Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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173.因縁

「ちっ……」

 

クジョウは頭を掻きながら舌打ちした。

 

「何も知らねぇ小娘にゃ、どこから説明すりゃいいのかねぇ。前皇帝とローグの関係は知らねぇだろ?」

 

トゥーラの眉がぴくりと動く。

 

「知るわけないでしょ」

 

「だろうな」

 

相変わらずの口の悪さだった。

ハウラーメイズ遠征の頃からそうだ。

バート家子息キアロッシ率いるテックハンターチームと行動を共にし、どこか斜に構えた物言いをする男。

だからこそ印象は良くない。

だが彼は珍しく茶化すこともなく坦々と説明を始めた。

 

「前皇帝――テングはな、オオタに半ば操られて愚帝を演じていた」

 

「……?」

 

「だが本心では違った。人がゴミみてぇに死んでいく、この腐った世界を誰よりも憂いていた。だから裏でノーファクションを支援していたんだ」

 

「……え?」

 

ルイたちは思わず顔を見合わせた。

貴族。その言葉だけで嫌悪していた。平民を見下し、奴隷を家畜のように扱い、自分たちだけが肥え太る連中。例外はオラクルくらいだと思っていた。

 

しかし――。

 

ノーファクションが都市連合と提携していたのは事実。まさかその後ろ盾が皇帝だったなど、想像すらしたことがなかった。

トゥーラも驚きを隠せない。だが、すぐに険しい顔になる。

 

「だ、だったらなぜ裏切ったの?」

 

その言葉に部屋の空気が張り詰める。

ノーファクション壊滅。

両親の死。

全ての始まり。

ルイも自然とクジョウを睨んでいた。

しかしクジョウは首を横に振る。

 

「前皇帝は裏切ってねぇ。それどころか、ノーファクション壊滅の数日後に暗殺されてる」

 

「……!」

 

トゥーラが息を呑む。ルイも目を見開いた。

だが。

 

「やはりか」

 

サッドニールだけは冷静だった。

 

「皇帝も消されたってことか……」

 

ルイは愕然とする。

帝国最大の権力者。その皇帝すら殺せる存在。

ノーブルサークルであることは容易に想像はついたが、そこまで帝国内における皇帝の力が落ち、野心と陰謀が渦巻く巣窟となっていようとは思いもしなかった。

 

「当然そんな事が出来るのはノーブルサークルの誰かしかないと思い、テングJr皇帝はイズミと協力して裏で犯人を探し続けていた」

 

皇帝とノーファクションの事業が軌道に乗ると皇帝派が勢いづき、存在が危ぶまれる者たち。執政として政治を動かしてきたロード・オオタ、そして物流を担うトレーダーズギルドの長ロンゲン。これらの者が主犯である可能性があった。

 

「で、でも奴らはもう⋯⋯」

 

「そう。ヘフトで全員死に結局主犯は誰だったか分からずじまいだ。しかし、いま思えば真犯人はノーブルサークルではなかったのかもしれない」

 

「え⋯⋯他に誰がいんだよ」

 

「特別憲兵隊だ」

 

クジョウの口から本人の立場上あり得ない言葉が飛び出し、ルイたちの顔色が変わる。

 

「何言ってんだ?あんたも特憲だろう」

 

「特憲は古くからある組織だが、謎が多い。俺のようにノーブルサークルから推薦を受け特憲になる者もいるが、出自が分からない者も中にはいる」

 

クジョウは説明を続ける。

 

「この者たちは大抵、特別憲兵隊養成学校から出てきた生粋の兵士になるが、総じて帝国第一主義であり、最初からノーブルサークルの派閥よりも帝国そのものの存続を維持するよう教育されている。だから俺たちとはあまり情報も共有しないし、基本的に何を考えているか分からなかった」

 

その場にいる全員の頭の中にあの男の名前が思い浮かばれる。

 

「まさか⋯⋯皇帝を殺したのはバードなのか?」

 

