Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
「それがあなたの本性なの?」
おどおどしたこれまでの態度からうって変わって鋭い目付きに豹変し悪態をつくナパーロにトゥーラは気負うことなく問いただす。
「…本性…ではない。むしろ裏の性格と言ったほうが正しい。」
声も先ほどとは異なり低くどことなく陰険なイメージだ。
「裏?どちらでもいいけどやはりあなたは性格に難があるようね。その様子じゃ記憶がないってことも嘘なの?」
「嘘ではない。ナパーロが言っていることは正しい。姉ちゃんちょっとは信用してやれよ。」
まるで他人のことを話すようなそぶりは奴隷農地で最初に会った時もそうだった。
この子は自分の身に起きた出来事を他人事のように語る。
(記憶の欠如、他人…、それってまさか…。)
トゥーラはある結論に辿り着いた。
今だ信じられないという顔つきではあるが、それしか思い当たる節がない。
「気づいてくれたかな?俺が出ていられる時間が限られているから手短に話してやる。俺は解離性障害、つまり二重人格だ。今の俺はナパーロじゃない。」
衝撃的な告白にトゥーラは立ちすくんだ。
「そんな…!どうして…。」
「俺は後から作り出された人格だからいつからそうなのかは知らないけど大体理由はわかる。ナパーロが主人格であり、嫌なことを全部押し付けるために俺を作り出したんだよ。だから主人から受けたムチ打ちなどの体罰、暴行や乱暴は全部俺が引き受けた。その間、ナパーロは自分の殻の中に引きこもっていたのさ。ふざけた野郎だよ。」
解離性障害。
聞いたことはあったが出会うのは初めてだ。
つらい体験を自分から切り離そうとする一種の防衛反応だと考えられているが、恐らくナパーロが奴隷生活の闇に耐えきれなくなりこの第2人格を作り出した可能性は充分にあった。
気持ちの整理が追い付いていないトゥーラに対してナパーロは短剣をクルクル回しながら話を続ける。
「でさ、余りにも酷いことやってくる主人を俺が殺しちまって奴隷農地で安売りされてたってわけ。だから忠告しておくけど、あんたらもナパーロに変な真似するなよ。ルイって奴は男好きそうだからあぶねぇけどなぁ。」
「ふざけたこと言わないで!ルイはさっきまであなたを弟のように可愛がっていたじゃない!あなたが帰って来るまですごく心配もしてたのよ?」
「それは表向きの性格なんだろ?人は見かけによらねぇ。」
この問答によりトゥーラの中で逆にこれまでの言動の辻褄が合った。
恐らく本当にナパーロは二重人格であり、この第2人格は嘘をついていない。
ナパーロの奴隷とは思えない穏やかで礼儀正しい性格に対して過酷な部分を担当してきたと言っているこの第2人格が醸し出す他人に対する敵意。
こいつは誰も人を信じようとせずルイすら敵対視しているため、先ほどまでの溺愛とも言っていいほどのルイの可愛がりをされるがままに受け入れるはずがなかったのだ。
しかし、だからこそ腑に落ちない点が残る。
「あなたの目的は何?なぜ逃げずに私たちについてこようと思うの?」
恐らくヘングへの道中で別れた時からBARまではこの第2の人格だったに違いない。
とするとこの第2の人格の意志でルイ達の元に戻ってきたことになるのだ。
「一蓮托生ってやつさ。ああ、言い忘れたが俺の名前はラックルと言う。俺ラックルは主人格のナパーロに変わって表に出てこれる時間が最大でも1日に大体8時間くらいしかないんだ。その他の時間は俺の意識は残っているが、体をナパーロに奪われて何も出来やしねぇ。だからその間ナパーロに栄養失調や拷問なんかで死んでもらっちゃ困るから面倒見ててくれってことだ。もちろん無料でとは言わない。」
「どういう意味…?」
「俺は短剣やナイフの扱いが人より長けててね。俺の安全な環境を維持するために力を貸してやるってことよ。お前たち見たとこかなり弱いからなぁ。」
「見返りは用心棒ってこと?あなたの服についた血はまさか…。」
「お、察しがいいな。ヘングに向かう途中ですれ違った人攫いが不幸にも俺らを狙ってきたから殺しておいた。」
「…4人組のあいつらね。私も警戒してたから覚えてるわ。まさかあなたが一人で返り討ちにしていたなんて。」
「それじゃ、交渉成立ってことでいいかな?そろそろナパーロが起きそうなんだ。しかしあんたは邪魔になりそうだから殺そうかと思ってたけどやめておいてよかった。」
「…。最後に聞くけどナパーロはあなたの存在を知ってるの?」
「いや。俺は巧妙に隠れてるし奴自身が知ろうと意識していないから把握してないだろうな。」
「そう。わかったわ。では私たちが軌道に乗るまで当分このまま大人しくしていてちょうだい。それが条件よ。いいわね?」
「おーけーだ。」
ナパーロとラックル。経緯は不明だが1つの体に2つの人格が共存しているのは確かなようだ。
ラックルは非常に危険な人格ではあるが、人攫い4人を無傷で倒せる実力を持ち合わせてもいる。
この場で拒否をする選択肢はなかった。
また一歩間違えれば諸刃の剣となりうる人物ではあるが、今は戦力が一人でも多く必要な状況のためトゥーラはこのまま黙認することを選んだ。
そしてこの事はナパーロと仲良さそうに接しているルイにもまだ黙っておくことにした。ルイは純粋にナパーロを可愛がっている。
いま下手に意識させてラックルを刺激することは逆に危険と判断したためだ。
翌日から3人は予定通りヘングの周辺の原鉄堀を開始したが都市の外は危険なので3人はいつも一緒に行動した。
