Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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176.総力戦

ハウラーメイズ半島の入り口となっている港町

 

ここには特別憲兵隊所属の生き残った立会人およそ400人ほどすべてが全国から集結していた。目的はショーバタイから来る皇帝奪還部隊の撃退である。港町を中心にしてバリケードを築いており、半島には一歩も立ち入れさせない構えを見せていた。

 

 対する都市連合皇帝派を主力とするショーバタイの奪還部隊は港町の手前に集結しつつあった。

 

「まだ攻撃を仕掛けぬので?」

 

【挿絵表示】

 

傍らにいる侍が港町の様子を仁王立ちして伺っているギシュバに問いかけた。彼は今回、奪還部隊の隊長として赴いていた。

 

「うむ、数が足りぬ。テックハンターの部隊はまだ来ぬか?」

 

「はい。傭兵団も到着しておりません」

 

現在、ショーバタイとノーファクションの手勢だけ集めても80人足らずであり、とても港町を攻略できる数ではなかった。

 

だが。

待つ時間もまた残されていない。

 

「……仕方あるまい」

 

ギシュバは巨大な得物を肩に担ぐ。

 

「ホーリーネーションの動向も気になる。長居は危険だ」

 

その目が鋭く細まった。

 

「仕掛けるぞ」

 

「はっ!」

 

号令が走る。

それだけで空気が変わった。

兵たちは一斉に立ち上がり、武器を握り締める。

決戦の時が来たのだ。

 

先陣にはノーファクションの主力が並んでいた。

カン。

アグヌ。

そしてサッドニール。

彼らの役目はただ一つ。

敵陣を切り裂き、突破口を開くこと。

サッドニールは手にした杖を見つめた。

陽光を受けたそれは銀色に輝いている。

メイトウの杖。

 

「まさか私がこれを扱う日が来るとはな」

 

静かな声だった。

 

「バーンのパーツも大分馴染んできた」

 

圧縮合成金属で造られたその杖は異常な重量を誇る。普通の人間なら持ち上げることさえ困難だ。

だがバーンのパーツを受け継いだ今のサッドニールなら扱える。

隣でカンが鼻を鳴らした。

 

「だからって無茶はするなよ」

 

「……」

 

「ぶっつけ本番でバーン並みに動けるわけねぇ」

 

サッドニールは苦笑する。

 

「そうだね。悪いがアイゴアと戦闘になってもサポートに徹しさせてもらう」

 

「それでいい」

 

カンは斬馬刀を肩へ担ぎ上げた。

 

「俺かアグヌ、それかギシュバが正面を引き受ける。ただ、もう1つ気がかりがある」

 

そこで彼の表情が曇った。

 

「例の十志剣の生き残りのことだね」

 

 サッドニールが言った。

 

「ああ」

 

カンの眼光が鋭くなる。

 

「若造だが収監所じゃ俺と互角にやりやがった」

 

思い出すだけで腹立たしいらしい。

 

「アイツがいたら俺がやる」

 

その言葉には確信があった。

カン級の剣士が敵にもう一人いる。

それは奪還部隊にとって無視できない脅威だった。

味方には対人慣れをした者は多くなく、ギシュバに至っては重武器使いで対獣専門であり相性も悪かった。

 

「その者を見かけたらすぐに連絡するよう皆に伝えておこう。さて、向こうではもうすぐルイ達が到着する頃だ。こちらに注意を引きつけよう」

 

そして進軍が始まった。

ノーファクションが先頭を走り、その後ろをショーバタイ本隊が追う。

土煙が上がる。

大地が震える。

 

 ナパーロもまた走っていた。

 この地方に来たことがある彼は道案内人を進んで買って出た。既に人格ラックルに代わり戦闘に参加するつもりでいる。先の戦いでは片腕を失い、義手をつけて、来たる日に備え懸命にリハビリをしてきた。

 そしてついにこの日が来たのだ。

彼の目的は特別憲兵隊を殲滅することに他ならない。拠点を襲撃され、仲間を失った悲しみと屈辱は今でも忘れていない。

 ただ、その行動原理は怒りから少し変化していた。これまでは自分のため、自分の復讐心を満たすための戦いだった。しかし今は周りにいる誰かを助けるために戦おうとしている。

 

ルイ。

トゥーラ。

共に歩んできた仲間たち。

彼女たちはいつも誰かのために戦っていた。

だから自分もそうありたい。

難しい理屈ではない。

ただ彼女たちを守りたい。

そのためなら剣を振るう。

それが彼の出した結論であった。

 

 

ジュードもまた走る。

胸の奥で一つの想いを抱えながら。

 

――終わらせたい。

 

