Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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162.栄光の日々

16年前――

 

大陸中央地方。

人々からは通称《毛皮商の通り道》と呼ばれるこの地で、ノーファクションという新興勢力が静かに、しかし確実に力を蓄えていた。

そこは大国ホーリーネーションのすぐ隣に位置し、さらにもう二つの大国――都市連合、シェク王国とも接している。

だがノーファクションは巧みに立ち回っていた。ホーリーネーションの国教オクラン教を肯定する姿勢を示し、その矛先をかわす一方で、都市連合やシェク王国とは交易を通じて友好関係を築いていたのだ。

大国に挟まれながらも、絶妙な均衡の上に成り立つ小組織。

その内部には、異質とも言える存在がいた。

科学技術担当――イズミ。

齢十三の少女でありながら、彼女は農作業の効率化から武器改良に至るまで、数々の研究を一手に担っていた。

天才的な頭脳を持つその少女は、周囲が理解するよりもはるか先の「未来」を形にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

Kenshi 20years later

都市連合編 下(最終エピソード)

ー過去から未来へー

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホッブス〜、そこの端末取ってくれる?」

 

作業場にどこか大人びた少女の声が響いた。

茶色の長い髪を無造作に一本に束ねたイズミが、機材の内部に半身を突っ込んだまま手を伸ばす。

 

「やれやれ……。子どものくせに人使いが荒い」

 

背後でぼやきながら、初老の男――ホッブスが、手垢で汚れた端末を放り投げた。

 

「ほらよ」

 

「サンキュー。でも私は子どもじゃないよ」

 

イズミは受け取った端末を淀みない動作で機材へ差し込みながら不敵に笑う。

 

「それに不満があるなら、チャドたちの遠征隊についていけばよかったじゃない」

 

「行きたかったさ! だがな……最近、足腰にきておる」

 

腰に手を当て、情けなさそうにぼやくホッブス。

 

「へぇ〜。じゃあ、そこのデバイス取って」

「……へいへい」

 

沈黙が流れ、ただハンダ付けの音と電子音が重なり合う。

やがて、イズミが顔を上げた。額ににじんだ汗を拭い、彼女は誇らしげに小さな装置を掲げる。

 

「できた!」

彼女は機材の奥から、完成したばかりの装置を掲げた。

 

「おっ、完成か。今度は何だ? 俺の腰痛を治すマッサージ機か?」

 

「違うよ。ルイのためのオモチャ」

 

「……はぁ? あの子はまだ二歳だぞ。そんな精密機械、渡してどうする」

 

「ルイは私みたいに賢いんだよ!」

鼻を鳴らし、イズミは工具箱を閉じた。

「……そうは言ってもなぁ」

 

「ちょっと渡してくる!」

 

「おい、待て! 俺は護衛なんだぞ、勝手に行くな!」

 

「拠点内で襲われるわけないでしょ。迎えは夜でいいからー」

 

言うが早いか、イズミは作業場を飛び出していた。

一歩外へ出れば、拠点内は重苦しい空気に満ちていた。 人々は無言で物資を運び、防壁の上では警備兵たちがいつも以上に鋭い眼光を外周へ向けている。

 

(……やっぱり始まるんだ)

 

イズミは驚かなかった。

『天罰』と称されたホーリーネーション上級審問官セタによる討伐隊の襲来が近い内にノーファクションに対して行われる噂が流れていたからだ。チャド率いる遠征隊が出払ったタイミングであることもその信憑性を上げていた。

 これに対してノーファクションは迎え撃つ決定をし、その準備を行なっていた。頭領であるローグは和平を模索しているがホーリーネーションが受け入れるはずがない。相手からすればノーファクションの戦力が半減している今こそ叩くチャンスなのだろう。遠征隊は連絡がつかない場所にいるのか戻る目処はたっていない。駐屯する現有戦力で戦うしかないのだ。

 それでも拠点にいるメンバーの目から希望の光は消えていなかった。シェク王国や浮浪忍者村から密かに援軍が派遣される手筈となっていたし、残っているメンバーにも猛者が沢山いたからだ。

 そして何より最大の理由としては頭領ローグの存在が大きかった。彼は剣士としての力量だけでなく、圧倒的なリーダーシップと諦めない根性を兼ね備えていた。だからこそ逃げ出す者もおらず、むしろ結束力が日増しに高まっていた。

 

(ローグならば何とかしてホーリーネーションを撃退出来る)

 

イズミもローグの力量を認めていたし尊敬していた。

 

