穴の開いたこの身では、愛はただ零れていく   作:ブラウン・ブラウン

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いつも読んでいただきありがとうございます。

前話から一年間、時間が飛んでいます。


第5話【暑い空の下、愛は暴かれた】

 小学校2年生、夏。

 昨日まで嫌になるほど降っていた梅雨の雨も今日は見事に止み、お久しぶりの太陽が顔を出している。

 今日はみんなが待ちに待っていたプール開きの日。タイガなんかは、晴れてほしいからてるてる坊主を作るんだ、と昨日言っていたから晴れてよかった。

 にしても昨日の大雨のせいでとってもムシムシする。こんな蒸し暑い日はプールに入ってさっぱりと体を冷やしたいところなんだけど……、

 

「あれ? お前なんで水着持って来てないんだ?」

 

「あー……ボク、お腹がちょっと痛くって、今日は入れないかも。あ痛たたたた……」

 

 ボクはプールに入ることができない。

 その理由についえは、今日の朝までさかのぼる。

 

 

 

──朝。

 

「いい? 前にも言ったけど、今日からのプールの授業のことだけど、お腹が痛いーとか水着忘れましたーとか理由つけて見学にしてもらうのよ?」

 

 おかあさんがボクの顔を覗き込んでそう告げる。

 

「あなたの毎日の努力の証を見て、妬む子も出てきちゃうからね。ほら、才能あるものはそれをひけらかしたりしないものなのよ。暑いけど、これも暑さに慣れる修行だと思って頑張るのよ」

 

 まあ今までプールなんてなかったし今更だけどね、と冗談のように話す。

 ボクはプールに入ることができない。これは去年から言われていたことではあった。去年は結果としてプールの授業自体が無かったから、特に何も思わなかったけどやっぱり残念な気持ちになる。

 昨日もクラスのみんなと、明日のプールの授業で何をするのかを話し合ったから余計にその感情が強くなる。

 

「見学が難しいようだったら、プールの授業の時間が終わってから登校でもいいわよ。お母さんたちの仕事が朝早かった時用に、前からカギも持っているしね」

 

 でも決まった、決まっていたことだ。

 

「うん……うん! 分かってるよ大丈夫!」

 

「はい良い子ね、お母さん嬉しいわ。それでこそ私たちの子よ」

 

 おかあさんの腕がボクの方へ伸びてきて、身構える必要が無いのに思わず目をつむってしまう。けれどその腕はボクの頬を通り過ぎて、頭の上に手を置かれてわしわしされた。ぶたれるわけもない、ただ頭をなでてもらっただけだった。

 なぜそう思ったのかは分からない。訳の分からない自分の体の硬直を不思議に思っていると、

 

「はいお話はお終い。ほーら、目なんてつむってないで、もうそろそろ登校時間でしょ。早く支度しなさい」

 

 お母さんに言われて時計を見てみれば、もう時間がほとんどない。

 

「わっ! い、急がないと!」

 

「分かっていると思うけど、”通学路では?”」

 

「”歩かない”でしょ、分かってます。それじゃ行ってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 一年生の時からの決まり事。小学校に入って今まで通りの練習時間が取れなくなったから、少しでも多く練習ができるようにと、ボクの移動手段は”走り”だけに限定された。

 クラスの友達は自転車に乗って移動するのを見るけど、ボクは自転車には乗れないし、走ったほうが自分のためにもなるから別に問題もない。

 持っていっても仕方がない水着は袋からも出さずにタンスにしまったまま、ランドセルを背負ってボクは玄関を飛び出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 こんなわけで、担任の先生に "痛くもないお腹が痛いです報告" をした後、今保健室で休んでいる。

ボク以外に他の患者さんはいなく、保健室の先生もボクをベッドに寝かしつけた後、ちょっと用があると言って出て行ってから、もうかれこれ10分以上帰ってこない。たった一人の空間に今僕はいる。

 もう一度保健室の中に誰もいないことを確認してから、上履きを脱いでベッドの上に寝転んだ。

 

 耳をすませば、外から楽しそうなみんなの声が聞こえてくる。その場所に自分がいないことに多少の寂しさを感じた。

 それを少しでも紛らわそうと、自分の足を体の方に引き寄せて、靴下を脱ぐ。

 

 見慣れた黒ずんだ足が顔を出した。焼け焦げた魚のしっぽみたいな色をしている。最近では足裏だけでなく、足の甲やくるぶし付近もお仕置きの対象区域になった。

 裸足でどろんこ遊びをしたような、そんな状態にボクの足はなっている。自分の体のことだけど、どこか気持ち悪く感じてしまう。

 でも、おかあさんたちが言うように、これは僕の努力の証であり、そして努力できなかった証でもある。気持ち悪いだなんて思っちゃいけない。

 この足が黒く染まっていく度、おかあさんたちの期待を裏切っていることになる。しかも最近はタイムが上がらなくなってきて、不満げな表情をさせてしまっている。

 なんとかしないと。

 

 ……原因は分かっている。

 日が経つにつれて増してきている、若干感じる浮遊感が原因だ。

 これのせいでよく転ぶようになったし、けがもなんだか治りにくくなってきた。足の感覚が鈍くなったんだろうか。

 お仕置きの時に感じる鋭い痛みの感覚も少し鈍くなってきたから、悪いことばかりじゃないんだけど、とても走りにくい。重力が少し和らいだ状態のような感じがする。

 こんなこと、人に言っても理解されないだろうし、どうしたらいいか分からない。足のことは秘密にしろって言われているし。

 

 まあこんな傷だらけの足じゃ、プールに入っても傷口に染みて痛いだけか。

 ここは保健室。この部屋はなぜか落ち着いていて過ごしやすい。ここならなんだか傷の回復も早くなりそうな、そんな気までしてくる。

 黒くなった足を抱きしめながら、ボクはプールが終わるまでを保健室で過ごした。

 

