Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ルイ、バーン、ピア、レヴァ、ジュード
数日後。ナパーロが昏睡状態からついに目覚めた。片腕を失ってしまったが、命は助かったのだ。
「ルイ……さん」
弱々しい声で目の前にうつった自分に呼びかけてくる。ルイはナパーロの左手を強く握りしめた。
「もう大丈夫だ。大変だったろ?」
「……ここは?」
「ワールドエンドにある拠点の家だ」
「拠点……そうだ……拠点は襲われました……」
「ああ、聞いている。特憲だな?」
「知ってるんですね……メンバーのほとんどが襲われたようです。トゥーラさんもたぶん……」
吟遊詩人の情報と一致する凶報に頭が重たくなる。ナパーロが言うからには本当なのだろう。受け入れたくない事実が改めて確定し穴を埋めるように逃げ場を塞いでいく。それでも大切な人たちがもうこの世にいないであろうことを受け入れられない。
「やはり問いただすしかない……行こう」
この言葉にジュードが反応する。
「もしかして、ミズイのところにか?レッドたちに断らなくていいのか?」
「なんでだ?関係ないだろ。どこに行ったかも分からないし」
「しかし、俺らだけで行くのは……。合流してからのほうが安全だ」
「ピアとレヴァを連れていく。それにミズイの兵士はバスト復興で分散しているからやろうと思えば直接叩ける」
「叩くって……ミズイは貴族だぞ?それにリドリィがいるかもしれない。もう少し慎重にいったほうがいいんじゃないか?」
「貴族だから何だ?ノーブルサークルであっても元凶ならば潰す必要があるだろ!」
ジュードはこれ以上言い返してはこなかった。ジュードもチャドという苦楽を共にしてきた大事な人を失った身だ。すぐにでも行きたいルイの心境を理解してくれたのだろう。吟遊詩人も自分の考えに同調する。
「早く行ったほうがいいですよ。レッドさんがここを取り仕切っているのですか?私も面識がありますし、この組織に参加したいのでここに残って伝えておきますよ。後で支援もお願いしてみます」
賛同者がいて気が楽になる。何も自分だって本当は争いなんかしたくない。しかし、先に仕掛けてきているのはあいつらなんだ。今まで自分は戦争を止める等と綺麗事を言っていたが、確かに仕掛けてくる者を根絶やしにしないと一向に収束することはないのだと理解した。
この行動は正しいのだ。例え貴族に手を出して都市連合と全面戦争になったとしても正義のために戦い抜いてやる。
そして数日後。ナパーロのことはキャットに任してルイ一行はバストの中枢にいるミズイの元へ出発した。ピアとレヴァは特に反対の意見を出さなかった。むしろバストを制圧できると考えているようであった。
道中では都市連合の村人や奴隷が荒れ果てた台地を必死に開墾している様子が目に入ってきた。ここでも貴族は私腹を肥やすために市民をこき使うつもりなのだろう。もううんざりだ。この世界は私が変える。
村人の視線がルイに向かう。恐らくメガクラブ討伐の記事で覚えている人もいるのだろう。心なしか期待と希望に満ちた眼差しに感じられた。
ミズイの拠点はまだ建造されていないのか一階建ての仮小屋であった。周りを囲む警備兵も少なく一般武装の足軽兵が占めておりエリート侍はいないようだ。しかし1人だけ異彩を放つ者がいる。背が高く重武器フォーリング・サンを背負った様は他者を圧倒するオーラを出している。件の女、リドリィである。集まった情報を加味するとミズイが科学技術を追求していたこともあり、リドリィが何らかの力で操られている可能性がある。現在の技術でどうやったかは分からないが、その状態をミズイに解除させなければならない。そしてトゥーラの件をこの2人に追求するのだ。
(リドリィに気づかれずにミズイを拉致するのが最善……)
こちらのメンバーはピア、レヴァ、ジュードに
事前に示し合わせた通り、ピアとレヴァは後ろに回り込み、ルイとジュードがリドリィと対峙する。リドリィと対話または戦闘中に仮小屋にいるであろうミズイを拉致するのだ。リドリィは実力上、拉致は不可能だし、体格的にも背負っての逃亡が難しいため標的はミズイに絞る。
ルイはピアとレヴァが別行動し始めてから数秒後に接近を開始した。
しかし、ここでリドリィ達が予想外の動きを見せる。
(こちらに気づいていたのか!?だとすると小屋にミズイは!?)
