穴の開いたこの身では、愛はただ零れていく   作:ブラウン・ブラウン

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いつも読んでいただきありがとうございました。


最終話【そして愛は世界となる】

 

──パリッ。

 

 朝、カサブタが裂ける音とともに目が覚める。ソーセージが食べるときのように簡単になるその音は、5年間ほど連れ添っているボクの目覚まし時計だ。

 細く、けれど深々と割れたソレからは、しかしながら血は流れて来ない。肌に乾いた谷が出来上がるだけだ。

 前は血がにじみ出てきていたけど、体もいちいち出すのに嫌気が差したのか、肌が黒色に近づいていくにつれて出て来なくなった。体から染み出る液体が服にべったりくっついて剥がすときに痛かったから、出て来なくなって良かったと思う。

 

 けれど裂ける痛みはあるわけで、さらに裂けないように傷口を押さえながら起き上がる。

 片手に杖を持って立ち上がり、タンスの中から靴下を取り出して近くの椅子に座る。 ”靴下” と呼ばれるボクの足に本物の靴下を履かせていく。

 履くときにカサブタが靴下に引っかかってさらに剝がれそうになるのもよくあることだ。

 それからズボンを履いて上を着て、と着替えを済ませていく。

 

 ドアを開けてリビングに行けば、おばあちゃんが朝ごはんの用意をしてくれていた。

 

「おはよう走一くん。よく眠れたかい?」

 

「うん! おばあちゃんおはよう」

 

「もう少し待っててね。今ごはんよそってくるから」

 

「はーい」

 

 おばあちゃんの隣を横切って洗面所へと向かう。最初は冷たい水も、少し経てばすぐに温かい水へと変化して、それを顔にかけるかたちで顔を洗っていく。

 これをすれば、顔についていた眠気もきれいさっぱり落とせるってわけだ。

 

「明日はちゃんと1時間早くご飯炊いておくからねー」

 

「! うん! 楽しみにしている!」

 

 そうだそうだそうだった。

 今のおばあちゃんの言葉で、完全に頭が覚醒する。

 そうだ、明日にはアレに会える。

 世界に、リニアモーターカーに会える!

 これでやっと……愛が知れる。

 

「痛ッ……」

 

 興奮したせいで足がズキンと痛む。経験から考えるに、さっきの傷口がさらに開けたんだろう。継続的な痛みが足裏にもたらされる。

 足を持ち上げて確認してみれば、久しぶりに見た血液が靴下越しにそこから出ているのが確認できた。かなり盛大にやっちゃったみたい。

 

 ボクの足には、おかあさんとおとうさんの愛情が詰まっている。だって一番2人に愛されたのが足だから。

 「愛を浴びて心は成長する」

 そんな言葉をおばあちゃんと生活をすることになってからテレビで聞いた。

 ということは、ボクの心は”足”にあることになる。なるほど確かにボクもそう思う。成長できているかは自信がないけど……。

 鮮血色の赤い愛。たくさんもらって、時にはもらい過ぎて足からこぼれ落ちてしまうほどたくさんもらった。

 

 けれど、今やその色は見る影もなくなっていた。

 ”赤”というよりも”黒”に近い血液が、ボクの靴下を我が物顔で侵食していた。

 

「ぅあ……なに、これ…………」

 

 世界になってほしいと言われたのに全然なれないから愛の色が変わっちゃった……?

 それとも、もらった鮮血色の赤い愛は全部こぼれちゃった……?

 愛の変化に背筋が寒くなる。

 痛いけど、愛をくれるのはおかあさんとおとうさんだけだから。おばあちゃんもボクのことを大事にしてくれているけど、何かが違う気がするんだ。

 

 明日になれば、世界に会えば変わるはず。

 

 早く会いたい。そう思いながら洗面所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 おばあちゃんと朝食をすまして学校に行けば、いつものようにタイガ達が教室の後ろ黒板の辺りで集まって話しているのが目に入った。

 

「お、おはよう……」

 

 ガラガラと教室の扉を開けて入っても、誰も挨拶を返してはくれない。それどころか顔を背けられてしまったり距離を置かれたりされてしまう。

 いつものことだ。そう思い少しの悲しさを抱えながら、教室の奥にいるタイガのところまで進んでいく。

 

「お、おはよう……タイガ」

 

「あ? 話しかけんなよ。黒いのが移んだろ」

 

「……っ、ご、ごめんね……」

 

 今日もまた嫌な顔をされてしまった。嫌われてしまってからも毎日話しかけているんだけど、毎回嫌な顔をされるし、たぶんこの後は痛いことをされると思う。

 昨日はサッカーボールを当てられたし、その前は体育の授業中にたくさん砂をかけられた。おとうさんみたいに殴ってきたり蹴ってきたりもする。

 おとうさんはボクのことを思って、愛を注ぐために殴っているんだって言ってた。なのに、タイガ達からたくさん殴られているのに、朝に見た血液は ”黒かった” 。

 

 タイガ達ではあの愛は戻せない。

 やっぱり世界に会いに行かないと。愛が戻らない。みんなと以前の関係に戻れない。

 以前おばあちゃんに見せてもらったメールを思い出す。

 

