Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
「何とか間に合ったみたいだな」
聞き慣れた言い回しとともに、一人のスケルトンが陽光を背に現れた。
ボロ切れの外套を風になびかせ、メイトウ杖を肩に担ぐその姿。
「ニ、ニール……」
圧倒的な怪物を前に、心が折れかけていたルイの瞳に光が戻る。
バーンのパーツにより復活を遂げたサッドニール。
物心ついた時から共に生きてきた者。
その姿を見た瞬間、絶望の闇を裂くように希望が差し込んだ。
「やはりこちらにアイゴアが来ていたのだな」
「うん……呼び寄せたみたい。向こうは片が付いたの?」
「いや。こちらが気になってね。先に私だけ防衛線を突破してきた。……やはりバードはこっちに?」
「アイツならそこで倒れて――」
ルイは振り返る。
「……いない!?」
血だまりだけが残されていた。
「ルイ……彼なら向こうへ行ったわ」
足を負傷したトゥーラが苦しげに指差す。
「船着き場よ……船を奪うつもりだわ」
バードを逃すのは惜しい。
だが、目の前の怪物を倒せば大勢は決まる。
そう考えた時。
「あいつは禁忌の島へ向かうつもりだ」
テングJr皇帝が不意に口を開いた。
「止めないとまずい」
「禁忌の島?」
「残っているアイアン・スパイダーを全て起動させるつもりだろう」
「なっ……!」
ルイの顔色が変わる。
「じゃあ、早くこいつを倒さないと……!」
だが。前に立ちはだかるは巨獣。アイゴア。
全員を殺し尽くすまで止まらない殺戮の化身。
「ルイ」
サッドニールが前へ出る。
「私と君とで殺るぞ」
「……」
「大丈夫だ。私たちなら出来る」
その口調。
幼い頃から何度も聞いてきた口調。
バーンの声帯から発せられるニールの声。
それだけで、不思議と胸の奥から力が湧いてくる。
そうだ。
ずっと小さい頃からニールの側で暮らしていた。物心ついた時も、最初にカニを狩った時もいつも側にはスケルトンのサッドニールがいた。
だから、不思議と安心できる。
彼には安心して身を任せられる。
彼がいれば自分は何でも出来る気がする。
「……ニールがいれば怖くないや」
旅の始まりに漏らした言葉が、自然と口をついて出た。
サッドニールは静かに頷く。
「私が奴を受ける。隙を突いてくれ」
「うん!」
その瞬間。
「グオオオオオオッ!!」
アイゴアが咆哮した。
大地が震える。
そして、天地を両断するような斬撃が振り下ろされた。
「ニール!! 受けちゃだめだ!!」
間に合わない。
咄嗟に出たルイの言葉は遅れ、金属と金属が激しくぶつかり凄まじい轟音が鳴り響く。
爆発したような衝撃。
サッドニールの足が地面に沈み込み、土煙が舞い上がる。
そして――。
「……あっ!」
煙の向こう。そこには。
巨獣の剣を真正面から受け止めるサッドニールの姿があった。
アイゴアの腕が震えている。
両者の力は拮抗していた。
「ふぅ……」
サッドニールは息を吐く。
「凄まじい衝撃だな。バーンのパーツとメイトウ杖でなければ両断されていた」
そう言ってアイゴアを押し返すと、メイトウ杖を軽く回した。
「すげぇ……!」
ルイの目が輝く。
「バーンの力を引き継いでるんだ!」
「ああ。だが何度も受けてはいられない」
「分かった! その間に私が倒す!」
サッドニールが受けてルイが攻める。二人なら勝てる。そう確信した。
だが。
その気配を感じ取ったアイゴアが低く唸る。
焦燥。苛立ち。そして怒り。
怪物は即座に動いた。
連携が完成する前に押し切る。
それが最適解だと理解しているようだ。
この辺りのアイゴアの動きは彼ならではの天才的な戦闘センスから来る。
対するルイはその剣幕に一瞬萎縮してしまいスタートが遅れてしまう。
轟音。
連撃。
一歩前に出たサッドニールへ、暴風のような猛攻が叩き込まれる。
受ける度に足が沈む。
その時だった。
ギギ……
ルイの耳が異音を捉える。
過去、故障して動けなくなった時に聞いた音。
(ニール……やはりダメージが!?)
