Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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175.戦いの幕開け

ハウラーメイズ 古代都市跡

 

 崩れ落ちた石壁と、砂に半ば埋もれた塔の残骸の間から、かつての繁栄の名残がのぞいている。その廃墟の上に、オラクルは新たな街を築いた。

 遠征を成功させたのち、彼は過去を捨てきれぬ者、やり直しを望む者たちを集め、この地に希望を灯した。半島の中央という地の利、各港へ伸びる交易路。復興は驚くほど早く進み、街は活気に満ちていた。

だが、今は違う。

通りには人影がなく、風が吹けば軒先の旗が乾いた音を立てるのみ。街の中心にあるオラクル邸もまた、静寂に沈んでいた。黒ずくめのコートを纏った者たちが、獲物を探す猛禽のようにうろついている。

 その大広間の中央、玉座に座るのはテングJr皇帝。丸いグラサンの奥に、本心を隠している。四隅には不自然なほど屈強な黒衣の剣士たち。護衛――というよりは、逃亡を阻む柵のようだった。

 

「陛下。どうやらショーバタイからあなたを助けに部隊が派遣されるそうですよ」

 

仮面の男が静かに言う。特別憲兵隊長バード。声音は柔らかいが、その奥に鋼が潜んでいた。対する皇帝は相変わらず丸いグラサンをつけ、肩をすくめる。

 

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「そりゃそうだろ。いつまで僕をここに幽閉するつもりだい?」

 

「閉じ込めているつもりはないのですがね。私を執政に任命する話は考えて頂きましたか?」

 

「特憲出身の君をねぇ。そんなことこれまでの帝国の歴史であったかね」

 

バードはわずかに笑った。

 

「選択肢はそれしかありません。あなたが憎んでいたノーブルサークルはほぼ死にました。次はあなたが思う存分、帝国を動かす時が来たのです」

 

皇帝は鼻で笑う。

 

「よく言うよ。出自も目的も分からぬ者をほいほいと要職に取り立てるわけにはいかないだろう。表舞台に立ちたいと言うのならその仮面ぐらい取ったらどうかい?」

 

沈黙が落ちた。

 

「⋯⋯出自ですか。まぁ、あなたには教えておいてもいいかもしれませんね」

 

「くく⋯⋯何をだよ。特憲はただの特憲だろ?」

 

あざ笑う皇帝の言葉尻をとらえてバードは語り出す。

 

「私は元々、旅芸人でした」

 

「⋯⋯なに?」

 

その告白に、皇帝の指がぴくりと動く。

 

「やはり皇帝も知らなかったですか。こう見えて私はもう45歳なんですよ。月日が流れるのは早いですね」

 

「いつから特憲に?立身出世を目指して志願したのか?」

 

「いやいや、若い頃に奴隷狩りに襲われて特憲に売られたんですよ」

 

バードの口から予想もしない過去が明かされてさすがの皇帝も一瞬、口をつぐんだ。

 

「それは⋯⋯不運であったな。しかし意外なのだがそのような者が特憲の隊長までなれたというのか?」

 

「洗脳教育の賜物です。今は本気で帝国のために忠義を尽くすことに喜びを感じていますよ。そこが認められたのでしょうね」

 

「ふーん⋯⋯」

 

「それに私の場合、妻子を人質にとられていました。だから当然、必死に教育を受け入れましたよ。本人のやる気も大事だということが分かりました」

 

「妻子はいまどうしてる?」

 

「嫁は私が殺しました。子は結局行方知らずで会えてません。殺されたか、どこぞで奴隷となっているでしょう」

 

広間の空気が凍りつき、皇帝の顔からも笑みが消える。

 

「⋯⋯プログラムの一貫か」

 

「そうです。特憲の最終試験でね。妻も私も仮面をしてましたがお互いすぐに相手が分かりました。子を取り戻すために示し合わせて私が勝ち残ったのです」

 

皇帝は低く息を吐いた。

 

「⋯⋯もしやこれは復讐か?帝国を乗っ取りたいのか?」

 

「いえいえ、教育によりここまでの実力をつける事が出来ました。だから組織には感謝してるぐらいです。だから帝国をこれまでにない最強の国家に仕上げたい」

 

その言葉に、皇帝はかすかに笑う。

 

「ちゃんと洗脳されたわけか。哀れだな」

 

バードは否定も肯定もしなかった。

 

「あなたがどう捉えるかは勝手です。この経験は先々役に立つと思っていますよ」

 

