Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
天空から一直線に振り注ぐレーザー光線は天使が舞い降りたと思わせるほど神々しく壮大であった。
轟音と地響きが大地を震わせる中、トゥーラとサッドニールはオラクルの部下たちに肩を貸してもらいながらルイのいる船着場へ向かっていた。後ろにはテングJrやオラクルもついてきていた。
「うそ⋯⋯あれはジ・アイの⋯⋯」
「⋯⋯急ごう」
今回の奪還作戦でジ・アイの存在および発動条件や用途は前もって限られた一部のメンバーに伝えられていた。
元々、バードを倒すための作戦はトゥーラの“夢幻”を初撃で決める事であった。実際にそれはうまくいき、バードは深手を負ったはずであった。だからルイを一人で行かせたのだ。
ジ・アイ自体、本来は使用予定ではなく、どうにもならなかった場合のあくまで最終的な保険であった。しかし、死の光線は発動した。それはトゥーラたちにとって、ルイが敗北したことを意味していた。
光が堕ちた箇所へ到着すると辺りはまだ煙が立ち込め視界が遮られていた。目を凝らすと巨大な半球状のクレーターが出来ているのを、薄っすらと確認できる。
立ち込める黒煙。
焼け焦げた土の臭い。
まだ燻る草木。
生命が存在することを拒絶された世界。
まるで神が大地を握り潰した跡だった。
「ルイ!ルイーーー!返事をしてー!!」
トゥーラは喉が潰れるほど、出せる限りの声で呼びかける。しかしその顔は絶望で満たされていた。
ーーこんな状況で生き残れるはずがない
誰の頭の中にもよぎっていただろう。
失われれていた古代技術の力は人間の力では絶対に抗うことが出来ない、想像を遥かに超えた圧倒的な破壊力を見せた。
この力は人間が使うべきではない。
ノーファクションがそう決断し封印していたのは正しい選択だったのかもしれない。
人が扱うには強大すぎる。
人が持つには残酷すぎる。
そう思わせるほど、辺り一帯は地獄のような景色に変わっていた。
「凄まじいな⋯⋯」
皇帝やオラクルもこの光景を目にして絶句している。
「そんな⋯⋯使うことにならないと思っていたのに」
トゥーラは膝から崩れ落ちた。
バードには致命傷を与えたと思っていた。だからルイであれば勝てると見込んでいた。
実際にその判断は間違っていなかった。誤算だったのはバードを殺るための気概がルイには不足していた事に誰も気付いていなかった事であった。
時が経つにつれて爆心地と思われるクレーターはその全容を現していく。半球型に削り取られた地面は圧倒的な力により不合理に捻れた形をしていた。
「生命反応がない。ここにルイはいない」
サッドニールはルイの死を否定するように船着場のほうへ歩き出した。ここを探しても無駄であることは誰の目から見ても明らかだった。
クレーターから少し離れた場所には海岸があり、船着き場は無事だった。
爆風により船の係留ロープがはずれたのか船は沖のほうに流されていた。
「船には当たらなかったのか」
風はざわめき、海辺はまだ波立っている。
サッドニールは侍の肩を借りながら船着き場を入念に確認する。
まるで何かに追い立てられるように。
肩を貸していた兵士は戸惑った。
冷静沈着なスケルトンが、これほど取り乱している姿を見たことがなかったからだ。
視線を巡らせる。
止まる。
また探す。
その姿はまるで――
迷子になった我が子を探し回る親そのものだった。
その背中を見てトゥーラの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
ルイと最初に出会った時の事を思い出す。
彼女は気むずかしい私に屈託のない笑顔で寄り添ってくれた。自分が命の危機に瀕している時に身を呈して助けに来てくれた。
こんな結末が最後であるはずがない。
無事に帰還出来る。
また一緒に冒険が出来ると思っていた。
灼熱の熱風の余韻がまだ残っている中で、絶望に打ちひしがれながら、それでも微かな希望を胸に、必死に辺りを探した。捜索には皇帝やオラクルでさえ参加していた。
そして
「む!向こうの岸辺の水の中に人影がある」
一同は一斉にサッドニールが指差す方向を見た。
真っ先に駆け寄って行ったのはトゥーラであった。
傷口が悲鳴を上げる。包帯が赤く滲む。
