Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
収監所から東方の防衛地点。
ここにバーンは居座り、その土地を守る守護神のように動かず鎮座していた。都市連合部隊の主力が収監所に行こうとする場合は必ずここを通ることになり、それを迎え撃つためだ。しかしその敵がシュライクとガルベスの2人に追われて後退している事に疑念を覚えていた。多少の犠牲を出して押し通るわけでもなく最初から敗走するような動きは明らかに戦略的な撤退に見えたのである。だとすると次に敵が仕掛けるであろうやり口としては自分と離れたシュライクとガルベスを討ち取ること、または1人になった自分を討ち取ること。各個の力量が高いノーファクション勢を各個撃破しようとすることだ。
バーンの計算上、バーン単体とシュライク、ガルベス2人分との戦力比は9対1ぐらいであり自分の力が全体戦力のかなめとなっていることを自覚している。それほどバーンの力は他を凌駕し突出しているが、さらに彼は他人に打ち明けていない内なる変化を過去に体験していることで、以来その効果を戦場において大いに役立てる事に成功していた。
その変化とは、スパイダー工場長が死ぬ間際に芽生えた動物由来のパラメーター、感情の体得であった。バーンはスケルトンであるにも関わらず感情が既に備わっていたのである。始めは情報ライブラリに過ぎなかった。環境の変化、人との交流により上下する自分の数値を使って他人の感情を推測して読み取るだけの機能であった。それでも相手の癖や表情、態度など全ての人間的要素を計算によって深読みし次の行動を高確率で予測する力はバーンの戦闘力と相まって無類の力を発揮し、彼を完全無欠の領域まで押し上げていた。ゆえに、バーンが単体であろうと少しのことでは敗北することはない。あるとすれば先日のティンフィストのようなパターンだ。十志剣に対バーンの陣形を組まれ攻略のための備えと研究をされて場合、敗北する確率が上がる。
「ようするに狙いは私であったか?」
バーンの目の前に十志剣が現れていた。カンがいる隣の戦場から一直線でここに駆けつけたのである。彼らはバーンを見つけると目つきを変えて、躊躇うことなく黙々と戦いの準備を始めた。その手際からバーンが標的であることは明白であった。
しかしバーンは動じなかった。先ほどの予想通りこちら側の最大戦力バーンを削ろうとする場合、十志剣をあててくることは明白だったからだ。また他にも落ち着いて戦いにのぞめる要素があった。それは到来した十志剣が9人であったからだ。この差分がどのような影響があるかバーンは既にある人物から情報を得ていた。
1人だけ異質な強さを持つ十志剣がいる。その者は齢20ぐらいで斬馬刀を持っている。と。
(斬馬刀持ちはカンの所で足止めを食らったか)
ティンフィストが片腕を犠牲にして得た戦闘データがここで活かされようとしていた。
そして対する十志剣もターゲットとしているバーンを見て覚悟を決めているようであった。皆、緊張した面持ちであり、特に板剣を持った者は半ば悟ったような様相で喋りだす。
「アイツ……1人で仁王立ちしてますけど……軍隊を用意したほうが良かったんじゃないですかね」
これに隊長らしき者が応える。
「弱音を吐くな。我々は対個人最強の部隊だろう」
「はぁ……早速山場が来たってわけか。では予定通り俺がいきます。陣形頼みます」
「うむ。板剣1魚鱗!」