「お邪魔しま~す。ルイいるー?」

 

イズミはローグ一家が住む住居の玄関扉を入るとズカズカと中を進み戸を開けた。すると

 

【挿絵表示】

 

「うわぁー!まいったぁ。やられたぁー」

聞こえてきたのは、あまりに大根役者な悲鳴。 そこには、小さなルイを背中に乗せて、床にひっくり返っている組織の長・ローグの姿があった。

視線が合う。一瞬の、沈黙。 ローグがバツが悪そうに咳払いをする前に、イズミが呆れたように溜息をついた。

 

「ルイと遊んでたのね」

 

「あ、ああ。イズミも混ざるか?」

 

「ばっ、……やるわけないでしょ! 私を何歳だと思ってるの!」

 

「そうか?昔はよく俺の膝に乗ってたじゃないか」

 

「乗ってないし!!」

 

顔を赤くして反論するイズミ。彼女にとって、このやり取りは決して不快ではなかった。むしろ、孤独だった自分の心を解きほぐしてくれる、温かな儀式のようなものだ。

 

「それより私も用があるんだよ」

 

「おう。じゃあルイちゃん、ちょっと向こう行こうかぁ」

 

自分の娘に対してデレデレの様相が抜けないローグにイズミは冷たく言い放つ。

 

「あ、いや私ルイに用があるんだけど」

 

「そ、そうか。じゃあ俺はこの後打ち合わせがあるからついでにルイを見ててくれ。すぐにルミも帰ってくると思う」

 

ローグがバツが悪そうにそのまま退出していくのを見届けたイズミは目を輝かせながらルイに居直る。

 

「ルイちゃ〜ん!元気だった〜?今度は私と遊ぼうね〜」

 

「いずみねーね!」

 

「うーん、可愛い! 天使!」

イズミはルイを抱き上げ、その柔らかな頬に自分の顔を寄せた。 ノーファクションが設立されてから、初めてこの拠点で生まれた命。

それは、殺伐とした荒野を生きるメンバーにとっての希望そのものだった。 かつては最年少だったイズミも、自分にできた「妹」のような存在に、無自覚なほどの愛を注いでいた。

 

「あら、イズミ。来てたの?」

 

【挿絵表示】

 

不意に、穏やかな女性の声がした。ルミだった。 ローグの妻であり、ルイの母。どこか浮世離れした天然な性格だが、その包容力は組織の誰もが認めるところだ。

美人だが憎めないほどカニ好きの天然であり、いかにもローグが好きになりそうなタイプであった。

メカマニアで人付きあいが苦手なイズミにも分け隔てなく接してきてくれるので、イズミにとっても気兼ねなく話せる相手であった。

 

「あ、ルミ。だってルイめっちゃ可愛いんだもん。仕方ないじゃん」

 

「ふふ。イズミもあんまり研究に没頭しないようにね。ちゃんとご飯食べてる?」

 

「食べてるよ!」

 

「……ねえ、イズミ。やっぱり、うちで一緒に暮らさない?」

 

その言葉に、イズミの胸の奥がチクリと痛む。

 

 比較的裕福な家庭で生まれたイズミは人生の大半を一人で過ごすことが多かった。

地主の父親は愛人を作り家に帰ってくる事が少なく、また母もそれに嫉妬し宗教にのめり込んでいった。

必然と家庭内での会話はなくなり、同年代の子どもとも上手くコミュニケーションがとれず孤立していた。

自分の相手は親に買い与えられた玩具や器具であった。

元々手先が器用であったし何かを作るのが好きだったイズミは膨大な時間を器具イジリや読書に費やし、ある日その発明が偶然商人の目にとまった。

自分が作った物でお金を稼げることを知った彼女はすぐに家を飛び出した。そしてローグと出会いノーファクションに加入したのである。

 

彼らはもう、自分にとって本当の家族のようなものだ。 けれど。これ以上甘えてしまえば、自分が「独り」で立っている誇りを失ってしまうような気がした。

つまらない意地だったのかもしれない。

ただ嫌われたくなかっただけかもしれない。いずれにしろイズミはこの3人とは別に自らの力で幸せな家庭を勝ち取りたいと思っていたのだ。

 

 

 

「うん⋯⋯まぁ考えとくよ!」

 

「そう? いつでも待っているわよ。家族が増えるのは、いつだって楽しいことなんだから」

 

「⋯⋯わかった」

ルミの微笑みは、暗い夜に灯るランタンのように温かい。

「あ、そういえばカニを飼育できる設備の研究は順調?」

 