もうこの殺し合い、憎しみ合う連鎖を断ち切りたい。

チャドたちノーファクションが成そうとしてきた事。争いの絶えないこの世界で彼らは必死に何かを変えようと生きていた。

 その生き様と意志を継ぎ、争いのない豊かな世界を実現する。

 皇帝を助け、特別憲兵隊を倒す事がそれに繋がる可能性があるのだとしたら、命など惜しくなかった。

 

 

丘の上。

港町の入口。

黒いコートを纏った立会人たちが一斉に刀を抜く。

 

【挿絵表示】

 

抜刀音が重なった。

まるで死神の歓迎だ。

一人一人が異様な気配を放っている。

達人。修羅。殺しの専門家。

正面から一騎討ちを挑んで勝てる者は多くない。

 

それでも。奪還部隊は止まらない。

港町への攻撃を続けることでアイゴアを引き出し、街を強襲しているルイを援護するために。

 

「奴らは立会人だ!」

 

ギシュバが吠えた。

 

「殺しの術は叩き込まれている!絶対に無理はせず引きつける事だけに集中しろ!」

 

そして。

カンが笑った。

獰猛に。戦鬼のように。

 

「さぁて――」

 

斬馬刀を振り上げる。

 

「イズミの弔い合戦だ!!」

 

怒号が轟いた。

 

「全員ぶっ倒すぞぉぉぉッ!!」

 

大地を蹴る。

一瞬だった。

黒い弾丸のように飛び出したカンは、そのまま敵陣へ突っ込む。

立会人たちが反応するより早く斬馬刀が振り抜かれた。

轟音。

爆発にも似た衝撃。

防衛線ごと黒衣の男たちが吹き飛ぶ。

 

「……っ!?」

 

カンの動機は世界を変えようなどの綺麗なものではなかった。

 それはまさしくノーファクションメンバーとしてのプライドであった。

 かつて20年前の襲撃を免れたノーファクションの残党は各々の思いの元、野にまぎれ生き延びてきた。全く違う人生を新たに歩む者もいた。しかしカンやレッド達は若きブレーン、イズミの号令の下、姿を隠し爪を研ぎながらひたすら号令を待っていた。その過程で復讐を誓った者は数える程度にまで減ってしまった。貴族の都合で理不尽に淘汰され、苦汁を強いられていた20年間は感情を爆発させるには長すぎる時間であった。

 

 ハウラーメイズにおける特別憲兵隊との最終決戦はノーファクションの先兵と呼ぶに相応しいカンの一太刀で開始された。

 

「アイゴアァァァ!!出てきやがれぇぇぇぇッ!!」

 

カンが咆哮する。

シェク人にとって戦場とは、自らの価値を証明する場所でもある。かつてノーファクションに所属していた頃、カンは「シェク四人衆」の筆頭として最強の座に君臨していた。しかし時は流れ、ローグが成長し、バーンやチャドが頭角を現すにつれ、純粋な戦闘特化である彼の存在感は徐々に薄れていった。

それでもなお、全盛期のノーファクションに欠かせぬ戦力であり続けられたのは、ひとえに鍛錬を怠らぬ努力と、生まれ持った戦闘の才覚ゆえだった。

 

だが――。

 

共に武を競い合った仲間たちは次々とアイゴアに葬られた。

その事実だけは、どうしても許せなかった。

だからこそ、この戦いで決着をつける。

アイゴアを討つ。

そして証明するのだ。

ノーファクションこそが最強だったのだと。

それが今や、彼の人生における最後にして最大の目的となっていた。

ゆえに――。

特別憲兵隊を支える立会人たちですら、彼にとってはただの障害に過ぎない。

崩れた防衛線へ向け、カンたちは一気になだれ込んだ。

 

「カン! 足並みを揃えろ! 囲まれるぞ!」

 

サッドニールが叫ぶ。

手にしたメイトウ杖を旋回させ、迫る立会人たちを牽制しながら退路を確保していた。

 

「ルイのところにアイゴアが行っちまったら元も子もねぇだろうが!」

 

カンは前進を止めない。

 

「これくらいやらなきゃ、奴を引きずり出せねぇ!」

 

その間にも立会人たちは態勢を立て直していく。

さすがは特別憲兵隊直属の精鋭。

個々の力量だけでなく連携も見事だった。

左右から流れるように攻撃が重なり、さしものカンも押し返される。

ふと横を見る。

 

ナパーロとフレイムが立会人と斬り結んでいた。

だが力量差は明らかだった。

剣筋は完全に見切られ、防戦一方になっている。

 

「チッ!」

 

カンが舌打ちする。

 

「あいつら! 後ろにいろって散々言っただろうが!」

 

そして怒鳴った。

 

「アグヌ! あのガキどもを助けてやれ!」

 

