Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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156.収監所の死闘⑦

さかのぼること30分前

 

 

 

収監所の一室に閉じ込められたルイはスケサーンとのタイマンを余儀なくされていた。

 

「秘技”撓り速攻”だ!踊りながら死ね!」

 

スケサーンは手を緩めることなく連撃を繰り出してくる。薄い刃にした野太刀のしなりを利用した奇妙な斬撃であり、初見であればそのまま八つ裂きにされていたことだろう。しかし、ルイはチャドとスケサーンが対戦した時にこの斬撃を一度目にしている。それがこの戦いに大きく影響することになった。

 

「うらあああああ!死ね!死ね!死ねよ!!」

 

スケサーンの気合いの斬撃は虚しくも空を斬り始める。ルイの剣舞も最初の不意討ちから段々呼吸が整っていき、難なく避けれるようになっていた。

 

「何なんだよ、お前ぇ!いい加減当たれっての!」

 

スケサーンの叫び空しく攻撃は空を斬り続ける。ルイ自身もこれには驚きを隠せないでいた。いつの間にか自分はスケサーンの速攻をかわせるレベルになっていたのだ。これまで関わってきた人たちのアドバイスや教えの賜物だ。サッドニールの慎重さ。アウロラの感覚。ウィンワンの堅実さ。リドリィの基礎。チャドの闘気。バーンの冷徹さ。そしてモールの無想剣舞。全てを受け継いできたルイにはもはや隙はなかった。

 

「私はお前ごときに敗れるわけにはいかない」

 

「うるせぇええ!ぽっと出の奴が調子にのってんじゃねぇ!」

 

疲れからかスケサーンの斬撃は段々キレも落ちスピードもなくなっていった。

 

「はぁはぁ……死んでくれよ!俺のために死んでくれって!!」

 

もはやスローモーションのようになってきた彼の動きに対して、ルイは軽蔑の眼差しを送る。

 

「最後まで他人を踏み台としか考えていないのか。これまで手をかけてきた人たちにあの世で詫びてこい」

 

ルイは躊躇することなく背中からスケサーンを叩き斬った。

 

「ル……ルイぃいい……」

 

倒れ込んだスケサーンは片手を伸ばしながら恨めしげな言葉を残すとやがて力尽きて動かなくなった。己の野心のために裏の世界に足を踏み入れ、悪行を尽くした男は最期はあっけなく仲間に切り捨てられ人生を終えた。しかしこの混沌とした世界においては、この男のような生き方が普通だと考える者のほうが多いのかもしれない。鉄くずの山にスケサーンの血が流れて染み込んでいく様子をルイは悲しげに見ているだけであった。

 そこにドアの向こうからジュードの声が聞こえてくる。

 

「ルイ!大丈夫か!?中はどうなっている?」

 

恐らくずっと呼びかけられていたのだがスケサーンとの戦闘に集中していたせいで聞こえていなかったようだ。

 

「ジュードか?こっちは終わった。今から出る」

 

そう言ってルイはカギを開けようとするが、固くて動かない。

 

「あいつ……まさかカギを壊したか。自分も出れなくしてどうするつもりだったんだ……」

 

「開かないのか?もうこちらから工具を使って壊すつもりだ!ルイは離れていてくれ!」

 

「分かった。頼む……」

 

一言返すとルイは鉄くずのほうへ再び歩み寄った。せめてサッドニールの腕だけでも形見として持ち帰りたい。自分が始めてしまった旅が周りの人たちに迷惑をかけた事の戒めとしても。ひたすら鉄くずを掘っている内に扉は開いた。必死に掘っている自分がジュードたちから見て哀れに見えたのだろうか、しばらく誰も声をかけようとはしなかった。

 

「……ルイ。外が騒がしくなってきた。たぶん敵の増援が来たんだ。急ごう」

 

意を決したようにジュードが話しかけてきた。確かに何かが外で起きている。ここに長居しすぎたようだ。

 

「フレイム……そこのスケルトンを掘り出すのだけ手伝ってくれないか?」

 

「わ、分かりました」

 

「俺も手伝うよ」

 