ルイは逃げることなく立ちはだかったが、リドリィは驚くことなく喋りかけてくる。
「よ。しばらく見ないうちに顔つきやら気配が鋭くなったな」
以前と変わらぬペースで喋るリドリィにルイは少し拍子抜けをする。もしかすると操られてなんかおらず都市連合に潜入するためにミズイに合わせているだけなのではないか。トゥーラ襲撃も嘘なのではないかと妙な期待感がうまれる。
「ご無沙汰しておりますリドリィさん。今日は事実確認をしに来ました。ミズイもいるのですか?」
「はははは!いるよ。目の前にね」
気がつくとリドリィの横に奴隷のようなボロキレを纏った女性と思わしき者がいた。口もとは砂嵐を避けるためにターバンを巻き、長い髪を結いているが、奴隷らしからぬ綺麗な髪であった。
「まさか、お前はミズイか?」
ルイの問いにその女性はターバンを取るが、その顔は紛れもなくミズイであった。恐らく襲撃や暗殺などを警戒して目立たない格好をしていたのかもしれない。ルイは似つかわしくないミズイの格好に思わず呆気にとられているが、彼女はお構い無しに話しかけてくる。
「あなた何度閉じ込めても出てくるのね」
「……?何のことか知らんけど私は最近お前が夢の中にまで出てくるぐらい悩ませられてて辟易していたところだ」
事実、トゥーラのことを聞くまでルイはあまり眠れない日々を過ごしており、時折赤いコートの女ミズイが夢に出てくるほどであった。
「……私が?それはいつからかしら?」
「ふん、覚えてないね。まぁそんなことはどうでもよくてお前に聞きたいことがある。私の拠点メンバーに手を出したのはお前か?」
「……知らないわ」
「じゃあ質問を変える。お前はリドリィさんを洗脳してトゥーラを攻撃させたか?」
「…………」
ミズイは長い沈黙を保ち応える様子はない。黙秘ということなのだろうか。だとすると疑惑は一層濃くなる。同時に攻撃して脅してでも本当のことを吐かせる選択肢が生まれてくる。
ジリジリとルイが前に歩を進めると、対応するようにリドリィが進路を塞ぐ。
「その質問には私が答えようかねぇ」
フォーリング・サンを抜いて戦闘態勢に入りつつ、リドリィは前に出た。この動きによりルイは聞きたくない返答が返ってくることをイメージし、身体中の血液が緩やかに煮えたぎっていくような感覚を覚える。
「洗脳はされていない。私は自分の意志でトゥーラを殺した」
この言葉を聞いたルイは目を見開き、手は震えている。
「よく……考えてから発言してください……それが回答でいいと思っているのですか?」
湧き上がる感情により声が上ずってうまく喋れない。違う可能性を、望みを信じてリドリィに問いかけるが訂正の発言はない。
「……なぜだ?トゥーラはあんたを慕ってた!あんたの弟子みたいな存在だったのだろう……!殺さなければならない理由なんてあるのか!!」
自分とリドリィの覇気がぶつかったのかビリビリと大地が震える。
「これは……」
ミズイが乗り出すようにルイを見るが、リドリィがそれを制する。
「お前はヘフトに呼び出されてるんだろ。そろそろ行けよ。ここは私が抑える」
「……そうね。ルイ、私は用があるのでこれで失礼するわ。強くなったようだけどその勇姿を見れなくて残念だわ。またどこかで会いましょう」
ミズイはルイをジッと見つめた後、衛兵に守られながら足早に去っていく。その方向にはピアやレヴァはいない。
「待て!!」
リドリィとの激突を想定して背中からデザートサーベルを抜き取ると一気に間合い詰める。案の定、目の前には巨躯の大女リドリィが立ちはだかりフォーリング・サンを振り下ろしてきた。
重武器の斬撃はカニバルで慣れてはいたが、さすがにリドリィの振りはそれを凌駕していた。空気を裂きながら動いているルイの頭部目掛けて一寸の狂いもなく振り下ろされる。
これで確定した。リドリィは自分をも殺しにかかっている。トゥーラを殺ったのは事実なのだろう。
ならば自分も容赦はしない。
ー無想剣舞 破式ー
究極のカウンター技として生み出された無想剣舞は緩急をつけて翻弄するだけではない。相手の攻撃タイミングに合わせて攻撃を行うこの型は斬撃により生じた逆方向の空気の流れを利用する。気流に乗って宙を舞う木の葉が空気の流れの強さに合わせてより素早く動くように、無想剣舞の演者も斬撃の横スレスレを通ることで気流に乗り、かわしながら自分の攻撃態勢を素早く作り出すのだ。
リドリィの斬撃の真横を沿うようにルイの一閃が走る。
「ぐっ……!」
思わずリドリィは声を上げた。その巨躯が斬り上げられていたのだ。声が出るのも無理はない。傷は浅いが長い斬り込みが出来て鮮血が飛び散る。だがルイはここで剣を止めるつもりはない。
(よくも……!)