アイゴアは容赦なく体術を混ぜ始めた。
横薙ぎの蹴り。腹部への打撃。
メイトウ杖を掴み、再び蹴り飛ばす。
腹部の装甲の隙間から火花が漏れ、サッドニールの身体が悲鳴を上げる。
しかし。
それを見た瞬間。
ルイの中から、恐怖という感情が消えた。
「てめぇぇぇぇぇ!!」
喉が裂けるほどの怒声。
「ニールに何してくれてんだ!!」
育ての親。
空腹で泣いていた時も。風邪を引いた日も。
絶望の中でも。
いつだってそこにいた。
そんなサッドニールが傷ついていく。
その光景が、ルイを突き動かした。
献身
“自分が傷つくことすら勘定に入れず、誰かのために動く姿”
最愛の者のために自己犠牲を厭わない覚悟。それは恐怖すら克服し、爆発的な力を発揮する。
ルイは猛スピードでアイゴアの背後に迫った。
ただ、アイゴアはこの動きを読んでいた。咄嗟に後ろに振り返り、カウンターの構えを見せる。いつしか収監所戦でも見せた戦法だ。しかし、今回はルイは臆さなかった。通常なら入るカウンターの攻撃はルイの驚異的な集中力により回避される。
そして真上に飛んだルイはサーベルを振り下ろす体勢に入った。
アイゴアが左手に刀を所持している様子が目に入る。
ーーそう。この刀は私に入る
空中で捕捉された状態のルイの頭の中には死がよぎっていた。
だが、自分のサーベルもアイゴアの頭部を切断出来る。
つまり相討ち
コンマ数秒の極限まで圧縮された時間の中でルイは結末を悟っていた。
心は晴れていた。
短い時間の中で走馬灯のように流れていく記憶と思い。物心ついた時からスケルトンのサッドニールとひたすら懸命に生きてきた。世界に出て色々な事を経験してきた。最期がここだとは考えたこともなかったが、戦いに明け暮れた日々を思うとよくここまで来れたと思う。
最愛の者を守り、人類社会の崩壊も防いだ。自分が成し遂げるであろう事は先に逝った者たちに対しても胸を張って報告出来る。そう思うと妙な達成感に包まれていた。
依然としてアイゴアのサメのような目はルイを捉えている。
都市連合最強の剣士アイゴア⋯⋯
その強さと残忍性ゆえに殺戮マシーンとしてその名を馳せてきた。
一体この獣は、何を思い何のために戦って来たのだろうか。
いま対峙している者が、20年前、右手を落とした男の子供であると気づいているのだろうか。
お前の生い立ちは知らない。自分の意思に反して特憲として使われていたのだとしても同情はできない。
私はもう最愛の人たちを守るために刃を止めることはなく、お前は私と一緒に黄泉へ行くのだ。
その時。
ドンッ!!
鋼鉄を撃ち抜くような轟音が響いた。
アイゴアの身体がわずかによろめく。
「させないわ!!」
トゥーラだった。
放たれたボルトがアイゴアの腹部の鎧に突き刺さる。
体まで届いたかは分からない。
だが。
その一撃は確かに巨獣の重心を乱した。
ほんの数秒。
次の動きを遅らせる。
さらに。
ギィィィィィン!!
耳を裂く異音。
稲妻のような一閃。
サッドニールのメイトウ杖が地を這うように伸び、アイゴアの足元を貫いた。
「ぐううっ……!」
この衝撃でさすがのアイゴアも痛みに耐えかねたのか悲痛な声を上げた。
サッドニールは軋む身体を無理やり動かしていた。
片腕で杖の先端を持ち、限界を超えた超長距離の突きを放っていたのだ。
バキン。
サッドニールの腹部から何かが折れる音。
それでも。
「ルイ……!」
サッドニールが叫んだ。
「行け!!」
――成し遂げたい夢があった
――ずっと傍にいたかった
――叶うことなら最後まで見届けたかった
――多くの人が志し半ばで倒れていった
――理不尽に命を奪われる者もいた
――焼け跡に立ち 空を仰いだ
――それでも人は諦めずに前へ進む
――明日のために 祈りを込めて
――疲れたらたまには立ち止まって休んでいい
――そしてまた手を取り合って歩き出せばいいんだ
――だから、たとえこの身が傷ついても
――君の笑顔が咲く世界を守り抜くと誓うよ
受け取った静かな願い
彼らの背中が教えてくれた
祈りはめぐり、時を越えて希望はつむがれるのだと
アイゴアは一人では到底かなわない相手だった。
皆がいなければここまで来ることは出来なかった。
すべての人に支えられてここまで来た。
それは恥じることではなかった。
無限の太刀を会得したトゥーラ。バーンの力を継承して復活したサッドニール。そしてモールの無想剣舞。
いま過去から未来へ引き継がれた力がここに結集し、強大な敵を打ち破る。
「アイゴア!終わりだ!!」
ーーお前は強かった。皆の力でお前を倒す。
ーーもう過去の思い出と共に眠ってくれ。
放たれた一閃。
刃は迷いなくアイゴアの首を捉えた。
巨獣の頭部が宙を舞う。
そして。
ドォン……!!
