Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ルイ、トゥーラ、無限のウィンワン、シルバーシェイド、シャイニング、シャリー
「なに!?リトホルムが討たれただと?」
ポートサウスにて事務処理をしていたキンブレル(ヒックス)は部下から入った緊急報告を聞いてイスから立ち上がった。
「は、はい。先ほどポートサウスの外にて……」
「相手は?どこの組織か分かるか?」
「無限のウィンワンという者だそうです。そいつも致命傷を負ったはずとのことです」
「……!!」
(やはり来たか。言わんことではない。しかし、リトホルムほどの男がやられるとは……。愚直な性格で気に入っていたのだが相手の力量を見誤ってしまったようだな)
「死体を確認する!ついてこい」
キンブレル(ヒックス)が決闘のあった場所に到着するとそこにはおびただしい血痕の跡が残っていた。
「こっちはリトホルムの血か?」
「いえ、相手のほうの血痕と思われます」
「死体がないな。しかしこの量はたしかに深手のようにも見える」
(いずれルイ達はトゥーラを取り戻しに来るだろう。取り込む際に厄介な存在だったウィンワンを排除できていたとしたら大きいぞ。シルバーシェイドは金でどうにでもなる)
キンブレル(ヒックス)は遠くへ続くウィンワンの血痕跡を眺めると、もと来た道を引き返した。
その頃、ポートサウスの奴隷小屋を奥へ進む奴隷商人の服を着た少年の姿があった。
少年はある牢屋の前で立ち止まるとコンコンと牢を叩く。
中にいる女性がその音に気づき顔をゆっくり上げた。
「ナパーロ……。今頃あなたが何をしにきたの?」
牢屋の中の女性はトゥーラだった。トゥーラはぼろ切れの衣を着せられ髪は乱れており、ここに来た頃の面影は消え失せていた。
力も入らないようで体を支えている両腕は震えている。
「替えの服を持ってきた。今の服よりは綺麗なはずだ」
「……その口調だと今はラックルかしら?ヒックスとどんな交渉をしたか知らないけどその奴隷商人の服は似合っているわよ。憧れの立場になれて満足?」
これに少年は手に持っていた服を牢屋の前に落とすと目を細めて切り出す。
「今のお前に何を言っても言い訳になるが、この状況を仕組んだのは俺でもナパーロでもなく3人目の人格だ」
この口調は明らかにラックルだろう。この唐突な告白に対して、奴隷商に酷いことをされて自暴自棄になっているトゥーラは激しい口調で攻め立てる。
「……3人目?あは!いったいあなた何人の人格がいるのよ!この裏切り者!」
トゥーラらしくない暴言にラックルは一瞬うつむいたが静かに切り出す。
「ここ数日お前が受けた仕打ちは奴隷にとってはとるに足らない内容だ。……いや、俺が今言いに来たのはそんなことじゃないんだ」
「一体、私に何の用なのよ?立場が代わって見下しにきたわけ?」
「3人目の人格の存在は今まで俺も知らなかった。恐らくナパーロや俺より前に存在していてずっと裏から見ていたんだ。そしてヒックスに会った時から表に出始めた」
唐突だが真剣な表情で説明するラックルに対してトゥーラも自然と耳を傾ける。
「強力な主導権を持っていて恐らくこいつは元々の主人格なんだと思う。俺達に過去の記憶が無いのもそのせいだったんだ。この3人目の人格は過去にヒックスと何らかの密約を結んでいるか相当な主従関係のはずだ。くそ、取られる……!」
ラックルは話の途中で急に頭を抱えるとピタリと動きを止めた。
「ラックル……?」
しばらくうつ向いていた少年は、ゆっくりと頭を上げ静かに喋り出す。
「……まさかラックルがここまで余計な事をベラベラと喋るとは思いませんでした」
死んだような目つきに感情のない単調な喋り方。トゥーラは少年にナパーロでもラックルでもない異様な気配を感じとる。
「まさか……本当に第3の人格、なの……?」
「初めまして。僕はずっとあなたを見ていましたが会話するのは初ですね」
「そんな…。あなたは誰なの?なぜ私にこんなことを……」
トゥーラの問いに対して少年は苦笑しながら応える。
「僕は僕本人ですよ。それとあなたを奴隷にすることが目的だったわけではありません。たまたまあなたが巻き込まれただけです」
「どういう…」
さらに聞こうとするとガチャリと扉が開き奴隷商人が1人入ってきて、トゥーラの表情に悲壮感が漂う。
「よーう、トゥーラちゃん。今夜は俺がやっていいってカマルク様から許可がでてよぉ。前みたいにいい声で喘いでくれよぉ?」
品のない声で喋ると男はトゥーラの牢屋をガチャガチャと開け始める。
「…い、いや…もうやめてください……」
トゥーラも最早何をされるか把握しているようで力ない声で懇願する。
「いいねぇ!そのほうが燃えるよぉ!」
「いやだ…ラックル…助けて……」
涙目で訴えるトゥーラを見て少年は非常な言葉をかける。
「何も死ぬわけじゃないのに大袈裟ですね。早く奴隷生活に慣れないと心身が病んじゃいますよ?病んだら捨てられちゃうので気をつけて」
