Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ルイはトゥーラと口論になってしまったことを反省しながら本部に向かって重い足どりで歩いていた。
トゥーラはアウロラの性格を知らない。毎日夜遅くまで献身的に業務に従事し、自分の命などかえりみずに単身でカニと戦っている様子をルイしか見ていなかったのだ。
ルイ達の実力と当初の目的を考えればメガクラブとの戦いに参加することは無謀な考えでありトゥーラが言っていることは至極当然であった。
(俺を心配して言ってくれてるのに熱くなって言い返しちまった…後で謝ろう…)
モヤモヤしながら本部にたどり着くと何やら大きな声が聞こえてくる。
「ここで私がメガクラブの息の根の止めたら名声が上がり父上も喜ばれるだろう!なぜ止めるんだ!」
見るとクジョウのもとにいる選抜組のテックハンター達だ。実績をひけらかし立場の低い者を馬鹿にした態度をとる人間達だ。ルイはこの人達には会うだけで嫌悪感を覚えていた。
「いけません!あなたはバート家の跡取りなのですぞ!危険な戦いへの参加は認められておりません!」
「離せウェナム!お前は教育係の分際で私に逆らうつもりか!ここで参加しないことのほうが家の恥になるだろうが!」
どうやらリーダー格は大層な家柄の男だったらしく付き人の一人がメガクラブ戦への参加を止めようと揉めているようだ。
「教育係だからこそ止めるのです。私は長年付き添ってきたあなたに死んでほしくありません」
止めているのはナパーロがバーで絡まれたときに飛び出そうとしているのを素早い反応で仲裁した長身の男だ。この人だけどちらかと言うと落ち着いたと言うか大人の雰囲気を醸し出していたが教育係つまり家庭教師のような立場なのだろう。
「ほざくな!私が死ねばお前たちも打ち首になるから自分の保身のために言っているだけだろう」
なるほどありそうな話だ。リーダー格の男は大方身分の高いお坊っちゃまで教育係は護衛も兼ねている兵士なのだ。失敗すれば責任をとらされる。しかし聞き分けの分からない生徒を持ってこの教育係も大変だろう。
「若がそこまでおっしゃるのならば私がバート家代表として参加しましょう。これで面目も保たれるでしょう」
長身の男がこの若いリーダー格をなだめるにはこれしか手はないようであった。若者は不服そうではあったがようやく落ち着き、本部の中へ消えていった。
そして一部始終をみていたルイも大いに迷っていた。
(皆、それぞれの立場があって大変なんだな…。俺だって死ぬ危険があるのは充分理解している。でも人類の偉業を命をかけて成し遂げようとしている人達がいる横で何もせず待っていることは俺には出来ないんだ…)
ルイが意を決して一歩目の足を踏み出そうとすると聞き覚えのあるしわがれた声が聞こえてきた。
「なんじゃお主、また懲りずに死に急ごうとしているのか」
そこには無限のウィンワンがいた。
「爺さん!?なんであんたがここに?まさかあんたがメガクラブ戦に参加するつもりなのか?」
「ふん、無限の太刀の流儀には反するのじゃがこれはわしの使命なんでな。しかし悪いことは言わん。メガクラブ戦は負けるだろうからお主は辞退せい」
「なんで決めつけんだよ。それに負けるってわかってるなら爺さんも参加するのおかしーだろ」
「……」
ウィンワンはこの後まるで結末が分かってしまっているような重たい表情でなにも言わずに黙りこんでしまった。
ルイはこれ以上話していてもらちがあかないと思い本部に向かうことにしたがまた後ろから呼び止められる。
「待って!私たちもエントリーするわ!」
振り向くとトゥーラとナパーロが立っているのだ。
「あ、トゥーラ…。ナパーロも!?」
「僕も少しでも力になれればと…」
トゥーラだけでなくナパーロも意を決した表情で来ていた。
「考えてみればエントリーしたとしてもさすがにメガクラブと直接やり合う人員にはならないだろうから後方支援としての条件付きが通るなら参加するわ。ハーモトーさんにもお世話になったしね」
「ほ、本当か?ありがとうトゥーラ!さっきはごめんな…」
「いいのよ。ただしあなたも後方支援にしてもらうわよ。さすがに無謀な戦いをされちゃ今後困るからね」
「わかった!じゃあ早速本部にいこう!」