 

『チケット抽選のお知らせ

 

 この度は抽選にお申込みいただきありがとうございました。

 厳正なる抽選を行った結果、お客様はご当選されました。

 当選内容は以下の通りです。

 

[当選内容]

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■

□■■■■■■■■■■■■■■■■

□■■■■■■■■

…………………………………

…………………………………………

                            』

 

 

 最初はリニアモーターカーが発車する駅のセレモニーのチケットを取る予定だったんだけど、思った以上にお金と申し込んでいる人が多そうだったから、通過する駅の観覧席のチケットを取ることにした。

 結果はメールの通り当選。おばあちゃんが言うには、一瞬で終わってしまうからあんまり楽しめないかも、と言っていたけど、そっちのほうが世界を感じられそうだから良かった。

 

「あ……いや、タイガ……」

 

 明日世界を見ればきっと変わるから。

 

「今度の月曜日、一緒に遊ばない……?」

 

 またみんなで遊べるようになるはずだから。

 初めてのボクからの遊びの誘い。タイガもボクの初めての行動に目を見開かせて驚いているみたいだ。

 久しぶりのタイガの嫌な顔じゃない表情。良い調子だ。畳み掛けるように杖を片手にやって握手を求めてみる。

 

「………………」

 

 ……なかなか反応が返ってこない。タイガもそのまわりにいるみんなも石像みたいに動かなくなっている。

 笑顔が足りないのか? そう思いできる限りの笑みをタイガに向けてみる。

 

「…………きもっ」

 

 心が、冷えていく。

 

「遊ぶわけねえじゃん」

 

 そう言いながらタイガはボクに背を向けて、後ろ黒板に置いてある黒板消しを取って戻ってきた。

 そして差し出した手にバンッと黒板消しの軟らかい方を当ててきて、さらにボクが伸ばしている手を通り過ぎて胴体を突き飛ばされた。

 

「うわぁっ! な、なにす……ケホッケホッ!」

 

「遊ぶわけないじゃん何言ってんだよ、気持ち悪い。……はぁ、行こうぜ。あぁ、触っちまったから手洗わないとじゃん……メンド」

 

「ま、待ってよタイ……ケホッ」

 

 僕の制止の言葉も力無く、タイガ達はボクを置いて遠くへ行ってしまった。

 その背中はあたりに舞ったチョークの粉のせいか、むせて涙目になっているせいか、ぼんやりとしか見えなかった。

 

 明日。明日になれば世界がボクの世界に新たな風を送り込んでくれるはず。

 明日になれば、ボクは世界のことがわかってタイガ達とも仲直りできるはず。

 

 タイミングは一瞬しかないらしい。

 その一瞬でボクは、ボクの世界を変えられるくらいの世界を感じないといけない。

 

 思考の途中で、朝のチャイムが鳴った。

 今日ばかりは授業よりも感じられる方法について頭を働かせよう。授業よりも世界の方が、愛の方が大事に決まっているんだから。

 愛を感じなければ、世界は静止したままなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

【リニアモーターカー実装当日】

 

 

 たくさんの人が、ボクの人生で見たこともないほどの数の人が、リニアモーターカーが通過する駅に詰めかけていた。これみんなチケットに当たって世界を見に来た人たちか……!

 

「おばあちゃんからはぐれないようにね」

 

「うん分かってる」

 

 ちょっと恥ずかしいなんて言ってられない。今日のボクの目的達成のために、はぐれないように手を繋ぐ。おばあちゃんの大人の手はボクの小さな手を丸ごと包んで、はぐれないようにしっかり握ってくれた。

 

 駅の人にチケットを見せて、案内された通りに進んでいく。

 来るのが少し遅かったのか、ホームの前の方にはすでにたくさんの人がリニアモーターカーが来るのを今か今かと待ち構えていた。

 

「あら、こんなに人がいるの? これじゃちょっと1番前からは見えないわねぇ」

 

 おばあちゃんが困った表情を浮かべているけど、ボクも困った。これじゃ考えていたことが全然実行できない。人混みをかき分けて進んでみようとするも、おばあちゃんでは大人たちの密度に弾かれてしまった。

 

「どうしましょうね……隙間からは一応見えるけど、それでも大丈夫?」

 

「……。あ、うん! 大丈夫だよ。見えないんだったらヤだけど、ここからでも見えるし」

 

「そう? ごめんねぇ」

 

「平気平気!」

 

 後でおばあちゃんと離れて行動するから問題ないからね。

 

 昨日一日中考えて、ボクが目一杯世界を感じられる方法を思いついた。

 "目"だけじゃない。目だけじゃ足りない。"体全体"で世界を感じればいいんだ。

 そのためにはどうすればいいか。そんなの簡単、"リニアモーターカーに向かって飛び込んでみればいいんだ"。

 きっと世界一速いんだったら、ボクがジャンプして地面に降り立つよりも早くボクの体を世界最速まで持っていってくれるだろう。

 世界の世界を感じるにはこれが1番いい方法だ。

 

 愛を取り戻さないと。

 そう思いながらしばらく待っていると、ようやくホームにアナウンスが流れてきた。

 

