Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ノーファクション敷地内における戦闘が始まってからゆうに一刻が過ぎようとしていた。日は沈みかけ夕日が未だ不落の内門を照らし始める。
都市連合の指揮官ミフネは拳を握りしめ、兵の掛け声が霧のように内門に吸い込まれていく様子を何度目か分からぬほど見つめていた。
——まだか。
その言葉が、胸の奥で繰り返される。時間は味方ではない。兵の肩は重くなり、声には微かな乱れが混じり始めていた。指揮官の視線は、城壁の上を行き交う敵兵へ、そして再び内門へと戻る。
なぜ突破できない。既に門は破壊されアイゴア将軍も投入している。なのに敵城兵がまだボウガンを射続けている。突破出来ていたら一番に城壁を制圧しに行っているはずなのだ。
だが現実は、期待を冷ややかに裏切っている。
額を伝う汗が、焦りを形にして流れ落ちた。ここで引くわけにはいかない。引けばすべてが疑われる。ここは確実に落として何でもいいから攻撃した理由を作らなければならない。落とせなかった場合、仮に皇帝にその場しのぎの言い訳が出来たとしてもノーファクションの連中が黙っていないだろう。皇帝と結託されると我々の立場が悪くなる。ノーブルサークルは守ってくれず、我々兵士が独断で反乱を起こした等と適当な理由をつけて切り捨てるかもしれない。ミフネは短く息を吸い、無意識に歯を噛みしめた。
「一体中で何が起きているのだ……」
誰に向けたとも知れぬ呟きが、喧騒に紛れて消える。命令を下す声は揺らいでいないが、内側では不安が波のように押し寄せていた。城門はただそこにあり、何も語らず、何も応えない。
沈まぬ門と、刻々と過ぎる時間。その狭間で、指揮官の焦燥だけが、確かに熱を帯びていった。
「どうやら内門の中側でローグが侵入を防いでいるようです」
横から商人風情の男が話しかけてきた。
「貴様はフグか。しかし既にアイゴア将軍も中に入っているのだぞ?まさか将軍が手こずっているのか?そもそもローグは特憲が郊外で仕留めるか、最悪でも足止めする手はずだったはずだが?」
ローグが手練れであることは既に事前情報として入手出来ていた。残っている猛者もシェク4人衆あたりであり、高くても賞金首でいうA級相当あたりだ。都市連合最強のアイゴアが苦戦する想定ではなかった。
「はい。それが特憲隊長からの連絡が途絶えております。恐らくやられたのかと思われます」
「なんだと⋯⋯?今の特憲隊長はジンナイだったな。彼はアイゴア将軍と同等の実力を有していたと記憶しているが?となるとローグはそれらを凌ぐ力の持ち主と言うことになるぞ?」
指揮官のミフネはいま確かに目の前で起きている現実に戸惑いを隠しきれないでいた。
「ご認識の通りです。彼は相当な脅威として格上げされました。ここで確実に殺さなければなりません」
微かに見える内門の奥では侍が詰まっており前進するのを躊躇しているように見える。もし本当に都市連合の精鋭がたった一人の青年に止められているのだとしたら由々しき事態である。
「何ということだ。やはりノーブルサークルの判断は間違っていなかった。ノーファクションは特定驚異組織として世界の秩序を乱す者たちであった」
「その通りです。私どもも将軍の加勢に入ります。ほぼ死ぬかもしれませんが、それでも安くつくでしょう」
「う、うむ。君たちの死は帝国の礎となるだろう」
会話を終えると商人風情の者たち10人ほどはミフネの元をそっと離れていった。それぞれが異なる武器種を持っており、防具をつけておらず異質な風貌の者たちであった。
内門の奥ではやはり凄まじい戦闘が繰り広げられていた。都市連合軍がローグ1人に足止めされていたのだ。ローグはアイゴアと対峙しながら、台風のような動きで、他の侍たちを斬り裂いていた。彼が大剣を構えた瞬間、大地がうなり空気の流れそのものが変わった。一歩踏み出すたび、剣は円を描き、風を巻き込む。重いはずの刃は、まるで台風の中心にある渦のように滑らかで、速く、止まらない。振り下ろせば衝撃が地を震わせ、横薙ぎに払えば唸る風圧が相手の呼吸を奪った。兵士たちは距離を取ろうとするが、逃げ場はない。剣の軌道は荒々しく見えて、その実、寸分の迷いもなく計算されている。迫る刃の壁に押され、味方は何もすることができず、反撃の隙は一瞬たりとも訪れなかった。それはまるで暴風雨のただ中に立たされたかのようだ。すし詰めで視界は悪く、恐怖だけが増幅されていく。
そしてうまく掻い潜って入り込んだ侍たちもシェク4人衆のオロンとレーンに阻まれていた。
「テネンバウム殿。まずはあそこをくぐり抜けることですかね?」
フグという男は同行している侍に話しかけた。
「そうですな。まとめていきましょう。何人かは突破出来ます」
