Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

184 / 184
177.無限の太刀

場所は再び、ルイたちがいる街側へと戻る。

潮風が丘を吹き抜け、乾いた砂をさらっていく。

眼前には特別憲兵隊長バード。

 そして、その背後には丘の上から戦いを見下ろすテングJr皇帝とオラクルの姿があった。

 世界の命運を左右する戦い。

 そんな状況の中で、ルイは静かにトゥーラへ顔を向けた。

 

「トゥーラ。下がっててくれ」

 

「……え?」

 

「まずは私だけでやらせてほしい」

 

思わぬ言葉に、トゥーラの表情が強張る。

 

「何を言ってるのよ!?作戦通りやらないと!」

 

「大丈夫」

 

ルイはデザートサーベルの柄に手を置きながら、穏やかに笑った。

 

「私はもう、いきなりやられるほど弱くない」

 

「でも相手はあの特憲の隊長なのよ!」

 

「だからだよ」

 

隻眼がまっすぐバードを見据える。

 

「作戦のためにも、確かめておきたいことがあるんだ」

 

「……」

 

「頼む」

 

真剣そのものの眼差し。

そこには無謀さではなく、確信があった。

トゥーラは唇を噛む。

ここでの勝敗が世界の未来を変える。

そんな大一番であるにも関わらず、ルイは迷いなくそう言った。

だからこそ、何も言えなくなってしまった。

その時だった。

 

 ――ピィイイイイイイィィィィィ!!

 

甲高い音色が辺りに響き渡った。

思わず視線を向ける。

笛を口元に当てていたのはバードだった。

その瞬間、トゥーラの顔色が変わる。

 

「……なっ……なんで……」

 

その笛。

忘れるはずがない。

シャリーが自慢気に見せてくれたものだった。

 

「なんであなたがその笛を持っているの?」

 

怒りを押し殺した声。

バードはいつもの穏やかな口調で答えた。

 

「この笛は代々、特別憲兵隊の連絡用に使われていてね。遠くまでよく響くのですよ」

 

トゥーラの拳には力がこもる。

 

「……そういうことだったのね」

 

唇がわなわなと震えていた。

 

「子供までスパイに利用するなんて……!」

 

その目には、怒りが宿っていた。

ルイがそっと手を伸ばし、彼女を制する。

 

「シャリーのことだな」

 

「ええ……」

 

トゥーラは頷いた。

 

「あの子は……やっぱりスパイだったみたい」

 

ルイの脳裏に、キンブレルの最期の言葉が蘇る。

『シャリーという登録名の奴隷はいない。信頼できる仲間を増やすことだな……』

 

奴隷商だったキンブレルは、登録情報にアクセスできた。あの時、既に真実に気付いていたのだ。シャリーは偽名を使い、仲間として潜り込み、情報を特憲へ流していた。

 リドリィがトゥーラを見つけられたのも、全て繋がる。

 ルイは小さく息を吐いた。

 

「はぐれて死んでないか心配だったけどさ」

 

背中からデザートサーベルを抜く。

鋼が陽光を反射する。

 

「これでもう、気にしなくて済む」

 

対するバードも静かに刀を抜いた。

 

「本当にやるつもりかね」

 

「その笛、仲間を呼ぶ合図なんだろ?」

 

ルイはニヤリと笑う。

 

「やっぱ焦ってるのか?」

 

バードの目が細くなる。

 

「ふっ……馬鹿な。では少し遊んでやろうか」

 

次の瞬間。

ルイの姿が消えた。

 

無想剣舞 ――終式

 

序も破もない。

段階を踏まず自分の呼吸が続く限りの猛攻を繰り出し、短期で相手を仕留める無想剣舞の最終奥義。

 

ーーもはや出し惜しみはしない。

 

【挿絵表示】

 

回転。回転。さらに回転。

風を裂き、砂塵を巻き上げながら斬撃が嵐となる。

その斬撃に始点も終点もない。

ただ意思を持つ暴風だけが、バードへ襲いかかった。

 

「……お前!!」

 

バードが驚くのも無理はなかった。この奥義はモールが他人に見せたことがない。正確にはこの型を見て生きている者はいなかったのだ。そして彼女はそれを自分のものにし、体現している。ゆえにバードの記憶にある無想剣舞を超えており、その分、彼の反応は遅れた。