「いや、おそらく当時の特憲の隊長だ。バードも絡んでいるかもしれないがな」

 

「しかし特憲が皇帝を殺したとすると、逆にノーブルサークルが黙っていないんじゃないのか?」

 

「ああ。だから奴らはノーブルサークルを利用したんだ」

 

「どういうことだ?」

 

「世界に放っている密偵が持ち帰る情報は特憲隊長が集約してノーブルサークルに報告している。この情報をうまく操作して、意思を皇帝排除に誘導することは可能だっただろう」

 

「⋯⋯ノーブルサークルが皇帝を暗殺するよう仕向けたってことか。じゃあノーファクションを裏切って攻撃を考えた奴も⋯⋯」

 

「当時の特憲隊長である可能性は高い」

 

元々、世間の噂をもとにするとノーファクション襲撃の実行犯はアイゴアであるとされていた。しかし考えてみるとアイゴアにはそこまでの知識と目的がないような気がしてくる。

 

「じゃあ隊長を引き継いだバードが真相を知っているかもしれないのか?」

 

「ああ。その通りだ」

 

クジョウは真顔で答えた。しかし、トゥーラが妨げるように疑念を向ける。ルイの矛先をバードに向かせるためのクジョウの嘘である可能性がまだ拭えなかったからだ。

 

「テング親子の話、信じられる根拠はあるの?」

 

「もう何となく気づいているんじゃないのか?」

 

クジョウはわずかに肩をすくめ、相手の反応をうかがうように目を細めた。声色こそ穏やかだったが、その言葉には遠回しな探りではなく、確信に近いものが滲んでいる。

 

「テング親子はこれまで相当危ない橋を渡って行動をしてきている。だから前皇帝は暗殺されてしまったわけだが。現皇帝もそうだ」

 

一拍置き、重々しく息を吐いた。

 

「イズミがこれまで成してきたこと。あれらを全部一人でやれたと思うか?」

 

問いかけというより、答えは最初から決まっていると言わんばかりの口調だった。

 

「カクノーシンが護衛についてなかったら、イズミはとっくに始末されていただろうし、オオタ派やロンゲン派の特憲に喧嘩を仕掛けたのも、皇帝派が主導で動いている」

 

机の上に置かれた指先を軽く叩きながら、男は淡々と事実を積み上げていく。それらは偶然や個人の力量だけでは説明できないことを示していた。

 

「その辺はあんたも詳しいだろ?」

 

試すような視線がサッドニールに対してに向けられる。知らないはずがない。

そんな無言の圧力が、その場の空気をじわりと重くしていた。

 

「そうだね。しかしサスケ一派とは急に連絡が取れなくなった。殺されたのかね?」

 

「ああ。イズミの計画を進めるため、皇帝派が身を呈して潰し合いを始めたんだ」

 

ここまで聞いている限り、テング親子はかなりノーファクションと深い協力関係をもって支援していたのが伺える。イズミの計画も協力者がいないと無理であっただろう。

 

そして特憲だ。

この者たちがノーファクションの壊滅と皇帝の暗殺に黒幕として関わっていたのだとしたら、ルイ達にとって真の仇ということになる。

ルイの一点を見据えた真顔を見て、クジョウが言葉をかけてくる。

 

「奴らは限りなく黒だ。代々、特憲を継ぐ者が帝国を思うように操っている。俺たちは次の隊長にはサスケが適任と思っていたが、知らぬ間にバードになっていた。調べてみると歴代の隊長は養成学校出身の者のみ指名されている事が分かった」

 

サッドニールも同調する。

 

「バードも学校出身であったな」

 

「そう。バードは帝国第一主義という思想を引き継いでいる。皇帝よりも国そのものを重視しているのだ。だから今回、帝国のために皇帝を利用しようとしているが、不要になれば前皇帝のように殺してしまうかもしれないんだ」

 

「⋯⋯」

 

「もう1つお前たちが行く気になる情報がある。ノーブルサークルが壊滅した今、都市連合の指揮系統は混乱している。これをすぐに立て直さないといずれホリネに飲み込まれるのは分かるな?」

