Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ルイ、トゥーラ、シャイニング、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード、シルバーシェイド、ガルベス
子供の頃のかすかな記憶。
俺は母親に連れられ途方も無い距離の旅をした。料理店を開いていた故郷を追われ行く宛のない旅路だったらしい。そしてやっとの思いでたどり着いた都市でお店を再開しようと頑張っていた矢先、母は倒れ帰らぬ人となる。旅の無理がたたったのだ。それから俺は母の遺志を継ぎ立派なシェフになると心に決めた。
「あれ?母さん?なんでこんなところにいるんだい?」
シャイニングは空にうっすらと浮かびニッコリ微笑んでいる母ジュエルの姿を見つける。
「もしかしてフラフラガーを開店できる資金が集まったの?それなら俺も今、ルイさんのところで料理の腕を磨いていたから手伝うよ!ちょっと待ってて!」
シャイニングが呼び掛けるとジュエルはウンウンと頷いた。
「…ニング!シャイニング!しっかりしろ!助かるから絶対に諦めるな!」
気がつくと視界には顔中を血で赤く染めたルイの顔が入り込む。
「……あれ?ルイさん……。お店に来てくれたんスか?」
「ああ!?そうだ!お前の店を建てるんだ!お前の夢なんだろう!俺も手伝ってやるから必ず生きて帰るんだ!おいしい料理をたくさん作ってくれるんだろ!?」
必死な形相でルイはシャイニングの体を手で押さえつけているが、吹き出る血しぶきは止まらない。
(そうか……。俺はいまポートサウスにいるんだった……早く母さんの所を手伝いにいかないと……でもなんか……)
「寒いッス……。体が動かないし……」
「動こうとするな!いま止血してんだ!」
「でも、俺……母さんの所にいかない……と………」
「おい?おい!………っ!」
歓声が響き渡るポートサウスの中を冷たい風が吹き抜けた。
ルイは動かなくなったシャイニングの両手をお腹の上に乗せると、そっと彼のまぶたを閉じる。
「お前は料理人だろ……こんなところで頑張らなくて良かったんだよ……」
自分が下した決断でまた1人犠牲がでた。若く健気で、何があってもついてきてくれた母親想いの青年の夢は自分の目的のせいでここで潰えたのだ。
チャドの作戦を聞いて誰も死なずにトゥーラを助け出すことが出来ると淡い期待をしていたが現実はそれほど甘くはなかった。
ルイにとってトゥーラもシャイニングの命も天秤にかけられるモノではなく、皆、同じく大事な仲間だった。
「……無理だ……俺には耐えられない……」
つい本音が漏れてしまう。
この先何人の命を犠牲にしていかなければならないのか。ルイは人の上に立つことの重圧をいま真っ向から感じていた。
バチン!
その時、急に誰かに頬をはたかれる。
「反省は後だよ!何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない事はあるのさ!あんたの目的に乗っかって死んでいった奴の命を無駄にしないためにも今は突き進みなさい!今やるべきことを全力でこなしなさい!」
ヘッドショットだった。普段は気の抜けたようなシェク人のおばさんだったが、この時ばかりは真顔でルイを叱りつけたのだ。
「……そうだった。俺はトゥーラを助け出さなければ……」
「さぁ、行くよ!」
ヘッドショットはそのままルイの腕をとり北門の方へ向かった。
そしてついにこの戦いの発端となった張本人キンブレル(ヒックス)の一団と正面から遭遇することになる。
「ヒックス……!!」
キンブレル(ヒックス)は後ろに異様な気配をまとった戦闘奴隷集団を引き連れている。
「結構いるね!アタシらが相手しておくからそのうちにルイはカマルク邸に行きな!」
ヘッドショットはボウガンに矢を装填し始めているとガルベスやシルバーシェイドもそこに合流する。
「あの先頭にいる奴が三羽ガラスだろ?奴を仕留めれば終いなんじゃねーか?」
ガルベスはキンブレルを指差して息巻いている。
「旦那。あいつは砂忍者の頭領を簡単に捕らえるぐらいの実力者だ。気を付けたほうがいい」
強者と戦える高揚感が勝りガルベスはシルバーシェイドの助言を話半分に聞いていた。
そして板剣を構えつつ一直線に突っ込んでいく。対するキンブレルもデザートサーベルを手に持つ。
「おらぁ!!」
ガルベスによるリーチの長い板剣の大振りで戦闘奴隷ごとなぎ倒しにかかったが、相手を把握せずに繰り出したこの攻撃は軽率だったことを思い知らされる。
「ああ!」
ルイ達も思わず声をあげた。
戦闘奴隷の1人が重武器を使ってガルベスの攻撃を受け止めたのだ。
ガルベスも自分の攻撃を受け止められたことが初だったのか驚愕の表情を浮かべている。
そして、キンブレルはこの隙を見逃さなかった。
ヒュン!