アイゴアとローグの戦いも変わらず続いていた。捉えどころの無いローグの動きにアイゴアは翻弄されつつも次第にその動きに対応できるようになってきている。そして斬撃を繰り出し、ローグがそれを紙一重でかわす瞬間があった。商人風情の男たちはこのタイミングを逃さなかった。
「いまだ!散開!」
体格の良い重武器を持ちを先頭にして商人風情の者たちが内門を潜りアイゴアの後ろを左右に分かれて突入し展開する。待ち受けるはノーファクションのシェク4人衆オロンの板剣だ。渾身の一撃が頭上から振りかかってくるが、重武器持ちはそれを真っ向から受ける。衝撃音が鳴り響き、その一撃を防ぎ切る。しかし、その隙を台風の目ローグは逃さない。凄まじい回転を帯びながらその切っ先は正確に重武器持ちの首もとをかまいたちのように掻っ捌く。オロンと剣を交えながら巨漢の重武器持ちはよろめいていく。都市連合軍の侵攻はこれでまた勢いが削がれたかに見えたが、商人風情の者たちの動きは違った。のど元から血を流しゴポゴポと血の混じった呼吸をしながらオロンに捨て身の体当たりをしたのだ。そしてそのままオロンに覆いかぶさるように倒れ込んだ。さらに後続の刀持ちの素早い者が続き、倒れたオロンに横から刀を突き刺した。
「⋯⋯!」
シェク4人衆の一人を討ち取った都市連合軍は勢いづく。
「よーし、横を崩した!なだれ込め!」
残りの商人風情の者たちも続いて突入を試みる。しかし足を踏み入れた瞬間、彼らはそこが死地だと悟ることになった。尋常ではない冷たくも怒気を孕んだ殺気がローグから放たれており、必殺の気配を見せていたのだ。
「お前らぁ!!!!」
彼の一喝により、コンマ数秒、構えるのが遅れてしまう。その隙すらこの青年は許してくれなかった。凄まじい形相で商人風情の男たちに接近し屠っていく。ちぎれた手足が宙を舞い、血しぶきが地を赤く染める。
鮮血に染まり赤い蒸気をあげる青年はまるで修羅道から抜け出してきた阿修羅の化身のようで、衣の色はもはや判別できず、戦いの名残が朱の刻印となって彼の輪郭に貼りついている。荒い息の奥で理性と怒りの激情がせめぎ合い、鋭く見開かれた眼だけが、まだ現世に縫い留められている証のようだった。
「鬼か⋯⋯」
誰かが思わず呟いた。今のやり取りだけで10人ほどいた商人風情の者たちは半減していた。アイゴアでさえ攻撃を躊躇するほどの覇気と気迫を醸し出すローグにしばらくの間、誰も近づけないでいた。
ただ、都市連合軍も選りすぐられた戦闘のプロ集団である。
「気負うな!あれは無想剣舞だ!動きすぎで息が上がってきている!アイゴア将軍を援護しつつ対仮想モール陣形で絡め取れ!」
鼓舞で我に返ると、悲壮感もなくただただ無表情で次の行動に移り始める。この動きを見たローグは叫んだ。
「ボウガン部隊は食堂へ退け!レーン、君も下がれ!」
防衛地点とされていた内門がダムの決壊のように破れ、崩れた片翼から都市連合の侍がどんどん流入していく。もはやこの流れを止められる戦力はノーファクションには残されていないようであった。
この異変は外側で待機していたミフネにも伝わった。ノーファクションの城兵部隊が退くのを見て突破を確信したのだ。
「は⋯⋯はは!やったか!さすがは特別憲兵隊の実行部隊、十志剣。一時はどうなる事かと思ったが、乱戦になれば数で落とせる。よーし、後詰めもどんどん行け!ノーファクションは皆殺しにしろ!」
都市連合軍はおよそ200名ほどの部隊であったが、もはや指揮官のミフネを守る侍は一人二人となっていた。ノーファクション攻略に多くの兵士の命が散っていったことになるが、それは彼にとってどうでも良いことであった。
彼の密命は『ノーファクションを確実に根絶やしにすること』。仮にノーファクション側から軍事技術情報の開示があったとしても攻めるよう指示されていたのだ。指示元はノーブルサークル筆頭ロード・オオタとロンゲンであった。テング皇帝と急速に近づき、軍事力を高めながらトレーダーズギルドに替わり物流を構築し始めているノーファクションに対して、彼らは危機感を覚えていたのだ。この新興勢力の台頭を許せなかったのである。
ミフネは今回襲撃の指揮官として抜擢された都市連合のエリート侍であり、襲撃成功の暁には貴族への格上げを約束されていた。当然ながら失敗した場合の処遇も重いものであったろう。よって兵士の命よりもノーファクション陥落が最重要命題であったのだ。
「くくくく⋯⋯。しかし作戦がここまで上手くいくとはな。ホーリーネーションをけしかけたバードとやらは中々の策士だったようだ。セタも重傷と聞くし全てが計算通りではないか。あの方たちも喜びになられるだろう」
ミフネはノーファクション領内のあちこちから火の手の煙が上がり始めたのを見て汚くほくそ笑んだ。