Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
撃破成功の信号煙が古都から上がり、観戦組にメガクラブ撃破の一報が入ったのは数分後だった。戦闘の状況は丘から把握することが出来ないでいたため、煙を見た観戦組からは歓声があがる。
「…やったか!でかしたぞ!ギシュバ殿!そなたは偉業を達成した!」
ロード・オラクルもいつもより余計にテンションが上がっている。
すぐさまハーモトーは丘にいる全兵力を古都に向けた。脅威が消えたいま早急に討伐班の援護をするためだ。恐らく満身創痍の状態で子ガニの掃討を行っているはずだ。ルイたちも気が気でなく援護班に同行した。
しかし古都に急いで駆けつけてみると戦闘はすでに収束に向かっており状況は思ったより落ち着いていた。近くにはメガクラブの大きな死体が転がっていて変形した地形は戦いの凄まじさを物語っていた。
「で、でけぇ…。これを相手に戦ったんですか。誰も…亡くなってないですよね?」
ルイは出迎えてくれたアウロラに恐る恐る質問した。
「ああ、大丈夫だ。ギシュバが負傷したのだが終わった後に周辺のカニを掃討しに行くほど元気だった。大分体を痛めたはずなのだがな。あいつは本気で体が金属で出来ているんじゃないかと思えてくるぐらいだ」
アウロラも冗談を言うほど穏やかな心境のようだ。それもそのはずでこの遠征最大の難関としていた悲願のメガクラブ討伐を被害をほとんど出さずに達成できたのだ。
内心は飛び上がりたい気分のはずだろうが、無表情で坦々と増援部隊に指示を出していた。
そしてルイたちは死んでしまった傭兵たちの遺体を一ヶ所に並べる役目を与えられた。四肢欠損して転がっている死体に触れると、ヒンヤリして弾力を失っており押すと戻ってこない肌の感触が直接指先に伝わってきた。
「う…!」
思わずルイは手を離した。最初に人を殺したのはサッドニールを助けるために夢中でスケルトン盗賊をやった時だが、そもそもその時は相手がまだ人間だと気づいていなかった。
人を殺すという難関を思わぬ形で体感していたルイはその後も同じ形でスケルトン盗賊を斬っており人の死体を触ることなど狩猟で殺した動物と同じで最早抵抗がないと思っていた。
しかしいざ動かなくなった人間に初めて触れると言い知れぬ気持ち悪さが襲ってきたのだ。
この人達は先日までは普通に動いたり言葉を交わしていたのだ。それが今や身体中の水分が抜け人形のように軽くなっている。
自分もこうなっていた可能性もあったしこれからも相手を殺さなければいけない時が来ると思うと恐怖と罪悪感で胸が苦しくなった。
自分が殺したスケルトン盗賊にも悲しむ肉親がいたのだろうか
呆然として死体を見ていると横でトゥーラが嘔吐していた。トゥーラは性格上、人は斬れないのではと思っていたが、恐らく人の死に触れることも今回が初めてなのだろう。シルバーシェイドの時だってほとんど稽古つけられているようなものだった。そしてナパーロに至っては悲しくもたくましさを感じられるぐらいで、無表情で休むことなく死体を並べていた。奴隷生活の時にすぐ隣にいる奴隷が動かなくなる度に焼却を手伝わされていたとのことだから相当数の死体に触れてきたのだろう。そして2人の手が止まっている様子に気づいてアウロラが話しかけてきた。
「死体に触れるのは初めてか?その感覚を忘れるな。人が虫のように死んでいく混沌とした時代で我々はもう慣れてしまったが、命には計れない重さがあるんだ。それは例え傭兵であれ貧民であれ奴隷であったとしても同じことなんだ。」
アウロラは何か嫌な出来事を思い出したかのように悲しい表情をして遠くを見据えた後、傭兵の死体を並べるのを手伝い始める。
「ちなみにこいつら傭兵は荒くれ者たちだったが家族がいる奴もいた。当然今日こんなところで死ぬつもりもなく無事に故郷に帰って、妻や子供たちに持ち帰った報酬で美味しい物を食べさせてあげようとしていたかもしれない。目的は違えど、同じ旅路の中で儚く散っていった者たちのことをなるべく覚えておいてやってくれ」
これを言われたあと傭兵の遺体を並べる仕事への抵抗はいつの間にか薄れておりなんとかトゥーラも一緒に従事できるようになっていた。
恐らく赤の他人だった傭兵が何となく身近に感じられてあわれみの気持ち、弔ってあげたい
という気持ちの方が強くなっていたからだろう。
そしてルイは作業をしながら横にいるトゥーラに切り出した。
「なぁトゥーラ…遠征が終わった後、もう少しギシュバチームに下働きでもいいからいさせて貰えないか頼んでみないか?」
「ええ?また随分と唐突な相談するわね…」
突然の相談にトゥーラの目が点になっている。
「予定も決まってないしいいだろ?やっぱりギシュバチームを見てると勉強できるし何か考えさせられることが多くてさ」
「うーん、まぁ予定もないしいいとは思うけど…遠征が終わってから改めてちゃんと話すのはだめ?」
「そ、そうだな。先走りすぎたかも」
メガクラブを倒すともうこの遠征における山場はなくゴールまでまっしぐらだ。多くの事を学べたこの旅路が終わってしまうことにルイは少し寂しさを感じたのかもしれない。
作業をしながら考え事ができるぐらい慣れてきたルイは気づくと古都の奥深くまで足を運んでいた。長年人が足を踏み入れていなかったこの地は見たことのない植物が半壊した建物の間から生い茂っており、カニ以外の小動物も住み着いている。住み慣れた砂漠都市とまったく異なり、人の手から長年離れた幻想的な風景は目を奪うものがあった。