目にも止まらぬ動きでデザートサーベルを振りきるとガルベスの板剣を持った腕が宙を舞う。
「ぐあああああ!」
ガルベスは片腕を失くした激痛により悶絶する。
「これでその板剣は振れない」
そのまま坦々とガルベスの首を落とそうとかかるキンブレルに対してシルバーシェイドが無言で斬りかかる。
しかし、キンブレルはこれにデザートサーベルを捨てて腰に差している長剣で応じた。
シルバーシェイドは今まで見せたことのない超高速の連撃を繰り出すが、キンブレルも長剣を使って全て対応仕切る。
「さすがは何でも屋。だが歳をとりすぎたな」
そう言うと今度はキンブレルが長剣を使ってシルバーシェイドに素早く攻撃を繰り出す。
「……!」
あり得ない光景だった。シルバーシェイドが高齢とは言えスピードで負けているのだ。
そこにレイも鮪斬りでシルバーシェイドに加勢に入る。さらにヘッドショットも矢を放つがキンブレルはそれを防ぎながらやっと一二歩後退した。
仮面を脱いだキンブレルの剣術はまさに極限まで極められた達人の領域だったのだ。
「あいつは想像以上にヤバいね……ルイ!ついでにチャドがいたら呼んできておくれ!」
「わ、分かった!気をつけて!」
ルイが横から抜けようとするとキンブレルが大きな声で呼び止める。
「ルイ!俺はポートサウスをまとめあげる事を優先した結果騙すことになったが、今でも本当にお前を仲間にしたいと思っている!俺についてくればお前が理想としているであろう世界を見せてやることも出来る!今からでも遅くはない!降伏しろ!」
対してルイも引くことはない。
「てめぇ……!よくもヌケヌケと……!お前に恋心を抱いた者、母親の遺志を継げずに死んでいった者、お前は自分の目的の側で夢を失っていった者達を何とも思わないのか!罪悪感は感じないのか!」
「それが上に立つ者の宿命だ!くだらない幻想は捨てろ!大きな目的のために多少の犠牲は伴うものなのだ!お前こそ英雄として人間社会を甦らせる責務を果たすべきだろう!」
「……そんな見せかけの英雄は願い下げだ!」
「もはや綺麗事だけではこの混沌とした世界を変えることが出来ないところまで来ている!お前が嫌う奴隷制度がまさにそれだ!奴隷の労働力がなくなったらどうなると思う?秩序や法国家は崩壊し、それこそ全員が野蛮に殺しあう世界に退化してしまうんだぞ!」
キンブレルは熱く語り続ける。
「俺は必要悪であるこの奴隷制度を新しく整備し奴隷の中からも優秀な人間を育てあげる。そしていずれは生きる価値のない人間は全て淘汰するつもりだ。生産性のない平民!管理能力のない貴族もだ!そこまでしないとこのままでは人類は消え去ってしまうのだ!」
キンブレルの言わんとしていることは1年前のルイには理解できなかったが、旅で様々な現状を見聞きしてきた今なら何となく分かる気がした。
しかし、同時に大事な何かが欠けていると思えていた。
「価値があるかどうかを人の気持ちを理解できないお前が決められるのか!?いや……そもそもそんな権利なんてどこにもない!」
この主張は逆にキンブレルにとって理解出来ないものとなっていた。
いや、分かるはずがなかったのだ。
奴隷商一家で育ったキンブレルは物心がついた頃から奴隷商としての英才教育を受けていた。なぜなら彼は奴隷の値打ちを見定める力に長けていたからだ。体つきとか容姿などの外見に加えて、目に宿る光や体からほとばしるオーラ、人間そのものの将来性や生命力を測ることが出来る能力を持っていたのだ。
奴隷が病気などを持っていないこと、健康体であるこを把握できる彼の才能は貴重でありすぐに奴隷の管理を任された。こうして幼い頃から友達と遊ぶこともなく奴隷という大量の人間を値踏みしてきたのだ。人の気持ちを理解しようとする心を持てるはずはなかった。
