気づかなかった。……少し偵察してくるが、私が戻らなかった場合は君だけで行ってくれ」
「何……言ってんですか」
「ホーリーネーションとの国境である山脈に沿って西に行けば都市連合の者も寄りつかないだろう。君はグリーンランド人だからホーリーネーションの人も助けてくれるかもしれない」
「違う……ごほごほっ。あなたは……戻らないつもりですか?」
「いやいや君を放ってはいかないよ。万が一の話をしたまでだ。私は敵に捕まってもスケルトンだから死ぬことはないだろうし、君のことを喋るつもりもない。いつか迎えに来てくれればいいので迷うことはないという話だよ」
ナパーロは眠気と衰弱によりサッドニールの言葉を朦朧として聞いていた。
「さてと」
サッドニールはそのまま山を降りて砂漠に出る。人影はなく広大な砂漠が先に広がっている。目に見えるのは死後数日経ったかどうかのスキマーの死体。ここを北上するとバストに出るが、ホーリーネーションと国境沿いの地帯でもあるため、治安もそれほど高くはない場所であった。
現在の2人の状況から野盗に出くわしても戦えないし逃げることも難しいため、サッドニールはあたりを慎重に確認した。
スケルトンが偵察に向いていない理由としては主にその駆動音にある。人間などの動物は極力動きを抑えるなどして気配を殺すことが可能であるが機械はそのような動きを模倣出来るものの音を消すことは対応していないからだ。また、機械であるがゆえに周辺が“静かすぎる”ことに対する違和感を持つことが出来なかった。偵察を行うにあたってこの動物特有の感覚がないことは致命的であった。
どこからともなく聞こえてくる空気を切る音に気づいた頃には矢はサッドニールの脚部に刺さっていたのだ。
「む!これは……」
危険が迫っていると認識したサッドニールのAIコアは急速に逃走ルートを計算し始める。矢が飛んできた方向。待ち伏せの確率。そしてナパーロの位置。
デッドランド方面に戻ることが一番逃げ切れる確率が高かった。しかしナパーロを巻き込むことになる。恐らく彼はまだ走れる状態ではない。
サッドニールはらしくもなく賭けに出る。過去にスケルトン盗賊と敵対するリーパーを戦わせたやり方と同じ、都市連合と敵対するホーリーネーション領のオクランの盾に向かって走り出したのだ。
しかし
「おいおい、スケルトンがホーリーネーションに向かうってバグったか?」
侍鎧に身を包んだ男が目の前に現れたのだ。
「……どなたですか?」
野太刀を抜いており明らかに敵意がありそうだが、サッドニールは一応聞いてみた。
「特憲だ。お前と一緒にいる少年はどこだ?」
「知りません。私はただ一人旅をしているだけなのですが……」
「いやーちょーっと無理があるかなぁ。裏を書いてサスケの拠点へ向かおうとしたんだろ?お前らぐらいよ?こんなルートとるの」
「…………」
「まぁ大人しく捕まっておけよ。俺は分解したりしねぇからよ」
サッドニールは逃走を諦めた。脚部に刺さった矢が逃走速度を下げており逃げ切れないと判断したのだ。