Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
商人の格好をして目つきの鋭い者たちがヘフトの商店街を遠目で見ている。その中の斬馬刀を背負った若者が興味深げに買い物をする人たちを眺めていた。
「テネンバウムさん、何してるんですかね?」
この問いかけに隣にいた板剣を背負った背の高い者が応える。
「あー、なんか家族にお土産買うってよ」
「お、お土産!?ていうか家族がいるんですか!?」
若者の驚きに板剣の者は呆れた表情をしている。
「おいテンドウ。当たり前だろ。テネンバウムさんは侍出身で管理者として我々十志剣に加わっている。俺ら親なし奴隷出身とは違うんだよ」
「なるほど……」
「俺たちはただの駒だ。ティンフィストにやられた長剣も既に補充されたしな」
「……」
「まぁ安心しろ。お前の代わりになれる奴は早々いないから大事に扱われるだろうよ」
「サクマさんは……何か、やりたいことないんですか?」
「は?どういうこと?質問の意味が分からん」
「あ、いえ十志剣になってから長いんですよね?そろそろ他の事やってみたくないんですか?」
「ばーか。俺らに選択肢なんてねーよ。俺は死ぬまで十志剣の『板剣』だ」
「でも以前に任務で遺跡に行った時、古代技術に目を輝かせていたじゃないですか。テックハンターとかになりたいんじゃないんですか?」
この問いにサクマと呼ばれた板剣の者は顔を真っ赤にする。
「……ばっ…か野郎!あれはまぁいつもと違う景色に感動してただけだろ」
「感動……ですか」
「つーか、お前まさか十志剣やめたいのか?」
「やめたいわけじゃないですけど……育ててもらった恩もありますし」
「他にやりたいことがあんのか?」
テンドウは腕を組み目をつむりながら考え込んだ。
「んー……いや、ないですね……」
「じゃあ今のままでいいじゃねぇか。お前それ俺以外に聞くんじゃねーぞ」
「テネンバウムさんにもですか?」
「あたりめーだろ。むしろ一番だめだ」
「なんでです?あの人結構相談に乗ってくれそうですけど」
「いやいやいや、俺たちの事を上に報告する立場だろが」
サクマはさらに何かを言おうとするが、急に口をつぐんだ。その様子にテンドウも気がつき彼が見ている方を振り返ると、1人の侍がこちらに向かってくるのが見えた。
「なんだお前たち。ここにいたのか?」
十志剣の長テネンバウムだ。両脇に沢山のお土産らしき品物を抱えており、テンドウはいつもの厳しい様子とのギャップに狼狽えた。サクマは慣れているらしくそのまま会話を続ける。
「ええ。どうせやることなかったんで。これからここに押し寄せる鉄蜘蛛とやらを見てみたいですしね」
「ああ。確かに。あれをコントロール出来るとなれば世の中が大きく変わる」
「我々、十志剣も不要になりますかね?」
「そうだな。しかし敵は内部にもいるものだ。私たちが抱える任務はそうすぐにはなくならないだろう」
十志剣の任務は戦争などで表舞台に出ることはみしろ稀であり、主に不定分子と成り得る人物の暗殺や斥候等の裏ミッションをさしていた。
「なるほど。にしても……すごい荷物ですね」
「ああ、これ?まぁ…ね」
テネンバウムはバツが悪そうにした。隊長の自分がお土産を買って部下たちには財布すら持たせていなかった。十志剣の構成上、特憲養成学校を卒業した奴隷剣士が多かったためお金の使い道の管理も隊長が行っていたのだ。
「お子さん何歳になったんすか?」
「5…だ。そんなことどうでもいいだろう」
「いやいや可愛い年頃じゃないですか」
「ああ、そうなのだよ!この間も跳び乗ってきてなぁ」
子どもを褒められたテネンバウムは気を良くしたのか身の上話をし始めた。
「ショーバタイに住んでるんですよね。早いところ帰ってあげてくださいよ」
「そ、そうだな。次のターゲットを始末したらお前たちにも長い休暇をやるつもりだ。ではちょっとこの荷物宅配で送ってく……」
テネンバウムが最後まで言おうとした時、十志剣の3人はヘフトを取り巻く空気が少しづつ変わっていくのを感じ始めた。最初に目を細めていたテンドウが異変に気がつく。
「東から磯の香り……来ましたね」
「ああ。海の匂いだな。海を潜って最短できたか。微かに地鳴りも聞こえる」