 

しかし。

 

無限の太刀 (ろく)の型 理心天星(りしんてんせい)

 

【挿絵表示】

 

バードの眼光が変わる。

世界そのものを見るような瞳。

空気の流れ。体重移動。筋肉の動き。呼吸。

全てを空間ごと把握し、未来を読む。

 旅芸人の一座に生まれ、奴隷狩りにあい、特別憲兵隊として生き抜いてきたバードならではの分析と適応能力。相手が何を考えているか、自分は何を演じ、表現すれば生き残れるのか、悲劇的な人生の中で命を賭けて培ってきた経験を元にした究極の迎撃戦闘スタイルであった。

 

 刃が交わり火花が散る。

恐らくこの時、トゥーラがボウガンによる射撃を行なっていた場合、ルイの無想剣舞に全集中していたバードは避けられなかったかもしれない。それほどルイの猛攻とバードの適応は拮抗していた。

 

 ただ、時間が経つほど天秤は傾いていく。

バードの全身には浅い傷が無数に刻まれていた。

だがその眼は、既にルイの動きを読み始めていたのだ。

 

「新しいパターンがなくなってきたな」

 

ルイに対して言葉をかけるほどの余裕を見せ始める。

ルイは反応せずひたすら攻撃を仕掛け続けた。しかし、その勢いも疲労から陰りを見せ始める。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

ついにルイの舞いが止まる。

息は荒く、肩は上下していた。

 

「ここまでか?」

 

「……はぁ……」

 

ルイは汗を拭い、苦笑した。

 

「あんた……マジで強いな」

 

「努力は認めよう」

 

バードは素直に頷く。

 

「お前はもはや世界でも一級の剣士となった。ここで死ぬのは惜しい」

 

静かに刀を下げる。

 

「新体制のもとで働け。私は最初からお前たちを排除する気などない」

 

「……あんたさ」

 

ルイの声が低くなる。

 

「だったらなんでノーファクションを裏切った?」

 

バードは目を細めた。

 

「私は裏切っていない。ローグが我々への協力を拒んだのだ」

 

「またそれかよ」

 

ルイは吐き捨てる。

 

「軍事技術を渡せって話だろ?ノーファクションがそんなことするわけないだろ」

 

「ではどうしていた?アッシュランドから持ち帰った技術を復活させて世界を征服していたか?」

 

この言葉にその場にいた者、全員が一瞬時を止めてしまう。アッシュランドとは大陸、南東に位置する人類未開の旧都市群であり、遠く古代第二帝国の始まりの地にして終わりの地とも言われている。文献によると第二帝国はスケルトンが統治しており今も当時の科学技術を結集した建物や技術がそのままの形で眠っていると噂されていた。

 ただ、同時に都市を守る大型軍事兵器が闊歩しており、人類の侵入を阻んでいた。テックハンター協会が何度か遠征部隊を編成し挑んだが、何も持ち帰ることもなくほとんどの者が消息を断っていた。

 そのような場所にノーファクションが踏破に成功していたとしたら何らかの技術を持ち帰っていてもおかしくはない。テングJr皇帝も興味深げだ。

 

「ほう。彼らはやはり到達していたのか」

 

「ええ。私は遠征に帯同できませんでしたが、過去にローグ、チャドら少数精鋭で極秘裏に達成していたのは事実です。その際に確実に何らかの軍事技術を持ち帰っていたのに彼らは都市連合に共有しませんでした」

 

対してルイは毅然とした態度で言い返す。

 

「だから攻めましたってか?あんたら自分たちの立場が危うくなる事にはすごく怖がるもんな」

 

「脅威を排除することが我々特憲の使命だ」

 

「分かった。あんたには色々聞きたいことがあったけど、もう話し合う時間はないだろう。私が試したかったのはここまでだ。トゥーラ!援護頼む!」

 

ルイは荒くなった息を整えながら、デザートサーベルを握り直した。

 

「任せて!」

 

トゥーラも即座に背中のボウガンを外し、慣れた手つきでボルトを装填する。そんな二人を前に、バードは静かにため息を漏らした。

 

「やはり経験不足だな。自分の力がどこまで通用するか、見極めたかったのだろう。だが、その好奇心が命取りになる」

 

「さっきので無想剣舞に適応したからか?」

 

ルイが不敵に笑う。

 

「勝負はここからだ!」

 

言葉と同時に飛び出した。右手のデザートサーベル。左手には忍者刀。

二本の刃が異なる軌道を描き、波のように連続して襲いかかる。

 

「無駄だ」

 

バードの声は冷静だった。

斬撃を受け流し、かわし、紙一重でいなし続ける。

その一方で、トゥーラは照準を合わせていた。

ルイとの斬り合いに集中している隙を狙う。

しかし――。

 

(見てる……!)

