穴の開いたこの身では、愛はただ零れていく   作:ブラウン・ブラウン

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第4話【遊んだ愛】

「はーいみんな席について」

 

「あっ先生だ」

 

 6月。気温もだんだんと高くなってきて、蒸し暑いと感じるようになってきた。ここ最近の天気にしては珍しく雲がほとんどない空で、太陽からの熱い熱が直に肌にあたってくる。

 教室で、入学式で仲良くなったタイガとこんな日にはプールに入りたいと話していると、教室の扉を横にスライドして先生が中に入ってきた。

 

「じゃまた後でな」

 

「うん!」

 

 会話を切り上げて、言われた通り席に着く。

 ボクたちが席に着くのを待っている間、先生は「あぢー」と手で自分をあおぎながら扇風機のリモコンを強にしていた。

 そして少し気だるそうな様子で教卓に立ち、列ごとにプリントを配り始めた。

 

「そんじゃ今日も今日とて朝の会を始めまっす。あーまずはじめに、前も言った通り、大変残念だけど今年はうちの学校のプールで大掛かりの改装が入るので、今年1年間まるまるプールが使えません。よって今学期のプールの授業は ”無し” となりました」

 

「「「えーー」」」

 

 入学したての時に先生から聞いていたことだけど、今日は一段と暑い日ということもあり、みんなから不平不満の言葉が先生にぶつけられた。

 

「分かってる分かってる、先生だって暑いしプールには入りたいさ。でも改装じゃ仕方ないだろ?」

 

 困っている先生をよそに不満は尚もぶつけられる。ボクとしてはプールに入ったことなんてないから結構楽しみにしてきたけど、経験したことないからうまく残念がれない。

 回ってきたプリントには、見出しの部分に大きく「今学期のプール授業の中止のお知らせ」と書いてあった。

 内容は、どうしてプールの授業が中止になるのかという理由が難しい漢字も混ざって書かれていて、その下にはプール授業の補填の内容も書いてあった。

 

「プリントにも書いてある通り、プール授業の代わりに今年はみんなで”さっかー”をすることになりましたー」

 

 先生のその言葉に、男の子は声を出して喜んで、逆に女の子はどっちでもいいようなそんな様子をしている。

 ”さっかー”。また聞き覚えのない言葉だ。

 先生もめんどくさそうにしているしいいや、ということで後ろを振り向いてタイガに話しかけよう……としたときとタイガが話しかけたタイミングが同じだった。

 

「なあサッカーだってよ! 楽しみだな! 俺サッカー大好きなんだよ」

 

「ね、ねえ”さっかー”って何?」

 

「……サッカーを知らない? 嘘だろ。お前試合とかテレビで見たりしないのか?」

 

「うん。うちのテレビはそういうの映さないし」

 

「はーー」

 

 尋ねるとタイガはひどく驚いた顔をしながらも、またか、といった様子で、

 

「サッカーってのはな、ボールを蹴って相手のゴールに入れるスポーツだ」

 

「へー」

 

「んでもって、俺の将来の夢でもある」

 

「夢?」

 

「そ。俺はおっきくなったらサッカー選手になって活躍するんだ」

 

 ボクにとってはまだよく分からないことだけど、タイガが楽しそうなんだったら別にいいや。

 サッカーか。タイガがこんなに楽しそうに話すものなんだったらきっと面白いものなんだろうな。

 

「そうだ! 昼休み……は別のやつと遊ぶから、放課後一緒にサッカーやろうぜ。クラスのみんな集めてさ!」

 

「あっ、うんと……学校が終わったらすぐ帰って来いってお母さんに言われてるから……やらなきゃいけないこともあるし……」

 

 とっても行きたいけど、学校が終わってからの走りこみがたくさんあるから無理そう。昨日も学校の宿題がなかなか終わらなかったから走り始めるのが遅くなって、いつもよりも寝足りないから眠たいし。こんな体調じゃタイガと遊んでも迷惑かけちゃうかもだし。

 

「そんな不安そうな顔するなよ、大丈夫だって! そんな長くやんないしすぐ終わるって」

 

「ああ、うん……すぐに終わるんだったら、それじゃあ……」

 

「よし決まりな! あー放課後が楽しみだなー!」

 

 行こうかな、というよりも先に放課後サッカーすることが決まった。

 その時のタイガの笑顔はボクの不安を吹き飛ばすくらいの満面の笑みで、なんでか分からないけどタイガの言う通り、大丈夫な気がしてきた。

 と、そこまで話していると後ろから大きな影が伸びてきた。

 

「ほー良いな。先生も入れてよ」

 

「うん良いぜ! 先生も一緒に……」

 

 恐る恐る振り返ってみると、そこには先生が立っていた。でも怒ってなさそう。

 

「ま、仲の良いことは良いことだからな。怒りはしないけどちゃんと先生の話はほどほどに聞いておいた方がいいぞー」

 

「「は、はい!」」

 

「ん。じゃこれで朝の会を終わらせるぞ。1時間目は10分後に始まるからトイレとか行きたい人は今のうちに行っとくんだぞー」

 

 絶対怒られると思ったからユルイ先生でよかった。これがお父さんとかだったら画鋲何本分だったか分からない。想像しただけで足がジクジク痛んできた。

 

