Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ルイ、バーン、ピア、レヴァ、ジュード
スケサーンはそのままトレーダーズギルドがあるヘングに向かった。オオタの指示通りロンゲンを葬れるか情報収集に来たのである。ヘングはギルドの本拠地だけあって活気に満ちており、至る所で露店が出され売買が行われていた。
(ここも相変わらず人が多いな。ん?あいつは……)
目をやると貿易商の一隊が横を通過した。その先頭にいるのは浮浪忍者と関係が深いと言われているハーモトーであった。
(奴か。詰問してやりてぇが今はそれどころじゃねぇ。見逃してやる)
スケサーンはそのまま通りを歩きながら改めて地形や衛兵の配置などを確認しつつ、奥にあるトレーダーエッジと呼ばれるギルドの本部兼ロンゲンの屋敷に目をやる。切り立った崖の先に作られており、移動するには1本道を通ることになるが、そこも衛兵で固められていた。これを見て、とてもじゃないがヘングの街中でロンゲンを闇討ちするのは不可能だとスケサーンは判断した。
屋敷内にもオオタと同じ位の兵力で固めているだろうし、仮に屋敷でやれたとしても逃走経路も限られている。無理と見込んでオオタは命令を出したとなると怒りがこみ上げてくる。
(ちっ……やはり外に出てきた時を狙うしかない)
ノーブルサークルの上級貴族が確実に外出する機会はやはり御前会議だ。最もな理由がない限り欠席はNGであり基本参加必須だからだ。しかし定例でもない御前会議を直近で開催するほどの事案はバスト戦争終結後には特に見当たらない。バート家の内通疑惑もロンゲンがトカゲの尻尾切りが如く内々で処理してしまった。恐らく武闘派であるロジャー・バートはもう不要と判断したのだろう(そしてちゃっかりストートを息子のロンジンに引き継がせている)
ロジャー・バートを生け捕りに出来ていれば招集して審議会を開けたし、上級貴族の処刑ともなれば、これもノーブルサークル員数名の立会いが必須でもある。狙う機会はいくらでも作れたのだ。とにかくスケサーンはここに長く滞在する価値なしと判断して、いったん引き返すことにした。
そして、門をでて数百メートル歩いたところで察知する。
(2人……いや3人か。尾けてきているな)
自分に尾行がついていることに気がついたのだ。相手に殺意は感じられないが、いくつもの疑問が彼の頭を支配する。
スケサーンは普段特定されないように、敢えて一般の鎧兜を着けている。野太刀も抜かなければ愛刀”しなり野太刀”だと判断出来ない。よってスケサーン本人であると非常に特定しづらいのだ。門の検問においても本名の名義ではない通行証を使っている。また、仮に特定されていたとしても味方から尾行を受ける理由がないのだ。
(まさか……俺が来ることを予め知っていた……?)
スケサーンは敢えて街道を逸れ砂丘の影に移動した。そこは特憲の情報交換ポイントであり狩場でもあった。2,3人の相手ならばスケサーン1人で対処可能と判断し、尾けた理由を問い詰めることにしたのだ。そして理由がどうあれ特憲を尾行したのが都市連合の者であったならば容赦しないと考えていた。
だが、砂丘の奥から聞こえてくる第一声を聞いてスケサーンの額に一筋の汗が流れる。
「やはりここを迎撃ポイントに選びましたね」
最近、聞いたことのある不快な声であった。
「フグか……始めからここで張ってたな?」
フグが手で合図を送ると数人の影が姿を現し、スケサーンにボーガンの照準をつけていた。
「そりゃあ大人数で尾けたらノッてくれないでしょう?殺気のない者で追跡したら、ヤル気満々で自らここに来てくれると思ったのよ」
「なんで俺を尾けてんだ?」
「なんでって、殺すために決まってるじゃない」
フグは躊躇いなくサラリと理由を述べた。
「……理由は?」
「そんなの指示されたからよ。特憲はノーブルサークルの命令を聞くものでしょ。普通のことでなくて?」
「誰に指示された?」
「もう気づいているでしょ?ロンゲン様……とオオタ様よ」
「どういうことだ?なん…でオオタが!」
さすがのスケサーンも予想しない回答に対して、動揺を隠しきれず言葉が詰まった。
「あらあら。まぁ戸惑うのも無理ないわね。あなたまだ若造なんだし」
「わ、わか……ぞう?」
「わたし美肌だから分からなかったのでしょうけど、あなたより10歳ぐらい年上なのよ。もう少し敬意を持って接して欲しかったわぁ」
「だ、黙れ!なぜ敵対関係のロンゲンとオオタが一緒に指示するんだ!?お前はどっちの味方なんだ!?」
激しい口調のスケサーンに対してフグは冷静であった。
「はぁ……どちらとかないわよ。そもそもオオタ派とロンゲン派のノーブルサークルが本気でぶつかるわけないじゃない。喧嘩なら特憲に代理でさせた上で最後は手打ちよ」
俄には信じられない返答であった。これまでオオタ派とロンゲン派で凄まじいほどの駆け引きが展開されていた。御前会議の様子はオオタから聞いていたし、買収した衛兵にも事実確認をとっていた。常に敵対的であり、とてもではないが仲の良い関係性とは言えなかったのだ。それに今回はロンゲンが重宝していたモリが死んでいる。
「馬鹿な!ロンゲンは手打ちのためにモリを捨てたというのか?」