「……ルミ、本気で言ってたの? あの巨大なカニを、この内陸で?」

 

「そうよ〜この地域でも飼えたら素晴らしいことじゃない」

 

「……戦いが終わったらね。今は、ホーリーネーションを追い返すための防衛兵器で手一杯。ここを守りきらないと、カニどころじゃないでしょ」

 

「そりゃそっか。ここを守りきらないといけないしね」

 

「ん?そういやルミはいつ頃ルイを連れて退避するの?」

 

拠点内には農作業の従事者などもたくさんいる。ホーリーネーションと闘り合う際に籠城戦を選択するにしても、ルイら子供を含む非戦闘員は念の為に拠点から退避するものだと思っていた。

 

「何いってるのよー。私も戦うわよ?」

 

「はぁ!?ダメでしょ!門が破られた後は中で乱戦になるんだよ?中にいたら危険だよ!ルイは母親のルミが連れ出しておいたほうがいい」

 

「子どものあなたが何を言ってるのよ。それにローグは負けると思ってないわよ。心配しなくていいよ」

 

ルミの女神のような微笑みをイズミに向けた。孤独な寂しさを感じている時に何度も救ってくれた笑顔であった。

 

「⋯⋯!そ、そうなのか。そうだよね。勝てるよね」

 

 

絶対に、この場所を壊させない。 イズミは心に誓った。この人たちの幸せを奪う者は、神の名を借りた審問官だろうと容赦はしない。

イズミはホーリーネーションとの決戦までに自分が出来ることをギリギリまで徹しようと考えた。

「私、そろそろ帰るよ。ローグによろしく言っておいて」

 

「もう暗いわよ。泊まっていけばいいのに」

 

「防壁の電流システムが壊れているとこだけ直しておきたいんだ」

 

「だったらローグの会議が終わるの待ちなさいよ。送らせるよ」

 

「いやいやボスにそんな役させられないし忙しいでしょ。それに拠点内は安全だって」

 

「でも年頃の女の子なんだから何かあるといけないわよ」

 

「大丈夫、あそこにホッブスが待ってるから」

 

窓の外を見ると、手持ち無沙汰に地面を蹴っている老剣士の姿があった。 イズミはルミとルイに別れを告げ、夜の冷気に包まれた外へ出た。

そして早速ホッブスを伴って防壁を回り始める。拠点はこの高さ3mほどの壁と電流フェンスによって囲まれており、城門以外の外部からの侵入を許していない。

 

「別に電流流れてなくても、この高さじゃ入れないだろう」

 

修理の準備を始めたイズミの横で、ホッブスが退屈そうに呟く。

 

「動物はね。でも、忍び込みのプロがいたら? 備えは万全にするのが私の主義」

 

「拠点も村みたいに基本出入り自由だからなぁ。そんな奴は既に入っているかもな」

 

「決戦までやれることはやっておくほうがいいだろ。つべこべ言ってないで手伝ってよ」

 

「お、おう」

 

2人はそのまま黙々と電線の修理を続けた。日はすっかり沈み、拠点内を出歩く人は見かけなくなった。風力発電用の風車が奏でる鉄の軋んだ一定のリズム以外は静寂が辺りを包む。街灯が所々を照らすが、それ以外は一切の暗闇だ。

 

「遠征隊がいないと夜の警備も薄いなぁ」

 

ホッブスの小言をスルーしてイズミは黙々と作業を行う。一度スイッチが入るとイズミの集中力は凄まじかった。一気に壊れた箇所を直しきってしまったのだ。

 

「ふぅ。できた。終わり。帰ろ」

 

イズミが工具をしまいホッブスのほうに視線を向けると彼はいつの間にか帯刀していた長剣を抜いていた。

 

「……ホッブス?」

ホッブスの視線は、自分たちの背後。 街灯の光が届かない、防壁の影へと向けられていた。

暗闇の中から、音が消えた。 いや、音が「溶けていた」。

ゆっくりと、人影がこちらへ向かって歩いてくる。 夜の風よりも冷たい殺気を纏った、招かれざる客が。

ホッブスが静かに腰を落とし、剣を正眼に構えた。

 

「イズミ。俺の側から離れるなよ」

 

ホッブスは一呼吸吐くと長剣を構えた。

 




イズミ(子供時代)

【挿絵表示】


ようやく再開にこぎつけました……!
けど、目指していた週1配信は無理そうです
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