Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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77.対決

「カクノーシン……だと?」

 

リドリィは明らかに“カクノーシン”という名前の侍に動揺していた。初めて聞く名前ではないようだ。

 

そこに先程、好戦的に野太刀を構えていたもう一人の侍が割って入ってくる。

 

「旦那が出るまでもないでしょ。俺に行かせてくださいよ」

 

そう言ってこの侍もギラリと光る野太刀を地面に刺してストレッチを始める。体格もガッチリしておりどちらの侍と戦っても激戦になりそうな相手だ。

 

ただ、レディー・ミズイはその意気込みに配慮することなく冷静に言い放つ。

 

「下がれスケサーン。彼女はテックハンター9位のリドリィだ。お前には無理よ」

 

「……俺もナメられたもんですねぇ」

 

スケサーンという侍が不満そうに渋々下がるとミズイはカクノーシンに対して首で合図をした。

 

「では……拙者が……」

 

指示を受けたカクノーシンは小さく応えるとゆっくりと前に出てくる。渋い声から察するにそこそこ歳をとっているようだが先ほどからリドリィはその侍に対して異常に警戒していた。

 

たしかにこのカクノーシンという男は鎧兜で表情こそ見えないが、そこから漏れ出る禍々しい殺気が尋常ではない。

兜に付いている面がそれを一層引き立たせてさえいる。大柄な体格も相まって、まるで鎌の脚を最大に広げたスキマーを相手にしているような威圧感を抱かせていた。

 

そんな中でミズイがさらに驚愕の一言を放つ。

 

傷つけずに捕らえなさい(・・・・・・・・・・・)

 

トゥーラは思わず耳を疑った。

 

(リドリィさんを相手に……、傷をつけないように捕らえるですって!?)

 

当のカクノーシンは「承知した」と一言だけ述べると、背中から大太刀を軽々と抜刀して正眼の構えを見せる。

 

この仕草と佇まいを見てリドリィ陣営に戦慄が走った。

 

長い大太刀をいとも簡単に抜刀出来る体の大きさも然ることながら、構えに異質な感覚を覚えたのだ。

 太刀を扱う上で基本となる構えは主に5つあり五行の構えと呼ばれている。その中でも正眼の構え、つまり中段の構えは通常の太刀を扱う上では最も使われる構えだ。剣先を相手に向けており、この構えを起点として状況に合わせて攻撃防御に移行できバランスが良いからだ。

 しかし得物が大太刀となると話は変わってくる。この構えの欠点は刀の重心位置が身体から遠いため、腕への負担が大きい。ましてや太くて長い大太刀であればその欠点が大きく影響するはずなのだ。重い大太刀を振り上げるのにも腕力が必要になりそれだけ攻撃の初動も遅れる。

だがこのカクノーシンという男は敢えてその構えを取っている。相当、腕力とスタミナに自信があるということなのだろう。

 

トゥーラはリドリィに話しかける。

 

「一緒にかかったらいけませんか!?」

 

「ダメだ。こいつがいるのは想定外だ。数で何とかなる相手ではない。それにタイマンのほうが一人づつ撃破するのに好都合だ」

 

トゥーラの提案にもリドリィは全く耳を貸す様子はない。余計な戦力は足手まといになるだけと言わんばかりだ。

 

強者は強者を知るのか。

心なしかあのリドリィが気負っているようにさえ見えるのだ。

 そんな気配を察したのかカクノーシンがおもむろにリドリィに話しかける。

 

「久しいな、リドリィ……。精進したか……?」

 

「!!」

 

リドリィとカクノーシン。やはりお互いを知っている間柄のようだ。

 

「こんなとこで会うとはな。寡黙なあんたには女のエスコートなんて性に合わないんじゃないのか?」

 

「エスコートではない……護衛だ……」

 

「へっ。あんたがつまらないお抱え護衛している間に私は大分強くなったぞ」

 

「そうか……では……試してみよう……」

 

その後2人はお互い見合ったまましばらく動かなくなった。

 

もうこの場はリドリィに全てを託すしかない。

テックハンター十傑であれば。禁忌の島にて圧倒的な力を見せてくれたあのリドリィであれば、強大な敵も打ち倒してくれると信じて。

 

リドリィはそのまま刀身を立てて頭の右手側に寄せ、左足を前に出して構える。八相の構えだ。重武器の負担を最低限に抑えているのだろう。

 

トゥーラはその構えに見入る。

 

(やっぱりリドリィさんは戦い続きで大分疲れている……しかも相手は重装……)

 

リドリィは遠征用にロングコートを羽織っていたが、防具は着用していない。そのため切れ味鋭い大太刀の間合いを抜けなければならないが、攻撃を避けながら鎧を着込んだカクノーシンを斬り伏せるには相当のスピードとパワーが必要になる。遠征の死闘から帰った状況でそのような体力が残っているのか難しかったのだ。

 

カクノーシンはリドリィに疲労が溜まっていることを把握しているのか、ジリジリと間合いを詰めてプレッシャーを与えている。だがリドリィも左右にずれることで縦の突きに対する警戒は怠っていない。表面上も疲れている様子は見えなかった。

 

そしてここからカクノーシンが仕掛ける。

 

正眼の構えから刀を低くして後ろに引き左足を前に出す。下段の脇構えに移行したのだ。左半身を敢えて無防備にし攻撃を誘いやすくした形だ。自分の間合いに入れば八相の構えでガラ空きになっているリドリィの背中を斜めに切り上げる『逆袈裟』を繰り出せる。

 

対してリドリィは誘いに乗るかのように間合いを詰めた。

 

これによりリドリィの方が先に大太刀の間合いに入る。

トゥーラが瞬きをしている刹那。

カクノーシンは力強い踏み込みと合わせて竜巻のようなスイングでリドリィに斬りかかったのだ。

 

通常の人間であれば自分の背中側から来るこの素早い横薙ぎに対して対処など出来ず、そのまま胴を裂かれていただろう。

 

だがリドリィは脅威の反射神経で反応する。

 

体を捻り、かざしていたフォーリング・サンをそのまま大太刀に当てにいったのだ。 

 

ギィィィン!

