穴の開いたこの身では、愛はただ零れていく   作:ブラウン・ブラウン

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小学校の入学式とか知らん。


第3話【浮遊した愛】

 入学式の開始の時間に間に合わなくなるからと、涙も鼻血もまだ止まっていないうちに出発の準備をすることとなった。

 

 ちょっと痛む足を引きずって部屋の奥まで進み、自分のランドセルが置いてあるところまでたどり着く。窓際に置いてあったランドセルは朝の太陽の光をきれいに反射していて、黒色の生地がピカピカ光っている。手に取って触ると、ほんのりと温かくなっていて気持ちよかった。

 

 中を開いて昨日の夜にも確認したけど、もう一度忘れ物がないかを確認しておく。持っていくものはほとんどないけど、初日から忘れ物なんてしたら恥ずかしいし大変だ。

 どうやら昨日の自分は優秀だったみたいで、準備していた荷物に忘れ物はなかった。完璧だったけどそれに追加で、今鼻血が出ているからティッシュを多めに入れておくことにした。

 たまに足の裏から血が出てきちゃって靴下が汚れてしまう時があるから、ティッシュは血も止めてくれるし持っているだけでちょっと安心する。

 

 朝ごはん……はさっきおとうさんに食べさせてもらったから、その後は運動用に着ていた服を脱いでシャワーを浴びることにする。お金がもったいないというのと、おとうさんが言うには冷たい水を浴びると自分を強くしてくれるって言っていたから、ボクはお湯を使ってはいけない決まりがある。えっと、たきぎょう? とかいう名前の修行方法だったと思う。

 だからいつもお風呂に入る時のシャワーは冷たくって、急がないと風邪を引いてしまう。

 最近はもう慣れてきたから風邪を引かないよう上手くできるようになってきたけど、それでもタイムが遅かった日とかは足がもつれて上手くいかなかったりする。

 

 最後に、この日のために、とレンタル屋さんから借りてきた入学式用の服装に着替える。この時にはすでに鼻血も止まっていたから、血が垂れて洋服を汚しちゃう、なんて心配もなかった。

 初めて着る服だったから着るのに手間取って、目の前には忙しくしているおとうさんおかあさんがいるのに自分だけジッと立ったまま指先を動かしていると思うと、なんだか申し訳ない気がしてきた。

 

 ようやく着終わってボクの準備が終わったタイミングで、おかあさん達の支度も終わったみたい。速くならなきゃいけないボクが遅かったらまた怒られちゃう。

 

「時間もちょっとあれだし、少し小走りで行きましょ」

 

「車で行きたいけど、駐車場が無いからこういう時学校って不便だよな」

 

「って車持ってないじゃない」

 

「そういやそうだったか」

 

「バカ言ってないで早く行くわよ。忘れ物ないわね?」

 

「うん!」

 

 バッチリだとランドセルを弾ませて答えると、おかあさんはボクを一瞥して頷いた後、小走りで歩いていった。

 今日まで何度も走った通学路。道はもう完璧に覚えている。いろんな足の傷に気を使いながら、おかあさん達に遅れないようボクもその後を追いかけ走った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 今まで門までしか行けなく中には入れなかったから、門をくぐり抜けて中の景色を見た時はとってもウキウキした。

 初めて見る同年代の子。驚くほどの人の数。真っ白くって大きな建物に付いている、これまた大きな時計。遠くには、えっと……なんだっけ? プール? も見える。気になって見に行こうとしたけど、おとうさんにどこ行くんだと手を引かれて止められてしまった。

 他の人にあいさつもできないまま、入学式が始まると学校の人に言われたから、みんなで体育館に向かった。別に知っている人なんていないけど、少しくらいは話してみたかったな。

 

 体育館で大人たちが代わる代わるよく分からない話をしゃべるのをしばらく聞いて、この学校の人たちによる校歌の合唱も聞いたりした。それから最後にクラスの先生の紹介があって、入学式が終わった。

 

「お母さんたちはこっちだから」

 

「頑張って来いよー」

 

「う、うん……」

 

 この後はおかあさん達と別れて教室で先生からお話があるらしい。事前にクラスの通知が家に来ていて、ボクは1-2のクラスだって分かっているけど、一人で行けるか心配だ。

 考えてみれば、自分一人だけでの行動は初めてかもしれない。今まではおとうさんかおかあさんか、何をするにしてもどちらかは必ず一緒にいた。でも今からは自分一人だけで、しかも初めて来る場所で頑張らなきゃいけない。

 

