Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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160.希望

 肌寒くて乾いた気候と山路を抜けた先の頂上にひっそりと佇む町ワールドエンド。ノーファクションが購入しているアジトにたどり着くと、ルイは泥のように眠りこけてしまい、気がついたら薄暗く誰もいない部屋の片隅で1人目が覚めた。

 

(ここは……寝所か。今何時だ?あれから何時間経ったんだろ……)

 

ルイはうなだれながら収監所の出来事を思い出す。

 

バーン。ピア。レヴァ。ガルベス。サッドニールを助け出す事も出来ずに多くの犠牲を出してしまった。アイゴアやバードも討ち漏らし、他にどれだけ特憲や立会人をやれたかも分からない。そもそもルイにとっては特憲を削ることは優先する目的でもなかった。殺し合った挙げ句、残ったのは喪失感だけだと気付いた時、どうしようもなく無情な気持ちになり、何もする気にはなれなくなった。

 

(そうだ……。トゥーラはどこだろ……)

 

ルイはフラフラと立ち上がると、辺りを見回してトゥーラを探す。彼女は反奴隷主義者の組織に身を置いていたようだが、撤退時にティンフィスト達と別れてこちらについてきてくれたのだ。

 

「あ……ルイさん。体調どうですか?」

 

目にとまったのはちょうど買い出しから帰ってきたフレイムであった。

 

「いや……別に調子悪いわけじゃないし……」

 

「でもすごい戦いでしたし、今はゆっくり休んでください」

 

「そうはいかないよ。幹部の連中が殆どやられてしまったんだ。この後のことを相談しないといけない。皆はどこだ?」

 

「情報収集のために外に出ているようですけど……」

 

「誰が今ここに残ってる?ジュードやトゥーラは?」

 

「ああ。トゥーラさんは2階でナパーロ君と話してますよ」

 

聞くやいなやルイは階段を駆け上がっていた。そしてベッドで寝ているナパーロに向き合っている女性の背中を見つける。一目見てトゥーラだと分かり、ルイは無意識に後ろから抱きついた。

 

「トゥーラ……どこ行ってたんだよ……」

 

トゥーラはルイの腕に手をのせた。

 

「ルイ……大変だったわね」

 

「ああ、すごい戦闘だった……。仲間が多く死んだし、自分も沢山殺した……」

 

「収監所の件もそうだけど、あなた自身のこれまでの経緯のことよ。片目も失ってしまって……」

 

「……これか。痛みはとっくにないし全然平気だ。それよりもトゥーラ……お前の事を教えてくれよ。私はもう自分が何をしようとして何処に向かおうとしていたのか、分からなくなってしまった」

 

うなだれるルイに向き直ってトゥーラは優しい声で語りかける。

 

「そうよね。私のためにミズイのところへ乗り込んでくれたことも聞いてるわ」

 

「もうジュード達と喋ったのか」

 

「いいえ、違うわ。私はティンフィストから聞いたの」

 

予想外の名前が出てきてルイは訝しげる。

 

「……何でティンフィストが?」

 

「正確には都市連合から飛んできた伝書鳩による暗号手紙で知ったの」

 

「え……都市連合の誰からの報せだ?反奴隷主義者宛だったのか?」

 

ルイの問いかけにトゥーラは口をつぐんでしまう。

 

「……ルイ。やはりこの件を私から話すには大きくて複雑だわ」

 

「何言っているんだよ!この件って何だ?お前がリドリィに殺されたってのは何だったんだ?」

 

「実際は殺されたように見せかけてたの。リドリィさんからそうするように手紙で指示されてね」

 

「何で!?」

 

「恐らく特憲として信用されるため……」

 

「…………」

 

思考が停止しそうになる。死んだと思っていたトゥーラのためにリドリィと戦い、彼女は最後に死んでいった。トドメを刺したわけではないにしろ矛を交えた相手は本当はこちらに敵意がなかったと言うのか。

 

「あいつは……リドリィは特憲に潜り込んだだけだったってことなのか?」

 

「そう。リドリィさんは父の任務を継ぎ、テックハンター協会員として禁忌の島の秘密を追っていた。都市連合が密かに大量軍事兵器を生産していることを察知し、潜入捜査をすることにしたのよ」

 

「洗脳された振りをしていたのか……」

 

リドリィの強靭な精神力を持っていれば洗脳なりの実験には耐えうるものなのではないかと思えた。

 

「言ってくれれば良かったのに……トゥーラは知っているのか?私はリドリィと戦ってしまった。あの人はその後死んでしまったんだぞ。戦う必要なかったのに私が殺したようなものだ……」

