Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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29.ハウラーメイズ(転機)

「ルイ!!!」

 

トゥーラは出せる限りの声量でルイを呼ぶが、うなだれて応答がない。

 

「うそ…そんな…死んじゃ…」

 

ルイと出会ってから約一年足らずだが、同じ目的に向かって共に苦しみ共に励まし合いながら進んできたこれまでの道のりはトゥーラにとってかけがいのない物となっていた。それゆえルイという存在は唯一無二の戦友、いや親友となっていたのだ。その親友がいま動かなくなりカニに補食されようとしている。

 もはや恐怖は消えさり、全身は目の前にいる生き物への怒りに支配されていた。

 

「うあぁぁぁ!よくも!!」

 

敵意に満ちた形相でボウガンを発射しながらカニに一直線に走っていく。

放たれた矢は甲羅に弾かれるが、構わずに抜刀しながらズンズンと距離をつめる。

 

そして渾身の力でカニに一撃を放つ、が。

 

パキーン

 

案の定、刀は真っ二つに折れ、先端はクルクルと円を描きながらどこかへ飛んでいった。

 

「…っ!」

 

後ずさりするトゥーラに対してカニは容赦なく間合いを詰め始める。

助けた女の子も何もできず悲愴な表情でその様子を見ていた。

 

この場面でナパーロがラックルに変わってヒーローのように登場するとは到底思えないし距離的にも期待できない。

 安全と思っていたこの旅は意外な形で幕を閉じようとしていた。

 行方不明の父親を探せておらず親友を見殺しにし、まだ人間社会に何も貢献できていない自分の無力感とこの絶望的な状況に、トゥーラは情けない気持ちになり自然と涙した。

 

自分の人生は所詮こんなものか。偉大なテックハンターになるなんてこと自体、一般人の自分にとっては夢のまた夢だったのだ。

 

トゥーラは手に持っていた折れた刀を下げた。

そしてゆっくりとハサミが振り上げられトゥーラを挟まんとした矢先だった。

 

ダン!

 

何かがカニの甲羅に突き刺さる。

同時に聞き覚えのある嫌みな口調が耳に入ってきた。

 

「ほーう、3メートル級と戦うとは少し骨のある奴がいるぜぇ」

 

口元まで覆ったシャツから見下すようにのぞく細い目付き。

ギシュバ8人衆の一人ワイアットだった。

後ろには同じく8人衆のスナイパー、ニムロッドもいる。

 

先ほどカニに刺さったのはニムロッド自慢の対猛獣用ボウガン『スプリングバッド』による重たく厚い矢だ。

この二人がここに派遣されてきたということは本部はやはりこの異常事態に対応を始めているということなのだろう。

 

「なーんで町のど真ん中に3メートル級がいるんだよ。廃墟に住んでるサイズじゃねぇだろうがぁ!」

 

呆然としていたトゥーラもワイアットの言葉を聞いてハッとする。言われてみればその通りなのだ。既に港町は急ごしらえの壁で囲まれており入り口は衛兵が固めている。壁か入り口を破られない限り大型のカニが出没することはあり得ないのだ。

 

「誰かの手引きで入ってきたか?ああ?かに鍋にしてやろうか!」

 

ワイアットは恐れもなくカニとの距離を詰め肩に背負った忍者刀を抜く。

 

通常の刀でもカニの甲羅に傷をつけられずに折れてしまったのに、軽くて細い直刀の忍者刀でカニに立ち向かえるのか。しかし自信満々にカニの前に立ちはだかる男の背中はトゥーラにとって心強さ以外なにもない。そして、ギシュバ8人衆の腕前がいかほどのものなのか。トゥーラはこれから始まる戦いを直視していた。

 

「おいガキ。惚れるのはいいがちょいと後ろに下がってろ」

 

視線に気づいたワイアットは冷たい言葉ながらトゥーラを気づかう。

狙撃手のニムロッドがトゥーラの腕を引いて退避するのを見届けるとワイアットは武器を構え完全に戦闘体制となった。

 

しかし、いざ対峙しても仕掛けようとせずユラユラと揺れているのだ。

カニもこのワイアットの独特な動きに狼狽しているのか襲いかからずに泡を出しながらジッと見ている。

 

だが次の瞬間ワイアットが少しカニに攻撃を仕掛けるような仕草を見せた。

それに合わせてカニも動く獲物に対して反応したのか先制してハサミをつき出す。

ワイアットはこれを待っていた。自ら先に仕掛けてもカニの動体視力により防がれてしまう可能性があったが、自分の身を囮にして先にカニに飛び付かせることで攻撃に意識を集中させる。

その攻撃モーションをギリギリで避けながら懐に飛び込み、唯一刃が通る部位であるカニの左目に忍者刀を正確に突き刺したのだ。

 

 カニは暴れながら後ずさりするが、ワイアットはさらに潰れた左目の刺客側に移動しながら接近し、ポケットからクナイを取り出してカニの右目に投げつけた。

右目にもクナイが刺さったカニは最早何も見えないのか暴れて廃墟の壁に激突する。

 

「っし!後は侍どもに料理されてろ」

 

カニを戦闘不能にするまでようした時間はおよそ1分だった。ほとんど鎧を纏っていないワイアットはこれまで見たことのないスピードで3メートル級のカニをいとも簡単に屠ったのだ。

