Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
この日はいつも通り砂嵐が吹き荒れていたが、雲ひとつない晴天であった。
建物には祭り提灯が掲げられ大通りには屋台が並んでいる。人が通りに満ち溢れており首都ヘフトはこれまでにない活気に溢れていた。
理由はやはりハウラーメイズ地方への遠征出発式に他ならない。
今日は10年に1回あるかないかの特別な日だ。ついに何百という人数が未開の土地に向けて進出する日がきたのだ。
国家の一大イベントということもあり各都市から領主や貴族、行商人などがこの日に合わせて訪れているようであった。
「うわー…日を追うごとに人が増えていたけど今日はヤバイな!BAR座れるとこないじゃん!ってかこんなに人っていたのかよ!」
壁の隅に行っても出発を待つ人だかりで足の踏み場もないくらいごった返していた。
「たぶん都市連合にとってもこんな総出のイベントなんて10年ぶりぐらいよ。」
「それほど重要なことなんだな、この遠征は。一昨日はムカつくテックハンターに絡まれて気分悪かったけど、なんかワクワクしてきたな!」
「どの組織にもああいう輩は一定数いるものなのね。なるべく気にしないようにしましょう。それより遅れても嫌だし、ちょっと早めに集合場所に行っておきましょう。」
ルイ達は人混みを掻き分けて郊外にある後続部隊の集合地点に向かうことにした。
集合地点には既に何人か来ており、表情も皆、活気に満ちていて談笑しあっている。
それを見たルイはさらにテンションが上がり見知らぬ人たちにところ構わず話しかける始末だ。
トゥーラはルイがお祭り女だったということを把握しつつ、後続部隊をまとめると言っていたハーモトーを探した。
そこにはあわよくば十傑のギシュバを一目見てみたいという願望が含まれており、もしかしたら出発前の最後の打ち合わせをハーモトーとしているかもしれないという淡い期待があったのだ。
…つまりトゥーラも少し浮かれていたのである。
そしてキョロキョロと辺りを見渡しているとハーモトーを発見する。
野太刀を2本クロスして背負うような者はそうそういないので見つけやすかったのだ。
ハーモトーは予想通り誰かと立ち話をしている。
話し相手は金髪で眼帯を纏っており異様な雰囲気ではあるが小柄であった。
(眼帯なんかしていかにもって感じね。でもちょっと背が小さい?というか…華奢ね…もしかしてギシュバって実は女性なの!?)
ハーモトーは眼帯の女との会話を終えるとトゥーラの視線に気がつき近寄ってきた。
「おーう、あんた達早めに来たんだね。感心感心。」
「よろしくお願いします。ハーモトーさん、いま喋られていた方ってもしかしてギシュバさんですか?」
「ええ?眼帯の?ハハハハ!違うよ。あいつはギシュバ隊副隊長のアウロラってんだ。若いのに大した女だろう?今回の遠征計画もほとんどアウロラが練ってるんだよ。」
「あんな華奢で小柄な女性がですか?すごいですね。」
「見た目はかよわいが一流のデザートサーベルの使い手だよ。それに滅茶苦茶怖い人だから気を付けな。」
「え…そうなんですか。」
女性でもガタイに恵まれていたリドリーに対してトゥーラも体の線が細く重い武器も扱えないでいた。
そんな中で体格がそれほど変わらない人がギシュバチームの副隊長をやっているという事実がトゥーラを勇気づけると共に憧れと応援したい気持ちにした。
(小柄なのに重い武器を扱えて優秀なチームの副隊長だなんて素敵だわ…。は!私って移り気な薄情者ね。私にはリドリー様がいるじゃない!)