ただよく見るとこの辺りにもギシュバチームの誰かが倒したであろうカニの死体も転がっており気を抜けない場所であることにはかわりないようで、なるべく音をたてずに歩を進めていると思わず息を飲むような光景に遭遇する。
先ほどまでとは比べ物にならない複数の傭兵の死体が転がっているのだ。死体は原型を留めていないものもあり人数を数えるのは不可能なくらいだ。
「ここが激戦地になったのか…?」
しかしそう考えるとおかしい点がある。周辺にカニの死体がないのだ。変わりにあったのは…大きなカニの足跡だ。
(これはメガクラブの足跡だ。…いやそれよりは小さい…?傭兵はこいつにやられたのだろうけど)
周りを見渡してそれらしきカニの死体を探すが見当たらない。ルイは念のためアウロラに報告するため戻った。
そしてメガクラブとの戦闘があった広場に来ると嫌な予感が背筋を冷たく流れる。
長年カニ狩猟をやってきたルイならでは感覚だが、広場には大きなカニの足跡が二種類ある気がするのだ。
「アウロラさん!メガクラブは2匹でしたか!?」
ルイのこの唐突な質問に近くにいた侍たちは小バカにしたような視線を送る。メガクラブのように異常成長した巨大なカニがそう何匹といるはずがないからだ。しかしアウロラはルイの焦燥感ある表情からすぐさま何かを感じ取った。
遡ること約2時間前の違和感と合致したからだ。
手練れの傭兵集団が一人も帰還せず為す術もなく全滅したこと。また偵察兵として長い経験があるモーリスとワイアットの報告の誤差。7メートル級の報告が実際は9メートルだった件だ。そしてカニにある程度詳しいだろうルイの報告。複数の要素が仮説を裏付けていた。
メガクラブは2匹いる。
青ざめたアウロラはすぐさま指示を始める。
「クジョウ!ニムロッド!至急奥地にいったギシュバ達を呼び戻してこい!念のため緊急信号煙をたいていけ!ハーモトーは都市連合兵に第三種戦闘配置をとるように伝えてくれ!ルイは質問をした根拠を教えろ!」
アウロラの慌てぶりにその場は騒然とし始めていた。
杞憂であればよかった。仮に二匹目がいたとしても同じように対処できればよかったのだ。
本来は全滅した傭兵団が行っていたはずの周辺地域の確保をギシュバチームが行い、そして不意を突かれ体制が整わないまま二匹目との戦闘に移行してしまったのは不運としか言いようがなかった。
神様がいるのだとしたらこの遠征計画の成功をひいては人類の存続を望んでいないと思ってもおかしくない巡り合わせが起きてしまった。
一匹目を殺した後で安心感や達成感からの油断もあった。
見通しの悪い岩場の間にて、ギシュバ達が7メートル級のメガクラブに物陰の後ろから襲われる形で接触したのだ。
その場には前方からワイアット、モーリス、ギシュバ、ローガンそしてバーバラと並んでいた。
始めにその存在に気づいたローガンは振り下ろされたハサミからギシュバを救おうと飛びかかる。これが間に合っていれば全ては変わっていたのかもしれないが幸運の女神は微笑まなかった。
ズズンと大きな音をたてて地にめり込んだハサミの下からは絞り出したように血が滴る。
ギシュバはそのすぐ横に立っておりギリギリかわせたように見えたのだが、フラりとバランスを崩すとそのまま倒れ込む。
振り向いたワイアットとモーリスはギシュバの異変の理由をすぐに察知した。ギシュバはハサミを避け切れず片腕をもぎ取られていたのだ。
その場にいた全員が絶句した。
メガクラブの大きさに届かんほどの巨大なカニが今また目の前に現れたことだけじゃない。
戦闘において完全無欠の存在であったギシュバの片腕が飛び8人衆の中でもベテランの武闘派ローガンのあっけない最後を目の当たりにしたからだ。
ハサミがもち上がるとグシャリと蟻のように潰されたローガンの哀れな遺体が顔をだした。
「……!」
そしてカニは金縛りのよう動けないでいるバーバラに標的をうつすと無慈悲にハサミを振り払う。
「バーバラ!?動けえぇぇぇ!!」
ワイアットの忠告もむなしくバーバラはハサミに吹き飛ばされ運悪く木の枝に突き刺さる。枝は腹部を貫通しておりバーバラは一瞬硬直したような動きをするとやがて動かなくなった。即死だろう。ここまでまさにあっという間の出来事であった。
カニには感情なんてものはないはずであるが、死んだメガクラブの仇を討たんとばかりに8人衆を屠っていくのだ。当然ここでカニの動きが止まることはなく、立っているワイアットとモーリスを視界に捉え歩み寄ってくる。
モーリスは倒れ込んでいるギシュバに目をやるが動きがない。片腕損失と出血による意識混濁状態なのだろう。これを見て呆然としているワイアットに合図を送る。
ハッと我に返ったワイアットはすぐさま無言で行動に移る。不測の事態における対応パターンだったのだろう。ワイアットはまるで悪夢を見させられているような悲壮感漂う表情でギシュバを背負うと猛然と走り去った。それを優しい目付きで見届けたモーリスはサーベルを手に持ち7メートル級のカニである二匹目のメガクラブと一人、対峙するのだった。
そんな深刻な状況を知らずアウロラたちはギシュバのいる奥地に向かおうとするが、奥地の方面からは、地獄から沸き上がった噴煙が如く赤色の緊急信号煙の合図が極めて雑に打ち上げられる。ワイアットが無我夢中で走りながら上げた合図だ。ギシュバチームが緊急信号煙など上げること事態が初だと知る者たちは異常事態を悟り凍りついていた。
メガクラブって実際2匹いましたよね…。
ちょっと記憶が曖昧…