Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
観戦組である貴族のロード・オラクル、選抜組テックハンター及びルイたちはハーモトーの引率のもと見晴らしの良い丘に到着していた。
ここから双眼鏡を使えば古都の様子をある程度見渡せる。古都ではギシュバチームが散開し中央にいるメガクラブを包むように移動しており、今まさに戦いを仕掛けんとしているところだった。ギシュバ達がテックハンター最高峰の実力を備えたチームとは言え目前の巨大生物と相対して無事でいられるのか。ルイは祈るような気持ちでその状況を見守っていた。
ジャリ…
いくつもの傭兵団の死体が足下に転がる中、ギシュバはメガクラブの目前まで悠然と近づいていた。既にメガクラブもギシュバを肉眼に捉え地響きを立てて歩み寄ってきている。互いに怯みはない。
「鶴翼の4だ」
ギシュバがポツリと呟くとモーリスとローガンが両脇に目一杯広がりメガクラブを包むような陣形になる。数字は間合いの間隔をあらわしているようだ。
また両翼の2人は長柄武器のヘビーポールアームを持ち遠巻きにギシュバを援護する体制だ。
そして3人とメガクラブがまさにぶつかる刹那、ギシュバが何かを悟り叫ぶ。
「下がれ!」
リーチの長いカニのハサミが上空から振り下ろされ3人のいた地面を凄い勢いで叩きつけたのだ。この一撃だけで土ぼこりが一面に舞い視界が一瞬さえぎられるが、モーリスとローガンがギシュバの掛け声でいち早く後方にジャンプしたためすぐに姿を現す。
ギシュバはと言うと同様に後方に避けつつ板剣をハサミに叩き込んでいた。
「む…」
ハサミにはほんの少しの傷痕しか残っていなかった。
(硬い。そして速さもある)
この一撃のあとギシュバは立て続けに仲間に指示を送る。
「モーリスはフラグメントアックスを、ローガン、横陣の5に変更だ」
短く簡潔な指示でモーリスたちも意図を理解しそれぞれ動き出す。
その間にもメガクラブの猛攻は止まらず立て続けにギシュバめがけてハサミが振り下ろされる。
しかし、ギシュバはそれを紙一重のタイミングでかわしていく。そんな状況を見計らってローガンが仕掛けた。横からヘビーポールアームをカニの一番近い足先に見舞ったのだ。
ピシッ
切断すら出来なかった物のカニの足はヒビが入ったような音をたてる。
メガクラブの意識が足下にいるローガンに向かうと今度はギシュバが板剣をメガクラブの目に向けて投げつけた。しかし、惜しくもそれは目をかすめて彼方へ飛んでいく。
その間にモーガンが後方に刺してあったフラグメントアックスを持ってきてギシュバに手渡した。
「これならどうだ!」
重武器の中でも最重量級のフラグメントアックスをギシュバは難なく振りかざすとメガクラブの懐に入り込み眉間めがけて大上段から一気に振り込む。
ザン!
決めにかかったギシュバの全力斬りは若干タイミングが遅れハサミの先に防がれるがそのまま眉間に浅くめり込む。
ブシュー…
甲皮に刃がめり込み体液が吹き出す。これにたまらずメガクラブは後ずさりする。恐らくこの生物は傷つけられることなど初めての経験なのだろう。
威力が削がれた一撃であったが攻撃が弱い部分に入れば破壊できると分かり俄然3人の勢いが増し囲むように前進する。
「このまま押しきる!」
モーリスも攻撃に加わり休むことなく足先やハサミに攻撃を加えていく。
しかし、関節に攻撃を集めているものの表面に傷がつく程度で中々致命的な一撃を入れることができない。
そうこうするうちにメガクラブも体制を立て直し正面にいるギシュバに向かってハサミを左右交互に乱打し始める。恐らくフラグメントアックスによる打撃力が高いことで意識がギシュバに向いているためだろう。これにはたまらずギシュバも後方に飛び退く。何しろ厚さ1メートルに届く巨大なハサミだ。強靭な肉体を持つギシュバであってもまともに食らえば骨折だけじゃ済まされない。全ての攻撃を避け続ける必要があるのだ。
しかしギシュバはもともと避けるという行為が苦手であった。
トゥーラが最初に直感した通りギシュバは他を凌駕する腕力で相手をねじ伏せるパワー型であり、防御においても分厚い重武器と重たいその体により常に相手の攻撃を受けとめてきた。大型昆虫のスキマーや猛獣ピークシングの攻撃さえもだ。それゆえ"かわす"という行為をこれまであまりしてこなかったのだ。
かわすことが得意な仲間は近くにいた。例えばアウロラは己の非力さから無想剣舞というかわしながら攻撃する攻防一体の剣技を自ら習得していた。ギシュバはそれを間近で見てきたが特に教わろうとはしなかった。剣術センスがあるから必要がなかったとかプライドが邪魔したとかではない。彼は他者より壊滅的に無器用であり自分には習得できないと悟っていたからだ。