衛兵が守る天幕を潜るとそこは簡易テーブルやイスが複数のブースとして並びいつかの面接会場のようになっていた。
そこから一つのブースに通されようとしていた時、通りかかったハーモトーがルイ達に気がつく。
「やはりあんた達も来たのね。ん?後ろにいるのは…」
ハーモトーはルイ達の後ろに一緒になってついてきていた老人を見つけ声をかける。
それにギクリとして反応したのはウィンワンだ。
「わしもメガクラブ戦に参加するために来た」
これにハーモトーは真剣な顔つきとなって応える。
「あなたのことは調べさせて頂いた。経歴に少し問題があるので参加を希望する場合は念入りに聞き取りさせて頂きたい。異存ないですね?」
ウィンワンは特に驚きも動揺もせずにハーモトーの指示に従って奥の間へ消えていった。残されたルイたちはこのやり取りに呆気に取られていたが、兵士に呼び出され別のブースに案内された。
ブース内で待っていたのは8人衆のクジョウだ。どうやら今度はこの男に面接されるらしい。宴会の時もあまり表情を変えることなく坦々と酒を飲み、的確なタイミングでツッコミを入れるような冷静沈着タイプの印象だった。選抜組の連中を問題なくまとめているようでもあり、今やアウロラに次ぐブレーンになっていても違和感はない。
「君らか…。参加は問題ないだろうが実力的に取り巻きのカニ退治か後方支援だな」
「はい、私たちもそのつもりです」
クジョウが期待通りの言葉を発したため、トゥーラが念押しするように即答し、面接は事務的な話だけとなってすぐに終了した。
その後、本部からメガクラブ戦のフォーメーションが発表されたが、やはり皆が気になるのはギシュバがいない中、誰がメガクラブと直接戦うのかであった。
発表されたフォーメーション
◆メガクラブ討伐班
アウロラ (ギシュバ8人衆)
クジョウ (ギシュバ8人衆)
ワイアット (ギシュバ8人衆)
ウェナム (バート家)
ルートヴィヒ (オラクルの護衛長)
◆周りのカニ排除班
雇われテックハンター 4名
都市連合兵3名
ニムロッド (ギシュバ8人衆)
ハーモトー (ギシュバ8人衆)
ウィンワン (一般)
◆後方支援
ロード・オラクル (総指揮)
ルイ (一般)
トゥーラ (一般)
ナパーロ (一般)
他 以下の名前が並ぶ
ロード・オラクル私兵30名
都市連合兵9名
志願移民12名
この発表をルイは驚きと不安の様子で見ていた。
「すげぇ、これほとんど志願してくれた有志だろ?最初からこれぐらいいれば楽に古都を制圧できたじゃないか!でもやっぱり討伐班は残りの8人衆がやるのか。しかもアウロラさんが先頭だし…大丈夫かなぁ…」
「参加者が多いのはやっぱりアウロラさんの演説の効果よね。討伐班に知らない名前の人がいるけど8人衆ぐらい強いのかも。5人体制だし行けるんじゃないかしら!」
「8人衆以外のルートヴィヒって人はたしかロード・オラクルの護衛隊長だった気がする。ウェナムは…聞いたことないなぁ」
「遠征隊を探せば強い人が他にもいるのね。排除班も結構いるしなぜ最初から人数かけなかったのかしら…。何気にウィンワンさんも排除班にいるから強い人のようだし。まぁエントリーした理由は謎だけど…」
「あーあの爺さんな!そういやあいつが『この戦いは負ける』とか言い出しておかしいよな!」
「え、そんなこと言ってたの…」
「爺さんみたいに最初から弱腰じゃあ勝てるものも勝てないっつの」
「確かにそうよね…」
トゥーラはなにか引っ掛かる気持ちを胸にしまいこんだ。
所変わってアウロラ達幹部がいる天幕ではメガクラブ討伐班メンバー5人とロード・オラクルの顔合わせが密やかに実施されていた。
「我々5人が絶え間なく波状攻撃をかけてメガクラブに的を絞らせない方針をとるのは理解した。基本的にギシュバ8人衆の力量は信頼しているつもりだがアウロラ殿はその体格でカニの注意を引き付けるような攻撃を入れられるのかな?」
白ひげの年配鎧武者が乾いた声でアウロラに毒つく。名をルートヴィヒと言いエリート侍として都市連合の部隊長クラスまでかけ登ったあと引退後の晩年はロード・オラクルの護衛長についていた。実力が認められているためオラクルの命令で渋々討伐班に加わったが、明らかにこの任務におけるモチベーションは低そうだ。
