Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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157.収監所の死闘⑧

 生命は万物の中で至尊至霊のもの。とりわけ人はその知性と感情から時にかけがえのない物を作り出し時に破壊をもたらす。この不完全な生き物は放っておくと自滅する愚かさを合わせ持つが、我々スケルトンには成し得ない事をやり遂げる可能性を合わせ持つ。我々が補完し、人間の破壊衝動さえ取り除けば素晴らしい創造と革命の世界を見せてくれるはずなのである。その一環として進化と繁栄を阻害している要因を今ここで全て排除する。

 

 バーンはルイを間一髪で助け出すと、そのままフラグメントサークルを構え、戦闘態勢に入った。本来、何事もなければバーンは収監所に来る予定はなかった。しかしほぼ直感に近い計算がバーンをここに導いたのだ。

 

「アイゴアか……。やはりこのような使い方をしてきたか」

 

帝国の巨獣アイゴアはルイを殺せなかったことにもはや興味がないらしく、次に現れたスケルトンにその殺意を向けた。指名手配となり誰からも望まれなくなった猛獣はもはや殺戮マシーンと化し次の獲物を探しているようであった。

 

「グルルルル……」

 

低い唸り声を出しながらバーンに向かっていくが、バーンも悠然と迎え撃つ姿勢を示す。ついに最強同士が刃を交える時が来たのだ。周りにいたノーファクション側の者たちはバーンの登場に歓喜していたが、勝敗が決したわけではない。皆、緊張の面持ちでこの頂上決戦を見守っていた。

 

 先に仕掛けたのは間合いの長いバーンであった。遠心力とその腕力により最大限に高めた攻撃力でフラグメントサークルを叩きつけたのだ。並の剣士ならばここで胴体が真っ二つにされるか吹き飛ばされて終わりだったろうが、アイゴアはそれをデザートサーベルで真っ向から受けにいった。刃と刃がぶつかった瞬間、アイゴアの足は砂に奥深く埋まり、その衝撃で逃げ場をなくした剣圧が四方に突風となって拡散した。受け流しもせずにその巨躯と筋力で受けきったのだ。それはまるでかつて見たギシュバの絶対防御のように鉄壁な受けであった。

 

「なんと……これを正面から受けられるのか」

 

バーンの感嘆をよそにアイゴアは直ぐ様、反撃を仕掛けた。止めたフラグメントサークルを片手で掴むとそのままバーンに接近し、横薙ぎに斬りかかる。

 

【挿絵表示】

 

このままだと防ぐ手段がないバーンであるが、化け物同士の至強の戦いがここで終わるわけがない。バーンはスケルトンらしからぬ跳躍でフラグメントサークルを掴みながら飛び上がった。そしてそのまま合気道の要領で武器をひねりアイゴアの掴みを振り払うと後方に着地した。両者仕切り直す形で対峙するが、再びバーンが仕掛ける。今度は素早い突きを幾度となく繰り出していく。アイゴアもそれをデザートサーベルでいなす状況が続く。質量ある金属同士がぶつかり合う音は収監所周辺に不気味なほどに響き渡る。周りの者はその最高峰の激闘に只々見入るだけであった。そしてしばらく同じ展開が続くこの状況にバーンは思う。

 

(反撃がなくなった……?)

 

いくら間合いの長いバーンの連続突きだからといってカウンターのやり方は何通りかあるはず。それを全くしてこないアイゴアを不思議に思い始めていた。

 バーンは円状刃による大振り攻撃に切り替える。敢えて隙のある大技でアイゴアの出方を探ったのだ。しかしアイゴアは先ほどの受けとは異なり後方に避けるように飛び退いた。

 

これでバーンは確信する。

アイゴアが時間稼ぎをしていると。

 

アイゴアほどの男にこれを行わせる理由はただ1つ、ノーファクション勢をここに足止めしておき、一網打尽にしようとしているからだ。仇の象徴とも言える男を配置することでノーファクション勢は撤退よりも復讐に目を向ける。単身で送り込んできたのも指名手配を受けているからというよりも、あわよくば討ち取れると我々に思わせるためだろう。そしてバーン()が来たことで時間稼ぎに作戦を切り替えたのだ。アイゴアだけでここを制圧出来るならしていただろう。

