ヤンデライザのアトリエ 作:現実逃避中
リラさん……というかオーレン族に捏造あります。ご注意ください。
「……ふっ!」
強く息を吐きだしたあなたはその手に反りのある片刃の剣を手に持ち相手へと駆け出した。
駆け出すあなたに対して相手は大剣をしっかりと構えてあなたを見据えていた。あなたの相手は体格のいい赤い髪の男……幼馴染のレントである。
「せいっ!」
レントは近づいてくるあなたを振り払うように大剣を一閃。あなたはそれをバックステップで躱す。
2度、3度と同じように大剣が振るわれるが、あなたはそれを見切り、軽やかに躱していく。
一見すると、レントの剣があなたに届かないことが繰り返されているように見える。しかし、あなたの内心は穏やかではなかった。
(前よりも剣が速い……)
以前ならば、大剣を繰り出した隙に一気に懐へもぐりこむことも出来たのだが、今はその隙が見当たらない。あなたはレントが隙を作るのを、大剣を躱しながら冷汗と共に待つしかなかった。
一方の攻めるレントも優位なように見えて内心では冷や汗をかいていた。あなたの見切りが上達していたのを肌で感じたのである。一瞬でも剣の速度が弱まったら詰め寄られることを確信しており、手を緩めることなく攻め続けることしか出来なかった。
((ここは一度……!))
取った行動こそ違えど、奇しくも二人の考えは同じだった。
レントは今まで以上に大振りながらも速度を上げた剣で薙ぎ払い、あなたはその身軽さを活かし今まで以上のバックステップで距離を取った。
2人の間にまた距離が開き、お互い剣を構え直した。
仲の良い幼馴染であるあなたとレントは剣を持ったころより良きライバル関係でもあった。
力・リーチ・体重を武器とするレントに対し、速さ・技・身軽さが武器のあなた。
レントはあなたの身軽さに翻弄されてしまえば打つ手は無い。あなたはレントに抑え込まれてしまえば逃れる事は出来ない。
違うタイプの剣士である2人は、最近弟子入りしたリラ・ディザイアスの教えによって急速に成長を遂げていた。その結果、レントは剛よく柔を断つ術を会得し、あなたは柔よく剛を制す術を得た。
「……よしっ、次で決めようぜ!」
ニカッと笑ったレントは剣を最上段に構えた。そして、静かな眼であなたを見据えた。
カウンター、あなたはレントのその構えを見て狙いに気が付いた。こちらの速度に合わせて、懐に入る前に一撃を見舞うというものであった。
あなたも、ニッと笑うと剣を脇に構えた。
「ああ、わかった!」
狙うは一直線。レントが剣を振るう前に懐に入り込んで剣を突き付けてしまおうというもの。
緊張感で2人のいる空間が張り詰めていく。そこへ、さあっ、と一陣の風が吹いて2人の髪を揺らした。
次の瞬間! あなたは己の出せる最速でレントへと駆け出した。風と一体化したかのような疾風の如き速さで詰め寄り剣を振り上げる。
対するレントも烈火すら凌駕する気合いと共に、己の経験を信じて大上段から剣をあなた目掛けて振り下ろした──────
「……レント相手にお前が真正面から突っ込んでいってどうする」
野に大の字に倒れているあなたに、溜息と共に呆れた視線が降りかかった。
その視線の持ち主は、白い肌に色違いの両目、豊満な身体を持つ女性でありながら熟練の戦士の気配を漂わせる人……あなたとレントの師匠であるリラ・ディザイアスだった。
「あはは……」
「あはは、じゃない。これが戦場だったらどうするつもりだ?」
愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとしたあなたに、呆れた視線は厳しい視線へとレベルアップした。
手合わせの結果はあなたの速度は大したものであったが真正面から突っ込んだことが災いし、レントの塩飽通りにカウンターがあなたに見事にクリティカルヒット! レントの一撃をあなたは耐えられずそのままダウンし、レントの勝利となった。
これでリラに弟子入りしてからの手合わせで10戦5勝5敗となった。
「全く……レントの口車に乗らずにいれば勝てただろうに……ノヴィス、罰として後で素振りをしておけ」
「はは……でも、負けると思ってもああやって言われた以上は勝負を受けなきゃ剣士じゃないじゃないですか。……だから、次は僕が勝ちますよ。2度と同じ負け方はしない、です」
「……………………」