「どういうことだ?」

 

「帝国すべての市民に特憲の教育プログラムを義務付けます。もちろん兵士にするわけではないので、ミズイの催眠療法も取り入れて忠義心あふれる働き者を量産します」

 

「正気か?それでは全員奴隷にする事と変わらないではないか」

 

「いいえ。今の奴隷制は強制と恐怖のもとに回しているため生産力も低いです。私の方策は皆、喜びを感じながら懸命に働いてくれますよ」

 

その理想は甘美で、同時におぞましかった。

 

「残った貴族や侍が受け入れるはずがない」

 

「だからあなたの力が必要なのです。皇帝を中心にした真の帝国体制を築きましょう」

 

――真の帝国。

聞こえはいい。

だが実態は、ノーブルサークルがそうであったように、執政として国家を牛耳るつもりなのは明らかだった。それにバードの目指す体制は帝国至上主義でありこれまでよりさらに危険な思想だ。

 しかしここで拒否した場合、父親と同様に抹殺される可能性は大いにあった。

 

「少し聞きたいことがある。特憲隊長」

 

「何です?」

 

「君はどのような経緯で隊長になった?」

 

「経緯⋯⋯ですか」

 

「帝国の中でもほぼ独立した軍事組織であり、様々な権限を与えられている。そして隊長の決定権はノーブルサークルにすらない。私も後から君が隊長になったことを知ったぐらいだ。一体誰の意志だ?」

 

「隊長の座は先代から継承されました」

 

「先代⋯⋯ノーファクション襲撃時にローグに返り討ちにあったと言われている者か。君もその場にいたのか?」

 

「いえ、私は別の場所にいました」

 

「ふーん。では勝手に隊長を名乗ったのか?」

 

「いいえ。引き継ぎの使者が来て、きちんと継承の際に隊長の印を貰っています」

 

「使者⋯⋯?」

 

「ええ。代々、隊長の引継ぎには巫女なる少女が使者として印を授けに来るそうです。何かあった時に備えて先代が手配しておいたのでしょう」

 

「そうか。ではもう一つ聞きたい。君はここまでの展開についてどこまで読んでいた?」

 

「どういう意味です?」

 

「ヘフトの惨事は事故だと思うか?それとも⋯⋯君が起こしたのか?」

 

2人の間にしばらくの沈黙が落ちる。

 

「あれをやったのはミズイです。皇帝も察しがついていたのでは?」

 

「彼女は処刑される身であったと思うが」

 

「⋯⋯ふふ。処刑されると分かってわざわざヘフトに来る人はいませんよ」

 

「となると⋯⋯」

 

「敢えて復讐しに戻ってきたんでしょうね。しかし要因はどうあれ良かったではありませんか。ノーブルサークルが消えて」

 

皇帝はニヤリと微笑んだ。

 

「まぁそうだな。あとは⋯⋯アイゴアが死ねば満足だよ」

 

バードの気配が変わる。

 

「ご存知でしたか。私が彼を持っている事を」

 

「特憲が匿っていたのかい?収監所で使ったんだろ。でなきゃルイ一派の撃退は困難だったはずだ」

 

「ご推察の通りです」

 

「ノーブルサークルがいなくなった今、あいつの抹殺が僕の最後の目的なんだけど」

 

皇帝の口調は軽い。しかし、その奥底には長年燻り続けてきた憎悪が見え隠れしていた。

それを察したのか、バードはわずかに首を傾ける。

 

「……父君の仇ですね」

 

仮面の奥で、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ただ、残念ですが彼はまだ有用です。ノーブルサークルに命令されて動いていたに過ぎないのでしょう。不問にしてあげられないでしょうか」

 

「バカを言うなよ」

 

テングJr皇帝は鼻で笑った。

 

「捕らえたら拷問の上、晒し首にしたいぐらいさ」

 

そして、肘掛けに頬杖をついたまま、にやりと笑う。

 

「それをやったら、君に協力してやらなくもないがね」

 

「ふむ……。困りましたね」

 

バードは肩をすくめたが、その声に焦りはない。

 

「ですが、私にはあなたがいなくても帝国を統一する手段があります」

 

「ほう」

 

皇帝の口元が緩む。

 

「差し支えなければ聞かせてくれ」

 

「ミズイは禁忌の島へ向かうため、貴重なエンジンを使って船を数隻建造し、密かに隠していました」

 