遅れて巨体が大地へ崩れ落ちた。
静寂。
風だけが吹き抜ける。
誰も動かなかった。
都市連合最強の剣士。
殺戮の化身。アイゴア。
その怪物は――
今、確かに息絶えた。
「や……やった……」
ルイは呆然と呟いた。
サッドニールは這いつくばりながら、小さく頷く。
「よくやった。ルイ」
トゥーラも目を見開いていた。
「まさか……勝てた……」
誰も信じられなかった。
だが。
彼らは成し遂げたのだ。
最強の怪物を。
己たちの手で討ち取ったのである。
大地に横たわる巨獣アイゴア。 その姿を目の当たりにした立会人たちは、ようやく現実を理解したのか、顔を青ざめさせながら我先にと姿を消していく。
誰もが知っていた。
都市連合最強の剣士が倒れた。
それは一つの時代が終わったことを意味していた。
「本当にアイゴアを討ち取るとはな。見事な働きであったぞ」
不意に聞こえた軽い調子の声。
拘束が解かれたテングJr皇帝が、片手でグラサンを押し上げながらこちらへ歩いてくる。
「皇帝……」
ルイは血に濡れたサーベルを下ろしながら振り返った。
「……あんた、どこまでイズミと繋がってたんだ?」
先ほどの戦い。
バードの言葉によって心が揺らぎ、押し潰されそうになっていた自分を引き戻したのは、間違いなくこの男だった。
狂人のような言動。 飄々とした態度。
しかしその裏で、彼はずっとこちらの側に立っていた。
あの言葉がなければ。
あの場の空気に飲まれ、アイゴアに心を折られていたかもしれない。
すると皇帝は首を傾げた。
「どこまでって……エッチな意味?」
「違う!」
「ははは。そんな怖い顔しなくてもいいじゃないか」
まるで緊張感のない笑みを浮かべる。
「まぁ、力を合わせないと勝てないってことくらい、お互い分かってたって話さ」
「……イズミは、あんたを信用してたってこと?」
「どうだろうねぇ」
皇帝は遠くを見るように空を見上げた。
「あの娘、いつも猫をかぶってたからさ。本心なんて最後まで読めなかったよ。まぁそれは僕にも言えることか」
その声音には、わずかに寂しさが混じっていた。
「じゃあ、あんたの目的は……?」
「くくく……」
皇帝は肩を揺らして笑う。
「色々聞きたいのは分かるけどさ」
その顔から笑みが消えた。
「そんなことより、バードを追った方がいい」
「……え?」
「今頃、船着き場に着いてるんじゃない?」
「あっ!」
ルイは目を見開いた。
そうだ。まだ終わっていない。
アイゴアを倒したことで全てが終わったような気になっていた。
だが、黒幕であるバードはまだ生きている。
「くそっ!」
慌ててサーベルを拾い上げる。
「私も行こう」
オラクルが一歩前に出た。
「剣技は得意ではないが、多少の役には立つだろう」
「いや!ダメだよ!」
ルイは即座に首を振った。
オラクルは目を丸くする。
「む?」
「オラクルさんは重要なんだって!死んだらマズい!」
「しかし……」
「私一人で行く!」
迷いのない声だった。
オラクルはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷く。
「……そうか。部下たちを牢獄から解放したらすぐに向かわせる!」
「うん!」
周囲を見渡す。
トゥーラは足を負傷している。
サッドニールも胴体から火花を散らし、辛うじて身を起こしている状態だ。
今、動けるのは自分しかいない。
傷を負ったバードは弱っているだろうし、そう早くは動けないはず。
「ルイ」
背後からサッドニールの声が聞こえた。
振り返る。
傷だらけになった育ての親が、静かにこちらを見ていた。
「気をつけろ」
その一言だけだった。
しかし、それだけで十分だった。
「うん。行ってくる」
暗雲が微かに晴れていき、夕陽に染まるハウラーメイズに風が吹き抜ける。
倒れた巨獣。 傷ついた仲間たち。 終わりを迎えた戦場。
その勝利の余韻に浸る暇もなく、ルイは駆け出した。
向かう先は船着き場。
逃亡した特別憲兵隊隊長、バード。
そして――
全ての因縁に終止符を打つために。
もう、立ち止まるわけにはいかなかった。
まだ終わっていないけど「終わるんだなぁ」という実感が沸いてきました
残すところあと2話です。