Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
19.奴隷
大陸において最大の領地を有する国家、都市連合。
各地に点在する都市をまとめ帝国としてその体を成しているこの国は食糧問題により全盛期からは衰退の一途をたどり続けているが、経済力を武器に未だ世界最大大国としての立場を保ち続けていた。
その要因として長年大陸の主権を争い続けていた宗教国家ホーリーネーションが20年前に一時的に弱体化したことも起因するが、大きな理由としては都市連合の地盤を固めている貿易商トレーダーズギルドの存在が大きかった。
彼らは奴隷を扱うことで資源や食糧の生産体制を確立し都市連合を内側から支えていたのである。
それゆえ都市連合の領土内にもトレーダーズギルドの資源生産拠点がいくつか設立されていたが全て黙認されていた。
そしてその一つとして奴隷農地という拠点がアイソケット北東の地域に存在している。
ここでは名前の通り奴隷を使って農作がフル稼働で行われており、都市連合の国民の食料を補う数少ない重要な拠点となっていた。
そんな場所に2人組の少女ルイとトゥーラが辿々しく足を踏み入れた。
アイソケットと同様、農地は防壁に囲まれており、門には物々しい装備をした衛兵が鋭い目付きで出入りする人間を監視していた。
「滅茶苦茶怪しまれてんな。さすがに俺たち奴隷を見に来る年齢じゃなかったか?」
いつもは物怖じしないルイであったが拠点のこれまでにない広大な敷地と部外者に対する冷たい視線に気負わされているようだ。
「ここは業者がよく来るけど個人ではあまり用がない場所だからね。私も初めて来たわ。それに最近は反乱農民が出没しているせいもあって厳重にしているみたいね。」
拠点を渡り歩いてきたトゥーラはこういう場面では逆に堂々としていた。リンとすました顔でゲートを潜り抜けていくのである。
「あ!待てよ!」
ルイもつられて小走りに後を追うがその様子を見てトゥーラはため息をつく。
「あなたウェイステーションでの威勢はどこに行ったのよ。ここでそんなにオドオドしているとまたグンダーみたいな奴に目をつけられるわよ。しっかりしなさい。」
「お、おう。そうだ・・な・・。」
後を追ってゲートを潜り抜けた先の光景を見てルイは絶句した。
気づけばトゥーラも目を見開いて固まっている。
拠点の中央に広大な麦畑が広がっているのだが、驚いたのはそこではなかった。
棒のように痩せ細りアバラが浮かび上がった人間が折れそうな両足に鉄の足枷をつけられて畑を耕している。
女に至っては髪を無造作に切り上げられ胸元を隠す服も着ておらず乳房を露にしたまま開墾に従事しているのである。
そして時折、現場監督と思わしき軽鎧の兵士が罵倒しながらムチで叩き仕事を急かしているのだ。
「トゥーラ・・・これが奴隷か?」
「ええ、そうよ。私も初めて現場を見るけど想像以上ね・・。」
トゥーラは改めてグンダーたちに捕まった時を思い出していた。
一歩間違えれば自分達もここで働かされていたのだろう。女としての立場を蔑ろにされ永遠と命つきるまで畑を耕し続ける光景を想像すると恐怖を覚えた。
しかし隣にいたルイはこの時違う感情に支配されていた。
「人がまるで道具にように使われてるんだな。」
冷たく言い放つその言葉には憐れみと怒りの感情が混ざっていた。
貧しくはあったが子供の頃から自由に暮らしてきたルイにとって奴隷という存在は異質な物だったのだろう。
こちらが近くから凝視しているのに目も会わせず黙々と作業をしている奴隷たちはそれこそまるで感情のない動物のように思えるほどだった。