「アグヌ!」

 

短く答え、アグヌが駆け出す。

 

「君もだ、カン!」

 

サッドニールがさらに声を張り上げた。

 

「今ここで倒れたら攻略そのものが不可能になる!長期戦になるんだ、少し下がれ!」

 

だがカンは聞いていなかった。

一点を見つめている。

 

「……いや」

 

低く呟く。

 

「このまま行くぜ」

 

「何?」

 

「向こうを見ろ」

 

カンが丘の向こうを指差した。

サッドニールも視線を向ける。

すると別の防衛線へ向かって突撃する一団の姿が見えた。

奪還部隊とは異なる集団だった。

 

「あれは……」

 

「ショーバタイに来る前に寄っただろ」

 

カンが口元を吊り上げる。

 

「アイツらも来てくれたんだな」

 

砂煙の中を駆ける影。

忍装束。

そして先頭には深編笠を被った男。

砂ニンジャ頭領――ワイアット。

 

「このタイミングで来てくれたのはありがたい」

 

サッドニールが頷く。

さらにその後方。

新たな増援が続々と戦場へ流れ込んできていた。

テックハンター。

傭兵団。

待ち望んだ援軍だった。

その中に、一体のスケルトンの姿を見つけた瞬間、サッドニールのレンズが見開かれる。

 

「あれは……まさか」

 

ギシュバの後ろを歩く一体のスケルトン。

簡素な装備。

だが背に携えたメイトウ長巻が只者ではないことを物語っていた。

ノットライボ。

テックハント歴わずか二十年。

それでいて十傑第五位にまで上り詰めた伝説的ハンターである。

 

「まさか君が来てくれるとはな」

 

サッドニールが歩み寄る。

ノットライボも足を止めた。

 

「久しいな」

 

機械音声が静かに響く。

 

「状況はトレップから聞いている。全力で支援しよう」

 

サッドニールの声が少しだけ和らげた。

 

「……ローグもイズミもいないというのに」

 

「だからこそだ」

 

ノットライボは即答した。

 

「我々はまだノーファクションに世界の行く末を預けたままだ。ここが正念場だというのなら、無条件で力を貸そう」

 

「ありがとう――ライノボット(・・・・・・)

 

一瞬だけ沈黙が流れた。

やがてノットライボは首を横に振る。

 

「その名は、もう捨てた」

 

そして長巻を抜く。

 

「行くぞ」

 

次の瞬間、その巨体は弾かれたように駆け出していた。

後ろには名の知れたテックハンターたちが続く。

おそらく会長トレップが動いたのだろう。

老齢ゆえ戦場には立てなかったが、彼は理解していた。

この戦いが歴史の転換点になることを。

 

 

 

援軍も合流し役者は揃った。

これが都市連合の、今動員できる全戦力。

あとは命を賭して戦うのみ。

勝敗は誰にも分からない。

だが、自らが望む未来へ一歩でも近づけるのなら。

そのために命を燃やす価値はあった。

 

 かつて青年ローグが願った世界。

誰もが笑い合える世界。

彼が蒔いた小さな種は二十年の歳月を経て芽吹き、今まさに花開こうとしている。

組織を超え。

種族を超え。

立場を超え。

無数の想いが一つの方向へ集まり始めていた。

 

カンが、サッドニールが、ギシュバが、ワイアットが、ノットライボが。

名だたる猛者たちが肩を並べ、港町へ押し寄せる。

その勢いは津波のようだった。

この思いの波を特別憲兵隊の立会人が押し返せるわけはなかった。

立会人たちの防衛線が少しずつ崩れていく。

勝てる。

誰もがそう思い始めていた。

 

しかし、サッドニールはこの状況に疑問を感じ始める。

 

敵は崩れ始めている。

しかし、あまりにも順調すぎる。

アイゴアが出てこない。

斬馬刀使いも姿を見せない。

 

「……おかしい」

 

呟いた瞬間。

カンも同じことを考えていたらしい。

 

「ああ」

 

険しい顔になる。

 

「嫌な予感がする」

 

サッドニールは即座に決断した。

 

「カン、あの守りが弱い部分を一時的に突破出来るか?私だけ先を急ぐ」

 

「お前が街の方へいくのか?大丈夫なのか!?」

 

「君はここに必要だし他の者に相談している暇はない。それにルイは確実に守らなければならない」

 

短い沈黙。

そしてカンは頷く。

 

「⋯⋯了解だ」

 

口元が獰猛に歪む。

 

「なら道は開けてやる!」

 

次の瞬間。

二人は同時に駆け出した。

隊列を飛び出し。

敵陣の奥へ。

 

それぞれの想いを胸に抱えながら――。

 




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