Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
事件は明け方に起こった。
宴会が夜遅くまで続き、ほとんどの兵士や移民が深い眠りについていたことが被害を広げる原因になったことは間違いない。
ルイ達が気づいたのも宴会が終わり寝袋に入ってから大分たったあとのことであった。
「ぎゃあああああ!!」
どこか遠くない場所から断末魔とも呼べる男の悲痛な叫び声が聞こえてきたのである。
最初に気づいたのはトゥーラだった。
ガバッと寝袋から飛び起き辺りを見渡す。
周辺は主に後続部隊の従者達が散開して睡眠をとっていたがトゥーラと同じように声を聞いて起きた者もいるようで、日が出ていない薄暗い闇の中でキョロキョロとしている様子がわかる。これにより夢ではないことを確信できた。
「ルイ、ナパーロ起きて。何かが起きたようよ」
「んあ?」
寝ぼけまなこに起きたルイであったが、偶然目に入った光景に絶句する。
「なんであそこが開いてるんだよ…」
昼間にロード・オラクルが言っていた廃墟の扉だ。兵士が張り紙を張り、さらに杭などで開かないようにしていたはずなのに綺麗に解放されていたのだ。
「よ、夜は確かに閉まっていました。怖かったのでよく確認したのを覚えています。」
ナパーロが言うのだから間違いないだろう。確かに寝るときは閉まっていたのだ。
「…中にはカニがいるのよね?さっきの悲鳴はもしかして…」
「ヤバイな。巨大カニは獰猛なんだ。そこらにいる数センチのカニと一緒だと思わないほうがいい。寝ている人間にも襲いかかるぞ」
「ナパーロ。あなたはそこに隠れていなさい。ルイと私で見てくるわ」
2人は急いで装備を整えると声がしたと思われる方向に恐る恐る歩きだすが、時が経つにつれ港町全体が騒がしくなってきていることに気がつく。そしてまたどこか遠くで叫び声が聞こえた。
「お、おい、これ只事じゃないだろ…」
「ルイ、あそこ!誰か倒れてる!」
暗くてよく見えないが数メートル先の道端に誰かが横になっているのがわかる。
「行ってみよう!」
ルイが走りだし、慌ててトゥーラも追うが、駆け寄った2人は絶句する。
倒れている人は頭部が潰されて死んでいたのだ。
「う…!なんてこと…これって…」
「ああ、カニだ。しかも3メートル級だと思う。少し食べられているようだ」
「!!」
「カニは自分より小さい生き物を補食対象として認識するけど、このカニは人間を美味しくないと思ったようだな」
「どうする?もうカニが街中に出ていることは上層部も気づいていると思うけど、この付近に出た場合私達だけでやれると思う?」
「…やばいだろうな。カニの狩猟に慣れてる俺も3メートル級は相手にせず逃げてた。ハサミを切断できるかさえ微妙だ」
「そう、わかったわ。では私達が寝ていた場所の付近にいる後続部隊と合流して皆で移民の人達を守りにいきましょう!」
「そうだな!急ごう!」
2人はもと来た道を引き返しナパーロがいる後続部隊のところへ戻った。
この頃になると既に異変を察知して起きている者がほとんどであり、皆武器を持って辺りを警戒していた。
「ナパーロ!無事か?」
「は、はい」
「みんな聞いてくれ!どうやらこの第一拠点としている港町の中にカニが出現しているようなんだ!向こうの移民が大勢いる地域で被害が出ているみたいだから全員で助けにいこう!」
一瞬ルイに注目が集まったが返ってくる反応は冷たい。
「あんた何いってんだ?俺たちの仕事は荷物を守ることだ。しかも部隊長のハーモトーの指示なしで動いたらダメだろう」
「しかし、武装していない移民が襲われているかもしれないんだぞ?」
「都市連合の侍が助けるはずだ。俺たちが危険を冒してまでやる必要はない。行くならお前らが勝手に行けよ」
無限のウィンワンも険しい表情でこちらを見ている。『勝算もなしに死地に飛び込むな』とでも言いたいのだろう。
「…移民に大きな被害が出たら移住計画が失敗するかもしれないだろ!くそ!トゥーラ!俺たちだけでも行くぞ!」
「え、ええ。わかったわ。ナパーロあなたはそのまま後続部隊の人達と一緒に行動して極力戦わないようにしていなさいね」
トゥーラはナパーロを危険な状況にしないため敢えて念押しした。
2人は騒ぎ声が聞こえた移民達がいる地域に走って向かい始めるが、途中でルイがトゥーラに話しかける。
「おい、トゥーラ。お前もカニが初めてならボウガンだけにしておいたほうがいい。1メートル級でもかなり獰猛でハサミに挟まれたら腕も切断される場合があるんだ」
「そうね。私は見るのも今回が初めてだし無理しないようにする」
「それと2メートル級でも無傷で殺すのは無理だ。なので今回は移民を逃がすことだけに集中しよう!」
「おーけー!」
気がつくと段々空が白み始め被害の様相が明らかになってくる。至るところで損傷した遺体が転がっているのだ。全員が野宿であったことがさらに被害を広げてしまったのだろう。
状況に驚愕しながら走っていると前方に泣いている子供を発見する。
「おい!お前大丈夫か?ケガをしていないか?」
子供は8歳ぐらいの女の子でブルブルと震えていた。
「しっかりしろ。もう大丈夫だ。お前の家族は近くにいるのか?」
この問いに女の子は堰をきったように泣きはじめる。
「うわあああん!お父さんとお母さんがーーー!」
「親が襲われてるのか?どっちの方向だ!?」
女の子は泣きながらも襲われたであろう方向を指で示す。
「トゥーラはこの子と一緒に後から間を開けてついてきてくれ!俺が先行する!」
「分かった。気をつけて!」
ルイは慎重に歩を進める。そして廃墟の物陰を曲がったところで足を止めた。
カニがいたのだ。
(3メートル級だ…!こちらには気づいていないが何をしてーーー)
熱心に地面を見ながら何かをしているカニを見てルイは絶句する。
人間を補食していたのだ。夢中で足の先を食べており周りが見えていないようだ。
(…!死ん…でるか?)