 

これは誰も理解しているようで口を挟む者はいなかった。

 

「では誰が立て直すか。皇帝だけではだめだ。指導力があっても実務能力が足りない。物流を担うトレーダズギルドと安定した食糧生産体制を構築できる者が必要だ」

 

「ロンゲンは死んだんだろ」

 

クジョウは頷きつつすぐさま反応する。

 

「その息子ロンジンはヘフトから脱出させて生きている。彼にトレーダーズギルドを動かさせる。そして食糧のほうはオラクルだ」

 

「あ!」

 

「オラクルもハウラーメイズで捕らえられていて命が危ない状況だ。彼も失うわけにはいかない」

 

未開の地ハウラーメイズに着目し、アウロラを資金面で助けることで、課題となっていた食糧供給体制を漁業開拓により立て直したロード・オラクル。貴族にも拘らず多額の資産を投じて偉業を達成していた。彼は性格はかわってさえいたが、平民にも分け隔てなく接し差別をしなかった。

 

「あの人は助けたいわね。けど⋯⋯」

 

トゥーラはルイの顔を見た。普段ならすぐに乗ってくるルイがうつむいているのだ。

 

「こ⋯⋯この作戦は勝てる見込みがあるのか?」

 

いつになく弱気な発言であった。

 

「こちらの人数次第だが相手にアイゴアとバードがいる時点で修羅場になるだろうな」

 

「死人が出るよね⋯⋯」

 

クジョウが鼻で笑う。

 

「当たり前だ。なんだお前、ヒヨってんのか?」

 

ルイが叫ぶ。

 

「戦えば誰か死ぬ!もう嫌なんだ!」

 

「イズミも!アウロラさんも!ピアも!もう嫌なんだよ……!」

 

静まり返る部屋。

 

しかしクジョウは容赦なく笑った。

 

「かーっ!ヘタレだな!小者の考えだ!」

 

「うるさい!あんたに何が分かる!」

 

クジョウは鼻を鳴らす。

 

「覚悟が足りない小者の気持ちなんてわかりたくもねーぜ。お前は何があっても突き進む勇気と根性があると聞いていたんだがなぁ」

 

「だ、誰にだよ⋯⋯」

 

「もちろんお前の師アウロラだ。人生は、失敗と成功を重ねて形になる。挫折や経験を避けて通る人間に、大きな成長はない。もがいて足掻き続けた分だけ、結果は必ずついてくるもんだぜ」

 

「アウロラさんぽく言ってんじゃねー⋯⋯」

 

クジョウは寂しそうに笑う。

 

「俺もあの女から色々教わった。肝の据わった、最高の女だった」

 

「⋯⋯」

 

「俺は特憲としてギシュバ8人衆に入ったが、今でもアイツには生きていて欲しかったと思ってるぜ」

 

その目に嘘はなかった。どこか物寂しい、過去を懐かしむ表情をしていた。

 アウロラの求心力は別格だった。彼女の度胸と行動力は特憲にさえ夢を見させてしまう魅力があったのかもしれない。自分は到底そのレベルまでは行けないまでも、目指す目標として彼女の背中を追ってきた。

 

 志半ばにして力尽き託されたアウロラの夢を自分が叶えるのだと、泣いて誓ったあの日を思い出す。

ハウラーメイズは夢を持った剣士たちが自分たちに残した希望と始まりの場所だった。

 

大きな事じゃなくていいのかもしれない。

今まで通り、小さい事からでも自分に出来ることを続けていれば、どこかで誰かが救われる。そしてやがて目標に近づけるのかもしれない。

 

「……そうだな」

 

ルイはゆっくり顔を上げた。

 

「皇帝はよく知らない。でもオラクルさんは助けたい。それに」

 

瞳に光が戻る。

 

「バードだ。アイツがあの場所で好き勝手してるのが一番気に食わない」

 