「あー、モリさん襲撃の件ね」
フグは驚く様子もなくペラペラと話を続ける。
「モリさんって最近はロンジン君に肩入れしてたじゃない?実はロンジン君って方針の違いから父親のロンゲン様と関係が悪化してたのよ。だからもうモリさんは不要になったみたい」
フグはモリ襲撃の件を知っていたのだ。
「それに消したい本命はカクノーシンちゃんだったのよ。あの人、鬼つよでしょ?モリさんと一緒に消えて貰うことにしたの」
「あり得ない……。ならば隊長はこれを知っているのか?」
「あー、バード隊長?当然知らないわよ。彼が特別憲兵隊を刷新して都市連合の体制を変えようとしているのを把握していたから利用したの。体よく皇帝派を掃除してくれたわねぇ」
「馬鹿な……」
「隊長も惨めよねぇ。ノーブルサークルを自分がコントロールしていると思っちゃっているみたい。本当は自分が操られていることも知らずにね。まぁあなたも相当扱いやすかったからここで切るのは残念よ。野心家で行動力あるお馬鹿さんって貴重だったのよ」
スケサーンの中で何かがキレた気がした。まるでこれまでの実績や功績が全て否定されたかのような実感。積み上げてきたモノが砂の城であり、風で脆くも崩れ去っていく感覚であった。
「くくくく……何だよ……結局こういう落ちかよ」
プライドをズタズタにされた恥ずかしさと悔しさを紛らわすように、自然と笑いがこみ上げてきた。
「特憲がノーブルサークルに立てつけるはずないでしょうに。身をわきまえなさい」
フグは追い打ちをかけるようにスケサーンの心を引き裂いていくが、そんな声も彼には届いていない。
「どこだ?俺はどこでミスったー?」
独り言のように呟くスケサーンに対してフグは無情に続ける。
「ミスじゃないわ。これが通常ルートよ。何を選択してもあなたは使われた挙句に捨てられる流れだっただけ」
スケサーンが立てた人生設計は一般兵としては優秀な部類であった。若いうちから都市連合の腐敗した昇級システムを理解し、媚いるキーマンを見定めた上で功績をアピールし、ライバルになり得る者は時には懐柔し時には淘汰した。また自分の内面上の欠点を深掘りし修正しながら、脱落することなくエリート街道を突き進んできたのだ。混沌としたこの世界においては至極真っ当な生き方であったかもしれない。
「俺は……将軍になって……美味い物をたくさん食って豪遊して……」
ブツブツと小言を唱えるスケサーンに対して、フグは答えを言い当てるかのようにつきつける。
「だったら特憲になるんじゃなかったわね。裏稼業から表の世界に戻った人間なんて聞いたことないわよ」
「…………期待に応えていただけだ……」
「?」
「俺は期待に応えるために骨身を惜しまず働いてきた!隊長にそそのかされかけたが別に裏切ってもいねぇ!なのになぜだ!扱いが酷すぎるだろう!」
「まぁ貴族でもないしねぇ。忠誠心があればまだ使ったかもしれないけれど……」
「いやいや、まだ使えるだろ!?俺が生き残る選択肢を教えてくれ!」
あれほど傲慢な性格であったスケサーンが今、なりふり構わずに敵対視していた相手に対して懇願している。その様子をフグはゾクゾクしながら見ていた。
「うふふふ。いいわねぇ、傲っていた者がふとしたきっかけで真っ逆さまに落ちていく様はいつ見ても興奮するわ。こんな現場に立ち会いたくて私は特憲をやっているのかもしれない」
彼の股間ははちきれんばかりに膨張し、今にも何かが突き破って出てきそうな形をしている。そして顔は紅潮し、愉悦の笑みを浮かべながら、いじわるをするように問いかける。
「あなたのそのプライドを捨てた生への執着力、私は嫌いじゃないわよぉ。ただあなたが生きていると私がしくじったことになるじゃない?」
「姿を隠せばいいんだろ!?何でもやるからチャンスをくれ!」
「いい!あなたいいわぁ!奴隷として毎晩、疲れた私を慰める係に任命してあげる!!」
男が限界まで上げたと思われる濁った甲高い声でフグは絶叫した。さすがの内容にフグの配下たちも押し黙って引いているようだ。
「い、いや、それだけは……」
さすがのスケサーンも少し平静を取り戻した反応を見せた。
「もう!何でもやるって言ったじゃない。じゃあ任務を与えるわ。あなたは私の隠し立会人として裏ミッションを遂行してもらう」
現実的な提案にやっとスケサーンも安堵感を取り戻す。
「わ、分かった。ちなみに隊長はどうなるんだ?」
「んー……彼は微妙な立場よね。貢献度は高いのだけど、ノーブルサークルに影響があることまで手を出しちゃうと見逃せないわよねぇ。最後に大仕事でもやってもらおうかしら」
これを聞いてスケサーンは思う。
甘かった。と。
ー所詮、我々は貴族の駒なのだ。巨大権力の下、万能感に酔いしれ力を振りまいて来たが、大きな後ろ盾がなくなれば個人の力などたかが知れている。いくら個の強さがあっても圧倒的な財力と権力の前では蟻に等しいのだ。隊長は知略と武勇を兼ね備えていて、今の展開に至るまで期間をかけて綿密に練っていたに違いない。 それでも察知され、皇帝派の特憲(恐らくサスケも)の排除に利用されただけだった。
ノーブルサークル……。
長年、大国を牛耳り利権を貪ってきた者たちの嗅覚や執念を俺たちは過小評価していたのだ。