「……わかった。もうよい!お前はもう少し賢い奴と思っていたがもはや用はない!694番!殺れ!」
キンブレルの掛け声と同時に一つの影がルイの真後ろに着地する。
そしてその影はルイの首もとに短刀をあてると静かな声で囁いた。
「ルイさん、最後です。仲間に武器を捨てるよう指示してください。僕ならまだ助けられるよう調整出来る」
ルイは前を見据えながら応える。
「その声は……ナパーロか!お前あれだけ親切にしてくれたトゥーラに何してくれてんだ!そんなに奴隷商の立場になれることが嬉しかったのか?お前はそんな奴じゃねーだろ!」
694番は一瞬面食らったが、不自然に笑い出す。
「…あ、あは!あははは!そっか!ルイさんは僕が多重人格障害であることをずっと気づいていなかったんですよね。僕のことを何にも分かっていない。そんな状況でよくチームの頭領をやれてますよね」
「ナパーロ……!」
「僕の名前は694番です。キンブレルさんが一番最初につけてくれた名前だ。弱虫ナパーロは後から出来た人格に過ぎない。そう呼ばれると不快です」
ニコニコしながら語る694番(ナパーロ)に対してルイは強烈な違和感を覚える。
「お前……今そんな番号みたいな名前で呼ばれているのか?何だよその作り笑いは……」
「……!」
694番の表情がみるみるとひきつっていく。
「貧乏だけど一緒に坑夫をしていた時のお前は生き生きしていたじゃないか」
「だからあれは僕じゃなかったんですって!」
「……確かに俺はお前に人格がたくさんあるなんて知らなかった。ただ、本当の自分を隠しているなってことは最初からわかっていたよ」
「なっ……」
ルイはゆっくりとナパーロのほうへ振り向くが694番は首元に短刀を突きつけたまま動かない。
「俺に対して本当の自分を出せないのはまだ自由になれていない。自分を偽って生きていかなきゃと思っていたからだ。だから俺は打ち解けてくれるまで待っていたんだ。そして今日お前はやっと本当の自分で本音で俺と話してくれている。俺はそれが嬉しいんだ。やっと心をさらけ出してくれたってな。さぁ、後で叱ってやるから今は一緒に帰るぞ」
「か、帰るって……本当の僕を知ってまだ一緒にいれるって言うの……?」
「例え血が繋がっていなくてもお前は俺の弟だ」
この様子を見てキンブレルは苛立ち始める。
「694番!お前はこれからも人類のために大切な任務が残っている!私情は捨てろ!」
694番(ナパーロ)はこの言葉を聞かずにルイとの会話を続けた。
「ぼ、僕はあなたに本当の自分がバレるのが怖かった。嫌われるのが怖かったんだ……。なのにまだ僕を家族として……」
ルイとトゥーラ。奴隷農場で初めて出会った時からだ。二人は一点の曇りのない眼で僕を見ていた。今まで見たことのない女神のような存在に僕は思わず心がときめいた。こんな人達がこの世にいたのか。僕はこの人達に拾われたい。心底願った。そんな気持ちをナパーロが代弁してくれ仲間にもなれたが結局僕自身は会話すらできることもなくルイ達を裏切った。そんな冷酷で恩知らずな僕の性格をまた受け入れてくれると言うのか……。
もはや694番から殺意は消えていた。頬から一筋の涙が流れ落ちルイに突きつけていた短刀も力なく落とした。
このやり取りにキンブレルの余裕は完全に消え、手をかざして戦闘奴隷に突撃命令を下す。
しかしその瞬間 、今度はキンブレルの背後にも一人の男が舞い降りる。
男は着地するなり一気にキンブレルに詰めより正拳突きを繰り出す。このあまりの早さに辺りは砂煙が立ち一瞬視界が遮られる。
一時の静寂の後
中から姿を現したのはチャドであった。
気がつくとトゥーラを背負ったジュードも来ており、ルイに親指を立てて無事を知らせる。
「さすがポートサウスの三羽ガラスと言ったところか」
チャドが戦闘態勢を崩さずに言い放つ先には無傷のキンブレルが長剣を構えていた。