それでも止まらない。転びそうになりながらも駆ける。
そして――見つけた。
波打ち際。
水に半身を沈めた二人の人影。
一人は操縦士。
もう一人は銀色の短い髪。
誰もが探し求めた人物であった。
「ルイ⋯⋯!!」
トゥーラはルイを抱きかかえ胸に耳をあてた。
世界が止まる。
呼吸も忘れる。
そして――
トクン。
トクン。
小さな鼓動。確かな命の音。
「あ……」
声にならなかった。涙が溢れた。
次から次へと。止まらない。
「生きてる……」
震える声で呟く。それだけで十分だった。
後から駆けつけた者たちの表情が一斉に緩む。
誰かが深く息を吐いた。
誰かが天を仰いだ。
誰かが笑った。
操縦士も微かに動き、気を失っているだけのようであった。2人は咄嗟に水辺に入って爆風を避けていたのだ。
「う⋯⋯」
微かな声。
引き上げられ仰向けになったルイの瞼がゆっくりと開く。焦点の定まらない瞳。
その顔を見た瞬間。トゥーラは堪えきれなくなった。
「⋯⋯ルイ!良かった⋯⋯!」
トゥーラは力いっぱいルイのことを抱きしめた。
肩を震わせながら。泣きながら。何度も何度も抱き締める。
「あれ⋯⋯トゥーラ⋯⋯?」
まだ意識が朦朧としており衝撃で記憶も定かではないようだ。
「あなたはジ・アイの力を使ったのよ」
「⋯⋯そうか。私は生き残ったんだな」
ルイは何か考え込むように天を仰いだ。
「ええ。バードを倒したのね?」
「ああ⋯⋯」
「心配⋯⋯したんだから⋯⋯」
ルイは目を瞬かせた。それから。
困ったように笑う。
「⋯⋯ごめん」
その一言を聞いた瞬間。
トゥーラはさらに強く抱き締めた。
二度と離してしまわないように。
失ってしまわないように。
確かめるように。
その温もりを抱き締め続けた。
トゥーラがルイの顔を両手で包んだが、ルイは思い出すように呟いた。
「アイツ⋯⋯最後まで私に手を掛けようとはしなかったんだ」
「え?」
ルイは、あの閃光に包まれる寸前のことを思い出していた。
ジリジリと大地が焼け始め、空気さえ赤熱していく。
肌を刺すような熱に歯を食いしばりながら、ルイは隣にいたバードへ目を向けた。
その素顔は狂気に満ちた吟遊詩人でも、特憲の隊長でもない。
そこにいたのは、ただ一人の疲れ果てた男だった。
そして彼は、呆然と立ち尽くしたまま、確かに小さく呟いた。
『ローグ。やはり私には出来なそうだ』
何の事か全く分からなかった。
だが次の瞬間。
バードは静かにルイたちへ背を向け、山の方へ歩き始めた。
その背中はどこか寂しく。
そして――まるで何かを諦めた人間のように見えた。
バードの周囲から離れれば、ジ・アイの爆風を逃れられる。
咄嗟にルイは操縦士を抱え、海へ飛び込んだ。
そして生き残った。
つまり。
最後の最後で。
バードは、自分たちを生かしたのだ。
「……まさかな」
静かに呟いたのはサッドニールだった。
「え?」
「いや……昔、バードは小屋へ来ていた時期があったのだ。君がまだ物心つく前の話だ」
ルイは思わず目を見開く。
「吟遊詩人として?」
「ああ」
サッドニールはゆっくり頷いた。
「住処の場所は人づてに聞いたと言っていた。その後、いつの間にか姿を消したが……今思えば監視のためだったのだろう」
「それがどうしたの?」
「奴が幼い君をあやしている時の顔がな……」
サッドニールは珍しく言葉を選んでいた。
「何というか……敵意が全くなかった。むしろ……慈愛に満ちていた」
その場にいた全員が固まった。
風だけが静かに吹き抜けていく。
「……いや、あり得ないよ」
ルイは苦笑するように首を振った。
「騙すためにそうしてただけでしょ」
「うむ……私のサーチミスかもしれん」
しかし誰もそれ以上は言葉を続けられなかった。
ノーファクションにスパイとして潜入し、表は吟遊詩人として狂人を装い、裏では冷徹に敵対相手を抹殺してきたバード。そのような人間が幼い子どもに対して優しい一面があったなんて考えられなかった。そしてそれは最後に自分を生かした理由にも結びつかなかった。
だが。
「本当の自分が分からなくなっていたのだろう」
口を開いたのはテングJr皇帝だった。
「意図せず特憲となり、洗脳と任務の繰り返しで自分が何のために生きているのかさえ、分からなくなっていた」
「⋯⋯どういうことですか?」
