Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ルイ、トゥーラ、シルバーシェイド、シャイニング、シャリー
僕の名前は694番。キンブレルさんがつけてくれた名前だ。僕は物心ついた時から奴隷だったけどキンブレルさんに見いられて小さな頃から特別な訓練を受けていた。特別ということもあって着る物や食事も普通に与えてくれたし普通の寝床も用意してくれた。
僕と同じように特別な扱いを受ける子供はいたけど僕が一番優秀だとキンブレルさんは言ってくれた。
いつか僕は訓練が終わったらキンブレルさんのために働きたいと思っていた。あの人もそれを望んでいた。
しかしある日突然その希望は妨げられた。
僕はとある豪農に売られたのだ。キンブレルさんは手塩にかけた僕を手放したくなかったらしく売ることに反対したけれど、当事三羽ガラスでもなかったキンブレルさんに阻止する権限はなく結局僕は豪農に売られた。
それから僕は奴隷の本当の生活を知った。食事はろくに与えられず着る物もずっと同じ。当然水浴びなんかもさせてもらえずただただ農作業を繰り返しさせられた。少しでも嫌な顔をしようものならムチがとんできた。
そんな日々を繰り返しているうちに僕は我慢の限界を迎えついには教え込まれた暗殺技術を使って豪農を殺してしまった。そして逃げることを知らなかったため結局兵士に捕らえられ、型落ち奴隷として転売されていくことになった。その間も扱いは変わらず、奴隷生活を知った僕の精神はいつしか心の奥底に引きこもるようになった。外側から虐待されているのを見ている内に虐待されている僕も別の意思を持ち始めたのが分かった。彼らはナパーロとラックルと言い僕の代わりに対応してくれるようになった。
僕が表に出る理由はなくなっていた矢先、僕はナパーロとしてルイに買われた。
ルイとトゥーラはいい奴だった。殺したいと思わないしむしろ仲良くしたかった。でも今さら僕が出ていっても意味がないしそのままナパーロとラックルに任せることにした。僕はこのまま消え去っても良いと思っていた。
しかし、キンブレルさん。あなたはもう一度僕の前に現れてくれた。
最初はヒックスという名を名乗っていたし僕に関心がなかったから忘れられているかと思ったけど、あなたは2人で傭兵契約に行った道中で僕に声をかけてくれた。
「私を覚えているか?694番。ようやく探し出せた」
心が踊った。真っ先に人格の権限をナパーロから奪い694番として表に出た。その後、奴隷商に帰属する段取りをキンブレルさんに教えてもらい今日に至るが後悔はない。この世界では自分の目的のためには他人には構っていられないのだ。ルイ達には悪いことをしたがどうせ僕達は相容れない間柄だったのだ。僕は僕の道を行く。キンブレルさんの道具となってこれから支え続けていくのだ。
ガチャリとドアが開き目の前にキンブレルが顔を出すと男の子は口もとに笑みを浮かべる。
「ふっ。暗殺の腕は一流なのに相変わらず笑顔が下手だな。帽子を深くかぶって俺についてこい694番、これから標的を見せる」
キンブレルは694番と呼ぶ男の子を伴いノーブルハウスにいるマスターワダのもとに向かった。
ポートサウスでは三羽ガラスの一人リトホルムが武闘派として知られ拠点の防衛・警備を担当していたが、その一人が失われたことで警備体制を見直す必要が出たからだ。
そしてキンブレルはある理由からこれを好機として捉えていた。
「それで…ワシの近衛兵を臨時で警備に回してほしいと?」
「はっ。部隊を統率出来る力を持った者が現在手薄です。ここは近衛から新たに三羽ガラスとして選出し、防衛体制を回復させることが急務かと存じます」
キンブレルはポートサウスの長マスターワダに掛け合い、ワダを守る近衛兵を使ってポートサウスの防衛を回復しようと計っていた。
「ふむう。兵士を統率出来る者と言えば近衛長のハドソンしかおらんの。ハドソン、やってくれるか?」
マスターワダは内容を特に気にかけることもなく後ろで直立不動で立っている兵士に問いかけた。
「はっ。しかしマスターの警備が……」
「お主が拠点全体を防衛すればわし周辺も自ずと安全になろう」
「承知しました。ではマスターの仰せの通りに」
近衛長と思われる男はキンブレルの提案に警戒しつつもマスターワダの依頼に対して従順に反応した。
「迅速なご英断、感謝いたします。詳細については私のほうからハドソン近衛長にお伝えしておきます」
「うむ。頼んだぞ」
キンブレルは用が済むと694番を伴いすぐにその場を退出した。そして部屋に戻り切り出した。
「あの年寄りがターゲットだ。出来るか?」
「はい。脅威だった近衛長を遠ざけてもらえましたし例え困難だったとしてもやりますよ」
「……よし。ハドソン近衛長もまさか手練の暗殺者が既に拠点内にいるとは思ってもいまい。時間がかかったがこれで布石は整った。予定通りこのまま実行する」
「分かりました。それでは私はここを離れます」
「頼んだぞ694番。お前は俺が幼少の頃から育て上げた唯一信頼出来る暗殺者だ。これが済めば俺もポートサウスの長となりお前を正式に幹部にすることが出来る。必ずやり遂げろ」
「承知しました」
