朝日が昇り始め、次第に明るくなりつつある夜空。朝を迎えようとしている緋月島に警報が鳴り響いた。止むことのないそれは第一級警報を意味していた。
「現在の状況はどうなってる?」
警備部部長室で
「こちら機密情報保護室。保護室内の警備員全員が記憶を抜かれており、事件が起こる前後の記憶を全て忘れてしまっています。さらに、VAの情報を抜き取った形跡があり、機密情報が盗まれたと思われます」
「そう。遂にやられちゃったか」
盗まれたという報告を受けた虎徹はあらかじめこういう事態になる事が分かっていたかのような口調で言った。
「機密情報を盗った。次は施設? それとも研究機材? さぁ、次はどう動くのかな?」
虎徹が誰もいない部屋で通信の切れたモニターとにらめっこしながら笑みを浮かべた。作戦が上手くいったかのような表情で。
●
「おーい、起きろぉ」
…ん…誰だ。俺の眠りの邪魔をするのは。そう思いながらまだ眠りたいという重たいまぶたを上げる。目の前に紅葉の顔があった。
「うわっ」
飛び起きる俺。そうとう焦った。そりゃ目を開けていきなり人の顔が眼前にあったら誰だろうと焦るよな。それに俺一人で部屋に住んでるし相方いないもん。
「お前、何でここにいる」
ここは男子寮。女子などいるはずがないのだ。てことは、またもやあの男が寮の中に入れやがったな。
「
目覚めが良かったのか満面の笑みで言う。その逆、俺は目覚めが悪く二度寝したかった。
紅葉が男子寮にいる理由が案の定、あの男、
「寮監の癖に仕事しろよな」
本人がいないところで文句を言ったつもりだった。
「失敬だな。ちゃんと仕事はしているさ。ただ、男子寮というものは男ばっかでむさ苦しいからな、たまには息抜きということで女の子を入れるのは当たり前だろ」
噂をすれば影が差すという
ちなみに意味は、人の噂をしていると、ちょうどそこへ噂の本人が現れることがあるということ。今まさにその本人が現れた。
いや、流石にここは男子寮だから。規則は守らないといけないんじゃないかな。
「てか、ノックするかインターホン押せよ。いきなり現れたらびっくりするだろ」
「いや、インターホンは押したのだが……応答が無かったのでね。無理やり入れてもらったよ」
「聞こえねぇよ。それより、勝手に入んなよ」
「私は押したから私には罪はない。そう。押したのに出なかった君が悪い」
「ああ言えばこう言う。まぁ、いいや。それで、何のためにここに来たんです?」
イラつきがこもった声で理由を訊く。
「ある理由があってね」
そう言ってメガネを中指で上げる。仕草はインテリ系男子っぽい。
「今朝方、VAに関する情報が盗まれたと報告があってね。まぁ、それだけなら君の部屋には来てないんだが、俺がここに来て、
「霙が消えた!?」
俺の中で衝撃が走った。そして脳裏に夢で見た霙の姿が浮かんだ。その犯人は霙じゃないか。いや、霙はただ何処かに行っているだけだ。犯人は別の誰かだ。など、様々な憶測が頭をよぎった。
「その様子じゃ、何も知らないみたいだね。お邪魔したよ」
「要は!?」
去ろうとする鳳先生を呼び止めるように名前を言った。狭霧要は深石霙と同室だ。ゆえに要が霙の行方を知っているかもしれない。
「要が同室のはずですが。要はどうしたんですか」
「狭霧要は集中治療室にて治療中だ。詳しくはわからんが、事件が発覚した後、彼女たちの部屋に突入した。その際に腹部から出血していたのを発見し、すぐに治療室へと搬送した。我々は狭霧要負傷の件も含めて深石霙を現時点での重要参考人として捜索している。…邪魔したな」
「霙が犯人な訳ないよね」
鳳先生が部屋から立ち去った後、紅葉は不安そうな顔で俺を見た。目にはうっすら涙も浮かんでいた。
紅葉と霙、要は最初に打ち解けて以来、毎日、教室で喋ったり、ご飯を食べたり、時には一緒にイタズラして怒られたりして毎日を過ごしていた仲だ。
そんな紅葉が不安になるのも無理はない。ましてや、要も負傷していたため事件の犯人が霙だと一ミリも思いたくないだろう。
「あぁ、霙は犯人じゃない。俺が真犯人を捕まえてやる。それまで待ってろ!」
「うんっ!」
俺からの励ましの言葉を聞くと紅葉は頷き涙を拭いた。
真犯人を探す前にまずはある人と会わなければならなかった。
お探しの人物は学内の生徒控え室でPCとにらめっこをしていた。
「お疲れ様です。虎徹先輩」
そう言ってその人物、虎徹先輩の隣に座る。
「やぁ、仕掛けは万全だよ。これで彼女の足取りを掴めるはずだ」
そう言うと携帯、スマートフォンに似た追跡装置をくれた。これで真犯人を、霙を操っている黒幕を見つけることが出来るらしい。
その携帯型の追跡装置を作動させた。付いた画面には赤い光が点滅していた。
「その赤く光っているのが彼女の居場所だよ」
赤く点滅する光。ここに霙がいるんだ。さらに真実もある。
「今行くのは危険だ。だから決行は夜、真夜中だ。彼女も夜の闇に乗じて行動を開始するはずだよ」