 ビシッとした姿勢を先生が離れていくまで続ける。

 ガラガラと扉を開けて先生が廊下に出て行ったのを確認すると、緊張が解け2人してホッと息をついた。

 

「あービックリした」

 

「ふぅ、本当だよ。タイガの声が大きいから」

 

「なははっ。次からはもっとバレないようにするって。放課後楽しみだな」

 

「そうだね」

 

 タイガの意見に賛同してから、放課後までの時間を見ようと黒板の上にある時計に目を向ける。

 チクタクチクタクと円状に動いているその時計で計算してみる。

 

「ええっと、2時過ぎに学校が終わるから……」

 

 指とか紙に書いた方が早いけど、暗算でできた方がかっこいいから暗算で頑張る。

 チクタクチクタク。時計の秒針はゆっくりと弧を描いて進んでいる。思っていたよりも暗算に時間がかかって、秒針が進むのが速く感じられる。

 

 その時ふと、"目を背けたくなった"。

 何から目を背けたくなったのかは分からない。強いて言えば、今見ていた時計、なのだろうか。

 時計を見ていただけなのに、急に心が落ち着かなくなってきて、それで……──

 

「5時間くらいか!? もうすぐだな!」

 

「──!」

 

 タイガの声で意識が戻った。急に耳の中へ入ってきた声に、驚きで心臓がドクンドクンいってる。

 

「? どうした?」

 

「いや、大丈夫……」

 

「ふーん、ならいいけど。俺授業そろそろ始まるしトイレ行ってくるけど」

 

「それも大丈夫かな」

 

「オッケー、なら1人で行ってくるわ」

 

 そう言ってタイガは教室を出て行った。

 自分の席から見送ってすぐに心臓のドキドキはおさまった。胸に手を当てて深呼吸しても異常無し。

 

「うーん、何だったんだろう?」

 

 最近こういう変なことが多い。歩いていると足の感覚が薄くなってコケそうになったり、今みたいに変な気持ちになったり。

 

「まっいいや。よく分かんないし」

 

 そんなことよりも次の授業の準備をしないと。

 ランドセルの中から教材を出し終えた頃には、さっきまで考えていた事はすっぽり頭から抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 頬が、痛い。

 鏡を見なくても赤く染まっていることが確信できるほどの痛み。

 目の前には今までで一番怒っているおかあさんがいる。

 

「なんでこんな遅くまで! どこでどうしたのよ、その足は!」

 

 胸の辺りを掴まれて、もう一度同じ頬をはたかれた。

 目玉が飛んでいきそうなほどの勢いに意識が薄れる。体全体が吹き飛ばされそうになるけど、掴まれているから脳みそだけ頭の骨で跳ね返って、頭の中がぐわんぐわんとかき混ぜられる。

 

「顔は色々とまずいだろ、もっと見えないところじゃないと、な!」

 

 おかあさんのことを止めてくれるわけもなく、おとうさんがボクの頭にゲンコツを振り下ろしてきた。

 骨と骨がぶつかり合う鈍い音と痛みが襲ってきて、ついさっきまでの楽しかった時間の記憶が抜け落ちてしまうような、そんな威力だった。

 

「うおおお痛って!? こんなん手折れるわ!?」

 

「ちょっと何やってるのよお父さん」

 

 おかあさんの注意がおとうさんに向いている間に、説明できるよう息を整える。深く呼吸をしようとするも歯がガチガチと音を立てていうことを聞かない。

 それでも何とか三度四度呼吸をして震える口を落ち着かせる。

 

「ちょっと友達と、サッカーしてて……こ、この足はその時に、その……擦りむきました」

 

「ちょっとっていう時間じゃもうないだろ」

 

 家の窓から外を見るおとうさんの目線を追えば、太陽がオレンジ色に染まっていてもうすぐ沈みかけようとしていた。

 

「それにサッカーなんて、俺たちは教えた覚えはないぞ」

 

「あなたの足はサッカーをするためについているんじゃないのよ!? 走るためにあるの! 分かっているの!?」

 

「…………はぃ」

 

 時間を忘れて遊んでしまった自分が悪い。そう思う。そう思い込む。

 

「全く、これだから幼稚園には行かせなかったっていうのに。義務教育が邪魔をするなぁ」

 

「いい? 学校に行かせているのは義務だからであって、その義務が終わったのなら次はあなたの義務を果たすために行動しなさい。あなたの義務は何?」

 

「……走る、こと」

 

「そう。走ればいいの。走っている時にだけ価値があるの。次からは遊んで来ました、なんて言わないで。しかも怪我までしてくるなんて……ホント信じられないわ」

 

「いいか? 優先事項は友達よりもお前だ。自分を最優先にして行動するんだぞ。分かったな?」

 

 頭がフラフラする。口がうまく回らない。

 

「 は い──」

 

「あっ、おい!」

 

 そう返事したところでボクの意識は完全に途切れた。疲れた体にゲンコツは流石にダメだったみたいだ。

 

 意識を手放した世界で見た夢は、数十分前までのクラスみんなでサッカーをしていた記憶だった。

 そこにはタイガも先生もいて、みんなが思い思いに楽しんだ笑顔あふれる幸せな時間だった。

 




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