「ルートヴィヒ殿、副隊長の実力は対人戦では隊長ギシュバに匹敵します。心配はご無用かと」
アウロラに変わって応えたのは8人衆クジョウだ。メガクラブ初戦では周辺のカニ掃討を担当していたが人員不足により討伐班に加わっていた。カニの掃討の実績を見ると妥当な抜擢なのだろう。
「しかし今回の作戦は5人の息があっていないと恐らく成功しない。私はクジョウ殿の戦い方を近くで見てきたが、他の方の戦い方も把握しておく必要がある」
横から口を出したのは選抜組テックハンターの代表として参加した教育係のウェナムだ。酒場でルイ達と揉めた際に仲裁した人物である。
選抜組には貴族であるバート家の御曹司であるキアロッシ・バートが実績作りのために参加していたが面目を潰さないために急遽、剣術の心得がある教育係が参加した形だ。クジョウと共にカニの巣除去を行っておりやはりその腕前は認められていた。
「決行日までに可能な限り連携の意識合わせは行うつもりです。しかし何より重要なのはメガクラブの巨体を前にしても全員が闘志を意地できるかどうか。怖じ気づいた者が一人でも出た場合にほころびが生じてしまう。その点は実績的に問題がないと思ってよろしいか?」
アウロラがルートヴィヒを見ながら問いただしたことでプライドに触った老齢の武者は立ち上がって怒鳴り散らす。
「拙者はギシュバ卿の失態を埋めるために参加しているのだ!無礼は許さぬぞ!」
「いや失礼。何分互いの素性を知らぬ身です。懸念点は入念に確認しておくべきかと思いまして」
アウロラも怯まずに飄々としていたが、その様子を見て進行役のロード・オラクルが口を挟む。
「ヴィヒの実績に関しては私が保証しよう。扱う武器が長柄の薙刀でメガクラブに適しているし、この中ではたぶん一番の実力者だろう」
これを聞いている討伐班メンバーは皆、相づちすらすることなく聞き流していたが、アウロラは丁寧に返す。
「はい、実績を考慮して討伐班として依頼させて頂きました。恐らくこのメンバーの実力であれば第2のメガクラブを倒せるはずです。また一回目の敗因は古都周辺を固める予定の傭兵隊が全滅したまま戦いを挑み結果的に第二のメガクラブの存在を掴めずに襲撃を許してしまったことにありました。そのため今回は有志も多いことから都市連合兵や移民を含めた混合部隊を索敵を兼ねて周辺に配置しますが考慮しておかなければならない問題が1点あります。ウェナム殿以外は既にご存じかと思いますが…」
これを聞いたウェナムはすかさず反応した。
「潜入者。スパイのことでしょう?」
「さすがウェナム殿。分かっていましたか」
少しわざとらしいアウロラの振る舞いに対してウェナムは気にする素振りも見せずに続ける。
「宴会翌日の騒動を起こせるほどのスパイがあれで死んでいるわけがない。生きていれば今回のメガクラブ討伐にエントリーしているはず。となるとメガクラブとの戦闘中に妨害工作を仕掛けてくる」
独眼を細めながら聞き入っていたアウロラは背もたれに寄りかかると不敵な笑みを浮かべて言葉を返す。
「ウェナム殿に説明して頂いたおかげであなたがスパイである懸念が少し下がりました」
「少しでもいいです。潔白を証明する手段がない現状、連携のために少しでも信頼を得る必要がありますからな」
「ご協力頂き感謝します。万が一戦闘時にスパイが姿を現し妨害を仕掛けてきた場合、討伐班はワイアット、排除班はハーモトー、ニムロッドが対処するようにしています」
「なるほど、ワイアット殿は我々の監視役でもあるわけですか。しかし8人衆にスパイがいたらどうするのです?」
これにワイアットが少し身を乗り出したがアウロラやクジョウはやはり平静を保っている。
「…その場合はスパイじゃない8人衆が斬ります」
「ふむ。その覚悟承知した」
ここで少しの間を置いてロード・オラクルが締めの言葉で橫入りした。
「さて、うてる手はうった感じかな。後はメガクラブと決着をつけるだけだが、皆の者もう一踏ん張りだ。必ず勝利を掴みとろうぞ」
綺麗に締められた形となったが、最強戦力として心の拠り所にもなっていたギシュバを欠いた面子の間には、依然として不安な空気が残ったままであった。
終わりに向けてこの話だけ微妙に長くなってしまいました