去り行くアウロラの後ろ姿を遠目で見ながらトゥーラは我に返った。
気づくと出発の時間が近づくにつれ集合地点には続々と人が集まってきており、いよいよ大遠征がスタートするのだと実感させられる。
ハーモトーもせわしなく従者に指示を出し初めている。
「ついにちゃんとした旅が始まるんだな。」
「ええ。今まではどちらかというと逃避行だったものね。荷物係とは言えテックハンターとして人類に貢献できる技術を持ち帰りたいわ」
兵士が名前の確認作業と合わせて担当する荷物を配り始める。
一人分の荷物は大きなバックパックで纏められてはいるが体積はルイ達より大きい。
「うげ!でかいな。あれ持って歩かされるのか」
「そりゃあこちらに戻ってくるまで全行程5ヶ月の長旅だし兵士の分も持つからね」
「ようし、気合いれるか…あれ?」
3人は渡されたバックパックを持ってみると意外にも荷物は軽く感じた。
「結構軽くないか?」
「そ、そうね。女だから私たちのだけ軽くしてもらえているのかしら…。」
しかし周りの従者達は割りと重たそうにしているのだ。
「僕のも軽いですよ。」
ナパーロの荷物も軽いようだ。
「どうせなら筋トレしたいしあそこの爺さんの荷物も一部わけてもらうか?」
「あなた荷物持ちにもポジティブ指向発揮しないでよ…ってちょっと!」
トゥーラの返事を待たずにルイは近くにいる老人の従者に話しかけていた。
「なんだね…あんた方は…?」
当然ながら急に話しかけられた老人は怪訝な顔つきだ。
「荷物重くて大変だろ?少し持ってやるよ。」
これに白髪の老人はニヤリと不敵に笑った。
「わしも志願した身だから自分の荷物は自分で持つさ。それにわしは無限の力を持っている。心配ご無用じゃ。」
『無限』という心ひかれるキーワードに早速ルイが飛び付いた。
「無限!?底なしにパワーがあるのか?」
「なんじゃお主興味あるのか」
老人は豊満に蓄えられた白髭を撫でながら刀を取り出す。
「おお!まさか刀の型が無限にある達人とかか?」
「ふふふ、無限の太刀の使い手ウィンワン様とはわしのことだ!」
手のひらを一杯に広げてどや顔でポーズを決める老人の仕草に触れることなくトゥーラが話しかける。刀の話となるとトゥーラも興味があるのだ。
「無限の太刀…聞いたことないのですが有名な技とかあるのですか?」
「お嬢さん。無限の太刀には技という概念はない。そもそも古今東西すべての武器に必殺の技などないのじゃよ。あるのは駆け引き術。状況や心を読む術。生き残るための術。すべては目的を達成するための精神論なのじゃ。得物を使いこなすこと自体は術を活かすための基礎的な手段に過ぎん。」
諭すようにお爺さんは語っているがルイは懐疑的だ。
「何か最もらしい言い方だけどじゃあ具体的に例えばどんな術があるんだよ。」
「よろしい。それでは特別に君たち初心者も含めて全ての剣士に共通する真髄を一つ教えよう。それは…」
「それは?」
「『勝利を確信できる局面のみ仕合え』じゃ」
「…え?」
「つまり100%勝てる場合のみ戦い。その他少しでも不確定要素がある戦いは避けよ、ということじゃな。」
「それ駆け引き術でも何でもないじゃん!全然戦わないのと同じことじゃね!?」
「極論はそうじゃ。負ける可能性が少しでもある戦いを繰り返していると、いかに達人であろうといつか負ける時が必ず来る。命は一つしかないからのぉ。その一回に当たってしまった時点で全てが無になってしまうのじゃ。無闇に戦いに身を投じているといずれその者は死に至る。自然の摂理じゃろう?」
「いや、まぁそりゃそうだけどよ…。」
「一番大切な物。つまり自分の命を活かすため戦わずして勝つには何をするべきかを常に考えることが全てに共通する基本の極意じゃ。」
この老人はまるで自分自身をも諭すように感慨深げにウンウンと頷いた。
しかしルイの心には響かなかったのか素っ気ない反応をする。
「ふーん…そうか、分かった。サンキュー!荷物も持たなくていいってんならそろそろ行くよ。じゃあ爺さん達者でな!トゥーラ行こうぜ。」
「どうしたのよ?」
老人から離れるとトゥーラはルイに質問した。
「なーんか今一共感出来なかったんだよね。自分の命を最優先って感じがしてさぁ。」
「でも実際に死んでしまったら何もできないわよ」
「まぁそうなんだよなぁ。しかし、仲間がやられそうな時はどう判断すればいいんだろうな。仲間を置いて逃げれないだろ?」
この言葉にトゥーラも返答が出来なかった。
確かにウィンワンが言う極意は一人の時に有効だが守るべき大切な命が複数ある場合どのように優先度をつければいいのかこの時は答えが出なかったのだ。
そしてモヤモヤしながらナパーロのところに戻ると意外なことを打ち明けられる。
「ルイさんトゥーラさん。荷物のことですけど他の方の荷物も重さは同じでしたよ。恐らく長い坑夫生活に慣れて僕たちが軽く感じただけかもしれません。」
ナパーロが言っていることは合っていた。
お金稼ぎが目的で長いこと従事していた原鉄堀は知らぬ間にルイ達の体力や筋力を人並み以上にあげていたのだ。
軽々しく荷物を持ち上げるルイ達を見て他の従者は驚きの表情をしていた。
バーン!