「なら、先攻はこちらから取りましょう。では、夜にまた会いま」
「残念だけど、僕は警備部の書類を片付けなければならない。行きたくても行けないんだよ。はぁ、これがトップの嫌なところだよね」
言葉を遮った虎徹先輩が申し訳なさそうに言った。
「じゃあ、俺一人で行くんですか?」
少し不安を感じた。俺一人で霙を連れて帰られるのかと。その前にまず敵と戦わなければならないだろう。果たしてその敵に勝てるのか。
「僕は行けないけど、その代わりと言っちゃなんだけど最強の助っ人を用意したよ。その助っ人は射手座のバッジを持っていてVAランク三学年一位だよ」
射手座のバッジを持つ助っ人か。最強と言われるのだから俺より強いのは確実だ。しかもVAランク一位と来た。俺なんか足元にも及ばないかもしれない。かもじゃないな、足元に及ばない強さを持っている。
「僕はここから勝てますようにって祈ってるから」
「えっ!? わかりました。じゃあ行って来ます」
俺は多少ズッコケそうになったが虎徹先輩に親指を立てて手を前に突き出した。虎徹先輩もそれに答えるように親指を立てて手を前に突き出した。
●
端末に点滅している赤い光。その赤い光が指し示す場所は緋月島の南東、VAに関する研究棟がたくさん建造されている研究エリアだった。研究エリアはたくさんの機材が揃った最先端の施設だ。基本は一般人、学生などは立ち入りが禁止されている。
VAの機密情報を奪った敵は次にVAの機材を狙うようだ。
「うわぁ、何だこの建物群は」
俺の眼前におびただしいほどの建物が建ち並んでいた。夜なだけあって建物群が気味悪く見える。さらに建物群全てがVAに関する研究棟って言うんだから驚きも二倍になった。恐怖と驚愕だ。
「さてと、霙はっと」
「ここから、結構距離あるな」
手段は徒歩しか無かった。なので、モニターのマップを見ながら慎重にがんばって歩いた。
「やっと、中心部。長かったぁ」
歩き始めて一時間、中心部まで一時間かかった。どれだけ広いんだよとツッコミたくなったが一人では虚しいと感じやめた。
モニターの赤い点滅は中心部のビル。このエリアの中枢であろうビルの最上階、つまり屋上だ。
「よしっ」
俺は恐怖を堪えながら夜のビルへと入って行った。
なぜ、建物は昼と夜の差がこうもあるのだろう。昼は人が大勢いるからか? 夜は人が一人もいないから? 電気がついてる、ついてないから? 人それぞれ恐怖するものは違えど、俺は今現在のこの恐怖のシチュエーションに耐えられなかった。
恐怖に耐えながら最上階を目指して進んで行く。恐怖に耐えながら最上階を目指した。そして、最上階にたどり着いた。結果、ただビビってただけで何も起こらなかった。もちろん、全然怖くなんてなかったさ。
最上階のドアを開けるとそこには二人組の姿があった。真夜中で光もないためか確認できる情報は人影と背丈のみで誰かは判断できない。二人が何を話しているのか聞くために耳を澄ませた。
●
「これがVAの情報が入ったUSBです」
背の低い人影がUSBを背丈の高い人影に手渡した。
「ふむ、これにVAの情報が入っているのか」
背丈の高い人影は袋の中に入っているUSBを取り出すと空にかざしてじっくり眺めた。
「これで潜入調査は終了だ。明日から組織で次の任務が来るまで待機だ」
「……」
背の低い人影はうつむいたまま返事をしない。
「どうした? 潜入していた学校に何か思い入れでもあるのか? ガイア、お前はただVAの情報を奪うために学園の生徒になったに過ぎない。ただの組織の駒だ。余計な感情など持たないことだ」
背の高い人影がガイアと呼ばれる背の低い人影に非情な言葉を投げかける。
「…はい」
そう言うとガイアは顔をうつむいたままその場を離れようとした。
「待て! 今、私たちの会話を聞いている者が他にもいる。ガイア、お前図られたな。このUSBから微弱な電波が発生している。これで後をつけられたな」
そう言いながら俺が耳を澄ませていた屋上の入口に顔を向ける。
「ちっ」
こうなったら戦闘は避けられない。先手必勝だ。
「火炎玉」
入口から屋上に転がりながら入り、入ったと同時に背の高い人影に向かって火炎玉を投げつける。
「ふん、威勢のいい虫が入り込んでいたらしいな」
背の高い人影は火炎玉に恐怖することなく、しかも避けることなく入口に向かって歩き出した。真っ暗な闇に隠れていた屋上が月の光によって照らされていく。照らされた人影は高いほうが男、低いほうが女、それは俺の知っている人物。深石霙だった。
火炎玉は男に向かって次々と発射されていく。しかし、男にあたる数メートル前で火炎玉が破裂する。
「何であいつ、火炎玉が当たらないんだよ」
攻撃の手を止めることなく、相手の能力がなんなのか考察する。どの火炎玉も男に当たる前に半分に切断されて爆破していた。
(やつの能力は斬撃!?)