『まもなく当駅をリニアモーターカーが通過します』

 

 そのアナウンスに、ようやく来たかと周囲から歓声が上がる。

 よし、時間だ。そろそろおばあちゃんと別れないと。

 

「やっと来るって。ね、走一くん」

 

「あのね、おばあちゃん」

 

「ん? どうしたんだい?」

 

「来るってわかったら緊張してトイレ行きたくなっちゃった」

 

「我慢は……できそうにないねぇ」

 

 少し大袈裟に足をバタつかせて漏れちゃうアピールを試みる。

 トイレ作戦実行だ。

 

「もう漏れちゃうからボク、トイレ行ってくるね!」

 

「場所はわかるかい? おばあちゃんもついて……」

 

「大丈夫! 行ってきまーす!」

 

 かなり強引だったかもだけど、これでおばあちゃんからの手繋ぎも解除できた。

 もちろんこのままトイレに行くわけもなく、しばらくトイレがある方向に進んでからホームへ方向転換する。

 小学生の体は、大人たちの足の間をなんとかすり抜けられる大きさで、それでいて弾き飛ばそうとするには可哀想と思ってもらえる大きさだと思う。人混みの中を今度はするりするりと抜けていって、世界が来る前にどうにか最前列まで来ることができた。

 

 同時にさらに大きな歓声が沸き起こる。

 釣られて顔を左に向ければ、遠くの方からリニアモーターカーの顔が接近しているのが見えた。

 

「来た!」

 

 ボクを変えてくれる世界が!

 おかあさんに言われてきた世界が、おとうさんに言われてきた世界が、目の前にやってきた。

 想像していたよりも何十倍も速い! これを感じられればボクは絶対に……絶対に、"幸せ"になれる。

 

 みんなリニアモーターカーに目を取られて、小さいボクのことを見ている人は誰もいない。

 あたりを探せば、撮影用に持ってきた脚立に乗って写真を撮ろうとしている人が目に入った。

 

 あれにしよう。

 時間もない。本当にごめんなさいだけど、脚立に乗っている人を突き飛ばして脚立を貸してもらい、そこからジャンプしてホームドアを飛び越える。

 

 けれどその時に踏ん張ったせいで、昨日のカサブタが再度開かれる。足が真っ二つになったのかと思うほどの激痛に顔が歪むけど、これを乗り越えればまたタイガたちと遊べるようになる。そう思うと力が湧いてきて、痛みを乗り越え飛び越えることができた。

 

 後ろからは突き飛ばした人の鈍い音が聞こえてきて、申し訳ない気持ちが高まる。

 けれど謝罪は後。まずは君だ、世界。

 

 

 「死にそうなくらい危険な目に遭ったときは、世界がゆっくり動いているように見える」。

 これも聞いた言葉だけど、これはちょっと違かった。

 世界がゆっくりに感じるのではなく、ボクの動きがゆっくりに感じられた。まるでボクの時間だけが止まったかのように、宙に縫い付けられているかのように思えた。

 

 そして、そんな世界に世界はありえない速度で突っ込んできてくれた。

 『世界を獲りなさい』『愛してほしい』『もっと速くなりなさい』『愛されたい』『気持ち悪い』『痛い』『愛している』『もっと速く』『世界が』『速く』『世界』『世界』『世界』『速く』『世界』『世界』『世界』『速く』………………『愛してほしい』。

 

 これでボクは世界になった。世界一速くなった。

 これでおかあさんにもおとうさんにも愛してもらえる。ボクを見てもらえる。

 クラスのみんなもすごいって言ってもらえる。

 タイガもまた遊ぼうって言ってくれる。

 

 体に触れる金属でできた世界が、ひんやりとしていて気持ちいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思ったのは一瞬にも満たない瞬きで、次に気がついた時には、ボクは空高くに打ち上げられていた。

 

「……がぁ………ぇ……?」

 

 逆さまになった視界には、ホームにいる大勢の人が目に入った。この中からおばあちゃんを探すのは大変だなぁ、なんて状況に似合わないことを思ってしまった。

 

 次に感覚として伝わってきたのは、寒さ。

 心臓の温かみが無いのだ。見れば胸も手も顔からかなり離れたところで回転しながら宙を舞っていた。

 

 血が、愛が零れていく。

 穴も穴、大穴が開いたこの身から愛がこぼれ落ちていく。

 

 あぁ、寒い。

 愛が零れていくのは、なんて寒いんだろう。

 

 ……でも大丈夫。

 だってボクは世界になったんだから。零れてしまってもまたおかあさんとおとうさんが愛を注いでくれるから。だから大丈夫。

 

 血溜まりの中で、そう思った。

 

 

 

 

 

──その日、ボクは世界で1番速い人間になれた。

 8年間の人生の中で見つけた夢を、叶えることができたんだ。

 




お風呂の湯船に足を入れた時に 熱っ! となった出来事から、この熱さが痛みだったらどうだろう? と連想して生まれた本作品は、これにて完結です。
 
素人初心者感MAXな本作を読んでいただきありがとうございました。
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