当然、アウロラの剣舞も見よう見まねで取り掛かってはみていたが、やはり元々センスがあると思っていたアウロラでさえ長い時を経て習得した剣舞だ。陰でコッソリと時間をかけて練習しても少ししかコツを掴めないでいた。
そしてギシュバは考えた。避けきれないならば全て万全な体制で受けてしまえばいいのではないかと。ここからギシュバはあらゆる強化トレーニングを行うことで自分の恵まれた体格をさらに強化し、どんな攻撃をも跳ね返す強靭な肉体を作り上げた。そして基本的な防御の型のみ一点集中して練習し続けることで不敗の絶対防御を完成させたのだ。
またこの長年の絶え間ない努力は確固たる自信として不動の精神力に繋がり、ハガネの肉体と相まって今日の最強のテックハンターとしての地位を確立させていた。
それゆえ例え相手が誰であろうと巨大なカニであろうと全身全霊で受ければ必ず受けきれる。ギシュバはいままで通り自分の肉体を信じて受けを見せた。
握りの柄の部分を上部に掲げ刃を相手に向けて斜めにして地につける。腰はどっしりと低く落とし下がることは決してない背水の構えだ。
「!」
これを見て近くにいたモーリスとローガンは方針を悟った。ギシュバが防御体制で受けている間に2人がメガクラブの足を削りにいく作戦であると。
しかし、一抹の不安が残る。これまで見てきたギシュバの絶対防御はどんな相手であろうと崩れたことがなかった。常に先頭を行きアタッカーだけでなくタンクの役割をこなすギシュバには全幅の信頼を置いてはいた。だが今回の相手はメガクラブなのだ。
いかに鉄壁の肉体と言えど人間個人がメガクラブの攻撃に耐えうるのか疑問だった。
(隊長の覚悟、承知しました!我々は何としても予定通りメガクラブの足を削ります!)
例えギシュバがメガクラブの攻撃に押し負けて致命傷を負わされたとしても、折角身を呈して作りだすチャンスを無駄には出来ない。
全員が生きて帰還することは当然理想ではあったが、メガクラブを討伐することが命を賭してでも達成すべき至上命題だとギシュバチームのメンバーは理解していたのだ。
2人はギシュバの覚悟を理解しメガクラブの横に回り隙が出来る機会を伺った。
メガクラブのハサミがギシュバに向かって振り上げられている時、周辺で子ガニが近づかないよう防衛線を張って戦っていたアウロラも固唾を飲んで成り行きを伺っていた。
周辺は戦闘の騒音で騒ぎだした大量のカニで溢れておりその駆除を行う必要があったため思ったよりギシュバを支援出来なかったのである。
「姉御!ありゃあギシュバの旦那がやばいかもしれねぇ!増援に行くか?」
近くにいるクジョウがカニにサーベルを突き付けながら問いかけてくる。
アウロラ自身も迷っていた。これ以上周辺の戦力を減らすとかえってカニがメガクラブのいる場に流れる可能性があった。
「…一撃目だ!それを見て判断する!」
ズズン!
鈍い音を立ててギシュバにカニのハサミが覆い被さると戦っていたチームの全員が振り返り成り行きを注視する。
ハサミはギシュバの横に逸れて着地していた。さすがのギシュバも直撃を避けるため唯一会得していた受け流しを行ったのだ。
それでも相当の圧力だったのかギシュバの顔は真っ赤に紅潮し血管が浮き出ている。
筋肉は膨張し着込んでいるTシャツを破裂させていた。
「……!」
メガクラブの攻撃を受け流したギシュバに周りのメンバーは感嘆しているがすぐに我に返り動き出す。メガクラブのギシュバに対する乱打が始まったからだ。
ズズン!ズズン!
初擊と同様に全力で受け流すギシュバを見て、メガクラブの注意を少しでも逸らそうとしたのか遠くからニムロッドがボウガンを構えた。
だがアウロラがこれを止める。
「ニムロッド!メガクラブにボウガンは無効だ!向こうのバーバラを助けにいけ!」
凌ぎきれると判断したのだろう。ギシュバの顔は依然として紅潮しているものの颯爽としていたのだ。
この顔をアウロラは知っていた。
あれは現状の危機的状況から解脱し純粋に至強の力比べに没頭している状態。つまり雑念が消えた無心の状態でありギシュバはこれを自分で『
ギシュバの懸命な防御の甲斐もあってかモーリスとローガンは動きが止まったメガクラブの前足に向けてポールアームを全力で何度も振り下ろした。
そしてついにバキャという嫌な音を立てて両前足は折れ曲がり、メガクラブはバランスを失い前方に倒れこんだ。
ギシュバはその好機を見逃さなかった。
ググググ…
メガクラブの攻撃を凌ぎ続けバキバキに固まっていた体を歯をくいしばって動かすと大上段からフラグメントアックスを眉間の傷が入ったところに再度振り下ろしたのだ。
グシャという鈍い音と共にメガクラブは卵を割ったように割けて動きを止めた。