皇帝はバードから聞いた生い立ちを話してくれた。
生まれが旅芸人であり生粋の特憲ではなかった事、そして妻子を失った痛み。
それを聞いた時、私たちは驚きと同時に、最初は皇帝と同じ感想を抱いた。バードは世界に復讐しようとしていたのかもしれない、と。
拷問と洗脳の狭間で正気を保つためには、ネガティブでもポジティブでも何でもいいから心を奮い立たせる強い力が必要だからだ。
ただ、やはりバードの最後の行動はどうしても引っかかった。復讐で動いていた人間が死ぬ間際に相手を助けようと思うだろうか。
そして皇帝が最後に呟いていた言葉が頭をよぎる。
『奪われた赤ん坊を無意識にお前に重ね合わせていたのかもしれないな』
彼は行方不明となった子を探そうとしていた。
自分の子を探すために洗脳を受け入れ、狂人を演じ、強大な権力を得るまで自分を隠していたのではないか。その過程で自分の本当の目的が分からなくなってしまったのだとしたら、彼の人生は悲劇そのものだ。
彼がしてきたことは到底許せる行為ではない。ただ、この混沌とした世界の被害者でもあった。
キンブレルとアウロラのように、やり方は違えど同じ方向性の中で分かり合える道があったのかもしれないと思うと心が締め付けられるような感覚になる。
ルイはいまだ爆発の余韻が残るクレーターの方に
向かって目をつむり黙とうを捧げた。
遠く海辺の向こうでは夕陽が静かに沈み始めていた。
「これで……やっと終わるわね」
トゥーラが空を見上げながら、小さく息を吐いた。 傷だらけで、服も煤に汚れている。それでも、その横顔には長い悪夢から解放された者だけが浮かべられる、穏やかな笑みがあった。
「ああ……」
ルイも頷く。
「港町の方はまだ心配だけど、きっと大丈夫だ」
戦いは終わった。
そう思った、その時だった。
「はぁ……」
背後から、わざとらしいほど大きなため息が聞こえてくる。
振り返ると、テングJr皇帝がサングラスを押し上げながら、呆れたように肩をすくめていた。
「君ら、何を言ってるんだい」
眉間には深いしわ。
だが、その口元にはどこか楽しげな笑みが浮かんでいる。
「大変なのはこれからじゃないか。ノーファクションの先輩方から、豊かな世界を作る使命を託されたんだろ?」
皇帝は荒れ果てた大地を見渡した。
「この戦いを終わらせるのは簡単さ。問題はそのあとだ。飢えた人間に飯を食わせて、壊れた街を立て直して、互いを憎む連中をまとめ上げる。そっちの方がよっぽど骨が折れる」
そしてニヤリと笑う。
「というわけで、君たちには大いに働いてもらうからね」
その言葉に、真っ先に反応したのはオラクルだった。
「テングJr皇帝……! 本当のあなたは、そのような高潔な志を持ったお方だったのですね!」
「なにその言い方」
皇帝は肩をすくめる。
「まぁ、ずーっと狂人を演じてたのは確かだけどね」
「不肖ながら、このオラクル! 陛下のご期待に応えるべく、一生懸命励んで参りたいと思います!」
「おー、いいねー」
皇帝は満足そうに指を鳴らした。
「じゃあ、とりあえず砂漠を全て緑化してくれ」
「す、すべて……!?」
オラクルの顔が青ざめる。
その様子を見て、ルイとトゥーラは思わず顔を見合わせた。
そして。
「ふふっ……」
「ははっ……」
自然と笑みがこぼれた。
かつての支配者たちとは違う。
不器用で、変人で、どこか頼りない。
それでも。
この人たちとなら。
きっと、もう少しだけ未来を信じられる。
そんな気がした。
ルイは夕焼けに染まる空を見上げる。
――アウロラさん。
――イズミお姉ちゃん。
――ノーファクションのみんな。
これまで支えてくれて、ありがとう。
あなたたちが守ろうとした想いは、消えてなんかいない。
今、私たちはようやく一歩を踏み出しました。
まだ道の先は見えない。
迷うことも、間違えることもあると思う。
それでも。
受け取った願いを、次の誰かへ繋いでいく。
だから――。
どうか見守っていてください。
夕陽が静かに地平線へ沈んでいく。
長く続いた因縁も。
憎しみも。
復讐も。
すべてが、赤く染まる空の彼方へと消えていった。
そして。
生き残った者たちの物語が始まる。
傷つき、迷い、それでも前を向く剣士たちの物語。
今度こそ。
誰かを憎むためではなく。
誰かの笑顔を守るために歩いていく。
