Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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171.失意の選択

ヘフトの惨劇から数日後

 

 

 

 

 

 ルイは、浮浪忍者が現在治めている通称『隠された森』地方に足を踏み入れていた。

 かつて幾度となく往復したこの地は、彼女にとってもはや地図など必要のない“庭”のような場所だ。木々の匂い、湿った土の感触、風の流れ――そのすべてが記憶に染みついている。

 

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 迷うことなく辿り着いた浮浪忍者村は、しかし、ルイの知る姿とは大きく異なっていた。

 かつては簡素な木柵で囲われていた外周は、今や重厚な石壁へと姿を変え、櫓や見張り台が規則正しく並んでいる。規模も一回り以上拡張され、そこに漂う空気は「村」というより、もはや明確な軍事拠点のそれだった。

 

ルイは正門の前まで来ていた。

 だが、そこで足が止まる。あと一歩が、どうしても踏み出せなかった。

 見張りの忍者たちは、ルイの眼帯を見てすぐに彼女が誰であるかを悟り、ざわめきと共に歓迎の意を示した。

 浮浪忍者の創始者モールから直々に無想剣舞を叩き込まれ、黒い死神の異名を受け継いだ者――。

 彼らの視線には、尊敬と羨望が混じっている。

 それでも、ルイの胸は重かった。

 歓迎が嫌なわけではない。

 むしろ、その視線が痛い。

 

(ピアと……レヴァ……)

 

 浮浪忍者三忍のうち、二人を戦死させてしまった。

 その事実が、鉛のように心に沈んでいる。

 今回ここに来た理由も、ただ一つ。

 その責を、総司令官マニに伝えるためだった。

 

 ヘフトの大惨事の傍らで起きていた収監所の死闘は敵味方多くの命を奪った。互いの正義と意地をかけたこの死闘の結果は果たして意味のあるものだったのか。

 今でも自分の心に問い続けている。

 

 

「よくおいでなさいました、ルイさん!どうされました?」

 

「あの……マニはいますか。話があって……」

 

「はい、おりますよ!ご案内します!」

 

 見張りは快活に答え、村の内部へとルイを導いた。

 中では畑を耕す者、案山子を相手に武芸の稽古に励む者、資材を運ぶ者たちが行き交い、活気に満ちていた。

 その顔つきは皆、以前よりも引き締まり、どこか自信を宿している。

 

(……順調そうだな)

 

大国ホーリーネーションの圧迫は弱まり、その隙を突いてカニバルも撃退した。

 父・ローグの代から関係の深い浮浪忍者が発展していく様子は、本来なら喜ばしい状況だ。

 だが――。

 世界最大の領土を誇る都市連合と完全に敵対した今、テックハンターとして自由に動くことも難しい。

 それ以上に、収監所で多くの仲間を死なせた自分が、のうのう自分がやりたい事に打ち込む資格などあるはずがなかった。

 

ーー今後、私は何をすればいい

 

 考えた末に浮かんだのは、ただ一つ。

 浮浪忍者の一員として、ピアとレヴァの代わりにカニバルと戦うこと。

 それだけが、自分に残された償いの道のように思えた。数が減ってしまったノーファクションのメンバーも在席させてもらえれば、皆、比較的安全に暮らしていけるとも思えていた。

 

 懐かしさに浸る間もなく、気づけば作戦会議室の前に立っていた。

 中にいたマニは、以前と変わらぬ忍者装束を纏っていたが、その佇まいはまるで別人のようだった。

 

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 鋭く研ぎ澄まされた眼差し。背筋に宿る重み。

 浮浪忍者の総司令官としての風格が、確かにそこにあった。

 

「ルイ、久しぶりだな。私に何か用か?」

 

「いえ……あの……」

 

「どうした?」

 

 何もかも見透かされているような鋭い視線に、ルイは思わず言葉を詰まらせる。

 それでも、ここまで来た以上、逃げるわけにはいかなかった。

 

「ピアと……レヴァのことなのですが……」

 

「ああ、そのことか。すでに物見から聞いている」

 

 収監所における戦いは都市連合領内で起きている事件としては各組織から見ても関心事項である。マニが顛末を知らないはずはなかった。

 

「そう……でしたか……本当に……すみませんでした」

 

「何に対して謝っている?」

 

 マニの声は、意外なほど静かだった。

 

「まさか、お前がピア達を殺したと思っているのか?」

 

「……私が、襲撃を判断しました。参加させた責任は私にあります」

 

その言葉だけは、はっきりと言えた。

信じてついてきた者を失った重みを、ルイは逃げずに受け止めていた。

 

「ふーん。だからそんな顔をしていたのか」

 

それ以上、ルイは何も言えなかった。

 

「ついてこい。確かめたいことがある」

 

連れて行かれた先は、先ほど通った修練場だった。

 

「木刀でいいだろう。使え」

 

投げられた木刀を、反射的に受け取る。

 

「あの……何を……?」

 

「仕合だ」

 

言うが早いか、マニは踏み込み、超高速の斬撃を繰り出してきた。

 

「ちょ……!?」

 

考える暇もない。

受けるだけで精一杯だった。

気分が乗らない――それだけではない。

マニの攻撃は、避ける余地すら与えてくれない。

やがて、木刀は横から叩き折られた。

 

「そんなものか。なぜ無想剣舞で避けなかった?」

 

「……速すぎます」

 

