Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
バードの刀が抜き取られるとガルベスは2、3歩前に歩いてから倒れ込む。
「ガルベス!!」
ルイは駆け寄り彼の様態を見るが、腹部を刺されており出血も止まらない。
「お、おい……しっかりしろ!」
「へっ……死ぬときは……呆気ないものだな」
普段の威勢とは程遠いガルベスの青ざめた様相で取り返しのつかない事態であることを察しつつも、ルイは健気にも勇気づける。
「大丈夫だ!お前はもう医療班に連れて行かせる」
「リドリィ……俺も悔いはないぜ。やってやった……」
「ガルベス……!!」
そのままガルベスは首を垂れて、ルイの呼びかけにに二度と応えることはなかった。かつては敵として戦ったこともあり性格にも難があった男だった。しかし味方として戦っていた頃は頼もしかったし、少しだけ丸くなってからは憎めない奴でもあった。2度と悪態をつくこともなくなったガルベスの動かなくなった虚ろな表情を見て、ルイはそのまま静かに立ち上がった。そしてバードを怒りの形相で睨みつける。
「吟遊詩人だな。あんた特憲の隊長らしいな」
「ああ。それが何か?」
「レッドを騙し討ちしたのか?」
「殺しはした」
「特憲がやってきた悪事は全部お前の指示か?」
「各自の判断に任せているが、方針についてはそう考えて差し支えない」
「そうか……。なら容赦しない」
担々と回答するバードに対して、ルイはデザートサーベルを抜き、戦闘態勢に入った。いつの間にか横にはピアとレヴァも並び共闘の姿勢を見せる。
「コイツなら私らもやれそうだ。お前の無想剣舞に合わせて動く。油断するなよ」
浮浪忍者の3忍が横にいる心強さを感じつつ、ルイは一歩前へ出る。
特憲隊長バード
仮面をかぶったこの男は殺気もなく飄々と立っている。細身でパワータイプではなさそうだが、不気味な気配を醸し出しているのだ。バーンからの情報共有によると、無限の太刀を使うと聞いている。ウィンワンの型をなぜコイツが使っているのか不明だが陸の型まで極めていて相当厄介のようだ。しかしバーンがアイゴアの相手をしている今、この男は何としてでも自分たちの手で倒すしかない。
(相手の動きを初動から瞬時に読み取るらしいな。無想剣舞は相性悪そうだけど、ピアとレヴァもそれを認識した上で動いてくれる)
ルイはためらうことなく勢いに任せてバードに斬り掛かっていく。
しかし
「……痛っ!?」
自分の攻撃があたらない代わりに、武器を持つ右腕に痛みが走る。バードは最小動作でルイの一撃を避けつつ右腕を斬りつけていたのだ。高速で動いているルイの動きを初撃で合わせる。これは無想剣舞を知っているピアやレヴァよりも動きを捉えていることになる。ルイは斬りつけられた拍子にデザートサーベルを落としてしまい、それを見たバードはさらに追撃する様子を示した。しかし、ピアとレヴァが横から挟み込むを姿勢を取ったことで後方へ退いた。
「おいおい、しっかりしてくれよ!」
レヴァが背中を見せながら煽ってくる。
「くっ……!バードは思ったより危険な奴だ……こっちも完璧に連携しないとやばい」
ピアも同感のようで新たな提案をしてくる。
「ルイ、忍者刀に持ち替えて。3人の物量で裁けないほどの高速攻撃をしかけよう」
「確かに……。バードがこっちの動きを読み取っても何も出来ないぐらいの猛攻でいこう」
3人は仕切り直して横一列に並ぶと、一気にバードに向かって飛びかかっていく。浮浪忍者が得意とする超高速連携攻撃だ。しかしバードは懐から2本のクナイを取り出し、器用に左右のピアとレヴァに投げつける。突進していた2人は急な飛び道具の反撃に意表を突かれつつも、ギリギリのところで忍者刀で弾く。しかしその誤差が3人同時攻撃のタイミングを少しだけ狂わせる。連携の経験が浅い中央のルイはそのまま無想剣舞をすることなく、勢いに任せて斬りかかるが、バードに難なく避けられる。同時に横っ腹を強く蹴り飛ばされ、ルイは自分の勢いと合わせて斜め前方に大きくふっ飛ばされてしまう。受け身を取ったルイであったが、蹴りで肋を痛めたようで立ち上がろうとするとズキリと痛みが走る。一方、遅れてピアとレヴァが斬りかかるが、これをバードは真っ向から迎え撃つ。しばらく2人が連撃を繰り出しバードが受ける形となるが、受け流されたり、避けられたり、いなされたり、目がいくつもあるのではないかと思わせるほど捌かれていく。
「くっ……こいつ化け物か!?ルイ!早く加勢しろ!」