「あの人達はここを出たいと思わないのかな?」
何気ないルイの疑問に慌ててトゥーラが小声で遮る。
「・・ルイ!あまりこの中でそんなことを言わないで。民衆煽動罪で捕まるわよ。実際に逃亡しようとする奴隷は何人かはいるみたいだし・・。」
「やはりグンダーみたいな人攫いによって自分の意志に反して奴隷にされた人間もいるってことだよな・・。」
「でしょうね。って助けようとか変なこと考えないでね?捕まって私達も奴隷にされてしまうわよ。」
短い付き合いだがルイの恐れを知らない正義感と行動力を間近で見てきたトゥーラは本当に飛び出して行かないか心配となり念押しした。
それほどルイの表情は真剣味を帯びていたのだ。
「あのニコニコマークみたいな看板の建物はなんだ?」
「え?ああ、あれが奴隷を売っている建物よ。」
「ふーんまったく主旨と内容が合っていない看板だな・・。ちょっと行ってみよう。」
その2階建ての建物は年季の入った看板に描かれた笑顔とは裏腹に異様な空気を纏っていた。
看板の中の笑顔の人もよく見ると鎖に繋がれている。そして入り口の前にたつと何やらうめき声が中から聞こえてくるのだ。
意を決して中に入ると暗い雰囲気を無理矢理隠すように元気な店員が出迎えてきた。
「お?お嬢ちゃんたちは奴隷を買いに来たんですかい?若いのにリッチですねぇ!お求めのタイプはありますか?」
「あ、ああ。ちょっと勝手に見させてもらうわ。」
人が1人だけ入るのがやっとの牢獄が店内に所狭しと並んでおり、そのいくつかに奴隷と思わしき人達が実際に入れられていた。
そして苦しそうにうめき声を発している初老の奴隷を発見しルイは近寄る。
「お、おい。あんた大丈夫か?どこか痛むのか?」
しかし問いかけに奴隷は意味不明な言葉を発するだけだ。
「ルイ。この人は言葉を教えてもらってない奴隷かもね。会話は無理そうよ。」
「でもどこか苦しそうだぞ!医者に見せられないのか?」
しかしこれに店員がいきりたって反論する。
「おいおい、お嬢ちゃんは世間知らずなのかね?賞味期限が切れたインスタント飯をわざわざ食えるように直さないでしょ?こっちは訳あり奴隷の激安ショップですぜ。重労働向けをお探しなら隣の店に行きなされ。」
確かにこの店の奴隷たちはどこか変であった。
老人や片腕がない者から子供もいる。
「おい、トゥーラ。俺たちより小さな子がいるぞ。」
「筋力が基準のようね。非力だと育つのを待たずに売りに出されるのだわ。」
ルイは何気なくその虚ろな目をした子供が入っている牢獄に近づく。10歳ぐらいだろうか。ルイ達よりも若そうな男の子だ。
「お嬢ちゃん。良い商品に目をつけたね!その子はこれから働き盛りの年代になるからお買い得ですぜ。たったの2000catでどうだ!?」
店員の言葉には目もくれずルイは牢獄に入っている少年に声をかける。
「おい、君は言葉を話せるか?」
少年はうなだれて下を向いていたが声をかけられたことに気がつくと顔を上げた。
そして今まで死んだように生気がなかった少年の表情がみるみると明るくなり猛烈な勢いでルイに喋りかけてきたのだ。
「お姉さんも奴隷を買いに来たの?見た目は貧相な服を着てるけどお金持ちなんだね。僕なんてどうですか?掃除洗濯料理なんでもしますよ。」
これまで見てきた奴隷とはうってかわってイキイキとした物言いで喋りかけてくる少年はどう見ても訳ありには見えない。
「君はいつからその・・奴隷をやっているんだい?言葉はどうやって覚えた?」
「うーん、あんまり覚えていないけど小さい頃に里親に売られちゃったみたいです。言葉も一応その時までに覚えました。まぁ子供を養うのは大変ですからね。」