 

バードはすでにトゥーラの存在を意識していた。

あえてルイを盾にするように位置を変え、射線を塞ぐ。

 

「くっ……!」

 

迷っている間にも、バードの適応は進んでいく。

先ほどまで確かに届いていたルイの刃が、次第にかすりもしなくなっていた。

考える時間はない。

トゥーラはさらに距離を詰めた。

数歩。二歩。一歩。

そして――。

 

「今!」

 

ルイの斬撃と完全に重なる瞬間。トゥーラは引き金を引いた。放たれたボルトは一直線に飛ぶ。数メートル。必中の距離。これまで何度もルイと繰り返してきた連携。逃げ場のない完璧な同時攻撃。

誰もが直撃を確信した。

 

――そのはずだった。

 

仮面の奥のバードの瞳がわずかに細くなる。

肌を撫でる風。空気の震え。弦の弾ける音。刃の軌跡。全てを一つの世界として認識する。

 

その異能じみた空間把握能力によって、バードはルイの斬撃をかわしながら身を捻り、同時に飛来したボルトまでも避け切った。

 

「なっ……!」

「嘘でしょ……!?」

 

二人に戦慄が走る。

その瞬間だった。バードの姿が消えた。

 

「っ!?」

 

次の瞬間には、トゥーラの目の前。

一撃目を放った狙撃手は、二撃目までに隙が生まれる。それを見逃す男ではなかった。

先にトゥーラを始末する。

そう判断したのだ。

だが――。

 

「!」

 

バードの目がわずかに見開かれた。

トゥーラはすでにボウガンを捨てていた。

そして抜刀。八相の構え。恐怖も焦りもない。

まるで最初から、この瞬間を待っていたかのような静けさ。

 

(……速い)

 

違和感。

バードほどの達人なら、狙撃手を狙うのは当然の選択だ。それに備えていた点は何もおかしくない。

だが。

バードの速度に対して、この女は反応が速すぎる。

常人なら恐怖で身体が硬直する。なのに、微塵も萎縮していない。

頭の中に一つの疑念が浮かぶ。

 

――ここまでの展開は、想定されている?

 

その頃、後方のルイは確信していた。

 

(アンタは絶対、先にトゥーラを狙う)

 

それは収監所の戦いにおいても確かに違和感として存在していて、先ほどの戦いで確信に変わっていた。

その全てが一つの結論に繋がっていた。

バードには、自分への殺意がない。

生け捕りにしたいのか。

利用価値を見出しているのか。

理由は分からない。

だが。だからこそ。自分は後回しになる。

 

「トゥーラ!!」

 

ルイは叫びながら後を追う。

傍目には仲間を助けようとしているように見せる。

だが、その実。

全てはトゥーラへ誘導するため。

バードを倒すための秘策。

その最後の一手を実行するためだった。

 

一方、トゥーラは静かだった。

刀を八相に構えたまま、迫り来るバードを見据えている。

 

【挿絵表示】

 

その脳裏には、あの山の日々がよぎっていた。

崖から落とされ、死を覚悟したあの日。

彼女を救ったのは、リドリィが手配していた反奴隷主義者たちだった。

彼らの拠点は山頂にあった。

吹雪。

飢え。

岩肌を叩く暴風。

過酷な環境の中で、トゥーラは生き延びた。

テックハンター協会へ向かうこともできた。

だが、自分が生きていることが知られれば、潜入しているリドリィが危険に晒される。

だから耐えた。

そして、その間ウィンワンが遺した『無限の書』を何度も読み返した。

 

無限の書における型は10の型で構成されていた。

 