押しきれる余地がないと悟ったレヴァが声を上げる間にもバードが反撃を開始し、次第に2人が押され始めていく。それを見たルイは痛みを堪えて立ち上がる。
「にゃろお……!」
そのまま忍者刀を拾い上げ、後ろからバードに斬りかかる姿勢になった。しかし視線を戻したルイの目にはピアとレヴァが既に傷を負わされている様子が入ってくる。目を離したほんの少しの間だけで3忍の2人が斬り負けていたのだ。ただ、呆けている場合ではないこの状況で、果敢にも背中を見せているバードに飛び掛かっていく。
「うらあああ!」
ルイの声に反応したバードが振り返ると、腕を斬られて出血していたピアもここぞとばかりに斬りかかる。
しかし
「ピア出るな!」
膝をついて参戦が遅れたレヴァの制止と同時にバードが再度ピアのほうに向き直る。そして瞬間的に傷を負ったピアとバードのタイマンのような状況がうまれてしまう。
この状況にルイは既視感があった。それはハウラーメイズにおけるメガクラブとアウロラの戦いであった。今にも見知った仲間の命が奪われようとしている焦燥感に近い感覚だ。
「やめ……」
バードのカウンターのような逆袈裟斬りは音もなくピアの体をすり抜けていった。一見、手品で何も斬っていないのではないかと思わせるほど、豆腐を斬るように綺麗な太刀筋であった。
しばらくの静寂の後、ピアの口もとから一筋の血が流れだす。彼女はルイを見て振り絞るような微かな声を出した。
「退……け……」
ピアは胴体を下半身とは別の方向に傾けながら倒れていった。誰もが遠目でも分かるピアの戦死にレヴァは発狂したように叫ぶ。
「ピアぁぁああああああ!!!!」
彼女は忍者刀を持ち直し、猛然とバードに飛びかかっていく。しかし猪突猛進の突撃はむなしくも空を斬り、バードに背中を斬られてそのまま前方に倒れ込んだ。レヴァは倒れた後もピアの元へ這って行こうとするが、やがてユックリと止まった。ルイはその様子を茫然となって見ているしかなかった。
浮浪忍者3忍の2人が共闘したにも関わらず、あっという間に敗れた。バードは想定を上回る圧倒的な力量の持ち主だったのだ。駆け引き、老獪さ、立ち回り、筋力以外の技術を極限まで極めており、アイゴアとは違い精神的な嫌らしさを全て兼ね備えていた。
しかしこの絶望的な状況下でもルイはフラリと立ち上がり、武器を構える。
「ピアは……本当は戦いたくなかったんだ……」
ピアの生気の抜けた虚ろな目を見て、本当に彼女が死んでしまったのだと改めて認識する。レヴァのほうは目に涙を浮かんでいるが彼女ももはやピクリとも動かなくなっていた。
「何で他人を傷つける?奪おうとするんだ?」
仲間を殺された怒りは当然心の中で沸々と煮えたぎるように沸いていた。しかしピアとレヴァがやられ自分には完全に勝機がないことも悟っていた。身近な人の死にも慣れて麻痺してしまってきている部分もあるのかもしれないが、圧倒的なバードの力量を前にして、ルイは逆に冷静な判断が出来ていた。もはやバードの技術力を上回るバーンの破壊力ぐらいでないと奴は倒せない。だから今は自分に出来ることに専念するしかない。バーンがアイゴアを倒してこちらに加勢に来るまで、ルイは何でもいいから少しでも時間を稼ぐ作戦に切り替えたのだ。
それに単純に知りたくもあった。ホーリーネーションやカニバルのように理念や文化の違いがあるわけでもない都市連合という国家がなぜここまで他人を蹴落とすような行為を平然とするのか。何を思って、どんな感情で傷つけるのか。思いのたけをぶつけてみたかった。
ボソリと呟いたルイに対して、意外にもバードは反応した。
「戦意喪失か?まぁ敢えて応えると人間の、いや動物の本質だからではないか?生物は皆、他者から搾取しないと生きられない。食物連鎖の普通の営みだろう」
「人間同士で殺し合う必要はないはずだ……。なぜお前らは協力しようとしない?」
「そう言って裏切る者どもを我々は何度も見てきたからな。結局最後には自分の環境を優先する人間が大半を占めているからだろう」
「ふざけんな!お前ら先にノーファクションを裏切ったじゃないか!」
「裏切ってなどいない。ローグは秩序を乱していた。安定を壊す要因だったのだ。我々は対話の路線を探っていたが、ローグがそれを拒否した。過去の悲劇は彼自身が選んだ結末だ」
時間稼ぎのつもりで話しかけたルイであったが、バードの一方的な主張に徐々にヒートアップしていく。
「ノーファクションは食糧不足で苦しんでいる人たちを助けようとしていた。お前たちの勝手に定めた秩序やら安定には何も関係ないだろ!」