十志剣は各種武器の使い手が徒党を組んで戦うにあたって相手に応じた陣形を用意している。特に格上の者と戦う機会が多い彼らは陣形により互いをサポートしあい力量差を補っていた。対バーンにおいては1の位置、つまり先頭に板剣を配置した菱形の魚鱗隊形でのぞむらしい。
バーンはその意図を瞬時に理解した。自分のフラグメントサークルを受けきれそうな者は屈強な体で板剣を持っている者ぐらいしかいない。もう1人巨躯でスパイククラブを持つ者も後ろにいるが恐らく自分のスピードについてこれないと踏んで板剣を出す選択をしているのだろう。そしてそれらの的確な判断を下すのは魚鱗の中央にいる侍の甲冑を着た者、テネンバウム。彼は以前から自分のデータベースに載っている。都市連合の正規兵でありエリート中のエリート侍だ。曲者揃いの特別憲兵隊立会人の中から選び抜かれた猛者たちを束ね、特憲隊長バードの直下にて脅威となる者を抹殺していく専門部隊の長。バーンとしてもこの者は是が非でもここで討ち取っておきたい対象であった。
恐らく斬馬刀がいない9人でも
「そうはさせない」
バーンはまるで生物のように闘志が湧き出ているような闘気を放つ。実際は高速で動くにあたっての動作機構の瞬間的な高熱化による空気の膨張であったのだが、十志剣の先頭を行く板剣持ちには死を予感させるだけの圧力としては充分なものであった。
「……ティンフィストと同じだな。今にもすっ飛んできそうな音と蒸気で間合いが分からねぇ」
躊躇する板剣持ちに対してテネンバウムが声をかける。
「サクマ!まずは探りだ。ティンフィストより遅いだろうが不用意に近づかなくていい。左右の大身槍と長剣も射程に入っているかもしれんから油断するな」
「はっ」
バーン1人に対して9人は囲いこむことをせずに、魚鱗の密集隊形を崩さずに距離を詰めていく。刃を交わさずともちょっとしたフェイントや構えの変更
で相手を牽制する。心理戦が既に始まっているのだ。先頭の板剣持ちサクマはその重圧だけで全身汗だくとなっていた。
その状況をバーンは見逃してはいなかった。恐らく自分の初手を相手は様子見のため受けにまわる。さすがに板剣で防げると思っているだろう。その計算は間違ってはいないがフラグメントサークルは長さからのリーチだけではない。先頭にある円状の刃は奥深くに食い込む。遠心力を最大限に利用した一撃は板剣持ちが受けても先端のサークル部分が横にいる長剣持ちに届く計算だった。ただこれは相手の計算外に伴う不意をついた攻撃であり、意識されると成功の確率は下がる。先ほどのテネンバウムの注意喚起により長剣持ちが意識していたら対策されてしまう。
(やはりかなめはテネンバウムか)
これまでの猛者達との戦闘経験を集約し伝達することで十志剣全体の力量を底上げしている。この男のノウハウとチーム運用はやはりバーンにとって厄介な存在であった。
ただ警戒されたとしても相手が受け身に回っている間は攻撃を試す価値はある。それに守りを固められていては陣形を崩す糸口を見つけられない。バーンはすぐに行動に移った。
瞬歩
長年の学習により骨格の構造を知り尽くしたスケルトンは自然と最適な移動技術を身につける。地を蹴らずに抜重して移動する人間古来の技によりバーンは音もなく最速で十志剣の陣形に接近し横薙ぎを払おうと試みた。しかしその刹那。相手集団の反応、特に先頭にいる板剣持ちの行動に違和感を覚えて攻撃を中止する。板剣を振り上げたのだ。胴ががら空きでまるで斬ってくださいと言わんばかりに隙がある。バーンの速さに反応出来なかったわけじゃない。板剣持ちの目つき、覚悟の表情を見て悟る。
(もしや……相討ち狙いか!)
