Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
「頑張れシュライク。もうすぐバーンのいる場所に着く」
ガルベスがシュライクを肩で抱えながら引きずっている。ヒューヒューと空気の抜けるような呼吸音でシュライクは口から血を吐きながら応える。
「……ぬかったよ。やはりフグも来ていたんだな。同じ轍を踏んじまった……」
「喋るな。侍たちが引き返してくる前にここを引きあげるぞ」
「……私はここまでだ……。お前も狙撃されないよう板剣でガードしながら下がれ」
「…………」
フグが投じたと思われるボウガンの矢はシュライクの急所に刺さっていた。先行して侍たちを追い散らしたシュライクはフグによる狙撃のカウンターを受けて肺の箇所に矢を受けたのだ。
そしてガルベスには分かっていた。このまま担いでいてもさらに自分も狙撃の良い的になってしまうことを。正直なところガルベスにとってシュライクは知り合って日も浅く思い入れがあるようなメンバーでも仲間でもない。ただの共闘相手と言っていいだろう。シュライクにはバーンの制止も聞かずに深追いした落ち度もある。ここで共倒れするほどの義理はなかった。
「……すまねぇな。そうさせてもらうぜ」
「足止めする……勝てよ……」
「ああ、俺のためにも奴らには必ず勝つ」
ほんの少しの間、同じ目的のために協力した間柄でもある。ガルベスらしく気の利いた言葉は言えないまでも、精一杯の手向けの言葉が気がついたら口から出ていた。
そして言われた通りシュライクをその場に置いて、板剣を構えながら後退りを開始する。特別憲兵隊のフグは長距離射程のボウガンを使いこなす。これまでの情報を聞く限り恐らく射手としては都市連合だけでなく世界屈指の腕前を持つ。狙われた場合、確実にバイタルゾーンを狙った射撃を受ける可能性があった。ただし集中していれば刃の面積が広い板剣でなんとか防ぐことも可能であった。
スナイパーは一度撃つと位置を悟られないように移動すると聞く。ここまでシュライクを担いでこれたのも運が良かったからではなく移動していたからなのだとしたら、次の狙撃は異なる角度から放たれてくる可能性がある。ガルベスは生きた心地がしないまま、全方位に気配を集中しつつなるべく早く走りながら後退していった。
そしてバーンがいた最初の地点に戻ってくる。
(誰もいねぇ……!?しかも転がっている死体は……十志剣!)
ここでバーンが十志剣と戦ったことがすぐに分かった。しかし肝心のバーンがいない。予定では収監所襲撃組が撤退するまでこの地点で都市連合部隊を迎撃する手筈だった。遠く北に目をやると、反乱農民部隊と都市連合部隊がまだ戦闘を続けていのが見える。
(北へ加勢に行きやしないよな?南に反奴隷主義者がいないから収監所のほうへ退いたか?だとするとここのグリーンの援護も終わっていそうだな)
テネンバウムが矢で死んでいるのも確認したことでバーンとグリーンで迎え撃ったことに成功したことが読めたガルベスはここに1人で留まっても意味がないと判断し、そのまま収監所へ向かうことにした。
◆◆◆
ここで遠くの離れた砂丘からガルベスに対してボウガンの照準が向けられていた事を本人は知る由もない。矢が放たれなかったのは狙撃手に別の目的があったから。
狙撃手の名は特別憲兵隊フグ。都市連合屈指のスナイパーである。商人を装った籠には組立式の極大射程ボウガンが入っており、戦場にて単独行動し、その腕前を持ってして相手のキーマンを射抜いてきた。今回、彼には目的があった。それはノーファクション側のスナイパーであるグリーンを討ち取ること。これまで都市連合の貴族や要人が狙撃され死亡する事件が相次いでおり、フグは同じ狙撃手としてグリーンに目星をつけていた。なぜなら名うての狙撃手は世界においてそう多くなく、ノーファクションの主な狙撃手であるヘッドショットも既に暗殺が成功しており、順当に行くと犯人はグリーンしかいないからだ。しかしいつも痕跡を追い切ることが出来ず煮え湯を飲まされてきた。だから確証はない。しかし動機や実力からもはや該当者がグリーンしか当てはまらないのだ。だから今回の収監所襲撃には必ずグリーンが関わっていると踏んで、絶好の機会として出てくるのを待っていた。
フグは前線に出てきたシュライクを射抜くと、すぐに迂回してバーンのいる場所へ向かっていた。それは十志剣がバーンとぶつかることを把握していたからだが、グリーンの支援があるとするとここしかないと踏んで遠方で見張っていた。そして実際にグリーンはテネンバウムを撃ち抜き存在を現した。フグは十志剣の支援をしようと思えば出来た状況であったが、グリーンを倒すことを優先して十志剣を見殺しにしたのだ。
グリーンのおおよその位置が分かったフグは内心で歓喜する。
(十志剣が代償になるとは損害は大きいですが……やっと見つけましたよぉ?グリーンさん。散々虫のように隠れ回ってくれましたね!今こそケリをつけましょう)
フグはシュライクを抱えていた時のガルベスを見逃している。そしてまた再度バーンやガルベスを狙撃しなかったのは自分の位置が万が一グリーンにバレてしまうのを防ぐためであった。このままグリーンがいるであろう砂丘ポイントのさらに裏側に回り、確実にグリーンの息の根を止めることに専念していた。
そしてフグの執念は実を結ぶ。遠く離れた砂丘の頂上に砂漠と同じ色の布をかぶりうつ伏せでボウガンを構えている者を発見したのだ。その者は微動だにせずひたすら十志剣とバーンが戦った戦場にボウガンを向けており、収監所に近ずく者を射止めんとしていた。
フグであっても鼓動が高鳴り手が震える。長年追い求め幻のようにさえ思えていた対象がこちらに気が付かず、いまそこに背中を向け無防備になって横たわっているのだ。股間も大いに膨張していた。
(い、いけない。暴発してしまうわ。まずは気を静めないと)
静かに深呼吸をしてからボウガンのセッティングに入る。そもそもフグはグリーンの顔を知らない。かろうじてハイブ人であるということしか情報はなかったが、あの場所にいるのがハイブ人であればほぼフグの中では確定する状況であった。
(いずれにしろ殺すのが先ね……)
指に唾をつけて空にかざし、風の流れを読む。南西に風速1mほど。砂嵐もなく静寂に包まれた砂漠は狙撃にはうってつけの環境状態であった。
(布をかぶったって無駄よ、魔弾の射手さん。あなたの伝説は私が終わらせてあげますよ!)