荷物を持ち上げて遊んでいるとどこからともなくドラの鳴る音が聞こえる。
今回の遠征は移民を含めると総勢500人の大移動だ。いちいち全員に意思を伝えるのは時間がかかり困難であるため、ドラや信号用の旗で合図を送るのだ。
ドラが一回鳴ったのは出発5分前ということだ。
後続部隊の人員は重い荷物を背負い並び始める。
それをハーモトーが点検するように巡回しチェックしている。
ルイ達後続部隊はおよそ30人ほどで構成されており、ほとんどが志願者による混成チームとなっていた。
それを指揮するのは予定通りハーモトーであった。
先行テックハンター部隊、都市連合の軍隊と貴族、そして移民が出発した後に一番最後の部隊として出発するのだ。
バーン!バーン!
そしてついに出発の合図が鳴らされた。
今まさに史上稀に見る大規模作戦が開始されたのである。
都市からは天をつくような歓声が響きわたり、人々の熱狂は遠征隊の大行進と重なって地を揺らす。
後続部隊は最後の出発ということもあって行進が始まっても若干の待機時間があった。
そのためルイ達は市民の期待の目を一身に浴びていた。
「ひゃ~俺達まで有名人になった気分だな!」
ルイは歓喜する市民に対して手を振っている。
「ちょっと!やめてよ、私達はただの荷物係よ?」
「まぁいいじゃねーか、荷物も軽いし猛獣は他のテックハンターが倒してくれるし、俺たちは気張らずに旅を楽しんじゃおうぜ!」
「そんなに簡単にはいかないかもしれないじゃない。あ、出発みたいよ!」
雑談をしているとついに前方の移民集団が動き出したのだ。
「後続部隊、行軍開始!」
それに合わせてハーモトーが号令をかける。
ルイたち後続部隊30人も一斉に歩行を開始した。
少し歩くと大きな舞台が見えてきて兵士に守られ何人かが壇上に座り手を振っている。
どうやら都市連合のお偉いさんが高い位置から見送ってくれるようだ。
それを見て前を歩く従者同士が喋り始める。
「おお!あれは皇帝テング様じゃないか!?何か体が小さくなった気がするがお元気そうだ!」
「お前知らないのか?テング様は病気で長いこと公の場に姿を見せてない。今は代理でテングJr様が皇帝の業務を遂行しているらしい。」
「ふーん。お、末席にいるのはミフネ卿か。彼も出世したもんだな。」
この言葉にルイが反応した。
「おっさん!ミフネって言ったか?どいつだ?どこに座っているのがミフネだ!?」
従者は絡むように問いかけてくるルイを振り払って言い放つ。
「うわ、なんだよ!あそこの緑の洋服を来ている人だよ!一体何なんだあんた!」
「緑…あいつか…!」
マスターミフネは壇上の端で拍手をしつつも冷めた目つきでこちらの行軍を見ていた。
ロン毛で中年の男だが引き締まった体つきであり、周りにいる肥えた貴族たちとは様相が違っていた。
(あいつが俺の両親たちを襲ったかもしれない奴の一人か。顔は覚えたぞ…。いつか必ず報いを受けさせる。そしてニールにも…)
ルイは考えている最中にハッとして辺りを見回した。
今日は都市連合領内中の人々が集まっている式典だ。
そんなイベントにサッドニールが来ていないはずがないのだ。
その様子を見てトゥーラも気がついた。
「来ているかもしれないわね。」
「…ああ、そうだな。もしかすると俺たちが遠征隊として出発するのも見ているかもしれない。」
見送る群衆に目をやるもそれらしい姿は発見できなかったがルイはなぜか確信していた。
「ニール!行ってくるぜ!俺たちはまたこの旅でたくさん経験して、一回り強くなって帰ってくるからな!待ってろよ!」
群衆が見えなくなるまでルイは振り返り何度も手を振った。
遠征隊の長い行列は先頭が見えないほど長蛇となっており、これから始まる長い旅路を物語っていた。
ハウラーメイズ遠征隊の内訳
ギシュバ斥候部隊(10名)
都市連合軍・テックハンター混成部隊(50名)
貴族私兵(50名)
移民(約300名)
荷駄隊(30名)