奴隷商の男はトゥーラを牢屋から出すと強引に衣服を引きちぎる。
ツンと整った綺麗な乳房がこぼれ落ち、それを見た男はさらに興奮したようでズボンのベルトを急いで外し始める。
そしてドンとトゥーラを突き飛ばし膝をつかせると自分の一物をトゥーラの顔の前に近づけ無言の要求をする。
「お願い…許して……」
「奴隷が命令に逆らうのか?また痛い目にあいたいか?」
男はそう言って腕を振り上げると、トゥーラは反射的に顔をかがめて目を背けた。
すると、「ちょっと待て」と少年が割って入る。
「なんだお前!まだいたのかよ!」
「今日は僕が好きにしていいとキンブレル様から言われている。去れ」
「何だと!?てめぇ新参の若造のくせにでしゃばってんじゃねぇ!殴られたくなきゃ消えろ!」
男は大声で恫喝するが、少年は急にするどい目つきを返す。
「僕も相手が死ぬまでやりますけど続けますか?」
実に坦々と冷めた物言いであったが、自分よりガタイが大きい相手に対する強がりではないことはトゥーラにも感じ取れた。
男は蛇に睨まれた蛙のように萎縮していたからだ。
「…!ちっ!ちゃんと牢屋に戻しておけよ!」
奴隷商の男は捨て台詞を吐くと勢いよくドアを叩き開けて出ていった。それを見送った少年はトゥーラのほうに居直り切り出した。
「…あなたはもう暫くの辛抱だと思います。それまでは奴隷の世界を知って頂くのも悪くはないでしょう。さぁ、どうせ逃げられないので大人しく入っていてください」
助けてくれたものの逃がしてくれる気配はなく、トゥーラも大人しく従うしかなかった。
少年はトゥーラを牢屋にいれると静かに奴隷小屋を出ていった。
「ごほっ!げほっ!…ぺっ!」
ウィンワンは口に溜まっている血を吐き捨てた。
(傷口が完全に止まっておらん…。拠点までは…あと少しか)
腹にグルグル巻いた包帯からは血が円になって滲んでいる。その臭いを嗅いで来たのか後ろから野生のボーンドックが一匹後を追ってきていた。
「お前と遊んでいる暇はないのぉ」
ウィンワンは襲撃を警戒して後ろを振り返りながら歩く。
(今のポートサウスは並の戦力では太刀打ち出来ない。もしかするとこのままトゥーラを捨てて手を引くしかないかもしれんが、それはあいつが判断してくれるじゃろう…届くかも分からんが手紙を出しておいてよかったわぃ)
考え事をしている間にもボーンドックは間を詰めて今にも襲いかかりそうな気配を見せている。
「先に倒しておかないと後々キツそうじゃ」
ウィンワンはフラフラと振り返り斬馬刀を構える。
ボーンドックは動きを止めたウィンワンに対して唸り声を上げると一気に飛びかかる。
しかし、ウィンワンはそれをかわしつつ斬馬刀を振り上げ瞬時に一刀両断にした。
「……っ!」
この過度な行動により腹にあった血の滲みはさらに大きくなる。
「ぐ、うう……」
ウィンワンは斬馬刀に振られた勢いで地面に倒れこんだ。そして視界に広がる平原がぼやけていく。
(ダメじゃ…目が…霞んで……)
近くに生えている枯木に背をもたれるとヒューヒューと呼吸を整え始める。
気づけば全身の感覚が薄れてきて心なしか肌寒さを感じる。
(拠点に…ルイに伝えなければ…)
だが、力を入れても体が動かないのだ。
ウィンワンには最早、拠点に戻る体力は残されていなかった。
(逃げに逃げてきた人生…最後ぐらいはあいつらの役に立って死にたいわい。そして…)
「ルイ…ワシはお主に伝えたいこと…謝りたいことがあるんじゃ…こんなところでは…」
ついにウィンワンは手だけでほふくしながら進み始める。
「はぁ…はぁ…」
その時、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「おい!?爺さん!しっかりしろ!」
ルイが残るメンバーを連れて途中まで駆けつけていたのだ。
「ルイ…ここまで来てたのか…」
「ああ!いてもたってもいられなくてな!一体何があったんだ?」
「やはり罠だったようじゃ。ヒックスは三羽ガラスの一人キンブレルじゃった」
「は?何を訳の分からないこと言ってんだよ!んなわけ…」
ウィンワンはルイの主張を手で制し話を続ける。
「話せるうちに喋らせろ。トゥーラは捕まっているじゃろうが、今のポートサウスは大きすぎる。手を引け…と言いたいところだがお前はどうせ聞かんじゃろう…じゃから10日じゃ。10日待って冷静になってから動くのじゃ。人の上に立つ者はいかなる時も冷静にのぉ…」
「ちょっと…おい!爺さん?らしくないぞ!どうしたんだよ!?」
ウィンワンは最低限のことは伝えられてホッとしたのかそのままルイにもたれ掛かる。
「ルイ…すまんかった…すまんかったのぉ…」
しわがれた声で最後の言葉を述べるとウィンワンはそのままうなだれて動かなくなった。
「爺さん?何謝ってんだよ。冗談はよして目を開けろよ!俺らを守り抜くんだろ!勝手に逝くんじゃねーよ!!う…う……」
黄昏の光がぼんやりとたゆたう中、ルイはウィンワンを腕に抱えてうつむいたまま暫くその場を動けずにいた。