Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
ある日、見習い奴隷商の少年が奴隷の少女に恋をした。同年代の友達もいない彼にとっては初めての感情であったが、それは売り主と商品という決して許されない禁断の恋であった。
虐待を受け日に日に傷だらけになっていく少女を見て少年はどうにかしてこの少女をポートサウスから出してやれないかと考える。
しかし、見習いの少年にはそんな権限も財力もなかった。
そしていつしか少年は少女を守りたい一心で奴隷制度の改革を思い付く。例え生まれながらに奴隷であったとしても秀でた能力を身につければ階級を変え自由になれるチャンスが与えられる、と。
その後、制度を取り入れたポートサウスは過去類を見ない発展を遂げた。
「お……俺の殺気に気負うことがなかったのは褒めてやるが……殺るときは力を抜かずに最後まで振り抜け……」
キンブレルはルイが手放したデザートサーベルを体に刺しながら地面に力なく倒れ込んだ。
「なんで……なぜ避けなかった!?」
「周りを見ろ……。この戦いは俺たちの負けだ。ポートサウスが壊滅しようしている今、俺が生きている理由はもうない……」
ルイがハッとして見渡すとポートサウスはいつの間にか奴隷商の屍で埋め尽くされ燦々たる状況になっているのが分かった。
「どうなってんだ……俺はトゥーラを助けに来ただけなのに……」
「ポートサウスの存在が邪魔になった者達がお前を利用して消そうとしただけだ……。それを俺は見抜けず、お前を裏切ったように俺も裏切られ切り捨てられたのさ……」
「そんな……どういうことだよ!?」
「そ、それより……アウロラの事を知りたい……。彼女は最後に何て言っていた……?」
いつも以上に真剣な表情のキンブレルにルイはたじろぎつつも素直に応える。
「え、ああ……行く末を変わりに見てくれって……そして俺はアウロラさんの遺志を託されたんだ……」
「お前に……アウロラが?」
「あ!そうだ!お前宛のアウロラさんからの手紙を預かってるんだ」
ルイはグシャグシャになった手紙を懐から取り出した。
「……なに?見せてくれ……」
キンブレルは手負いの割に手紙を漁るように読み始める。
その表情は時折目頭を拭く動作も見てとれ、深い哀情に溢れていた。
「!」
(涙!?この男が泣くなんてアウロラさんとの関係は……)
ルイが哀しげに見ていると、読み終えたキンブレルが静かに語り出す。
「もう随分前の話になるが……。俺がギシュバ卿に頼み込んで当時奴隷だったアウロラを売ったんだ」
「やっぱりあんたが……。もしかして守るため、か?」
「……あのままアウロラがポートサウスにいたら失明だけでは済まなかっただろう。そして彼女は奴隷でいるべき人間でもなかった。ただそれだけだ……」
「……」
うつむくルイに対してキンブレルが声をかける。
「先にこの手紙を見ていたらお前との出会いも違った物になっていたかもしれないが……、お前と話せて良かった。最後にアドバイスをやるから耳を貸せ……」
側にいたラックルが止めようとするがルイは気にせずキンブレルに近づいた。
そして小さな声で語られる内容に驚き固まった。
「…………」
「え……?」
「信頼出来る仲間を増やすことだな……さぁ、止めをさして終わらせてくれ……」
そう言うとキンブレルは抑えていた首筋の傷口から手をどける。みるみると血に染まるキンブレルを見てルイは戸惑う。
「…お、俺には出来ない……」
生きる気力を失くし、死を望む敵であったとしても、かつて仲間だった者、共に戦ってきた者を殺す決断をルイには出来なかった。
すると後ろから力ない声が聞こえてくる。
「私がやるわ」
か弱い足取りでゆっくり近づいてきた者はトゥーラだった。キンブレルは驚くことなく語りかける。
「トゥーラ……。確かに君なら俺を殺す理由があるな。今さらだが……ひどい目にあわせてすまなかった」