 

重厚な金属と金属が激しくぶつかる音が辺りに響き渡る。

 

始めから狙っていなければ出来ない芸当であろう。刃が分厚いフォーリング・サンで大太刀を叩くことで武器の無力化を計ったのだ。

 

 しかしリドリィは武器から伝わる振動に痺れを感じながら驚いた表情でカクノーシンを見ていた。

 大太刀はヒビすら入っておらず形も変わっていない。それどころかカクノーシンはそのまま踏ん張っており、リドリィは大太刀を弾き返すことすら出来ずにいたのだ。そして二人はそのまま吸い寄せられるように鍔迫り合いに移行する。

 

カクノーシンは兜面の隙間から気を吐いた。

 

「フゥゥ……武器を叩きに来るのは読めていた……生憎この大太刀はメイトウだ……」

 

メイトウの希少性は船上で知った通り各武器種ごとに世界で1つ程度だ。にも関わらず1日のうちにメイトウクラスの武器を2度見たことになる。

 

「ちっ!メイトウ持ちのオンパレードかよ!」

 

リドリィは何とかフォーリング・サンを使って押し返そうとするが、逆にカクノーシンがその巨躯でリドリィを吹き飛ばしにかかる。

 

「……!!」

 

バランスを崩したリドリィは後ろに下がりながらも得物を持ち直そうとしたがカクノーシンはその暇を与えなかった。

 

さらに踏み込んできて大太刀の剣先を使ってリドリィの手元を狙う。

 

ガキィン!

 

速攻の小手打によりフォーリング・サンがリドリィの手から叩き落される。

 

「ああ!」

 

トゥーラ達に悲壮感が漂い始める。

女の身でありながら恵まれた体格を持ち数々の男どもを力で屠ってきたリドリィ。トゥーラにとって半ば信者のように絶対的象徴として崇拝してきたリドリィがいま目の前で劣勢に立たされているのだ。

 だが、そのリドリィの左手にはいつの間にか逆手で長剣が握られている。先程のやり取りで相手の意識をフォーリング・サンに向けさせ、そこから兜面の死角を狙った不意打ちだ。前の動きを布石にした無駄のない攻撃はまさに百戦錬磨のリドリィであるからこそ為せる技であった。

 リドリィはそのまま踏み込んできたカクノーシンの首もとを容赦なく突き刺そうとしていた。

 

 

 

しかし、カクノーシンはゾッとするほど低く小さな声で呟く。

 

「良い……判断だ……」

 

短いながらも相手への賞賛が含まれた嫌味のない言葉であったが、同時に全てを見透かしたような相手を絶望に誘う一言であった。

カクノーシンは躊躇なく大太刀を手放し、篭手で長剣を難なく防いだのだ。

 

そして

 

強烈な左手のボディーブローをリドリィに対して繰り出す。

 

「ぐ……はっ!」

 

吸い込むように拳が腹にめり込み、リドリィは思わず胃液を吐く。

さらにカクノーシンは右手の手刀で首筋を素早く殴打する。これによりリドリィは白目を向き、膝をついてその場に倒れこんでしまった。

カクノーシンは何事もなかったようにクルリと振り返り大太刀を拾うと静かに鞘にしまうのであった。

 

 

 

 

「え……?」

 

トゥーラは呆然としていた。

レディー・ミズイのオーダー通りリドリィは無傷で気絶させられたのだ。

カクノーシンは倒れているリドリィの手を拘束し担ぎ上げようとしているが、その横でスケサーンという侍がルイ達を煽りたてる。

 

「お前ら絶体絶命だなぁ、おい」

 

だが、その言葉はルイの耳には届いていなかった。その表情は怒りに染まり、間髪入れずにデザートサーベルを抜いてカクノーシンに向かっていったのだ。

 

「この野郎ぉおお!!」

 

「ルイ!!」

 

ジュードの制止も聞かず、ルイは夢想剣舞の型に入る。これに対しカクノーシンは大太刀さえ抜かなかった。

 

「気概があるな……」

 

一言呟くと、突っ込んでくるルイの一撃を綺麗に避け、またもや手刀でルイの首筋を殴打していとも簡単に気絶させてしまったのだ。そしてレディー・ミズイに問いかける。

 

「此奴は殺すか……?」

 

対するミズイは倒れているルイを見下しながら軽くため息をつく。

 

「この娘は市民に英雄扱いされているルイね。ロンゲンも使い道があると言っていたから殺すと説明が面倒なのだけど……敵対するのなら仕方ないわね」

 

「では……やるか……」

 

「先にそこの2人を処分してからよ」

 

「……分かった……」

 

カクノーシンはジロリとトゥーラとジュードを睨みつける。

当の2人は最早、蛇に睨まれた蛙のように体が固まって動けなくなっている。

あのリドリィが負けてしまった以上、目の前の者達に対して抗う術はない。リドリィやルイを担いで逃げることも不可能だろう。さらにトゥーラはリドリィの敗北を受け入れられず、まだ呆然としていてすぐに動ける様子ではなかった。

 

禁忌の島から生き延びた矢先、厳しい局面が続いていた。




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