「鉄蜘蛛の行進か。何体ぐらいだと思う?」
テネンバウムの問いにテンドウは地面に耳をあてて探る。
「この音だと……500体かそれ以上かと……」
「現在の都市連合の侍全員でかかっても負けそうな戦力だな」
「機兵計画か。禁忌の島に眠っていた鉄蜘蛛生産工場を解析し、鉄蜘蛛の兵隊を生産する。本当に実行にうつせたんですね。暴走しない保証あるんですかねぇ」
「わからん。しかしミズイ博士と天才科学者ネムラの知恵が結集されている。これが上手くいくことは即ち都市連合による世界統一が現実味を帯びたことになる」
「暴走した場合は最悪滅亡ってことですね。それなら今ここでどんなもんか見ていきたいっすね。テングの収監所で死闘を繰り広げた挙げ句、やっぱ滅亡ですってなっても疲れ損ですんで」
「ふっ、サクマらしいな」
テネンバウムが小笑いしている中で、今度はサクマが驚きの表情をしている。
「あれ?俺の名前、覚えてたんすか?」
「ああ、そりゃあな。お前は子供の頃から知ってるからな。もう20年経つんじゃないか?”板剣”のほうが呼ばれ慣れてるか?」
「いや、どっちでもいいっすよ」
サクマがまんざらでもない表情をしているのを、横でテンドウは黙って見ていた。
「よし、ではそろそろ我々はヘフト郊外に移動する。鉄蜘蛛は遠目で見ることにしよう」
「イエッサー」
十志剣の3人はそのまま郊外の集合地点へ向かった。遠くには大地を覆う黒い影が徐々にヘフトに向かって伸びてきているのが見て取れた。
そしてその様子を一番高い塔の頂上からロード・オオタも双眼鏡を使って眺めていた。
「見ろ。素晴らしいな……。実に良い眺めだ。お前が情熱の全てを注いだ研究結果がついに披露される時が来たぞ」
オオタは後ろ手に縛られて粗末な椅子に座らせられているミズイに話しかけた。
「これで私の取り組みは本物だったことが分かったでしょう?そろそろこのロープをほどいてくれないかしら?」
「うむ。君が帝国に尽くしてくれていたことは充分認識できた。素晴らしい功績として後世に語り継がれるだろう。しかしどうかね?ミフネ君。君の意見も聞きたい」
ロード・オオタは横にいるもう一人の貴族、奴隷マスターミフネに喋りかけた。
「私らを呼びつけている時点で答えは出ているのでしょう?私の推薦したガルベスも見事に裏切ってくれましたし、リドリィの洗脳実験も私は懐疑的です。ここは念のため斬っておいたほうがいいでしょう」
「ふむ……。残念だが致し方ないか。大量軍事兵器の進捗も私に報告していなかったしな」
「ですからそれは皇帝に……」
ミズイは訴えかけるように反論しようとするもオオタはそれを遮る。
「レディ・ミズイ。君は賢いが愚かだったようだね。科学の知識があっても政治力がなかった。ノーブルサークルの理解をおろそかにしてはいけなかったのだよ」
「遅れはしましたがロード・オオタにも共有していたじゃないですか」
「ふむ。まぁ俺の考えはもう決まっている。残念だが君には新しい帝国の礎となってもらう。既に君の処刑日はノーブルサークルに通達してあるのだ」
「そんな……!処刑ですか……!?」
都市連合法 第4条10項 ノーブルサークル員に関する項目
ノーブルサークル員が重大な違反を犯した場合、3名以上のノーブルサークル員立会いの元、然るべき刑を速やかに執行する。
都市連合におけるオオタ派のノーブルサークル員に加えてロンゲン派も同調すれば、北の都市群から3名の貴族を集める事などすぐに出来るだろう。オオタは本気でレディ・ミズイを抹殺することを決めたようであった。
「報告を怠った事が重大な違反にあたるのですか!?私は帝国の発展のためにこの身を捧げ尽くしてきました。それなのにこの判断は酷すぎます!」
珍しく声を張るミズイに少し驚きの表情を見せつつもオオタは担々と理由を述べる。
「君がその気になれば鉄蜘蛛の操作権を奪えてしまうかもしれないじゃないか。ノーファクション出身の君をそこまで信用することは出来ないのでねぇ」
「……私を利用しただけだったのですね」
「束の間でもノーブルサークル員になれたのだ。人生で良い経験が出来たであろう」
「……!」