トゥーラは壁にもたれ掛かって座っているキンブレルを見下しているが、その辺で拾ったであろう刀を持つ手は震えている。
「私は1ヶ月間……、ここの奴隷生活を我が身で体感しました。この日々が永遠に続いている奴隷の皆さんの気持ちも今なら少しだけ理解出来た気がします。そしてあなたが目指した世界もあなたの奴隷に対する接し方を檻の中から見ていて何となく分かってきました」
キンブレルが黙って聞いている中、トゥーラは続けた。
「でも……あなたが犠牲を伴って自分の目的に向かっていったように私たちも……自分のために障害となっているあなたをここで倒し、前に進ませてもらいます」
トゥーラの声からは迷いがなくなっていた。
「強くなったな……。俺の死が君の踏み台になれるなら本望だ。ルイとトゥーラ……お前たちは自分が信じる道を間違えずに進んでいけよ」
「……ああ、分かった。アウロラさんに宜しくな」
ルイは手紙を読んだ反応からキンブレルとアウロラとの関係性を何となく察していた。そして彼女がいなくなった世界でもこの男は自分の信念に基づき何かを変えようと足掻いていたのだ。結果的にルイ達を騙し傷つけたが、最後ぐらい平穏に死を迎えても良いと思えていた。
「……会えるならば伝えておこう……。さぁトゥーラ、頼む」
トゥーラは応えるように前に出ると刀を両手で持ち構えた。
するとラックルが間に入りすがるように懇願してくる。
「ま、待ってくれ。俺が言えた義理じゃないが……キンブレルを助けてあげられないか?」
「あなたがナパーロであれラックルであったとしても私は今、あなたが言うことを信じることは出来ないし聞く気もないわ」
多重人格であることを一番に理解して接していた今までのトゥーラはもうそこにはいなかった。冷たい目つきを返されラックルは寂しそうな表情をしたがそれでも食い下がる。
「今は694番の気持ちが分かる気がするんだ。あいつは奴隷時代でもキンブレルから不自由なく育てられ兄のように慕っていた。キンブレルの思想はそれほどお前たちとはずれていない。ポートサウスの政権を奪うのも根回しや調整上あのタイミングしかなかったんだ!」
「……!だから何なのよ……!」
トゥーラが狼狽えているとキンブレルが口を挟む。
「694番よ……いや、今は違う人格か?トゥーラを困らせるな。俺は自分の目的のためにルイ達を騙したし、ただお前を最高の暗殺者に仕上げようとしただけだ。それにどうせ俺はここから出ることも叶わない。もう疲れたんだ……。トゥーラの決心が鈍る前にどいてやれ」
キンブレル自身に言われラックルは何も言えなくなった。
「あなたは……。いえ、あなたのことは忘れない……」
絞り出すように別れの言葉を言うラックルを押し退け、トゥーラはキンブレルの前にたちはだかる。そして高らかに刀を振りかざしキンブレルの胸元に突き刺した。
垂れた長い黒髪の合間に見える素顔からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「トゥーラ……。遅れてすまなかった……」
ルイは動きを止めたキンブレルに覆い被さって泣いているトゥーラに声をかけた。
「いいえ……あなたなら必ず来てくれると思ってた。それだけでも私はあの地獄のような日々の中で希望を持ち、理性を保てたのよ……」
「そんなに……酷かったのか……」
「ええ。私にとって忘れたくても忘れられない記憶になったと思う。でも私は父を探しだし、偉大なテックハンターになる目標があるし新たな目的も出来た。こんなとろこでめげていられないわ」
「そうか……」
トゥーラが無理をしているのはすぐに分かった。これまでの日々は決して笑い飛ばせるような内容ではなかったはずだが、気勢を張るしか今を乗り越える方法はなかったのだろう。そうでもしなければ心が押し潰されてしまいそうな表情をしていたのだ。
気がつくと2人の前に深編笠を被った男が立っており聞き覚えのある声で喋りかけてくる。
