Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ハイブ人がしわがれた長い指で棒を左右に広げるとキラリと光る刃先が顔を出し始める。
棒を偽装した刀。つまり仕込杖だ。大抵は護身用か暗殺の用途に使われるが、この世界では素人が扱うような武器ではない。
「くそ!やるしかない!トゥーラ!ボウガンを射つんだ!」
「え!?あ!そうね!」
促されたトゥーラがガチャガチャと矢の装填をし始めるとハイブ人がそうはさせじとダッと駆け寄ってくる。ボウガンを撃たせないつもりなのだろう。
ルイはそれを援護すべくハンティングサーベルを抜き斬りかかる。
しかしハイブ人はルイの初太刀を横に逸れて難なくかわすと同時にルイの足を刃先で撫でるようにしてすれ違った。すると
「・・いってぇ!!」
数秒後に斬られたことを自覚するほど足の切り口は綺麗に裂けていた。
(こいつ!動きが速い!傷は深くないが、切り筋が見えない・・!)
「トゥーラ射ってくれ!」
ルイは最初の掛け合いだけでハイブ人とのレベルの差を痛感した。ガルベスが持つパワーによる斬撃とは異なり、剣術のテクニックを駆使したハイブ人の技は駆け出しのルイにとってまるで雲のように掴み所が無く、剣を数回交えたところでは到底捉えられないと判断したのである。
そのため、トゥーラのボウガンにかけるしかなかったのだ。
「いくわよ!?えええええい!」
トゥーラがボウガンを向けて引き金を引こうとすると、ハイブ人はルイの陰に隠れるように横向きになり顔と体を手足で覆った。被弾面積を減らしつつ致命傷となりうる部位を守ったのだろう。ベテランの動きだ。
そしてドヒュ!という音と共に目にも止まらぬ早さで矢がルイとハイブ人の横を通り過ぎていく。
「・・・・!?」
頼みの一撃が遠い彼方の暗闇に吸い込まれていく中、ルイはトゥーラを見て驚愕していた。
「お前・・!撃つ時に目をつぶっていなかったか!?」
「ボウガンは不慣れなの!刀でやるわ!」
「不慣れって・・前に使ってたじゃん・・!」
ルイは遠隔からリーバーの足を見事撃ち抜いたトゥーラの技術が偶然であったことを知ると同時に事態の深刻さを理解し始める。
最早、2人で一緒に斬りかかりハイブ人の隙をついていくしか方法はなさそうだが、以前戦ったことがあるスケルトン盗賊とは比較にならない動きをするハイブ人に新人2人の剣術など通用する気がしなかったのだ。
(まだ見たことのないトゥーラの剣術をあてにしていいのか?恐らくハイブ人はニールより動きが速い。そんな相手に俺ら2人でやれる?しかし逃げるにもハイブ人の足が速そうだしトゥーラと連携が必要だ!やべぇ・・どうする!?)
考えがまとまらない中、横にいたトゥーラが奇声をあげながら独特な格好をして斬りかかった。
「水の息継ぎ100の型!」
「!?」
これにはハイブ人も驚いて後ずさりする。その様子を見てルイは少しだけ希望を感じた。
意味が分からないが三桁に及ぶ型の数を有した剣術を持つトゥーラは実は相当な使い手なのではないか、と。
しかしこの時、ルイの期待を一身に浴びたトゥーラは斬りかかる瞬間にある種の錯覚に陥いり時がたつのを遅く感じていた。
(適当だけどそれっぽい技名を言えばハイブ人もビビるかと思ったけど全然ひるむ様子がないわ・・!それどころかやる気満々って感じね!いいわ!技は自己流だけどそれなりってことを思い知らせてあげる!ところで私この短い時間ですごい頭が回っている感じがするわ・・!達人の域に到達したのかしら?お父さんが行方不明になってからの修行の日々を思い出すわね・・あれ、でもこれって何か死ぬ間際に見るあれのような・・。)
そう。走馬灯であった。
気がつくとハイブ人の剣先がトゥーラの顔の目の前で止まっていたのだ。
「・・・・っ!」
これ以上トゥーラが突っ込んでいったら自分から串刺しになっていたところだ。
そしてハイブ人は仕込杖を下げると呆れた口調で喋り始める。
「君たちをなるべく傷つけないようにとは依頼主からも言われていてねぇ。力の差が分かったのなら剣をしまって捕まってくれないかな。」
「なめるな!」
実力はどうであれトゥーラの剣術も単体では通用しなかった。ならば連携攻撃はどうか。
トゥーラがそのまま間合いを詰めると同時に、ルイも横から回り込み斬りかかる。
勝算が低いかもしれないがやるしかないのだ。
「むっ!君たち息はあっているね。それに意外とセンスがいい!君なんか刀の扱いは独学だろう?素晴らしいな。」
カン!カキン!キーン!