 

「あー…完全に二日酔いだ。頭いって…」

 

(余裕すらある…これが8人衆…)

 

カニを倒した後フラついているワイアットを見てトゥーラはただただ驚愕していた。

 

「お嬢さん。相方は無事のようだぞ」

 

そして聞こえてくるこの呼び掛けにハッとして振り替えると、ルイの様子を見ているニムロッドがいた。

 

「う、うーん…」

 

ルイも何かうわ言を言っている。

 

(良かった…!動いている!心配させないでよ…)

 

トゥーラはルイが生きていることを確認できるとホッとして胸を撫で下ろした。

 

「吹き飛ばされて壁に激突した時に頭をうったのかもしれないな。軽度の脳震盪だろう。念のため本部にいる医療担当のバーバラに見てもらえ」

 

「俺達も状況を把握するため一度本部に戻るぜ」

 

少女も連れて本部にいくと兵士が慌ただしく動いている。負傷した人も運びこばれてきており何か惨事が起きていることを物語っている。

 

「ワイアット!そっちはどうだった?状況を報告しろ」

 

トゥーラ達を出迎えたのはアウロラであった。どうやら現場の指揮をとっているようだ。

 

「はい、向こうにいるでかいカニは大体片付いたと思います。やはり移民に被害が出ているようなので兵隊と救護部隊を向かわせた方が良さそうっす」

 

「そうか。お前、背中に担いでいるのはルイか?」

 

ワイアットは頭がまだボーッとして歩けないルイを背負って本部まで送ってくれたのだ。初対面からの口の悪さで嫌厭していたが、意外な一面を見せてくれていた。

 

「こいつら3メートル級とやってたんすよ。脳震盪を起こしたようなんで持ってきました」

 

「ほう。勇ましいじゃないか。では救護室につれていけ。後で指示する」

 

こうしてトゥーラたちは医療のスペシャリストである8人衆の1人バーバラの治療を受けることになった。

 

バーバラはルイの状態を見た際、無力感に打ちのめされていたトゥーラにも気づき「新人のうちは生き残れてさえいれば上出来だ」と言って勇気づけた。

医療だけでなくメンタルサポートも担当している彼女の言葉は、この時トゥーラの胸に深く刻まれることになる。そして二人は再度アウロラに呼び出された。

 

「ルイ、どうだ?もう吐き気とかはないか?」

 

立て込んでいる状況のはずなのに業務を中断して2人に会おうとするアウロラの心情を理解できず困惑しながら答える。

 

「は、はい。大丈夫だと思います」

 

「そうか。お前達が治療を受けている間にワイアットから詳細を聞いた。少女を救っていたようだな。その少女からも事情を聞いている」

 

「あ!そうだ!俺達は女の子の両親を探してたんです!」

 

「はぐれた親も見つかったから心配するな。それよりお前たちに任務を頼みたい」

 

任務という言葉を聞いて2人に緊張がはしる。

まさか最高峰のテックハンターから直々に指示を仰ぐことになるとは思ってもいなかったからだ。しかも相手は鬼軍曹とまで言われているアウロラだ。どんな過酷なことをやらされるのかわからない。天幕の外の喧騒はまだ止んでいないことからカニと戦わされることもある。

 

(あり得ないことじゃないわ。惨事はまだ収束していなさそうだしさっきワイアットは私達が戦っていたと報告していた。戦闘員が足りなくなった場合、兵士として戦いに駆り出される可能性は充分にある…)

 

そんなトゥーラの心境をよそにアウロラは話を続ける。

 

「確定ではないがどうやら門兵がこの港町にカニの集団を引き込んだようだ」

 

「…え!?」

 

2人はアウロラが言っている意味が分からず言葉に詰まる。

 

「門兵は2人体制で回しているのだが、一人が後ろから首を切られた死体で見つかった。そしてもう一人は行方不明となっており容疑者として探している」

 

「容疑者?門兵の担当って都市連合の侍兵士ですよね!?」

 

「外部から大型のカニを引き込んだと思われる門兵は遠征に自ら志願したらしい。前々からスパイとして計画的に潜り込んでいた可能性があるのだ」

 

アウロラは2人の反応を伺うように打ち明けた。

 

「スパイ!?意味わっかんね!人類の食糧問題を救おうって計画をなんで邪魔する必要があるんすか?」

 

「…利権が絡んでいるからだ。我々テックハンターはこの計画に人類救済の目的を掲げているが、同時に都市連合の領土拡大という事業でもある。そうなるとどうしても貴族の利権による対立やよく思わない反対勢力が出てきて妨害が発生する」

 

「兵士の中にもそんな奴らがいるんじゃメガクラブなんて倒せないじゃん!」

 

「もともと都市連合兵には多くの期待はしていない。我々テックハンターの力のみで討伐するつもりだったからな。だが今回の騒動で後続部隊だけでなく兵士にも気を配らなくてはならなくなったのも事実であり人手が足りないのだ」

 

「それで私たちに?」

 

「そうだ。トゥーラはハーモトーに、ルイは私の下にそれぞれつき手足として動いてもらう」

 

突然のアウロラの指示に2人は唖然として固まってしまった。

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