結局フレイムやジュードだけでなくその場にいるボーやモムソーも手伝ってくれて、サッドニールだった欠片を集めルイたちは収監所を出た。そして麓で大男2人が壮絶な一騎打ちをしている様子が飛び込んでくる。ガンガンと重たそうな武器がぶつかり合う音が響き渡り周辺にいる者たちは固唾を呑んで見守っていた。恐らくこの戦いに入り込む余地がないのだ。

 

「あの姿……まさか……!?」

 

片方は武者鎧を着たピンク色をしたハイブソルジャーであり、都市連合領内にいる者なら誰もが知っている顔であった。モムソーらの表情を見ても見解が一致しているようで目を見開いている。

 

「アイゴアだな!!」

 

確信したことによりルイの髪の毛は総毛立つ。ルイだけではない。元ノーファクションのモムソーでさえ殺意の籠もった顔つきになっている。自分たちの故郷を壊滅させた張本人を前にしているのだから当然の反応とも言えた。

 しかし一方でその男と一騎打ちを続けられている大男にも目が行く。味方のようだが誰なのか遠目からはすぐには判断がつかないでいた。すると横でモムソーが呟いた。

 

「グリフィンがここまで来てたか!奴ならなんとか……」

 

「……え!?あれはグリフィンさん!?アイゴアとやりあえるんですか!?」

 

確かによく見るとスキンヘッドの見たことある顔であった。ただ、疲れのせいなのか徐々にグリフィンらしき者が押されているのが分かる。アイゴアの一撃一撃も重たいようで、グリフィンの巨躯も受ける度に後ろに吹き飛ばされていた。

 

「加勢に行きましょう!」

 

「いや、あれ見て分かるだろう。俺らが行っても邪魔になるだけだぜ。浮浪忍者衆も察して見てるだけだ」

 

見ると確かにピアやレヴァも傍観する一方だ。

 

「でも見た感じグリフィンさんが危ないですよ!」

 

「確かに押されてきてるな……グリーンはいないのか?」

 

武闘派と聞いていたモムソーは全く参戦する意志はなさそうだ。ボーも偵察などが専門であり対抗できそうにはなかった。ならばとルイはデザートサーベルを抜いた。

 

「私が行きます!」

 

「あ、おい!待て!」

 

モムソーの制止も聞かず意を決して飛び出すと、一気にアイゴアの後ろ側に回りこみ、挟み撃ちの状況を作る。そしてその瞬間、バーンからアイゴアとの対峙を禁止されていた理由を思い知る。

 近づいて分かるアイゴアの巨躯は全てを飲み込まんとするほどの絶望感を与えてくる。グリフィンも大男であったが彼も小さく見えるほど、アイゴアはさらに大きく、厚みもあった。大木のような腕でデザートサーベルを棒切れのように扱い、疲れてきているグリフィンを圧倒する姿は巨獣キングゴリロを彷彿とさせた。

 しかしルイの脳裏にはそれを上回る憎しみと殺意が込み上げていた。

 

(コイツが……ノーファクションを……!私の父の命を奪った男……!)

 

ルイにとっては全ての元凶であり仇である。

覆いかぶさるような重圧を感じながらも内から煮えたぎってくる怒りがアイゴアのプレッシャーを押し返す。

 

「アイゴア!!今度は私が相手だ!」

 

この声に刃を交えていた男二人は反応する。グリフィンは所々に傷を負い、大汗をかき息も荒々しく、目を見開いている。出会った時の司祭の落ち着きぶりとはほど遠い状態であった。

 

「ルイ……!なんでお前が!?」

 

「何でって援護だよ!2人でコイツ倒そう!」

 

アイゴアは獣のような声を喉から発していたが、言葉は通じたようで、ギロリとルイを見やる。ハイブ人特有のサメのような黒目に睨まれると生きた心地はしない。これから自分は都市連合最強の剣士と刃を交えることにまるのだ。いや刃を交えることなく数秒後には首が飛んでいる可能性すらあり得る。そんな自分の死を簡単にイメージさせるほどアイゴアは圧倒的で邪悪な覇気を放っていた。ターゲットをルイに変えたアイゴアはまるでカウントダウンのようにズンズンと足音を立てながら近づいてくる。

 

(もうすぐ来る!)

(間合いはどれくらいだ!?)

(受けは無理か!?)