「さぁ、こんな火の玉じゃ俺は殺せねぇぜ――
何発も放った火炎玉を一瞬で切り刻み爆破させた。
(やばい)
「
次の瞬間、周りのモノが全て切られた。ドアや転落防止の鉄柵、ガラス窓や壁。男の手の位置にあるもの全てが切られた。これが斬撃の能力だった。
「そんな馬鹿な」
奴が放った斬撃は俺の胸までも切り裂いていた。黒炎の絶対防御も奴の放った斬撃で切られていた。切られた傷口からは真っ赤な血液が滝のように溢れている。
「何だ? そんなところにいたのか。危うく、みじん切りにするところだった。最初の一太刀で良かったな」
男がジリジリと近づいてくる。一方、俺は切られた時の痛みで動けず、意識も
「くっ」
動けない俺は何もすることが出来ない。ただ、斬撃が飛んでくるのを見ているしかない。絶体絶命だった。
「さよならだ。火の玉ボーイ。短い間だったがオサラバだ」
手の平を中心に空気の輪が回り始める。そして段々と輪は大きくなっていく。
「くそっ、これまでか」
ヒュン。
突如、ムチみたいな音が空を切り裂く。そして何かが地面をえぐった。
「何者だ!」
男が屋上入口の上を見上げる。男の視線を辿って俺も屋上入口上を見る。何かがいた。その何かはヒーローのように屋上入口上から飛ぶと五回転くらい回転し屋上の床に着地した。
「さぁ~て、火の玉ボーイの代わりに私で我慢してね」
その姿が月の明りに照らされ露わになる。正体は、集中治療室にて治療中のいるはずのない
「な、何でお前がっ。くっ」
「は~い
人差し指でしゃべるなと口に触れられる。重傷を負っていたはずだがここにいる。なぜなんだ。
「おい、要。お前…何でここに…いるんだ」
「病院…抜け出しちゃったハハッ」
振り返ってテヘッと笑う。それヤバくないか。重傷を負った人物が勝手に部屋から抜け出したとなりゃあ今頃病院はパニックになっているだろう。いつどこで傷口が開くとも分からない危険な状態だ。病院内の関係者が今頃必死に動向を追っているはず。
「さてと、霙。あんたが私にしたことは許したげる。でも、私以外の仲間に手を出したのは許せない」
そう言ってマフラーを首からほどく。そして先を持つとだらりともう片方の先をぶら下げた。マフラーを使って何をしようというのだろう。
「その前に俺を忘れてもらっては困る」
男が要の前に立ちはだかる。男は両手に
「忘れてないよ~。霙とやり合う前の前座だもん」
要はそれに動じることなくニンマリと笑う。
「こいつっ」
男が眉をぴくりと動かす。と同時に両の手の
「へぇ~、斬撃って珍しい能力ね。でも私の前では無力よ」
二つの飛んでくる斬撃。要は顔色を変えることなく手に持っているマフラーをムチのように使って屋上に設置されている避雷針用のポールに巻き付かせる。そこで常人ならばあることに気づき驚く。そのある事とは避雷針用のポールから要のいる距離まではマフラーが届くことのない距離だったのだ。
「なに!? マフラーが鎖鎌のような動きをするだと」
男も原理がわからないためか驚愕している。今頃なぜなのかといろいろな原理を考察しているところだろう。
「あぁ、葵に見せるのは初めてだもんね。これが私のVA。
驚く俺の前でマフラーを伸ばす。他にも手を伸ばしたり顔を伸ばしたり、伸縮の能力のアピールをする。
「わかったから、もう止めてくれないか」
俺の前で手足顔を伸ばす要の姿が耐えられなかった。
「ははは、ごっめ~ん。じゃあ
「
男はさらに斬撃の数を増やし
要はマフラーを使いターザンのように斬撃を一つずつ確実にかわしていく。かわしたと同時にマフラーを伸縮の
「おらおらおらぁ」
男が休むことなく斬撃を放出させる。要もマフラーを使いかわしつづけているが双方とも息を切らせていた。
「へへっ、そんな単調な攻撃では私は倒せなっ、がはっ」