振り上げたサーベルを重力や遠心力を乗せて振り降ろす。斬撃はリドリィの片腕を削り斬る。
「よくも!!」
片目が涙でボヤけるのを必死で抑える。
「よくも私の親友を殺したな!!」
口に出してしまったことで堰を切ったように溢れ出てくる悲しみと憎悪が自分の感情を支配する。
リドリィは無想剣舞から繰り出される斬撃の嵐に圧倒されたのか防御一辺倒となる。
ー無想剣舞 急式ー
序破急からなる無想剣舞最後の舞。相手の呼吸に合わせた舞いから一変して、自分のペースで乱れ踊る締めの攻撃型である。ここまでくると最早カウンターとは言えず只々、体力の続く限り斬撃の雨を四方八方から降らす最終奥義とも言えた。まさにアウロラがハウラーメイズのメガクラブ戦で見せた舞いと同じであった。
そして……舞が終わった後、そこに立っているのはルイだけであった。
「はぁ……はぁ……」
ピアたちが見開いた目で注目している中で、呼吸を荒げながらルイは後ろを振り返った。背を向け片膝をついているリドリィは全身が赤く染まっており、相当の出血をしていた。
全ての斬撃において致命傷を避ける防御をされたが、相当斬り込んだ感覚があり、倒れていないのが不思議なくらいだ。
そして同時に違和感を持つ。テックハンター9位のリドリィにしては手応えがなかったのだ。後半は反撃すらなかった。片腕を斬りフォーリング・サンを使えなくしてからサブウェポンに切り替える間もなく攻めた事もあるが、ルイは拍子抜けに近い感覚を覚えていた。
ただ、それはどうでもいいこと。不愉快で最悪な戦闘はもう終わったのだ。気がつけばミズイには逃げられてしまったようだが、ピア、レヴァ、ジュードが辺りを制圧している。
ルイはリドリィの反撃を警戒しながらそばに寄り声をかける。
「リドリィ……まだ理由を聞けていないぞ」
ゆっくりと振り返ったリドリィは笑っていた。
「強くなったじゃないか。モールに会ったのだな」
「ああ。無想剣舞を習得した」
「そうか。良かったな」
「あんた……どうしても理由を言わないつもりか?一体何が目的だったんだ?」
「……目的か……まだ……時期尚早かねぇ……」
そう言うとリドリィはついに倒れ込んだ。放っておくと恐らく出血多量で死ぬだろう。
「……治療する。暴れるなよ」
トドメをさす必要はない。ミズイを取り逃したが、ここを制圧できた以上、ゆっくりとリドリィの捕縛に専念し、捕虜とする。彼女も抵抗する気配はないようであった。
しかし
「私の生存を許すとは思えないな……」
リドリィの独り言とも思える発言内容に周りを囲んでいたピアやレヴァも警戒する。
「私たちがか?ふん……殺したいほど憎いがそれは今後の協力次第だ」
「はは……違うよ」
このやり取りの最中。何かが風を切る音が近づいてくる。それがボーガンのボルトであると理解する頃にはボルトはリドリィの上半身に突き刺さっていた。
「!!!!」
ボルトは長く羽がついており、長距離射程用のものであった。咄嗟にピアやレヴァは射出角度を計算し、ボルトが放たれたであろう場所目掛けて走り出す。ルイは倒れているリドリィに駆け寄った。
リドリィはルイを見ると途絶え途絶えに語りだす。
「最後は……あっという間だった……それだけ充実していたってことか……。後はお前らの世代に……」
リドリィは宙を見上げたまま動かなくなった。
口から血を流しているリドリィの姿がアウロラと重なる。あと何回人の死を見届けなければならないのだろう。憎い相手であっても悲しさ儚さを感じてしまう。仮にも一度共に旅した仲間なのになぜ戦い合わなければならなかったのか。この世の中がそうさせているのだろうか。
死んだ者をこれ以上問い詰めることは出来ないし、憎み続けることも出来ない。当然、和解も……。
ルイたちは結局狙撃手が誰か分からないまま、小屋の中にあった布でリドリィの遺体を覆った後、密やかにその場を後にしたのだった。