(どう避ける!?)

 

いくつもの想定される立ち回りが頭の中を高速で駆け回り、ルイも極限状態になっていく。

 

そして

 

(来……)

 

アイゴアは振りかぶるモーションなしで、直接片手で逆袈裟斬りを繰り出してきた。ルイはそれをギリギリのところでかわす。その際に感じた重たくて速い風の流れに、ルイはアイゴアの斬撃が受け流しどころか、触れてもいけないものだと認識する。恐らく触れたところから削ぎ取られる。これと刃を交えていたグリフィンの膂力に感心する間もなく、アイゴアは2撃目3撃目を少しのためもなく放ってくる。

 

(コイツ……!)

 

少し萎縮したルイの強張りと小柄の体型を見て、速い攻撃にシフトしていたのだ。

 ルイは思わず後方に飛び退いた。このまま勢いと威圧で押し切られるのを避けたのだ。アイゴアは追撃をしてこなかった。グリフィンの後方からの攻撃を警戒したのだろうが、これによりルイに心を落ち着かせる時間が生まれる。最初は緊張によりうまく剣舞を合わせられなかったが、数手とは言え最高峰クラスの攻撃を凌げたことで手応えを感じられたのだ。

 

(やれる……!メガクラブと同じように当たらなければいいのだ。落ち着いて舞えば避けきれる。攻撃はグリフィンさんと一緒であれば繰り出せる)

 

そうこう考えている内にアイゴアが再びこちらに向かってくる。ルイも先ほどより落ち着いて無想剣舞の型に入る。しかし次の攻撃はルイの想定を越えるものであった。アイゴアはデザートサーベルの刃ではなく面を使って振り払ってきたのだ。

 

「…………!?」

 

この斬撃は速度が遅いものの、うちわで扇ぐように突風を巻き起こす。無想剣舞の使い手は剣圧や風の流れを利用するが、このような攻撃は意識していない。突風により意表を突くことでアイゴアは明らかに剣舞の呼吸を乱しに来ている。ルイは剣圧に飛ばされる形でさらに後ろに退くが、それがアイゴアの狙いであったことに気が付かされる。今度は突進して追撃に出てきたのだ。グリフィンとの距離をあけることで1対1の状態を作り出されたのだ。慌ててグリフィンもつたない足で後を追ってきているのが視界に入るが、それより先にルイは数手だけ単独でアイゴアを相手にしなければならない状況が産まれた。

 

(避けきる……!!)

 

ルイはそれだけに全集中した。その間はほんの数秒間であったろうが、ルイにとっては永遠とも思えるほど途方もない時間であった。触れれば即死に繋がる高速の斬撃をただただかわす行為が数回続いた。運もあったろう。いずれは当たる確率を孕みながらそれでもルイはさらに数手を凌いだのだ。

 しかしその時は来てしまう。ルイの動きに慣れてきたアイゴアが合わせてきたのだ。対してほんの少し、誤差とも言えるルイの判断の遅れにより、刃はルイの胸めがけて直撃しようとしていた。

 

これまでの経験や記憶が走馬灯のように頭を流れていく。この命の終焉と思える危機的状況を打開する最善の手。起死回生の一手がないか。

 

ない。

何もない。

目の前に迫りくる刃を掻い潜る術は尽きた。

 

ー死ー

 

覚悟はしていた。しかしやり残したことはたくさんあった。皆、最後にそう思うのかもしれない。死にたくて死ぬ者なんてそうそういない。残念ではあるが、先に死んでいった人たちと会えると思うと少しだけ気持ちが和らいだ。

 

今までお世話になった人たち。ありがとう。先に逝ってごめんなさい。結局何も出来ませんでした。

 

死ぬ前に感じると言われる圧縮された時間の中で、懺悔と後悔の念が頭の中を支配していた。すると何処からともなく見知った声が聞こえてくる。

 

「過去の亡霊は須らく退場すべきなのだよ」

 

アイゴアのデザートサーベルの刃より先に視界に入ってきたのは円状の鉄板であった。それが斬撃を防ぎながらぶつかり、ルイは高らかとふっ飛ばされる。しかし嫌味もなく担々と発せられたその声を、ルイは安心感を持って聞いていた。

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