人間が食べられている光景を目の当たりにして自覚させられる現実。これまで補食者としてカニを食べてきたが、体格差が変わることで立場が入れ替わり自分達が補食対象となっているのだ。サーベルを持つ手が震え足がすくむ。
本能的にこの場から静かに離れたい欲求が頭を支配し始めた時に思いがけないことに気がつく。
「う…う…」
食べられている人間から微かにうめき声が聞こえるのだ。
(生きてる!気絶しているのか…!今なら間に合うか?しかしどうやったら…!)
ルイは葛藤していた。これまでの行動から人並み以上に正義感は強いことは明白だが、他人のために命を危険に晒してまで勇気ある行動が出来るかというと自信がなかった。
大自然のカニに囲まれて生きてきたルイにとって3メートル級の脅威は充分に認識している分、余計に判断を迷わせていたのだ。
(ニールなら止めているだろうな。ウィンワン爺さんなら速攻逃走してるか?でも…ここで逃げていて、無事に遠征が終わった時に胸を張っていられるだろうか?違うだろう!遠征に同行している移民の大半は社会的に冷遇された貧民層だ。移住に希望を見出だし勇気を出してこんな危険な地域に大事な家族を連れてきてるんだぞ!)
ルイはこぶしを握りしめて何かを決心した。
(ぼんやりとしていたが今わかった気がするぜ。俺は父親やギシュバ達がしているように、貧しくて苦しくても諦めずに頑張って生き抜こうとしているこんな人達を助けたいと思ったんだ!だからここで逃げるわけにはいかない!)
ルイはトゥーラ達のもとに静かに戻り作戦を打ち明ける。作戦といってもルイがカニの気を引いている間にトゥーラが気絶している人を助けるといったシンプルな内容だ。
当然トゥーラはルイの安全が気になるが、『なんとかしてカニを遠くまで引き剥がす』というルイの言葉にかけるしかなかった。
ルイは早速気づかれないようにカニに近づき付近にある廃墟に登る。いつもの全体重をのせたジャンプ斬りを喰らわすためだ。
(できれば真っ二つにしたいが3メートル級のカニの甲羅に試したことがないな…。やはり弱い節を斬ってひとつでもハサミをなくすほうがいいか)
カニを高所から見下ろしていると自分の心臓が爆発するほど大きく鳴動しているのが伝わってくる。カニの目は複眼のため視力が悪いが人間より視野は広い。目の位置により後方からの攻撃は比較的見づらいと思われるが、近づくと高い動体視力で反応するだろう。あの大きなハサミで挟まれたら恐らく自分の胴体は切断される。飛び込んだ瞬間が自分の最後かもしれないのだ。
食事中により注意散漫になっていることに賭ける。
ルイは覚悟してジャンプした。
空中にいる時間がいつもより長く感じた。
カニがこちらに気づき、獲物を放り投げこちらにハサミを向け始める。
想定より気づくタイミングが早い。
着地前にハサミの迎撃体制が完了してしまう。
…失敗か?このまま綺麗にキャッチされておしまいなのか?嫌だ!死にたくない!まだ何も出来ていないじゃないか!ニールにこれまで育ててくれたお礼さえ言えていない…!死ぬわけにはいかない!
ドクン…
ルイはハサミの先が体に触れる瞬間、大きく体をひねりそれをかわした。そしてひねった回転の勢いでハンティングサーベルをハサミの根本に叩きつけたのである。
しかし無情にも刃は節から数センチずれた固い甲皮に止められていた。
(…あぶねぇ!三途の川が見えた気がする!重力をのせれなかったからハサミを切断出来なかったが獲物は離したぞ!後は逃げ一択だ!)
ルイは着地するなり全力で逃走を開始する。
ザッザッザッとカニが太い足で近づいてくる音を聞き、振り返らずにダッシュした。
(ようし!ついてきてるぞ!トゥーラ後は頼んだ!俺はカニをまいて終いだ!)
状況を確認するため何気なく後ろを振り向くルイであったが目前にカニの顔が近づいてきており戦慄する。
(…はやっ…)
想定より早いスピードでカニが目前まで迫ってきていたのだ。
一瞬でも振り替えるのが遅かったら死んでいたかもしれない。
咄嗟に構えたハンティングサーベルにカニのハサミが直撃し、ルイは体ごと後方へ吹き飛ばされ廃墟の壁に激突した。
「ルイーーー!!」
ぼんやりと霞ゆく視野の中で、遠くからかすかにトゥーラの叫び声が聞こえていた。