Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
昔は自分にも他人にもあまり興味がなかった
小さい頃から吃音持ちで周りから馬鹿にされて生きてきたことが大きな要因だろう
しかし少しでも立場が弱い者は虐げられ搾取され先に死ぬさだめということは抵抗なく受け入れられてはいた
人や動物もいずれ死に土に還るが、単純にそれが少し早まるだけであり自然の摂理と認識していたからだ
「ごふっ…!」
足が潰され、ハサミを胸に突き立てられた状態のモーリスは吐血しながら巨大なカニを見上げる。そして薄れゆく意識の中で自然と自分の人生を振り返っていた。
私は両親に疎まれ誰からも必要とされず生きる意味も見い出せずに細々と暮らしていた
そして大人になるにつれてこの世界に対する絶望感が増していた矢先、ギシュバの要員募集に偶然拾われテックハンターとなった
どうせ価値のない命でありいつ死んでもいいと思っていたし両親も体のよい厄介払いが出来たと思ったことだろう
しかしここから私の人生は大きく変わった
仕事は危険との隣り合わせではあったが、ギシュバチームの人達は、他人に気を許さず無口な私を快く受け入れ役割を与えてくれた
生きている意味のない人間なんていないということを教えてくれた
こんな私でもいつか誰かのために役に立てる、感謝される時が来ると…
そしてその時がいま訪れたのだ
だから先駆けとなってここで死ぬことに未練はない
私の吃音を治すきっかけをくれたバーバラを守れなかったことは悔いが残るが、唯一メガクラブと戦えるギシュバだけは守りきり遠征は絶対に成し遂げる
ギシュバ先鋒斥候部隊としての任務を果たし誇りある死を選ぶのだ
「うむ。お前が私の死か。か…考えてみればお前もいきなり自分の縄張りに人が入ってきて仲間のカニを殺され頭にきているのだろうな。これも自然の摂理とは言え悪いことをした。こ…この苦痛をもって懺悔とさせてくれ」
意識が朦朧としてきたモーリスは最後に思う。
ワイアットは無事にアウロラに合流できただろうか…
お前は気難しい私の性格を気にせず長いこと一緒に斥候チームを組んでくれた
また飲み明かしたかったがここでさよならだ
今まで…ありがとう…
パタリと手を落とすとモーリスはそのまま動かなくなった。そしてこの様子を物陰から歯を食い縛りながら見ている者がいた。
遡ること10分前。ギシュバを背負ったワイアットは経緯をアウロラ達に説明していた。
「そんな…バーバラさんも…」
後ろで訃報を聞いていたトゥーラは力なく座り込む。
アウロラは事情を聞いた後、港町への撤退を決断する。モーリスが生きている可能性が低いと判断した上での苦渋の選択だった。
戦闘体制が整っていないまま第2のメガクラブと戦っても勝算が限りなく低いし、全滅したらそれこそモーリス達が無駄死になってしまい遠征計画事態の失敗に繋がってしまうからだ。
ワイアットは残っているモーリスを救わんと撤退命令に対して今までに見せたことのない猛反発をしたが、アウロラは考えを変えなかった。
そんな状況を見かねてモーリスを助けるためルイが斥候を申し出たのだ。
当然トゥーラやナパーロは反対したが、隠密には多少の自信があると言ってルイがひかなかったためアウロラも自己責任のもと了承してくれた。
そして全速力で一人カニと対峙しているであろうモーリスの元に駆けてきたのだが、すでに致命傷を食らわされた後だったのである。
(くそ…モーリスさん遅れてごめん…)
この時、例え間に合っていたとしてもルイにはどうすることも出来なかったであろう。むしろ無理に参戦して死んでいた可能性があった。
モーリスが歩けないぐらい負傷していたとしてもカニから離れてさえいれば担いで逃げれたかもしれないと考えていたが甘くはなかった。
ルイはその後カニに気づかれぬようその場を立ち去り撤退中のアウロラ達と合流した。
港町に撤退する一向は皆、意気消沈して下を向いておりまるで葬列のようであった。