「最初に会った時、お前とキンブレルが一緒にいるから部下に監視させていたが、まさかこんな事になるとはなぁ」
「ん!?その笠と声はワイアットか!?なんでここにいる?」
「私が捕まっていた厳重な牢屋を解錠してくれたのよ」
トゥーラが庇うように説明するとワイアットは腕をポリポリと掻きながら気恥ずかしそうに応える。
「言ったろう。お前が壁にぶつかった時の顔が見物だって。まぁしかし……くじけなかったようだな」
この言葉でルイは思い出したように表情を暗くした。
「……いや、俺は……一人じゃダメだった。何も出来なかったんだ。思えばウィンワン爺さんがいたからチームを立ち上げることが出来た。トゥーラの奪還だって元ノーファクションの人達が来てくれたから出来ただけだ……」
「ふん。一人で考える必要はねぇ。仲間がいるなら仲間と共に乗り越えればいいじゃねぇか。まぁこれから追われる身になるだろうが有事の際は助太刀してやってもいいぜ。じゃあ、あばよ」
そう言うとワイアットは風のようにどこかへ消えていった。
確かに彼の言う通り計らずもポートサウスの奴隷商を壊滅させた以上、A級またはS級の賞金首と認定されていてもおかしくなかった。これから先に待ち受ける苦難をチームの仲間と共に乗り越えていかなければならず、自分だけ立ち止まってはいられなかった。
気がつくと辺りは薄暗くなっており、海風が所々で野ざらしになっている屍に冷たく吹き付けている。
ルイが辺りを見渡すと反奴隷主義者の面子もいつの間にか消えており、英雄リーグ連合でさえ密やかに撤退していた。
「シャイニングの亡骸は連れていこう。あいつのお墓を作ってから都市連合を去りたい。そう言えばガルベスはどうした?腕を斬られてたけど大丈夫なのか」
「ガルベスさんは止血した後、ポートサウスの金銀を回収しにいったよ。良質な義手代分だけは必ず奪うってね。ほらあそこを走ってる」
シルバーシェイドが呆れるように指差す方向には片手でバック一杯に戦利品を担いでいるガルベスがいた。
「あいつ……つえーんだな。確かにこのあと俺たちは懸賞首として生きて行かなければならないし、逃亡用に資金は貰っておいたほうがいいか」
「いや、そうとも限らんぞ」
渋い声が聞こえてきてルイは振り返った。
「あ、チャドさん」
「奴隷商が全滅していたとしたら懸賞金をかけるやつもいない。それにこの戦いは明らかにルイ対ポートサウスという単純な構図ではなく何者かが裏で手引きしていた。拠点に戻って慎重に見定める必要がある」
「やっぱそうなのか……。じゃあ準備が整い次第、まずは拠点に引き上げて様子を見といたほうがいいんだな」
こうしてルイ達はチャドの助言に従い荒廃したポートサウスを背に帰路についた。
全盛を極めたポートサウスの壊滅によりこの事件の幕は閉じることになったが、その最後はかつてのノーファクションと同じ末路であったことは、若いルイにはまだ理解出来ていなかった。
同刻、ポートサウスから少し離れた所に三羽ガラスの一人カマルクが足を引きずりながら歩いていた。
「くそ!キンブレルがでしゃばったおかげでポートサウスはリセットだ!せっかく私が次の長になると約束されていたのに……!ルイ達にはたっぷり懸賞金をかけてやる!」
そこに風を切る音と共にグサリと自分の体が異音を放つ。
「え……?ぐさり?」
カマルクが下を見ると自分の胸に特大の矢が刺さっているのが分かる。
「な……ごぉほ!なぜぇ……?」
狼狽しているカマルクの元に砂を踏みしめる足音が近づいてくる。
「ん~カマルクさん、良い働きでしたよぉ。ポートサウスを完璧に壊してくれてありがとうございました」
布マスクを外しオカマのような口調でクネクネと寄ってきた男はトレーダーズギルドのフグであった。
「貴様……!なぜだ?私は
「ノンノン!ポートサウスの1幹部ごときが奴隷マスターになれるなんて思っちゃダメですよぉ。アイソケットのミフネくんはあなた達、三羽ガラスに対してご立腹でしたし」