板剣持ちは自分の死と引き換えにバーンへの一撃を企てている。横薙ぎで胴体を斬られてでも板剣を振り下ろそうとする気迫を見せたのだ。
(命令か?こ奴らは命を捨ててまで目的を達成するよう訓練されているのか)
ここまで十志剣が個人を討ち取ることに徹底している事実に驚きを隠せない。猛者狩り部隊として想定を上回る覚悟と準備をしてきている。志という文字を名に持つチームの覚悟は伊達ではなかったのだ。
しかし、十志剣側にも異変が見られる。特に隊長のテネンバウムが顕著に戸惑いを感じているようだ。
「サクマ……何をしている!指示通り防御に専念しろ!」
それでもサクマは前方に集中しながら反論する。
「これぐらいじゃないと奴を倒せませんよ!でなきゃさっきも長剣がやられていた」
「馬鹿を言うな!奴を討ち取ることが十志剣の最終ゴールではない!」
「これが俺らの仕事です!十志剣が減ったならまた増やせばいい」
「仕事のやり方は私が指示をする!……お前は余計な事を考えずに命令に従え!」
このやり取りをバーンは冷静に眺めつつも感嘆していた。我が身をていした人間の献身的な行動は嫌いではない。むしろ好意すら持ってしまう。隊長のテネンバウムさえ部下を思う言葉を発している。極悪非道な特別憲兵隊配下の十志剣がこのような行動をすること自体にも驚きを感じずにはいられなかった。
(聞いていた噂とは大分乖離があるようだな)
ただバーンはスケルトンならではの合理的な判断が出来る。敵として敬意を払いつつも板剣持ちの心情を計算に入れた動きを考えられるのだ。命を賭して戦っている状態は言い方を変えると生への執着が薄れているとも捉えられる。隙を微かに見せつつフェイントを多めに入れればどこかで命を捨てた行動に出て食いついてくると判断したのだ。バーンにとっては相手が食いついてくれさえすればいいのだ。
フラグメントサークル先端を逆にして棒側の突きを板剣持ちに繰り出していく。板剣持ちも無難にそれを防いでいく。さらに斜め後ろにいた大身槍持ちも参戦し突きで応戦しだした。さすがのバーンもこれには受けに回らざる得なくなる。その合間を狙っていつの間にか長剣持ちもバーンの懐へ入り込み、首もとのパイプを狙って斬り掛かってくる。先頭3人の連携は完璧だ。バーンは咄嗟に左手で払いつつ後ろに飛び退いた。そして傷ついた左手を見て呟く。
「流石の連携だな。ティンフィストが苦戦するのも納得だ」
十志剣はそのまま集団でバーンとの距離を詰めてくる。バーン1人に対して意識を集中し始めた形だが、この状況をバーンは望んでいた。元々、準備してきている十志剣の連携を前にして単独で勝利をもぎ取ることは難しく、戦うにしてもかなりの長期戦が見込まれる。単独が難しいのであればバーンのやるべきことは一点。遠くからの
動かなくなった上司の姿を見て後列の十志剣が思わず声を上げる。そしてその刹那。声に反応して振り向いた板剣持ち達を見逃さずバーンは容赦ない横薙ぎを繰り出した。
「あっ……!!」
板剣持ちは武器を構えようとする仕草のまま上下に両断される。さらにバーンの斬撃は大身槍持ちの両手をそのまま切断した。
一瞬にして十志剣は2名が戦死1名が戦闘不能になった。バーンは両腕を失ってうずくまる大身槍持ちを放置して一気に畳み掛けるようにフラグメントサークルを振り回す。こうなるともう勝負は決してしまったようなものであった。隊長と前列を失い、後方の見えない方向からの射撃を警戒しつつバーンと対峙するのはほぼ不可能で、何とか対抗し得るであろう巨躯のスパイククラブ持ちが反撃に出るも、バーンはそれが近づく前に斬り飛ばした。残りの十志剣も同じようなもので、野太刀、長巻、デザートサーベル、ショートクリーバー、人斬り包丁、薙刀と全ての十志剣が順にバーンによって屠られていった。連携を失った十志剣では個々にバーンと戦う術はなかったのだ。
「逃げずに使命を全うしようとするお前たちの戦いぶり、見事であった」
そのままバーンはすぐに辺りを警戒する素振りを見せると、そのまま収監所のほうへ走り出した。辺りには十志剣の屍が空しく残されていた。