 緊張しながらもクラスに入ると、どうやら僕が最後だったみたいで、ほとんどの子が席に着いた状態でいた。

 初めて遭遇する密室での人の多さに目を見開かせていると、黒板の前に立っていたおとうさんよりもずっと若い男の人が、にこやかな笑顔をボクに向けてきた。さっきの入学式でも見た、このクラスの担任の先生だ。

 

「おっ来たね。ええっと、何君だっけか……んまぁいいや。黒板に書いてある席に座ってほしいんだけど、まぁ多分君の席はあそこだよ。他のところは埋まっているしね」

 

「は、はい」

 

 言われた通り見渡してみると、確かに入り口側の後ろの方の席が一つ空いていて、他の席にはそれぞれの子の荷物が置いてあった。

 先生に言われた通り席に着くと、後ろからトントンと肩を叩かれた。振り返ると、後ろの席に座っている男の子がボクを呼んできた。髪の毛が短く切り揃えられていて、ボクと同じくらい日に焼けた肌の色から、何かスポーツをやってそうな見た目をしている。

 

「よっ。俺タイガって言うんだ。お前は? なんて言うんだ?」

 

「あっその、ボ、ボクは……」

 

 初めての会話にうまく言葉が出てこない。何も言葉が出てこない状態で口をパクパクさせていると、

 

「ん! よしこれで全員揃った……揃ったよな? んで次は、とりあえずみんなー席についてくれー。お話ししてる人も一旦ストップなー」

 

 話そうと思ったタイミングで、全体に向けて先生から指示が飛んできた。不安気な声で、教卓に置いてある紙の束をめくっている。

 話しかけてもらった手前、どうすればいいかアタフタしていると、また後でな、とタイガが話を切り上げてくれたので、声が出ないなりに大きく何度も頷いてから前を向いて先生の話に注目する。

 

「えーっと、はい皆さんおはようございます。先生の名前は……あー、先生でいいかな。これからみんなはたくさんの先生の名前を覚えなくちゃいけないからね、僕くらい適当に先生って呼んでくれればいいよ。

 先生も今年から先生になったばかりの皆さんと同じ新入生です。だからぶっちゃけこの学校のこととか聞かれても先生もよくわかりません。一緒に学んでいきましょう」

 

 なんだかすごく適当な先生な感じがする。

 

「それで、まず先生が学んでいきたいのはみんなのことだね。早速1人ずつ自己紹介をしていってもらおうかな。言うのは、んー、自分の名前と好きなことにしよう。

 みんなの名前くらい覚えてから来ようと思ったんだけど、昨日は徹夜でゲーム……じゃなくて仕事してて覚える時間がなかったんだよね」

 

 ボクはこんなに緊張しているのに先生は少しも緊張してなさそうで、やっぱり大人はすごいと思った。

 それじゃ席順でいこうか、と自己紹介の時間が始まった。最初に指名されたのは女の子で、椅子から立ち上がって堂々とした様子で発表して、その後も続々と自己紹介が進んでいった。

 ボクの好きなことってなんだろう。自分の番が来てもいいように考えていたら、思いつくよりも前にボクの番が来てしまった。しかも他の人の話をほとんど聞いていなかったから参考にすることもできない。

 

 とにかくまずは椅子から立たないと。

 勢いよく立ち上がろうとしたその時。ほんの一瞬、ほんの一瞬だけだけど、地面が消えた……ような気がした。

 気がついたらボクは教室の床に倒れていて、先生が驚いた様子で駆けつけてきていた。

 

「おいおい大丈夫か? 貧血か寝不足か、それとも熱があったりしないか?」

 

「えっ……あはい、大丈夫? です」

 

 驚いている先生には悪いけど、それどころじゃない。

 なんか今、足の感覚がなくなったような気がしたんだけど……気のせい?

 恐る恐る足を触ってみても、手にも足にも触っている感覚、触られている感覚がしっかり伝わってくる。

不思議に思いながらも、足に力をこめて立ち上がってみる。心配とは裏腹に、足はなんの支えもいらずに立ち上がってくれた。一体なんだったんだろう。

 

「っておいおい膝から血が出ちゃってるじゃないか。バンソウコウ……は先生は持ってないし。保健委員……は中学や高校じゃないんだし、てかそもそも決まってないし」

 

 言われてみれば、今朝転んだところからうっすらと血が滲み出ていた。これくらいいつものお仕置きに比べればなんともないから大丈夫と言おうとしたんだけど、

 

「んーよし、保健室に行こう! 他のみんなはここでちょっと待っててな」

 

 と強引に手を引かれて保健室に連行された。

 こうしてボクの自己紹介の時間は、他の人の名前もほとんど聞いていなく、自分の紹介も出来ないまま終わることとなった。

 

 それにしてもなんで転んだんだろう。ちゃんと足ついているのに。

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