「お、おのれ……騙したのか!」
「あなた達が社会のルールから逸脱しすぎたのがいけないんですよぉ。奴隷に希望を与えて階級社会をいじろうなんて狂気の沙汰です。そりゃあ粛清しますよぉ」
「ぐ……がは……」
カマルクはそれ以上会話を続けることもなくその場に倒れこみやがて動かなくなった。
「……さて、ポートサウスの人間はこれで全員片付きましたかねぇ。反奴隷主義者も良いタイミングで来てくれました。これ以上ここにいて彼らと鉢合わせすると元の子もないですし、一番の目的を達成できたので今回の任務は完了としますかねぇ」
ダラダラと独り言を喋るフグの後ろにはいつの間にか数人の影が姿を現す。
「フグ様……。あの者達は如何なさいますか?」
「ん〜?あー……ルイ君たちのことかな?面倒くさい存在になる前に
フグはクネクネと動きながらカマルクが身に付けている貴金属を奪うと付き添いのの者達と共にその場から静かに姿を消した。
そんな状況も知らずルイ達は拠点へ向けて歩いていた。
「ねぇ、ルイ。その……アウロラさんの手紙には何て書いてあったの……?」
トゥーラはルイに問いかけた。
「いや……俺は結局中身は見てなくてさ。ただ、あの2人の立場とヒックスの反応見てると、たぶん……ヒックスはアウロラさんの才能を見出したとかじゃなく純粋に好きだったんだよ……。最後になっちまったけど手紙は渡せて良かった」
「……そうね」
ルイ達はそれ以上この会話を続けることはなかった。ただ、願わくばこの先アウロラとキンブレルは何もしがらみのない世界でずっと一緒にいられていることを祈るばかりであった。
誰もいなくなったポートサウスの中には砂山が作られ長剣が墓石のように突き立てられていた。手前に置いてある手紙の上には飛ばないように小石がのせてあったが強風により外れてしまう。手紙には拙い字で数行書いてあるのが読み取れたが、やがて空高く舞い上がり見えなくなっていった
| ルイ | 生還 |
| トゥーラ | 復帰し生還 |
| ナパーロ/ラックル/694番 | 離反後に復帰し生還 |
| 無限のウィンワン | 三羽ガラスとの戦闘で死亡 |
| キンブレル(ヒックス) | 離反後にポートサウス戦で死亡 |
| シルバーシェイド | 生還 |
| シャイニング | ポートサウス戦で死亡 |
| シャリー | 生還 |
| ヘッドショット | 生還 |
| レイ | 生還 |
| チャド | 生還 |
| ジュード | 生還 |
| ガルベス | 片腕損失するが生還 |
キンブレル様
お元気ですか?
本来なら直接、貴方にお礼を言うべきですが、お互いの立場もあり迷惑をかけたくないため、手紙で伝えさせて頂きます。文字を覚えたばかりのため乱筆乱文であることお許しください。
貴方が私を奴隷生活から解放させようとしてくれていたことは以前から知っていました。
だからいまこうしてギシュバの元でテックハンターをやれているのも貴方のお陰です。ありがとう。
そして貴方がポートサウスでやろうとしている事と私の目標は近くはないかもしれませんが、いつの日かお互いが目指す先に交わる未来があると私は信じています。
その時が来たら例え世界の果てであろうと私は貴方に直接お礼を言うため会いに行きます。そしてコソコソと檻の塀越しではなく何にもしばられず心行くまでお喋りして、心の底から一緒に笑いあいたいですね。それまでの御息災をお祈り申し上げます。
第3エピソード完結しました。
如何でしたでしょうか?
面白かったら是非(高)評価して頂けると嬉しいですw
そしてまた充電期間に入ります。
他の作品を書きたい誘惑もありますが完結もさせたい……
悩ましい……!(´Д`)
なお、次回エピソードは書くとしたら「禁忌の島編」です。
みんな大好きあのスケルトンとの壮絶な戦いとなる予定です。
では( ;∀;)ノシ