突如として要が吐血する。そして腹部を抑えている。おそらく傷口が開いたのだろう。相当ムチャをしていたに違いない。ただ、親友の霙を救いたい一心で行動したに違いない。
「何だ何だぁ。急にくたばりやがって」
そう言うとうずくまっている要の元へと歩み寄り腹部の傷を蹴り上げる。
「ぐぁ~」
悲鳴をあげながら要は壁に激突する。そしてそのまま気を失い倒れ込む。
「要ぇ、要ぇ。くそっ、てめぇ」
「動くことのできないおまえに何ができるんだぁ。おい」
悔しいが男の言うとおりだ。俺は腹部を損傷して身動きすらできない。
「おいガイア。こいつに止めをさせ。不問にしてやる」
ガイアはコクと頷くとナイフを握り何の感情もないかのようにスラスラと歩いてくる。
「葵くん。これでさよならですね。あなたたちと一緒に過ごした時間忘れません」
非情な顔つきで俺に言ってきた。その顔は俺が夢で見た霙にそっくりだった。
「待ってくれ、霙、君が過ごした時間はそんな簡単に切ってもいいものじゃない。それに
紅葉、要の話を出した途端、霙が考える素振りをした。これならいける。このまま説得を続ければ…。
「なぁ、霙。もう少し考えてみろ。お前は組織の操り人形じゃないだろ。お前にはお前の生き方があるし、それに仲間がたくさんいるだろっ!」
「何をしているガイア早くやれっ」
男が激怒した声で言う。
「私は、私は」
「ええい、ならばこの俺がこいつに止めを刺す。
痺れを切らせた黒幕が身動きできない俺に止めを刺さんと斬撃を発動させる。
その斬撃の射程範囲に俺の体が入った。くそっ。こんなとこじゃ終われないのに。
「
一発の銃声が屋上で響いた。
「がふっ」
銃弾は味方であるはずの男の心臓を貫いていた。心臓を貫かれた男は立っているのもやっとな状態となっていた。
「ガイア、お前どういうつもりだ。我々に反抗するのか。組織を裏切るのか。お前の母親を生き返らせられなくなるのだぞぉおおおおおお」
男が激昂する。心臓付近からは鮮血がほとばしっている。
「私はあなたたち組織の操り人形じゃない。私は私だ。私はここに来ていろんなことを学んだ。友達も出来た。もううんざりだ。情報を奪っているときにお母さんの幻覚を見た。お母さんは「こんなことをしてはいけない。自分の感情に偽りなく生きなさい」と言ってくれた。だから私は自分の感情を、思いを信じていくっ」
そう言って俺の顔を見て笑みを浮かべる。
「私の思い出は私のものだ。お前たちなんかにやるものか」
そう言ってもう一発、弾丸を男に喰らわせる。
「く…ったれ、か…おうが…おま…を」
男は死に際にそう言い残し絶命した。
「…霙」
霙は銃をホルスターに納めると傷を負った俺の元に駆けつけた。
「ごめんなさい。私のせいね。もっと早く奴らに反抗していれば葵を傷つけなくてすんだのに。…要にも手を出してしまった……」
応急手当てをしながら霙が謝ってきた。うっすらと涙を浮かべて。
「謝んな。俺は最初から霙を信じてたぞ。それと今がほんとの霙だなっ」
痛みでうまく笑えなかったが、今できる最高の笑顔を見せたはずだ。
「うん、あり…が…とう」
霙は俺の胸の中で大粒の涙をこぼした。
「さぁ、一緒に帰ろう。紅葉、要が霙の帰りを待っている」
「うん」
俺は霙の肩を借りて立ち上がった。立ち上がった時に見えた夜空が俺たちを祝福してくれているようだった。
「待ちなさい! あなたたちどこへ行こうと? 特にガイアあなたは何をしてるんですか」
威圧感が半端ない声で振り返ると三叉の矛を持った女性が立っていた。
「海王、ポセイドン!?」
ポセイドンという謎の女性の登場により霙はガクガクと尋常のないほど体が震えていた。
「裏切りの訳を聞かせてもらいますよ。ガイア」
ポセイドンが怒りの表情で俺たち二人を見た。