 

「あの人は最後にテックハンターとして偉業を達成できる機会を求めていたわ。だから満足して逝ったと思うわ」

 

「何言ってんだ。私にわざと敗れた後、たぶん捕虜にならないよう特憲に始末されたんだぞ」

 

「特憲として死ねて布石を整えることが出来たわ」

 

「意味がわかんねー……何なんだよ」

 

「私も全ては知らない。……いえ、私が知らされている情報もほんの僅かな話なのかもしれない」

 

「……まぁいいや。どうせこれまで私がやってきたことはどうでもよくて、大して意味がなかった」

 

悲観するルイに対してトゥーラは悲しそうな目で訴える。

 

「ルイ……そんなことはないわ。ついてきて、もうすぐ結果が分かるはず」

 

「結果……?」

 

外に出て言われるがままにトゥーラの後をついていく。すれ違う隊商。BARから聞こえてくる笑い声。地の果てにあるこの場所は大国の影響が少ないこともあり、貴族による圧政や宗教による統率などに縛られておらず、研究施設を中心にして活気に満ちている。貧しい生活をしている市民や奴隷にされている人に少しでもこのような生活や暮らしを提供したいと願っていた。

 しかし今はもう目や耳に入る全てがどうでもいい。奪い奪われる争いを続けたところで目標は果てしなく遠く、自分の心身が先に朽ちていくだろう。強大な都市連合に挑み、敵対した挙げ句に呆気なく追い返されて活動出来る範囲も絞られた。それこそスケルトンとなって永遠に近い寿命を得たところで反奴隷主義者のティンフィストのように戦いを繰り返し続けていくだけなのかもしれない。

 

(アウロラさん……すみません。私はもうこれ以上は期待に応えられないかもしれません)

 

これからは生き残った人を集めて浮浪忍者にでも加わってひっそりと暮らすか。しかしピアとレヴァを失ってマニに会わせる顔がなかった。

 

 ルイはボーッとしながら前を歩くトゥーラの足下だけを見て歩いていた。気がつくと坂道をひたすら上がり、町中の丘の頂上にあるマシニストと呼ばれる研究者たちの住処に歩いてきていた。

 

  マシニストのメンバーは戦闘を好まないハイブ人やスケルトンで構成されており、独自の研究機関を持つ研究者たちでもあった。大陸の歴史を調べて復元し、本に記録し、人々に伝え、未来へと活かすことを目的としており、スケルトン工学にも詳しかった。都市連合の侍シンジロウなど世界中の学者が勉学のためにここを目指して来るほど、研究の中心地となっていた。

 

「トゥーラ、ここに何があるんだよ」

 

「……期待はしないで欲しいとは言われたけれど、希望はあるはずよ」

 

(希望……今さら希望などどこに……)

 

ふと見上げた目の前にP4ユニットのスケルトンがポツンと立っている。何も着ておらず骨組みが剥き出しで、スケルトン盗賊の村長を彷彿とさせる佇まいだ。

 

「歩行は……慣れる必要があるが問題なさそうだ」

 

聞き覚えのある音声であった。

 

「え……バーン……?」

 

「む。その声はルイか。久しぶりだね」

 

「久しぶりって……あんた……助かったのか……?」

 

「いや、バーンはAIコアを破壊され死んだ」

 

「……何言ってんの?バーンの声じゃん……」

 

「識別しやすいように頭部に搭載されている音声データは1種類しかないからね。付け替えは出来なかったようだ」

 

会話が噛み合っていない。元々バーンはスケルトンの割には自己中タイプだから、自分の主張を優先しているだけなのだと思った。しかしどことなく懐かしい会話の感覚。意図や背景を抜いて担々と聞かれた事だけを返すスケルトン。収監所で解体された残骸を発見し、もうこの世にはいなくなってしまったのだと認識させられていたが、彼が目の前にいるような気がしてならない。

 

「え……いや、じゃああんたは……?」

 

「私はサッドニールだ。一度、綺麗に分解されたようだが、バーンの体に私のAIコアを移植出来たようだ。今のところ甚大なエラーも起きておらず成功している」

 

スケルトンを新規に作り出す技術は失われている。しかし使用出来る既存のスケルトンのパーツを利用して組み立てる事は事例は少ないが今の技術力でも可能であった。サッドニールの亡骸は細かくなりつつも全て持ち帰っている。

 

「あ……あ……」

 

ルイは声も出せずにゆっくりと歩み寄っていく。そこに横から急に男が飛び出してくる。

 