悲しい境遇をまるで他人事のようにサラリと言う少年にトゥーラは違和感を覚える。
「ルイ、こんなに会話が出来てもうすぐ働き盛りになる少年が訳ありで安いなんてやっぱり怪しいわ。関わらないほうがいいわよ。」
トゥーラの忠告も上の空でルイは少年との会話を続ける。
「君は外に出て俺たちと一緒に働きたいのか?」
「ちょっと、ルイ聞いてる?」
その横で少年はルイの問いかけに満面の笑みでうなずいた。
「トゥーラ・・ごめん。また一文なしになっちゃうけどこいつを仲間にしないか?こんな小さいうちから人生が決まっているなんて可哀想でさ・・。」
「格安の奴隷にしては条件が良すぎるのよ?何か重大な欠点があったらどうするのよ。」
「その時は俺が責任とるよ。」
「そう言われても・・。」
「たのむ!」
結局ルイに押しきられる形で2人はこの少年を今持ち合わせている全財産で購入することにした。
そして奴隷農地の門を潜り3人となった一行は一番近くて貿易の中心地であるヘングという都市を目指す。
その道中でトゥーラはルイに詰め寄った。
「ルイ。今度は私の言うことを聞いてもらうからね。まずは資金よ。毎回行く先々でお金がスッカラカンになってたら旅も出来ないし良い装備品も買えないわ。3人で収入が安定するまで安全に原鉄を掘るの。そのためにこの男の子の栄養失調状態を治すわ。そう言えばあなた名前はあるの?」
「ナパーロと言います。よろしくお願いします!」
少年は瘦せ細って今にも倒れそうな体にも関わらず元気良く返事をした。
それに対してルイは嬉しそうに声をかける。
「よろしくな!ナパーロ!もうお前は自由なんだぞ?これから俺たちと一緒に旅をすることになると思うけど嫌なら抜けてもいいからな。その時は俺が自由にする手続きもしてやるよ!」
「そうですか!分かりました。」
ルイはナパーロの頭をポンポンと叩き、対するナパーロも嫌がることなくされるがままだ。
仲間が増えたことで素直に喜んでいるルイの横でトゥーラはやはりこの少年をまだ警戒していた。
従順ではあるが奴隷にしては落ち着きすぎているのだ。礼儀と社交性も少し備わっているようにさえ見える。
小さい頃から奴隷生活をしていた場合、このような性格になることは通常あり得ないのだ。
「あなたの名前は誰につけてもらったの?」
「それが・・思い出せないんです。変な話ですが物心ついた時から名前だけ自覚していたというか・・。」
「そうなの。まぁいいわ。とにかくまずは元気になってちょうだい。もう食費もあまり残ってないけど。」
会話をしてもトゥーラの疑惑の念は消えることはなく、むしろ記憶の欠如ではぐらかされた印象さえ受けていた。
ただトゥーラ自身も奴隷を買うことは初めてであったのでこの少年と今後どう接していくかは2人の扱い次第として、疑いの気持ちは心に押し止めた。
一方、ルイたちが去った後の奴隷屋の店内では軽快な足取りで牢獄を掃除している店員の姿があった。
そこに別の店員が入ってきて声をかける。
「お、そこにいたガキ売れたのか?たしか・・主殺しのラックルなんて異名あったやつ。」
「うっす。あれ、そんな名前でしたっけ?取り敢えずやっと売れましたよ。さすがに皆怪しんで買いませんでしたからねぇ。最後は何も分からなそうな馬鹿なガキどもが買っていきやしたぜ。」
「わっはっは。そうか、じゃあその馬鹿たちはもう命はないかもな。一度主人を殺した奴隷はまたどうせやる。売れて得したぜ。」
「まぁあいつらにとって勉強代ってことですね。」
「バーカ、死んだら勉強になんねーだろう。ガハハハ!」
店員たちの下品で大きな笑い声は店を出て響き渡っていたが先を行くルイたちには届くことはなかった。