音もなく放たれた矢は高速で飛んでいき、フグの思惑通り布をかぶっている何者かの頭部らしき部分を貫いた。フグは呼吸を荒げながらその様子を無言で観察する。矢が刺さった個所の布は徐々に血で湿っていく。
「やった……やったわ……。いや落ち着いて私。確認しないと」
一歩一歩踏みしめながら近づいていく。フグにとってこのターゲットの死亡を確認するまでの瞬間がたまらなく興奮する時間であった。それは性癖でありスナイパーとしての性分でもあった。特に駆け引き後の勝利など格別なものだ。ボウガンを構えながら足で布を取り去るとそこにはハイブ人の死体があった。ハイブワーカードローン型。事前情報と一致する。
しかし何か解せない。ハイブ人の中でも労働階級に位置し働きアリのように種族に恭順するタイプの者が狙撃手としての地位を確立し、ここまで伝説級のスナイパーになれるものなのか。
……いや、それほどの者をこうもあっさりと殺れるものなのか。
(考えても仕方ないわね。伝説の狙撃手も私にかかれば結局はこんなものだったのよ)
フグは少しの間、余韻に浸った後、その場を離れようとした。そして自分が感じていた違和感の痕跡を偶然目にすることになる。
「…………」
グリーンのいる場所までには一つの足跡しかなかった。ハイブ人特有の棒で刺したような足跡だ。それはバーンと十志剣が戦った戦場から延びている。ここまで来たときの足跡だろうが、時間が経過して少し埋まり始めている。それについては一見問題ない気がしていたのだが……。
いや、おかしい。
グリーンほどの狙撃手が足跡を消さずに歩くものか?さらにここで死んでいるハイブ人の大きさに比べて足跡が深い気がするのだ。それほど体重が重そうに見えない。フグはさらに辺りを見渡した。そしてある物に気がつくと一気にその表情を曇らせていく。
「こ……これは……」
フグは狙撃手として一流の暗殺者であった。時にはほんの僅かな痕跡から獲物のようにターゲットを追跡し、その類まれない集中力と狙撃センスにより屠ってきた。このような道で生きている者でさえ見落としてしまいそうなほどの微かな痕跡。足跡がもう一つ延びていたのだ。それは踏んでは手で消してを繰り返しており、何者かが意図的に足跡を消しながら移動している痕跡であった。これこそグリーンの通常の足跡だ。しかもそれはまだ新しく、手でならした跡が見て取れた。そのままその痕跡のほうに目をやるとフードをかぶった者が遠くでこちらを見ているのが分かる。手にはボウガンを持ちこちらに照準をつけていた。
「グ、グリーン……」
フグが言い切る前に矢が彼の胸を貫いた。
「ぐふ……」
逆流する血がフグの口から溢れ出ると、彼はそのまま背中から後ろ側に倒れ込んだ。そこに矢を放ったと思われる者が静かに歩み寄ってくる。
「グ……グリーンね?」
「そうだ」
矢を放った者はフードを脱ぐとハイブ人の顔をのぞかせた。その瞳はフグに軽蔑のまなざしを向けている。
「会いたかったわぁ……」
「相変わらず気持ち悪ぃ奴だ。まぁ俺もお前を殺すためにずっと探していたんだがな」
「嬉しいわ。あの死体は……フェイクだったのね」
「ああ。ずっと担いでて死臭がついちまった」
「私と……戦うためね……光栄だ……わ……」
フグはそのまま動かなくなった。グリーンは懐から1本の短剣を取り出すと、フグの死体の真横に突き刺した。
「……これであいつらも安らかに眠れるだろう」
そしてそのまま布のマントを肩にかけると颯爽とその場を去っていった。