「すごい!すごい!歩けたじゃないですか!姿勢制御、歩行制御ともに完璧じゃないですか」

 

一度拠点に訪れてきたことがある男で名前はシンジロウと言った。都市連合の部隊からジュードと一緒に抜けて、スケルトン工学を学ぶためにこの街に居座った者だ。そんな男が目の前でサッドニールを名乗るスケルトンと親しげに会話している。不思議な光景であった。

 

「これは……どういうことなんだ?」

 

「おお、ルイさん。これは私の知識とスキルがついに世界へ羽ばたいたということです!」

 

「つまり……?」

 

「スケルトンのパーツ移植が成功したということです!」

 

「それで……このスケルトンは……?」

 

「AIコアはサッドニールさんです!!バーンさんの行動記録はパーツの予備ストレージ領域に刻まれているし、その記録もAIコアに読み込めます!」

 

「どういう意味……?」

 

シンジロウの難解な言い回しに理解が追いついていないところジュードの声が聞こえてくる。

 

「サッドニールさんがバーンさんの体を引き継いで復活したってことだよ。ルイ!」

 

俄には信じられないが、確かに口調はサッドニールを彷彿とさせている。事実であればそれはまさに奇跡としか言いようがなかった。

 

「本当に……ニールなのか……?」

 

この問いかけにスケルトンは飄々と応える。

 

「先ほど言ったように思考と記録は私サッドニールであり、体はバーンのパーツを使わせてもらっている」

 

「は……はは……そうか……そんなことが……」

 

収監所を襲撃するまでの間、沢山の者が死んでしまった。そんな中、バラバラに分解されてしまったサッドニールが帰ってきたのだ。幼少期の頃から長年生活を共にしてきた育ての親の復活に対して、気づけばルイの目から大粒の涙が溢れていた。その様子を見てサッドニールはつけ加える。

 

「同じP4ユニットだからこそ実現出来たのだろう。バーンは破壊される間際にハッキング防止装置を解錠してくれていた。おかげで私はすんなりとバーンのシステムと適合できたのだ」

 

「それって……バーンが意図的に受け入れられるようにしていったってこと?」

 

「ああ。私にだけな。もしかしたらこのような展開も想定していたのかもしれない」

 

ルイは最後のバーンの立ち回りを思い出す。都市連合最強のアイゴアと特憲の隊長を同時に相手にして一歩も引けを取らない戦いぶりをしていた。ルイがいなければ勝敗は分からなかったぐらいだった。それなのに守る事を優先して自分の命を投げうった。

 

「あいつ……ツンデレ過ぎるだろ……最後の最後まで私のために動いてやがった……」

 

うなだれているルイに対してサッドニールは思い出したように語り始める。

 

「そうだ。ノーファクションの生き残った面々は君たち子ども世代のために相当な計画を練ってくれていたようだ」

 

「……ああ、ノーブルサークルを倒そうとしてたんだろ」

 

涙を手で拭いながらルイは応えた。

 

「その通りだ。もうすぐ全てが終わる」

 

「いやもう無理でしょ。こちらの主力は大分やられちゃったんだよ。もう都市連合に関わるのはやめようよ」

 

ルイはもう都市連合という大国を相手にした殺し合いに疲れ果てていた。例え不便な土地であっても彼らと関わりのない地へ移転したいとさえ考えていた。

 にも関わらずサッドニールは唐突に都市連合の貴族の名前を上げる。

 

「明日、レディー・ミズイの処刑がヘフトで執行される」

 

「……え?アイツが?なんで?」

 

突然切り出された内容ではあったが、ミズイはこれまで何かと関わってきた相手でもある。都市連合においても重要な役職にいる彼女がなぜ処刑されるようなことになっているのか、ルイは純粋に理由を知りたくなった。

 

「ノーブルサークルへの反逆罪でだ」

 

「!?どういうことだ?……いや、もうどうでもいい気はするけど……」

 

「そうもいかない。彼女は今のノーファクションのリーダー(・・・・)であり、君は知っておく必要がある」

 

「……は?」

 

自分が聞き間違えたのか、またはサッドニールの記録がまだ完全ではないのかとも思えるほど突拍子もない言葉にさすがのルイも唖然とした。

 

「私はバードのパーツにバックアップされている記録を読み込む権限を与えられた事で、全てを把握する事が出来た。今こそ全てを話そう。ノーファクションを引き継いだイズミとその目的について」

 

彼は基本的に嘘をつかない。普段自分から語ろうとしないサッドニールが固い意志を持って話そうとしている様は、ルイにとっては何か不吉な内容であるのではないかと察することが出来た。




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