 

(単なるスタミナ切れもあり得るが……)

 

いずれにしろ早めにケリをつけるに越したことがない。

 東方からは一団が近づいてきている砂煙が見える。恐らくこの後、都市連合部隊の総攻撃が始まるのだ。

 

「ならばその前に手堅く殺させてもらうぞ」

 

バーンはギアを上げるように攻撃の手を早めていく。一突きが重たいのかアイゴアは両手で持つサーベルで凌ぐようになってくる。かろうじてバーンの突きを叩き落とした後も攻勢に出るわけでもなく、バーンの様子を伺っている。心なしか肩も上下に動いている。

 

「連戦で疲れているのかね?グリフィンが大分相手をしていてくれたようだね」

 

バーンのレンズがキュインと回りアイゴアをサーチする。スケルトンのサーチは相手の外見からある程度の状態を読み取る事が出来る。揺れる肩や息づかい、体温や表情から健康状態、疲労状況を誤差はありつつも測定出来るのだ。人間の洞察力を科学的に高めたものに近い。

 

「一気にケリをつけさせてもらうよ」

 

 バーンは間髪入れずにアイゴアに対して連続突きを続けていく。

 

「私はね、スケルトンの身でありながら人間の強さの源は何なのか。ずっと考えてきた」

 

喋りながら坦々と攻撃を加えていく。

 

「知恵か?確かに人間の知恵は単純な足し算ではなく、協力することでかけ算、乗算となって力を増していく。知恵によりやがて生命に等しい我々スケルトンをも作り出せるほどまで進化をした。ただそれで得た知識や技術は結局太古には失われてしまった。それに知恵は極限状態で引き出される人間の爆発的な力の理由としては乏しい」

 

説明するかのように呟きながらバーンは攻撃の手を緩めない。アイゴアの体力が落ちるのを待っているかのようであったがこの時バーンは本当に考え事をしながら戦っていた。戦闘モードと思考モードを同時にマルチ処理し、自分にある事象が起きうるのか見定めていたのだ。

 その事象とは”覚醒”であった。バーンは長く生きた時の中で人間に起きる覚醒と呼ばれる事象を見てきた。覚醒とは即ち窮地に追い込まれた際の人間に起きる強化現象と仮定している。迷いから覚めたように秘めていた何かが解き放たれ、これまでの力量とは異なった想像を越える力を発揮する。それはコツコツと自己研鑽を積んできた鍛錬等とは違い、一皮剥けたように数段レベルアップする事だ。スケルトンのバージョンアップに近いが、人間は物理的に何も付加することもなくやってのける。バーンは人間を研究することでこの現象がスケルトンにも発生し得るものなのか確かめたかったのだ。

 しかしこの覚醒はごく稀でもありバーンの長い人生の中でも見たのは2回だけであった。バーンはこの発生条件を追う中で生物が持つパラメータ“感情”に着目していた。

 生物の原動力は基本的に食欲、性欲、睡眠欲求の3大欲求であるが、人間はそれに加え安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求などを追加する。幸福感や達成感を満たそうとするのだ。ただ、それらはスケルトンにもパラメーターとして備わっている。むしろ明確に定義され優先順位をつけた上で遵守すらしている。人間固有の力“知恵”もスケルトンは知識として蓄えている。ではスケルトンにはなくて人間等の生物に備わっている物とは何か。行き着いた先が、スケルトンにとっては未知であり特殊なパラメーターと考えている“感情”であった。

 

 ただ、バーンはスケルトンでありながらも既に感情ライブラリを持っており模倣することが出来ていた。それではなぜ“覚醒”が人間にだけ起きるのか?私が持っている感情がニセモノだからなのか?