ハウラーメイズにおける物流が止まってしまった場合、都市連合だけでなく世界中の人々が飢えに苦しむ。そしてその先には物資の奪い合い等の混沌が待っている。弱い者はますます虐げられ搾取される。そんな世界に戻ってしまうことをアウロラさんは望まないだろう。

 そして特別憲兵隊の隊長バード。彼らがノーファクションを滅ぼした張本人なのだとしたら⋯⋯絶対に償わせる。

 

ルイは力強く拳を握りしめた。

 

彼女の瞳に少しづつ炎のような光が戻っていくが、それをトゥーラが呆れた顔をして見ていた。

 

「ほんとあなた立ち直り早いのは変わらないわね」

 

「ああ、やっぱ私は難しいこと考えずに動いていたほうが性に合っているのかもしんない」

 

「でしょうね」

 

ルイたちはお互いの目を見合った。皆、迷いのない澄んだ瞳をしていた。

そして部屋を出た先にはまるで待っていたかのようにマニが壁にもたれかかっていた。

これまでの悲壮感漂う顔が消えたことを彼女はすぐに気がついたようだ。

そして静かに笑う。

 

「覚悟が決まった顔になったな」

 

「マニさん⋯⋯。私にはまだやることがたくさんありました」

 

「ならば浮浪忍者の構成員としてくすぶらせておくわけにはいかないな」

 

「ご迷惑おかけしました。これから私は都市連合の混乱をしずめにハウラーメイズに行ってきます」

 

「そうか。ホーリーネーションをいつまで抑えていられるか分からないがこちらも全力を尽くす」

 

「わかりました。すみませんがお願いします」

 

「モールはお前だから伝承相手に選んだのだろう。ここでくすぶっていたらそれこそ無想剣舞の名を汚してしまう。ピア達の死も無駄になってしまう」

 

マニは少し照れくさそうに笑った。

 

「まぁ正直、少し嫉妬もしていたのだがな」

 

「ええ!?」

 

「浮浪忍者の誰もがモールに憧れていた。当然私もな。その剣を引き継いだ意味を考えて行ってくれ。そしてさらなる昇華をさせてみろ」

 

ルイは深く頭を下げた。

 

「はい⋯⋯!」

 

「ああ。それと、レヴァのことだが⋯⋯」

 

「何です?」

 

「今さらだがアイツはお前の片目を奪ってしまったことをずっと悔いて謝りたがっていた」

 

「⋯⋯まぁ⋯⋯何となく気づいてました。あの人ツンデレですもんね」

 

「そ、そうだな。ならば彼女達が自分の意志でお前に同行していたことも分かっているな」

 

「⋯⋯はい」

 

「では行ってこい。お前の一歩が世の中の変革に繋がっていくことを信じているぞ」

 

「行ってきます!」

 

マニに気合を入れられたルイ一向はクジョウが付き添う形ですぐに浮浪忍者村を出た。

 

「急がせて悪いが、ワールドエンドでの支度は手短に頼む。すぐショーバタイへ直行だ」

 

「なんでショーバタイなんだ?」

 

「そこでギシュバを大将にして皇帝奪還部隊を編成しながら作戦会議を行う。都市連合の動かせる侍はショーバタイしかなく、今回はテックハンター協会や傭兵団にも協力を要請している」

 

ノーブルサークル壊滅により領主不在である各都市の指揮系統は麻痺している。それに首都が鉄蜘蛛によって壊滅したことを踏まえて自分の都市の防御を固める事に専念していたため、別派閥の領主が指揮する部隊に合流する可能性は限りなく低かった。

 

それでもルイの目から希望の光は消えない。むしろ懐かしい名前を聞いて息巻いている。

 

「ギシュバさんとハウラーメイズか!なんか色々思い出すな。よし、やってやるぜ」

 

こうしてルイ一派のノーファクション勢はワールドエンドで合流しつつ、一路、ショーバタイを目指して行動を開始した。

 20年。絡まり続けた因縁。失われた夢。

受け継がれた想い。

その全てに決着をつける時が来たのだ。

 

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