未来へ向かう物語が――静かに幕を開けようとしていた。
――16年前
ノーファクション壊滅の数日前
夕陽が窓辺から差し込み、木造の部屋を橙色に染めていた。
「どうしても共有してくれないのか?」
吟遊詩人の姿をした男が問う。
ローグは肩を竦めた。
「何度も言っているだろ。アッシュランドにはそのような軍事技術はなかったよ」
「ローグ。私は友として言っているんだ」
「ならば、あったとしても余計言えないな」
ローグは揺り籠に目を向ける。
小さな寝息が聞こえていた。
「強大な力は身を滅ぼす」
男はしばらく黙っていた。やがて静かに立ち上がる。
「そうか。残念だ。今の特憲隊長はお前たちの存在を許さない。必ず攻めてくるぞ」
「アイゴアも来るのか?」
「私は報告するだけだ。編成は知るところではない」
「そっか」
「⋯⋯後日、交渉と称してお前と会う者は恐らく特憲隊長だ。彼はお前の命を奪おうとするだろう」
男は窓の外へ視線を向ける。
「それお前が教えちゃっていいのか?」
「どうせ隊長に目をつけられたのならノーファクションは終わりだ」
ローグは笑った。
「言っとくけど俺は負ける気ないよ」
揺り籠の中を覗き込みながら言う。
「最後には絶対勝つ。ヤバかったら逃げるしな」
「特憲はそれほど甘くない」
「そうか? その割にはお前は甘々だけどな」
ローグはニヤリと笑う。
「そういや本当の名は何て言うんだ?」
男は少しだけ間を置いた。
「……バードだ」
「へぇ」
ローグは楽しそうに頷く。
「いい名前じゃん。鳥のように自由に生きられると良かったな」
バードは目を伏せた。
「それは無理というものだ」
その声音はどこか寂しげだった。
ローグは何も言わず、しばらく男を見つめる。
そしてふと思い出したように口を開いた。
「前に言ってたお前の子供の件だけどさ」
「……」
「もうお前をここには置いてやれないけど、引き続きこっちで探しておくよ」
「いらぬ世話だ」
即答だった。
「私は強大化した帝国で権力を握り、自分で探す」
「分かった分かった」
ローグは苦笑する。
「じゃあまた機会があったら吟遊詩人として面白い話でも聞かせてくれ」
バードは扉へ向かう。だが去り際に立ち止まった。
「……ローグ」
「ん?」
「お前の娘も今後は監視対象だ」
振り返らぬまま告げる。
「敵対するようなら排除することになる」
ローグは一瞬だけ目を丸くした。
そして、声を上げて笑った。
「お前はやれないさ」
「⋯⋯なぜそう思う?」
ローグは揺り籠から赤ん坊を抱き上げた。
柔らかな頬を指でつつく。
赤ん坊は眠たげにもきゃっきゃっと無邪気に笑った。
「この子は俺たちの希望だからだ」
バードは何も答えない。ただ、その小さな笑顔を見つめるとただ一度だけ。 誰にも気づかれぬほど微かに。 男の口元が緩んだ。
ローグは優しく娘を抱きしめる。
「もちろん、お前にとってもな」
窓から吹いた風がカーテンを揺らした。
夕陽が差し込み、部屋を黄金色に染める。
その光の中で。
バードは最後まで何も答えなかった。
ただ一度だけ。
誰にも気づかれないほど微かに。
目を細めた。
それから静かに背を向ける。
閉じられた扉の向こうへ、その足音は遠ざかっていった。
まるで鳥が空へ帰っていくように。
誰にも知られぬまま。
終
ついに完結しました。
約6年間という趣味にしては狂気に近い年月でしたが、
ここまで読んで頂いた方には感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました!
エンドクレジットのほうに
この物語の真相やその後を一部のせていたり、
皆さまへの感謝のメッセージをのせていますので、
見てください。
また、曲は以下で0円で配布してます
応援頂ける方は有料版を手に取って頂けると嬉しいです(おまけ曲もつきますw)
■BOOTH 【楽曲】主題歌「過去から未来へ」、
エンディング曲「20years later」、おまけ未収録「最終決戦」
https://sawayafumi.booth.pm/items/8674131
なお、次の作品はオリジナルの予定です。
(異世界転生系かも……)
ハーメルンで投稿するかはわからないですが、
もし興味を持って頂けたら是非、見てみてください。
ではまたどこかで……!