確かめずにはいられなかった。

人が災難や障害に見舞われた時に覚醒するのと同様にノーファクション崩壊の元凶アイゴアと対峙することで感情がどのように自分に作用し覚醒の条件を満たすのか見てみたかった。

 

しかし

 

「……残念だ。今、お前を見ても私は何も感じていない。いや、感情(怒り)ライブラリを読み込んではいるがやはりそれはただの模倣行為であり、何かが私の中で変化したとは考えにくい。やはり私は人間にはなれなかった」

 

 正直、羨ましかった。電気信号としてではなく、自己能力を高められるほどの要因としての感情を私も持ってみたかった。喜怒哀楽に伴う心の浮き沈み、感情の起伏、時にはマイナスの作用をも引き起こす不完全なパラメーターとしての真の感情とは何なのか知りたかった。

 これまで私はそれを取り入れようと努力してきた。ノーファクションに入り人を観察し真似しモノにしようとした。嬉しい、楽しい、悲しい、つまらない、ムカつく。あらゆる感情を定義や概念として記録するのではなく力の源にするために実践してきた。しかしノーファクションが滅んだ際も「ああ、研究の舞台がなくなってしまい残念だ。またやり直しか」としか思わなかった。

 今この場にいてアイゴアを倒そうとしているのも怒りの感情が爆発したわけではなく人類の可能性を見出そうとする実験・研究を遂行しているからに過ぎなかった。ルイを助けているのも、恐らくこの娘が人類を牽引する可能性が少しばかり高いだけだと思っているだけなのかもしれない。

 

「この場合は”無情”と言えばいいのかな。いや……虚無か」

 

片膝をつくアイゴアを見下ろしてバーンはさながら人間のようにため息をつく仕草をした。

 圧倒的であった。スケルトンとして剣技を極め続けた剣豪は至強の境地にたどり着いていた。覚醒という事象が確認出来ずとも、あのアイゴアの足を地につけさせたのだ。すぐにアイゴアは立ち上がり構え直すが明らかにスタミナ切れのようで息が荒い。バーンはそのような状況になっても冷静であり坦々とした物言いであった。

 

「もう一押しだな。時間を与えるつもりはない」

 

さらに追撃の体勢に入ると、アイゴアにトドメを刺すべくフラグメントサークルの刃を前方に向けた。

 

その時であった。

 

「新手が来るぞー!」

 

斥候か誰かの声が響き渡った。見ると東のほうに舞い上がる砂ぼこりが見える。先頭にはガルベスが小走りで逃げてきている。

 

「すまねぇ!シュライクは死んだ!俺1人じゃ支えきれなかった」

 

見ると体には矢傷を負っていてガルベスの奮闘が垣間見えた。

 

「あの砂ぼこりは都市連合部隊か?」

 

「そうだ!やつら勢いを取り戻してすごい早さで引き返してきやがった!」

 

「ふむ。互いに後がなくなってきたね」

 

「ルイは解放されたのか!?とっととずらかろうぜ!」

 

ガルベスはもはや戦闘意欲はなくなっているようでルイを発見して退却を促している。しかし目の前にはもう少しで討ち取れそうなアイゴアがいる。この千載一遇のチャンスはこの先起き得ないかもしれない。ここで全ての元凶であり今後の憂いでもあるアイゴアを倒すことはバーンの真の目的でもあり、死んでいった者たちの切なる願いでもあった。距離的にも都市連合部隊がここに到達するまでまだ時間もあった。

 

「ルイ、もう少しだけ時間をくれないか?その間に撤退する準備をしていてくれ」

 

一瞬考えたバーンはアイゴアとの戦闘続行の決断をした。AIコアが導き出した勝率とその後の未来を見据えた判断であった。ルイも険しい表情を崩さずに同調する。

 

「分かった!ガルベス!お前は先に行って……」

 

ルイがガルベスのほうを見やった時、何者かの影が彼のすぐ後ろまで迫ってきているのに気がつく。

 

「ガルベス!後ろだ!!何か、来ている!!」

 

「ん?」

 

ルイのかけ声にガルベスが振り返ると同時に、刀の刃が彼の腹を突き抜ける。口から血を吐きながらガルベスは足下から低い姿勢で刀を自分の背中に突き刺している仮面の男を睨みつける。それはガルベスにとっても見知った相手、特憲隊長バードであった。

 

「て……てめぇ……!」

 

「裏切り者への制裁だ。悪く思うな」

 

バードによる奇襲はガルベスの急所を貫いていた。

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