ただしナパーロは栄養失調状態であったため控えめな補助作業とし体力回復を優先した。
一方ルイとトゥーラは最早ベテランの坑夫と言っていいほど手慣れた手つきで次々と原鉄を堀当てていった。
ヘングの都市で空き家を購入できるぐらいまでお金を貯めることを目標としたため、数ヵ月の月日をここで費やすことになったが、その間鉄堀以外なにもしないというわけでもなく、トレーダーの中心地ヘングにて交易の何たるかを学びつつ世界情勢の情報を旅人などから収集することにしていた。
月日はあっという間に過ぎ去り途中、砂漠に生息する昆虫型猛獣スキマーの襲撃などの困難もあったが、予め都市への逃走ルートを決めたりして無事にやり過ごすことが出来ていた。
そしてついに空き家を購入出来るほどのお金を溜め込んだ頃、ルイが嬉々としてトゥーラとナパーロの元に走り寄ってきた。
「おーい!ついに俺たちが世界に踏み出すチャンスが来たぞ!」
「ええ、そうね。向こうで買えそうな空き家が出たそうよ。ついに拠点が出来るわ。」
「あ、それなんだけどなトゥーラ、ちょっと相談があって。」
「拠点のことじゃないの?あなたの相談って良いこともあれば悪いこともあるのよね。今度は何なの?」
ナパーロも興味深げに寄ってくる。
この頃になるとナパーロもすっかり体力が戻り、原鉄堀でたくましい男児に成長して力仕事の主力を担っていた。
また、第二人格のラックルも消滅してしまったのではないかと思わせるほどまったく姿を現さないでいた。
「ルイさんまた変な話を持ってきたんじゃないですか?この間も危うく詐欺に引っ掛かりそうでしたし。」
「いや!今度はまじで凄い話だから。驚くなよ。」
「はいはい。まずは聞いてみます。」
「じゃあこのニュース見てみ。」
そう言うとルイは都市連合が発行している新聞を掲げた。
「ええと、『都市連合軍、ついにハウラーメイズ地方を奪還か?』すみませんトゥーラさん続き分からないので読んでくれますか?」
ナパーロはルイの時と同様に鉄堀をしながら文字を読む練習をさせられていたが、覚えが早いもののまだ全ての文字を読めるには至っていなかった。
「『汚染と猛獣被害により数百年前に放棄したハウラーメイズ地方を再び奪還するときが来た。テックハンターギシュバ卿率いるチーム主導の元、都市連合軍の大遠征部隊を組織しこの地を再び都市連合の領地とする計画を遂行する。我こそはと思う者は名乗りを上げ、この大いなる計画のもとで共に英雄になろうではないか』・・・これって?」
「都市連合の東側にあるハウラーメイズ地方進出に向けた遠征隊の人員を募集しているらしいぜ!飯つきだし俺たちも応募してみないか?」
「ええ!?これに?うーん…悩ましいわね。」
「何でだよ?ここの説明見てみろよ。現地で自分で見つけた宝や古代技術は自分の物にしていいらしいぜ。安全に冒険出来てスキルも得られていい話じゃないか?それに出没する猛獣ってのがどうも巨大なカニらしいんだよ!」
「全体的に悪い話じゃないとは思うわ。ハウラーメイズ地方は昔は都市連合の領地だったけど主に酸性雨などの汚染が原因で撤退したらしいわ。最近だと酸性雨が減って農作物とかも育つようになったと聞いたことあるからそれで遠征することになったようね。」
「だろ?この遠征自体も成功しそうな良い計画でしょ。」
「ただ、この主導するテックハンターが十傑のギシュバでしょ…。たしか今7位に入っている実力者よね。都市連合のお抱えハンターで爵位まで持っているのよ。最近はギシュバ卿とかロード・ギシュバと周りの者に言わせてるようでやたら富と名声にこだわってるみたいだから現地の成果を根こそぎ持っていってしまうんじゃないかしら。募集要項も主に後続の荷物部隊のようだし、先行して調査するのはまず無理ね。それに…」
トゥーラはチラッとナパーロを見て話を続ける。
「3人で行くってこと?ナパーロはまだサバイバルのノウハウもないし連れて行くのは厳しい気がするわ。」
トゥーラが恐れたのはラックルの反応だ。
彼はナパーロ自身が安全であることがラックルの安全に繋がるため、未開の土地への同行は否定的の可能性があった。
連れていこうものならルイ達に見切りをつけて殺しにかかってくる可能性もラックルの人格上、充分にあり得るのだ。
「俺はナパーロを連れていっても良いと思うけどな。たぶんこの遠征は長期間になるからここで拠点を買って一人残すよりも、お金を装備品に費やして3人で遠征に同行するのがいいと思ってる。ナパーロはどう思う?」
その話を聞いてトゥーラは冷や汗を流しながらナパーロを見た。
「そうですね、僕は剣を持ったこともないし、相手を傷つけることも苦手ですが、お二人と一緒に行きたいです。奴隷にも関わらずこんなに良くして頂いて今度は僕がお二人の側で恩返しをしていきたいのです。それに僕は一人になったら何をすればよいのかたぶん判断できません。」
これはナパーロの意志だろうが、やはり問題はラックルの意志だ。
事を起こされる前に早めに意見を聞いておきたいトゥーラは意を決して語りかける。
「ラックル。あなたはどう思っているの?」
聞いたことのない名前の登場にルイとナパーロはポカーンとしているが、トゥーラは真剣な表情でナパーロを見ている。
そして少しの沈黙後、ナパーロが口を開いた。
「皆の前で俺の名前を出すとは大胆じゃないですか・・。」
慣れない敬語を使っているが、その場の空気が変わり、明らかに第2人格のラックルが表に出てきたことがわかった。