伝説のメガクラブに勝利し遠征の成功を確信した矢先に2匹目が現れ、メガクラブを倒しうる実力を持った英雄のギシュバが片腕損失という重傷を負わされ意識不明になっているのだ。絶望に突き落とされたと言っても過言ではない。いつも平静を保っているアウロラでさえ悲痛な表情をしており事態の深刻さを物語っていた。
ハウラーメイズ遠征計画は失敗に終わる
誰の脳裏にもこの言葉がよぎり、出発時の偉容を考えるとさながら悪夢を見させられている感覚であった。
(マジで終わりなのか…?あのアウロラさんがあんな表情をするなんて…)
道中でいてもたってもいられずルイはトゥーラに問いかける。
「なぁトゥーラ、こんな時にあれだけどギシュバさんは復帰できると思うか?」
うつ向いていたトゥーラはそれに気づくと小さい声で喋りだす。
「…義手をつける手術は出来ると思うけど腕が完治してからになるだろうし、何より新しくつけた義手の操作に慣れないといけないから少なくとも3ヶ月はかかるわ…遠征中の復活は無理じゃないかしら…」
この世界ではスケルトンが現存していたこともあり、義手を人間の手と同様に扱えるほどの科学技術は衰退せずに残っていた。しかし生身の体をスケルトンの腕に入れ替えるという大手術を行うことには代わりない。トゥーラの言う通り数日間での復帰は絶望的であった。
「…2匹目は最初のメガクラブよりは小さいんだ!ギシュバさんがいなくても皆でやれば何とかなるよな…?」
「メガクラブと直接戦ってくれる人がどれだけいるかね…。ボウガンがあまり効果がないからどうしても接近戦になるけど先頭きって犠牲になる最初の数人には皆なりたがらないわよ…」
「…!」
トゥーラのこの発言も的を得ていた。一匹目のメガクラブ戦ではギシュバが注意を引き付けていたからこそ8人衆が自由に戦える余地が生まれていたが、2匹目と対峙した際にタンクとしてメガクラブの攻撃を受けきれる候補が見当たらなかったのだ。
港町に着いてからは古都に赴いていたメンバーは一旦解散して休息期間をとることになった。その間、ロード・オラクルやアウロラ達は司令部に籠って今後の進退を話し合っているようであった。周知したわけでもないのに、既に移民の間で敗退して古都を占拠出来なかったことが自然と広まっていたようで皆の表情は重たい。
ルイ、トゥーラ、ナパーロの3人も久しぶりに会って疲れを癒している最中であったが会話は弾まず今後の遠征隊がどうなるかで一杯であった。
「プランBにするんじゃないかしら…」
トゥーラから現実的な妥協案が言葉にされる。古都奪還を諦めてこの第一拠点である港町までの占領で遠征を終えるプランだ。メガクラブ討伐が失敗した際に用意されていたプランではあるがハウラーメイズ地方に殆ど入り込めずに終わる内容だ。これまで長い期間とお金をかけてきた者達にとっては悔しい幕切れのパターンであるだろう。
アウロラの奮闘を見てきたルイにとっても選択したくないプランであった。
そして3人が重たい空気の中で沈黙していると神妙な面持ちでワイアットが近づいてきた。
「あ…ワイアットさん…」
ワイアットはルイに鋭い目付きを向けると静かに口を開いた。
「…お前はモーリスの最後を見たのか?」
ルイは助けなかったことを攻められているのだろうと思い、つい「すみません…」と謝ってしまったが、ワイアットの反応は違った。
「謝る必要はねぇ…。間に合ったとしてもお前がどうこう出来る次元じゃねぇよ。俺が聞きたいのはモーリスが最後に一人苦しんで死んでいってしまったのかどうかだ」
確かにワイアットの目には怒りや憎しみは込められていないように見えた。
「俺の勘違いかもしれないですが…モーリスさんの最後の表情はなんか…誇らしげでした…」
「…!そうか…わかった。邪魔したな」
それだけ言って振り返り去ろうとするワイアットにトゥーラが呼び掛ける。
「あの…!忍者刀ありがとうございます。お借りしています」
「…ああ。直刀は折れやすいから大事に使ってくれ」
いつもの勢いを全く感じさせずワイアットは司令部のほうへ戻っていった。
ハウラーメイズ遠征編もやっと終わりが見えてきました(´Д`)