バードは窓の外を見ながら続ける。

 

「今回の奪還部隊は港町で決戦すると見せかけ、我々主力を引き付ける。その間に最後の一隻で裏から侵入し、あなたを救出しようとするでしょう」

 

「なるほど」

 

皇帝が小さく笑う。

 

「その船を奪うわけか」

 

「ええ」

 

「逃亡するのか?」

 

「いいえ」

 

バードは静かに首を横に振った。

 

「禁忌の島にある工場で残る鉄蜘蛛を起動し、再び戻ってきます」

 

仮面の奥から漏れる声は、まるで明日の天気でも語るように穏やかだった。

 

「武力による暴力的な統一となるので、心苦しくはありますがね」

 

皇帝は苦笑する。

 

「逆らったらヘフトの二の舞いということか」

 

だがすぐに疑問を口にした。

 

「しかし、ほとんどの立会人を港町に送っているようだが……君一人でここを守れる自信があるのかね?」

 

「船に乗れる人数は限られています」

 

バードは即答した。

 

「せいぜい二、三人の精鋭でしょう」

 

「ノーファクションが加わるかもしれんぞ?」

 

「そうですね……」

 

仮面の男は少し考えるように顎に手を当てた。

 

「カンが有力でしょうか」

 

「ふむ」

 

「テックハンター協会の主力は各地に散っています。集結する時間はない。ならば残りは寄せ集めです」

 

そして仮面の奥で微笑む。

 

「充分、勝てます」

 

その言葉に、テングJr皇帝は思わず感心したように笑った。

 

「そこまで読んでいるのか」

 

そしてゆっくり立ち上がる。

 

「確かに君の実力なら、強大な帝国を築けるかもしれないな」

 

グラサンの奥の目が細まる。

 

「よかろう。では最後に見届けさせてくれないか」

 

「見届ける?」

 

「君と刺客たちとの戦いを、だ」

 

皇帝は楽しげに笑った。

 

「その結果を見てから返答したい」

 

バードは数秒、黙っていた。

やがて仮面の奥から、くつくつと笑い声が漏れる。

 

「いいでしょう。良い回答を期待していますよ」

 

そして穏やかな声で続ける。

 

「私もなるべく人は殺したくない。穏便に物事が進むのが一番です」

 

「くく……」

 

皇帝は笑った。

 

「穏便、か」

 

その言葉が、この男の口から出ること自体が皮肉だった。バードはそれ以上何も言わず、静かに踵を返す。

コツ……コツ……

広間に靴音だけが響く。

テングJr皇帝は頬杖をつきながら、その後ろ姿を無言で見送った。

やがて姿が扉の向こうへ消えると、小さく独りごちる。

 

「さて……どちらが勝つかな」

 

静まり返った大広間で、テングJr皇帝は一人、これから始まる運命の決戦に思いを巡らせていた。

 

 

 

 

 

――そして数日後。

 

オラクル邸の大広間。

相変わらずテングJr皇帝は玉座に腰を下ろし、数人の立会人たちの監視下に置かれていた。

今日は珍しく、その傍らにオラクルの姿もある。

痩せた頬には疲労が色濃く浮かび、拘束されてはいないものの、自由がないことは明らかだった。

オラクルは周囲の目を盗み、そっと身を寄せる。

 

「皇帝……我が手勢がいながら制圧を許してしまい、申し訳ありません……」

 

悔しさを滲ませる声。

しかしテングJr皇帝は肩を竦めた。

 

「気にするな。特別憲兵隊の精鋭に奇襲されたんだ。仕方ないさ」

 

「私が隙を作ります。皇帝はその間に――」

 

「ふっ」

 

皇帝は鼻で笑った。

 

「半島の入口である港町も押さえられているというのに、どこへ逃げるんだい?」

 

グラサンの奥の目が細まる。

 

「救出部隊を待つのが一番無難だろう」

 

「そ、そうですね……」

 

すると、少し離れた場所に立っていたバードが振り返った。どうやら会話は聞こえていたらしい。

 

「オラクル卿」

 

穏やかな声。

しかし、それは警告でもあった。

 

「あなたにも今後の帝国運営に関わって頂きたいのです。できれば命は取りたくない。どうか大人しくしていてください」

 

「黙れ!」

 

オラクルが怒鳴る。

 

「ルートヴィヒは無事なんだろうな!?」

 

「ああ」

 

バードは淡々と答えた。

 