さすがモールから司令官の座を継いだマニであった。

 

「速いと感じたか。……で?用件はそれだけか?」

 

「あ、いえ……もし可能でしたら、私たちを浮浪忍者に……」

「不可だ」

 

 即答だった。以前に出て行ったときは残ってほしいと悔やまれたのにまるで全く不要の雰囲気だ。

 

「……え?」

 

「今のお前は、幹部に相応しくない」

 

「いや、一兵卒で構いません」

 

「ノーファクションとの契約に反する」

 

“契約”と聞いてイズミの名が脳裏をよぎる。彼女が自分を浮浪忍者村に留まらせるよう画策していたからだ。

 

「……もしかしてイズミを知っているのですか?」

 

「ほう。どうやら状況は聞かされているようだな。そうだ、我々はイズミとの契約により、モール救出の手引きと引き換えにお前の隔離を依頼されている」

 

「……!」

 

「まぁ我々もそんな余裕はないからな。幹部として死ににくい立ち位置で働いてもらうのが関の山だ。ただ、それすらも今のお前には相応しくない」

 

「⋯⋯何でですか?ノーファクションの力がなくなったから?」

 

「違う。無想剣舞の使い手が私に負けるほど腑抜けた状態で入って来られても困るのだよ」

 

その言葉は、刃よりも鋭かった。

 

「今のお前は目が死んでいる。勢い余って飛び出していった頃の威勢はどこにいったのだ?」

 

ルイは、絞り出すように答えた。

 

「⋯⋯自分のせいで多くの人が死んでしまいました。これまでの私の行動もすべてイズミに守られていました。私は自ら何も成し遂る事なく犠牲だけ増やしていたんです」

 

「それが立ち止まっていい理由になるのか?」

 

「⋯⋯頑張っても頑張ってもその過程で親しい人たちが死んでいくなら意味ないじゃないですか。私は周りの人たちが幸せに暮らしていけるようになるだけで充分だった⋯⋯」

 

うつむいているルイに対してマニはしばらく沈黙すると静かに喋りだした。

 

「イズミとはもう1つ我々と契りを結んでいた。『ルイが世界を変えようと奮闘しているならそれを手助けする』、とな」

 

「え⋯⋯」

 

「お前自身の気持ちや可能性を潰したくはなかったのだろうな。いずれにしろこれで旧ノーファクションの過保護は終わった。後はお前ら次世代の腕の見せどころなのではないか?まぁ重圧に耐えられないと言うのなら逃げるしかないがな」

 

マニはそう言い、最後にこう告げた。

 

「宿は用意してやる。ゆっくり今後の身のふりを考えろ」

 

 夕暮れ時になっていたのでルイは言われるがままに村で休むことにした。トゥーラには浮浪忍者村へ行くことは伝えてある。残ったメンバーを丸ごと加入させてくれないか頼むつもりであったが、自分が拒否されることを想定していなかったこともあり途方に暮れた。

 

(そういや一人旅なんて初めてかもな⋯⋯)

 

寝床がある建物には小汚いベットが無造作に並べられており、見知らぬ旅人や浮浪忍者が疲れを癒やしていた。その中から空いているベッドを選び荷物を置くが両隣に知らない人に挟まれるのは落ち着かない。1人になりたいと思って出てきたが、傷心している時に会話をする相手がいないのは孤独がより一層強まる。

 テントのすき間から夜の星々が光って見える。

 この村は子供も走り回っていた。カニバルを北方に追いやり、規模が大きくなって家族を養えるほど安定してきたのだろう。

 そういえばあの時もバーンやカンというノーファクション屈指の猛者が近くにいた。結局は私はイズミが引いたレールの上を通ってきただけだ。

自分では何も成し遂げられなかった。

 

 

 

もう、ここで終わりにしてはダメですか?

ーーアウロラさん

 

 

 

そう思った、その時だった。

 

「あのー⋯⋯」

 

10代前半ぐらいの少女が目の前に立っていた。

 

「ん!?私?」

 

少女の視線は明らかにルイに向けられている。心なしかその目は輝いている。

 

「は、はい。ルイさん⋯⋯ですよね?」

 

「そうだけど⋯⋯」

 

「ああ、やっぱり!こちらにいらしてたのですね!あの、もしよければこれにサインくれませんか!?」

 

そう言って少女は色紙とペンを差し出してきた。

 

「サイン!?」

 

「私のお母さんがカニバルに連れ去られそうになっていた時にルイさんが助けてくれたんです!無想剣舞で!」

 

「私が?」

 

「はい!かっこよかった!」

 

「そ、そか」

 

言われるがままルイはただ自分の名前を書いた。字を書くのは相変わらず下手で意図せずサインのような形にはなった。

 

「これでいい?」

 

「ありがとうございます!」

 

女の子は満面の笑みを浮かべ、色紙を抱きしめながら走り去っていった。

その背中を見つめながら、ルイは思う。

 

ーー少しは自分も誰かの役に立っていたのか。

 

その事実が、仲間を失った苦しみを和らげ、少しだけ救われた気がした。

 

ただ⋯⋯

 

マニの言う事が頭の中では理解していても、死んでいった仲間たちの顔が思い浮かび、自分への嫌悪感が増してくる。

 

ルイは夜に響くスズムシの音色に包まれながら静かに眠りに落ちていった。

 




再開です
最後までいけるといいなぁ
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