そしてこの夜、近衛長がいなくなり手薄になったノーブルハウスに何者かが侵入し、マスターワダが死体となって発見される。三羽ガラスの組織体制や新しい奴隷制度の導入によりポートサウスを発展させたこの男は晩年になると酒と女に溺れ政務を怠けていた。急進派であった三羽ガラスがこれを憂いていた事を知っていたハドソン近衛長は真っ先にキンブレルを疑うが、臨時代表となったキンブレルによって粛正される。カマルクもこの動きに連動してキンブレルを助けており、三羽ガラスによる反乱であることは関係者の目から見れば火を見るより明らかだった。
予め根回しされた計画とマスターワダのあっけない死によりポートサウス内における派閥構成は三羽ガラスを中心とした支配体制に変わり、実質的にキンブレルを頂点として運営が進められていく事となる。
都市連合における近年の歴史の中で貴族に代わって平民出の者が統治者になるのは初めての出来事であった。
こうしたポートサウスの異変も知らずにルイは無気力状態となり閉じこもる日々が続いていた。
友であるトゥーラが捕らえられ、兄貴的存在のヒックスに裏切られ、そして口うるさくもチーム全体を見てくれていた頼みの綱であったウィンワンが戦死したのだ。
絶望に打ちひしがれるのも当然であった。
「ルイさん、もう丸2日間部屋に籠ったままですねぇ~どうしましょうか……?」
シャリーがシルバーシェイドに話しかける。
「ウィンワンも死んでしまったし組織として機能していないならいずれは解散かな」
「え~そんな~……」
「トゥーラがいないのも大きいね。組織運営が回ってないよ」
「何とかならないんですか?ポートサウスに行って奪い返しにいくとか!」
「いま残ったメンバーじゃ無理でしょ。ヒックスが三羽ガラスのキンブレルだったとはやられたよね。君も解散後のなりふりを考えておいたほうが無難だよ」
「そうですか~……」
非情ながらシルバーシェイドは実に現実的な話をしていた。
この数日間の内で、度重なる主要メンバーの喪失により、ルイ一派の戦力はまさに半分以下となっていたのだ。
残メンバーにはルイ以外に自ら引っ張っていくような者がおらず組織はまさに自然解散の方向に向かっていた。
そして3日後、シルバーシェイドが消えた。
「ルイさんまだ復活しませんね……」
シャリーは今度はシャイニングに話しかけている。もはや話す相手も彼しかいなかった。
「ああ、そうだな。でも英雄ルイさんはどんな困難も乗り越える人だよ!俺達はそれを助けられるよう頑張ろう!」
シャイニングはこんな時でも前向きだ。
「シャイニング先輩かなりポジティブですね。シルバーシェイドさんも出ていってしまったし残っているの私たちだけなんですよ?」
「だからこそ俺たちがルイさんを助けられる最後の砦になるんだよ!」
「そ、そうですか……でも戦えない私たちに何が出来るんでしょう。次の集金もそろそろ来ちゃいますし」
皆で張り切って建築した木の香り漂う新拠点は3人になった今となっては虚しくも大きく感じられていた。
その時ガチャリと扉を開けルイが部屋から出てきてシャイニングに問いかける。
「シルバーシェイドは……?」
「シルバーシェイドさんは数日前に出ていってまだ帰ってません」
「そっか……。迷惑かけてすまねーな。数日後にはちゃんと方針決めるからちょっと待っててくれ」
ルイは力なく喋るとそのまままた部屋の中に消えていった。その様子を見ていたシャイニングは何も声をかけることは出来ずシャリーに睨まれた。
そんな矢先に見知らぬ2人組が拠点を訪れる。
「おーう、本当にこんな場所に拠点があるよ」
「……」
「しかしあの爺、ボスの子とか手紙に書いてたけどまた嘘だったら髪の毛むしってやるよ!ここまで来るのにどんだけ時間がかかったと思ってんだい」
「……」
シェク人の女と思われる片方がまくし立てるように喋るが相方の者は黙りこくっており口を発する気配はない。顔の形状からハイブ人のようではある。
「しっかし玄関に来訪者がいるのに誰も応対しないとは無用心だね!おーい、頼もう~」
女の大きな声が聞こえようやくバタバタとシャイニングが出てくる。
「どなたっスか!?」
「ウィンワンっていう爺いる?手紙で呼ばれて来たんだけど」
「え…あ…ウィンワンさんは失くなりました……」
「なにぃ?あの無限の逃げウィンワンが死ぬわけないだろ。じゃあローグの娘って奴を出してくれ。ヘッドショットとレイが来たって」
「え、いや…誰を出せ?」
「あーもういい!上がらせてもらうわ」
そう言うと女はハイブ人を伴ってズカズカと拠点の中に入っていく。
「う、討ち入りだぁー!出会えー!」
シャイニングが慌てて騒ぐが、当然誰も出てくる様子はない。
「だから攻撃じゃないって!というかここお前以外に人いないの?」
「え、いや今はルイとシャリーしか……」
「ルイ…ルイ…ああ、そうそう!ルイに会わせろよ」
女は会わせろと言いつつルイが籠る小屋のドアを無神経に開けた。
そこには目を腫らしうずくまっているルイがいた。
「ふーん。ルミに似ているが父親の面影も少しあるね」
「……!…誰ですか?」
母親の名前にルイは反応した。
「あたしはヘッドショットだ。こっちはレイ。ウィンワンから聞いてないのかい?」
「ウィンワン爺さんは……死にました」
「あいつは本当に死んだのか。……それで?爺が死んでメソメソ泣いてたってわけね。こんなガキんちょを泣かせるだけ爺も魅力があったわけだ」
「一体何なんですか?ウィンワン爺さんの知り合いですか?」
「あいつに手紙で呼ばれたんだよ。しっかし、来たのはあたしらだけのようだね。もう少し待たせてもらうよ。ずっとしけた面して……父親には遠く及ばないね」
ルイが呆気にとられている中、ヘッドショットという女は言うだけ言うと勝手に小屋の中にどかりと座り込んでしまった。