「治療を施し、牢に入ってもらっています。死にはしませんよ」

 

そして仮面の奥から微笑む。

 

「それよりも……随分お待たせしましたが、どうやら今日が決断の日となりそうです」

 

その視線がテングJr皇帝へ向く。

 

「なんだ。待ちきれないのかね?」

 

「いいえ。聞こえませんか?」

 

バードは静かに耳を澄ませた。

その場にいる者たちも息を潜める。

――ブゥゥゥン……

遠くから微かに響く機械音。

やがてそれははっきりとした振動となって耳に届く。

 

「エンジン音です。船が来たのでしょう」

 

バードは口元を緩めた。

 

「そうか。やっとカニ料理生活も終わりというわけだ」

 

皇帝はニヤリと笑う。

 

「では迎え撃ちに参ります」

 

バードは一礼した。

 

「皇帝にも目の前で戦いをご覧に入れましょう」

 

「良い余興だ。オラクル卿も来るといい」

 

皇帝は立ち上がる。

やがてエンジン音は浜辺で止まった。

テングJr皇帝とオラクルは、数人の立会人に囲まれながら見晴らしの良い丘へと連れて行かれる。

眼下に伸びる街道。

その先を見た瞬間――

 

「あの二人……まさか」

 

バードの声に、初めて明らかな驚きが混じった。

銀色の髪に眼帯をした少女。

その隣には黒髪の女剣士。

どちらも堂々とした足取りでこちらへ向かってくる。

 

「ルイ! トゥーラ!君たちか!」

 

オラクルが思わず叫んだ。

二人は足を止めることなく近づいてくる。

まるで散歩でもするかのような自然な歩み。

そこに恐れはない。

 

「オラクルさん、お久しぶりです」

 

ルイが笑う。

その声に、オラクルの顔がほころぶ。

 

「気をつけろ!こちらの戦力はバードぐらいだが、船で来ることは読まれていたようだ!」

 

しかし、その言葉を遮るようにバードが前へ出る。

 

「貴族どもはお前たちに命運を託したというのか?カンは? ギシュバはどうした?」

 

「港町を制圧しながらこっちに向かってる」

 

ルイは肩にデザートサーベルを担ぐ。

 

「私たちが来るとは想像してなかったか?」

 

バードは苦笑した。

 

「拍子抜けだよ。誰の手引きだ?囮でもないようだが……もはや今の貴族やノーファクションには頭脳派が残っていないようだな」

 

「その割には狼狽えてるんじゃないか?」

 

ルイの隻眼が鋭く光る。

バードはクスリと笑った。

 

「そう見えるかね?君たちが船を操縦してきたのか?」

 

「出来るわけないだろ」

 

ルイは鼻を鳴らす。

 

「イズミが残した味方のエンジニアだ」

 

「ほう……」

 

バードは興味深そうに頷いた。

 

「イズミの記憶を思い出したか。だが、なぜお前が来た?志願したのか?」

 

「どうだろうな」

 

ルイは刀を抜き、バードへ向ける。

 

「取り敢えずアンタをぶっ倒す」

 

「懲りない娘だ」

 

バードは肩をすくめると振り返った。

 

「皇帝。弱い者いじめのような仕合になってしまいますが、この後ご回答頂きますよ」

 

「おう」

 

皇帝は楽しそうに笑う。

 

「あの娘はローグの忘れ形見だったな。面白そうじゃないか」

 

まるで観客のような口ぶり。

 

その頃――

遠く港町の方向から歓声が響き始めていた。

戦いが始まったのだ。

バードも気配でそれを察する。

 

「始まったな。気になるか?向こうにはアイゴアがいる。あちらも返り討ちとなるだろう」

 

その名に、テングJr皇帝の指がぴくりと動く。

しかしルイは微動だにしない。

ただ真っ直ぐ。

仇だけを見据えていた。

潮の香り。

乾いた風。

遠雷のような戦場の気配。

そして三人は、それぞれ武器を抜く。

 

【挿絵表示】

 

二十年。

いや、それ以上前から続いてきた因縁。

ノーファクション壊滅。

皇帝暗殺。

特別憲兵隊。

全ての因果が、今、この場所へ収束しようとしていた。

ルイは静かに腰を落とす。

そして隻眼に炎を宿した。

 

「決着をつけるぞ……!バード!!」

 

砂塵が舞い上がり、刃が閃いた。

未来を賭けた最後の戦いが、いま幕を開けようとしていた。




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