基本の伍の型までは習得できた。

だが六番目。陸の型から先は別世界だった。

それぞれの応用型は始めからセンスを要求された。

陸の型 理心天星は自身を囲む環境すべてに意識を集中する必要があり、とてもではないが習得が難しく断念した。その後に続く型も同様だ。

 

(しち)の型 須滅赤口(すめつしゃっこう)

あらゆる凶や死をすべからく相手にイメージさせるほどの鬼気迫る斬撃。

 

(はち)の型 滅殺蜂球(めっさつほうきゅう)

高速に動き全方位からの突きにより相手を串刺しにする。

 

(きゅう)の型 九種蛇形(きゅうしゅだけい)

軌道予測不可の九つの斬撃を同時に繰り出す。別名 九頭◯閃と呼ばれている。

 

どれも人間離れした動きが出来なければならない。

何度挑んでも届かない。才能の壁。現実を思い知った。

 

 

落胆し、うなだれながらページをめくるトゥーラであったが最後の資料で手を止める。

 

ーー(じゅう)の型 夢幻(むげん)

 

無限の太刀 最後の型にして究極奥義。

無限とも思える終わりのない剣技の修練の果てに辿り着く世界。

かつて剣聖アークが行き着いた先は夢か幻か。

この型は技術を要求しない特別な型であった。

 

 書物に目を通して以降、トゥーラは毎日目を閉じ、座禅を組んだ。雨の日も風の日も過酷な環境下でトゥーラは身動きすらせず、雑念を捨て、ひたすら精神を統一する修行を繰り返していた。周囲の者たちは不思議そうに見ていた。

 ただ、ティンフィストはこのトゥーラの動きを興味深げに見ていた

数か月後。

トゥーラは突然立ち上がり、反奴隷主義者No.2に木刀での立ち会いを申し込む。

 

 

結果は一勝九敗。

だが。

その一勝だけは鮮烈だった。

 

後日、No.2は首を傾げながら語った。

 

「気がついたらトゥーラの木刀が首筋についていた。未だに彼女の剣は予測が出来ない。あの剣にスピードと力が備わったら俺は勝てなくなるかもしれない」

 

なんの変哲もないトゥーラの剣はNo2にそこまで言わせしめるまでに至ったのである。

完全会得に至ってはいないものの、その真髄に触れ、何かを掴みかけている。現に反奴隷主義者のNo2から一本を取っている実績は大きかった。

 

 ハウラーメイズへ出発する前にルイは事前にトゥーラからこの話を聞いている。船で海を渡る2名を決める際、慎重に議論されたことだ。

 本来であれば最大戦力を順当に選ぶならカンとアグヌが適任だったかもしれない。ただ、港町側に特憲の主力アイゴアがいるとの情報を受けて、その2人は港町側にせざるを得ない状況であった。そうなると誰を選ぶか。

 都市に潜入して解放することが目的となるため、素早さと隠密性も要求される。1人はルイですぐに決まった。ただ、都市側にバードがいる場合、どのように彼を打ち破るのかが問題となっていた。

 

 バードの陸の型 理心天星には初見以外は看過されてしまう。ルイの無想剣舞は見極められている。まだ彼に見られたことのない初見技で勝負を決める必要があった。そこで名前があがったのがトゥーラであった。

そして今。

ルイたちは、その剣に全てを賭けた。

 

無限の太刀 拾の型 夢幻

 

それはあらゆる剣技をマスターした者が最後に身につける御業。

精神を統一し無我の境地に入ることで己の自我を消す。その者から繰り出される斬撃には殺気が含まれていなかった。

 

敵意もない。

闘志すら存在しない。

ゆえに。

全てを感じ取り、殺気さえも予兆として読む理心天星にとって。

その一太刀だけは致命的な空白となる。

 

そして。

二人の剣士が交差した。

一瞬。

誰も動かなかった。

潮風だけが吹き抜ける。

やがて――。

 

ガクッ。

 

片膝をついたのはバードだった。

 

「……な……に……?」

 

仮面を落としたバードは信じられないものを見るように、自らの脇腹へ視線を落とす。

鮮血が静かに地面へ滴り落ちていた。

そしてその正面で。

トゥーラは、ただ静かに刀を下ろした。

まるで何事もなかったかのように。

風に揺れる黒髪だけが、かすかに揺れていた。

 

 




残り4話……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。