「視野が狭いな。ノーファクションのような新興勢力の台頭こそがノーブルサークルの立場を危うくしていたのだと気がつかないか?」
「お前らの立場なんて知るかよ!ようはお前らだけが利益を享受できて満足する世界にしたかっただけだろ!笑わせんな!」
「……ふっ。そういうお前はどうだ。自分が満足する価値観を押しつけているのはお前も同じではないか?」
「なに……?」
「私は私で自分が正しいと思うことを遂行しているまでだ。理想だけ並べて実現性のない主張を責任ある国家側に押しつけないでもらいたい」
バードの抑揚があり強弱つけた物言いは自分が間違っているのではないかと錯覚させる凄味が感じられ、ルイは一瞬怯んでしまう。
「結局、この世界では主張を通すためにもある程度の力が必要だ。そして考え方が異なり相反するならば、最終的には戦って相手を倒し決着をつけるしかないのだ」
ルイにとっても納得のいく部分もあった。現に自分たちも武力に頼って攻めこんでいるし、もはや彼らに対しては分かり合う隙がないほど憎悪で満たされていた。
「そして今日お前たちは剣士としてここで敗北し、その生涯を終える」
「……」
「しかしまだやり直す余地はある。敗北と非を認め、改心していくのも勇気だ。武器を捨て大人しく投降しないか?悪いようにはしない」
急にバードは優しい口調になり自らの刀を下ろした。これまでの特憲の所業と本質を見ていれば、この場を楽に制圧するための嘘であり、本音で話していないのは理解できた。
「非……か」
「そうだ。お前が矛を収めれば他の者もお前に従って投降するだろう。見ろ。都市連合の軍隊も追いついてきた」
バードの指す方向からは侍の集団が大挙してこちらに走ってきているのが見て取れた。この状況を見る限りルイは確かに非を感じていた。それはバードが主張する非ではなく、判断が遅れたことで仲間を危険に晒してしまっている非であった。モムソーを始めとして他の者が迎え撃つ構えを見せていたが、このまま戦っていては多勢に無勢で皆やられてしまうだろう。撤退をしようにもこのバードという男の速さは異常であり逃げ切れない。アイゴアとバードにより、まんまとこの地で足止めを食わされ一網打尽にされようとしていた。
スケサーンを倒した後に、アイゴアを引きつつすぐにでも撤退判断をすれば犠牲を抑えられたかもしれないし、そもそも自分についてこなければ皆、死なずに済んだ。自分の経験の浅さが皆を窮地に追い込んだのだ。
ただ、まだ望みはある。バーンには悪いが自分とバーンがここに残りアイゴアとバードを討ち取り殿を務めればいいのだ。彼らは紛れも無く悪の象徴だ。これまでも裏で暗躍し、世界を自分たちの思うままにしてきた。人類のために今ここで確実にコイツらだけは抹殺しなければならない。
「……改心しなければいけないのはお前たちだ」
鋭い眼で睨みつけるルイにバードは軽いため息をついた。
「……ふぅ。愚かだな。勝ち目がないのは明白だろう」
バードは再び刀を構えた。
充分だ。もうこれ以上、考えが相容れない者同士で対話を続けられる余地はない。あとはバーンが決着をつけてくれさえいれば……
そう思って振り向いたルイは一瞬固まってしまった。
「なんで……こっち来てんだよ」
バーンが隣まで来ていたのだ。遠くではアイゴアがまだ健在している。
「時間切れだ。私が殿を引き受けるからその間にお前たちは撤退しろ」
「……は?特憲を削るんだろ?アイゴアを倒すんだろ!!」
「可能であればやりたかったが、私が判断を誤っていた。バードの力量を過小評価していた。これ以上被害を出す必要はない」
「今やらなきゃこの先もっと被害が出るだろ!後世の人達のために私たちがここでケリをつけるんだ!」
「ならばお前たちはここから去れ。私、一人のほうがやりやすい」
「何言ってんだ!私も加勢するぞ」
「いや、お前にはこの後の事を見届けて欲しいのだ」
「意味わかんねーよ。じゃあとにかくあんたはバードやっておいてくれ!私はアイゴアのほうがまだやりやすい。足止めしてくる!」
「そのような単純な作戦はバードに通じない」
「うっせ!頼んだぞ!」
そう言ってルイはアイゴアのほうへ駆け出した。アイゴアのほうも少し息が整ってしまったのかこちらへ歩み寄ってくる姿勢を見せていた。奴の太刀筋は先ほど経験して覚えている。避けることに集中すれば今度はさらに多くの時間を稼げるはずだ。その間にバードを倒してもらい、次にアイゴアを倒す。バーン頼みだがもうこれしか現状を打開する手はなかった。