 

 

 

 

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「あれ? 今日も水着忘れたのか? お前ホント忘れっぽいなー」

 

「うん忘れちゃった。ははは……」

 

 

 

 

 

「おっ今日は学校来たんだな」

 

「うん昨日は熱が出ちゃって……。もう大丈夫だよ」

 

「そりゃよかった。それでさ、聞いてくれよ。昨日のプールの授業でまたアイツがさ──」

 

 

 

 

 

「またお腹が痛くなったのかー? ホントは泳げないの恥ずかしいから休んでいるんじゃないのかー?」

 

「ち、違うよ! ホントにお腹が痛いんだって……」

 

「カマキリは泳げないって聞いたことがあるぞ。お前もひょろひょろだし、実はお前カマキリなんじゃないのかー?」

 

「そんなわけないよタイガ!」

 

「なははっゴメンて。んじゃそろそろ行くから、ちゃんと保健室の先生に診てもらえよ」

 

 

 

 

 

「ここのところプールの授業に一回も出てないようだけど、大丈夫か? 何か心配事があるなら先生聞くぞ?」

 

「だいじょう、ぶです先生。ちょっとお腹が痛くなりやすい、だけです……」

 

「んー、前に水に入ったときに何かあって、そのトラウマで入れないとかか?」

 

「あっまぁ、そんな、ところです……」

 

「そういうものは早いうちに克服しておいた方が良いぞー。……まあ成績には響くが、無理強いするのもよくないことだからな。先生も出ては欲しいが、無理に出ろとは言わないよ。自分が出てもいいと思えるタイミングで出席してもらえればいいからな」

 

「…………はぃ」

 

 

 

 

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「お母さんは今日、早く行かなきゃいけない日だから、戸締りよろしくねー」

 

「はーい」

 

 自分が食べ終わった食器を洗いながら返事をする。

 ドアがバタンと締まり、この家には僕しかいなくなった。

 

 今日はボクが家を出る前の時間におかあさんたちが家を出る日。

 そして……、

 

「一回くらい……だいじょうぶ、かなぁ……」

 

 今日はプールの授業がある日だ。

 自分のタンスがある場所に行き、一番上の引き出しを開ける。開けられた引き出しの一番上から、まだ未開封のボクの水着が顔を出した。

 あるはずも無い人目を気にしながら、ビニール袋を開封する。

 心臓のドキドキが止まらない。いけないことをしている事は分かっている。けど、毎週クラスのみんなから聞かされるプールの授業の話はとても楽しそうだし、自分だけついていけないのも居心地が悪い。

 だから一回だけ、一度だけでいいから入ってみたい。

 でもこれをおかあさんたちに言っても絶対に許してはもらえないと思う。

 だから今日なんだ。今日だったらバレずに参加できる日なんだ。

 

 袋の中から取り出した水着を眺める。これが水着、毎週忘れていたボクの水着。うれしさのあまりに履いてみた。未使用の水着はぴっちりと体にまとわりついて安心感を覚える。

 初めての水着に感動していると、いつの間にかボクの登校時間ギリギリになっていた。

 慌てて着替えてランドセルに詰め込み、ドアの鍵を閉めて家を飛び出す。勢い余ってか転びそうになる足をなんとか踏みとどまり、朝っぱらからの転倒を回避した。

 今日は転ぶこともなかった。そのことに幸先のよさを感じ、足取り軽やかに校門まで走っていった。

 

 

 

 

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「じゃーん! 今日は忘れなかったしお腹も痛くないよ!」

 

「おお! ようやくじゃん!」

 

 一番の友達のタイガと男子更衣室ではしゃぎだす。

 

「よっし、ようやく全員揃ったな! これで水かけ合戦で偶数ずつにチーム分けできるぞ」

 

「ボクはタイガとは敵チームなんだよね」

 

 話しながら着替えていく。水着を履いて靴下を脱いで、後はタオルを持てば完了かな。

 

「ああ、ボコボコにしてやるぜ!」

 

「負けないよ!」

 

 気合も十分、やる気も十分。なんならクラス一あるかもしれない。

 プールの授業はそんなに残されていない。多分今回がボクにとって最初で最後のプールの授業になると思う。たっくさん楽しまなくちゃ。

 話している間に着替え終わったから、大きなタオルを片手に更衣室を出ようとする。と、タイガから声がかかった。

 

「おいまだ靴下履いたまんまだぞー」

 

 笑いながら後ろから肩を叩かれる。

 けれど、そんなはずはない。

 靴下はさっきちゃんと脱いだ。

 足元を見てもちゃんと脱いでいる。

 

「ちょ、嘘はやめてよ。びっくりしたじゃん」

 

 笑いながらそう返すも、タイガは逆にびっくりした表情を浮かべた。

 

「いや、だって黒い靴下履いて、ん……じ……………………ぁ」

 

「──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからのことは、あまり良く覚えていない。

 ただ覚えているのは、更衣室にいた男子全員がボクを見て悲鳴を上げて逃げ出したこと。

 先生が大慌てで僕のもとに来て、何かをたくさん聞いてきたこと。

 そのときボクの心臓が異常なくらいドキドキしていたこと。

 

 それから数日経って、おかあさんとおとうさんが逮捕されたこと。

 

 

 そして……

 

「…………キモっ」

 

 あの日、更衣室で一番僕のそばにいたタイガにそう言われたこと。

 その時のタイガの言葉は冷たくって鋭くって、いつも味わっているお仕置きのガビョウなんかよりも辛く、ボクの心に突き刺さった。




平和な学校生活は終わりました。
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