地響きが増し、ヘフトの町中も徐々に騒がしくなっていく。黒い影が周りの砂漠を覆い始め、黒い大地へ変化していく。鉄蜘蛛が動く機械音が軍隊の行進よりも騒がしい轟音となって鳴り響く。本来、人間が出会うと無秩序に襲いかかってくる古代の機械兵がざっと500とも言える数でヘフトの街を取り囲んだのである。これには到着を知らされていたであろう警備兵でさえも不安な表情を浮かべていた。
「ネムラ君。道を塞いじゃいかんだろう。街道の鉄蜘蛛は端に寄せてみなさい」
「はい。少々お待ち下さい」
ネムラはそう言って操作端末をいじる。すると無秩序に止まっていた鉄蜘蛛の大群は文字通り蜘蛛の子を散らすように移動を開始し、やがて街道を避けて綺麗な陣形を完成させた。
「す、素晴らしい……。完全に制御出来ているではないか」
「はい。この操作端末の制御権はオオタ様を登録してあります。どうぞお使いください」
「うむ!君にはいずれ特憲隊長として俺の下で働いてもらう。期待しているぞ」
「隊長ですか!ご期待に沿えるよう尽力致します。しかし、バード隊長は……?」
「ふふふ、気にするな。彼には別の役割を与える予定だ」
「左様ですか。であれば……」
ネムラ自身もこの話に対してまんざらでもないようで全てオオタの意向に沿う形のようだ。
「しかし、こんなに沢山の鉄蜘蛛をどうやって制御しておるのだ?仕組みが全く分からん」
「そうですね。ジ・アイはご存知でしょうか?」
「うむ。地獄の業火を空中から降り注ぐ古代兵器の事だろう?」
「はい。あのような衛星と呼ばれる中継機器に対してこの端末から指示を送ると、全ての鉄蜘蛛に対して空中から命令を送ることが出来るのです」
「ふーん……このようなもの……レディ・ミズイ。君はどうやって知り得たのだ?ノーファクションにいた頃から知っていたのか?」
「それを教えたら助けてくれるのかしら……?」
「ははは。それは無理な相談だな。むしろ増々君たちが危険な存在だと再認識したよ。20年前に潰しておいて正解だった」
「それは……どういう意味ですか?」
「賢い君も分からなかったようだな。アイゴア将軍に指示を出してノーファクションを潰したのは我々ノーブルサークルだったのだよ。君もチャド君も自分たちの組織を潰した相手に健気に尽くしてくれて、何とも哀れだったねぇ」
ミズイの表情には次第に怒りの形相が満ちていく。
「何ですって……。それじゃあ……まさか……前皇帝を暗殺したのも……」
「それは君の想像に任せるとしようかね」
「あなたは……あなた達ノーブルサークルはなぜ人類が衰退するような事ばかりするの?なぜ共に協力しようとしないの?」
「逆に聞きたいが、お前たちはなぜ平和を阻害する?なぜ社会に混乱を引き起こそうとする」
「あなた達の平和は少人数の貴族だけの物でしょう。あなた達がうまい汁を吸っている間に多くの人々は死に追いやられてきたのよ」
「君もその貴族になってから仲間をこき使っていたじゃないか。もしや帝国の資金を使って軍事技術の研究を行い、そのまま世界を支配しようとしていたのかね」
「あなたにはそういう発想しかないのね。そこの特憲さん。皇帝の暗殺は反乱罪に等しい重大な犯罪よ。逮捕すべきじゃなくて?」
ミズイは端っこで黙って成り行きを見ていたネムラに声をかける。
「私に言っているのですか?何を馬鹿なことを。オオタ様の命令は全てに優先します」
オオタは動く様子のないネムラの肩をポンと叩くと勝ち誇ったように続ける。
「はははは。ネムラ君は小さい頃から育て上げた俺の忠実な部下だ。バード君ですら知らずに用いているぐらいだから無理もない」
「そう……だったの……」
そう言うとミズイはうなだれていた顔を上げた。そして鋭い眼差しをネムラに向けた後、数回、片目を素早く開閉させた。それはまるでウィンクをしているようで、オオタ等にとっては薄気味悪くうつったようだ。
「たまにやる君のその右目の痙攣は癖なのかね。もともとその見下すような目付きも不快だった」
「眼瞼ミオキニアを患ってましてね。でももうどうでもいいでしょ……」
「そうだな。君の処刑は機械兵の公開イベントと合わせて全てのノーブルサークル員立ち会いの元執行してやる。生の実感をかみしめつつ最期の時を待つがいい」
こうしてオオタの指示によりミズイは牢獄に連れて行かれた。ミズイは最早観念して自分の死を受け入れているのか、抵抗することもなく自ら牢獄へ力なく歩いていくのであった。