ルイとトゥーラによる連携攻撃をハイブ人は細い仕込杖で軽くいなしていく。
(仕込杖の細い刃なのにルイのハンティングサーベルの厚い刃を簡単に受け流している!普通なら曲がるか折れるかするのにこのハイブ人・・本当に強い!でも相手にアドバイスとは甘くみすぎよ・・!)
ハイブ人は二人の攻撃をいなすだけで攻撃してきていない。
まったく本気を出していない証拠なのだろう。
トゥーラはそこに勝機を見いだそうとルイの動きを目の端で注視していた。
フェイントなしで踏み込みからの単純攻撃。斬撃力はあるが対人においては読まれやすく悪手だが、この時だけはトゥーラにとってありがたかった。
ルイの踏み込みに完全に合わせて一瞬の誤差なく斬り込んだのだ。
完璧な同時攻撃が完成した。
(これは入る!本気を出さなかったことを後悔するのね!)
「なにぃ!?」
ハイブ人も2人の息のあったコンビネーションに驚愕している。
だが
勝利を確信したこの同時攻撃はハイブ人にとってはただの驚きでしかなかった。
体を捻りながらルイの攻撃をかわしつつ、トゥーラの攻撃を仕込杖で軌道をそらしたのだ。
「・・・!」
「今のは大分良かったよ!武器が少し曲がってしまい、鞘にしまえなくなりそうだ!」
渾身の連携プレーも難なくかわされ、ハイブ人から余裕すら取り除くことができない状況に2人は焦りを隠せなくなる。
(こいつ・・・強すぎる!どうすればいいかまじで分かんなくなってきたぞ・・・!)
ルイの機転も今回は発動する気配はなさそうだ。
そしてここからハイブ人の一方的な展開が始まってしまう。
「残念だが遊びはここまでとするよ。」
「!?」
ヒュン!ヒュン!ヒュン!
仕込杖の切っ先がカマイタチのように2人を襲い、手足や顔をカスルように切り裂いていく。
「ううう・・・!」
刃を合わせることすら出来ない攻撃に、最早防戦と言うよりも痛みを耐え忍ぶだけの状態だ。
「さぁ武器を捨てるんだ!勝ち目はないぞ!」
「うるせー!悪者なんかに屈してたまるか!」
殺そうと思えばいとも簡単に殺せるだろうが、ハイブ人は寸分たがわぬ緻密な剣技で猛攻を加え2人の肌を掠め取っていく。メンタルを削る作戦に出たのだろう。
気がつくと2人は血だらけで地に伏していた。
「どうしても降伏してくれないのかな?」
「当たり前だ・・足をもぎ取られても戦い抜いてやる!」
ルイは言葉とは裏腹にサーベルを使って立ち上がるのがやっとの状態だ。
ハイブ人はそんな2人の様子を見てからおもむろに腕時計に目をやると冷酷な言葉を言い放つ。
「むむ。もう時間がないな。仕方ない一人だけ担いで行こう。片方は逃げられないように足を切り落として増援組に任せようと思うんだけど君たちどっちがいいか選んでよ。これは私なりの情けだよ。」
情のかけらもない残酷な選択を平然と迫れるハイブ人にトゥーラは戦慄を覚え、手が震える。
(この人、なんてことを言えるの・・!囚人にされるのも嫌だけど足を切られるなんてもっと嫌よ・・。でももう勝てる気がしない。ルイならどちらを選ぶのかしら・・。)
戦意を失い恐怖に負けそうになった者の思考は我が身の保身に走りやすい。しかし、それは一般的に戦場で生き残るには至極当然のことであり仕方がなかったのだ。
だが次のルイの言葉にトゥーラは一瞬でも弱気を見せてしまった自分を恥じる。
「ふざけんな!俺もトゥーラも大きな目的があるんだ!こんなところでお前みたいに何にも決められずに悲観しているだけの奴に躓いているわけにはいかねーんだよ!」
曇りなき眼で真っ直ぐを見据えたルイの瞳には恐怖の色など微塵も見当たらなかったのだ。
それだけで戦況を覆せるほど甘くはないはずなのだが、ここでハイブ人の動きが止まる。
「お前の・・目つき、そしてその物言い・・やはりどこかで・・・。」
黒い瞳で凝視しながら近づくハイブ人にルイも狼狽えながら後ずさりする。
「な、なんだよ。俺はお前みたいな屑野郎に会うのは初めてだ!」
「はは、屑か。まぁそうだよな。残念、もう・・・時間だ。」
ヒュン!チー・・ン。
急にハイブ人は仕込杖の刃についている血を飛ばすとくるりと回し何事もなかったように鞘にしまった。
「刃はなんとか鞘にはおさまったか。ああ、疲れた。」
両手を目一杯広げて伸びをしているハイブ人を見てルイたちはただ呆気にとられていた。