「リラさん?」
「……いや、なんでもない」
何故かはわからなかったが、リラが話の途中でぼんやりとしてしまっていた。
あなたが声をかけるとすぐに頭を振っていつもの雰囲気に戻ったが。しかし、先ほどの雰囲気はまるで────────
「ノヴィス、いつまで寝っ転がっているつもりだ? 早く起きろ。お前にはアンペルのやつが作ったドーナツを片付けてもらわないといけないからな。まったく、クラウディアが再現したドーナツのせいで妙な事にこだわることになってしまった……」
「はは……アンペルさん。また何か王都の味だか何だかを錬金術で再現しようとしたんですか。……あの、ところでリラさん、もう何度目になるかわかりませんが、僕の名前はノヴィスじゃないですよ」
「ふっ……お前はノヴィスだろう?」
考えを中断し、よっこいしょ、と立ち上がるあなたに、そう言ってリラはにやりと笑った。
ノヴィス、というのはリラの故郷……こことは違う異界に置いては未熟者という意味のある言葉らしい。
出会った当初からリラはあなたのことをノヴィスと呼び続けていた。あなたが自身の名前を告げても一貫して呼び続けていた。
あなたもだいぶ前に諦めてはいるのだが、たまにこうして指摘してみる。勿論、成果は無かった。もっともあなた自身もリラにそう呼ばれることに慣れてきており、最近は2つ目の名前の様に親しみすら感じてはいるのだが。それはそれとして未熟者といわれるのは、男としてちょっと恥ずかしい。
「ほら、早く言って食べてこい」
「わかりましたよ。……? あれ、リラさんはどうするんです?」
「私は少し自分の用事があってな。まあ、夜までには戻る予定だ」
リラが一人で用事があるなんて珍しいこともあるものだとあなたは思った。
例えばクーケン島に用事があってもアンペルの使いだったり、ライザやクラウディアと一緒だったりするリラが“自分の用事で一人で動く”とは。
まあ、でもそう言う事もあるかとすぐに考えを切り替えたあなたはリラに頭を下げると、リラに背を向けてアンペルの試作ドーナツで溢れかえっているであろうライザのアトリエへ向けて歩み出した。
(そう言えば、リラさんのさっきの視線。何だか、懐かしいものを見る様な……? 何だろう……?)
「お前がノヴィスでない? 全く、冗談が相変わらず下手だな……ふっ、ふふふ……」
去っていくあなたの背をリラはじっと見つめていた。その視線は獲物を絡み取ろうとする蜘蛛の様なねっとりとするものだった。普段にない、リラを知る者も驚くであろう歪んだ笑みを浮かべながら
……しばらくして、リラもまた己の目的地である“ピオニール聖塔”へと歩みだした。
私が“ノヴィス”と出会ったのはまだ私が故郷……ライザ達が言う異界にいた頃だった。
当時、クリント王国の人間のせいもあり、異界からの訪問者にオーレン族が敏感になっていた。そんな中、オーレン族を探っていたと思わしきノヴィスと遭遇した。
私はオーレン族の戦士としてノヴィスに戦いを挑み、そして────
『はっ、はっ、はっ、くっ……負けた……』
『……何故、私の言葉に乗った? 足を止めた討ち合いではなく、あのまま身軽さで翻弄されていたら私に勝機は無かった……』
『ははっ……負けると思ってもああやって言われた以上は勝負を受けなきゃ剣士じゃないじゃないですか。……だから、次はボクが勝つ。2度と同じ負け方はしませんよ』
『……はぁ、クリント王国の斥候か何かだと思ったがとんだ見当違いだったか』
私はノヴィスに勝った。だけどそれは到底納得できる勝ち方では無かった。
ノヴィスの身軽さに翻弄される中でぽろり漏らしてしまった『正面からの戦いなら負けないのに』という、今考えると戦士として情けないにもほどがある一言をノヴィスが聞き、足を止めて打ち合う戦い方へと変えたからだ。ノヴィスの剣は私よりも早く、精霊を宿した私の爪はノヴィスよりも強く、技量は五分五分。得意の戦い方を辞めて私に合わせてしまえばどうなるか、この男も分かっていたはずなのに、それでも無邪気に笑って私に合わせたこの男。
今は私に負け、大の字に寝っ転がりながらも笑う未熟者という意味のある名を持つ(あとで教えた時はちょっとショックを受けていた)この男に私は奇妙な感覚を覚えていた。
その後話を聞いたところ、案の定ノヴィスはクリント王国とは関係のない旅人で不運にも異界の門にたまたま足を踏み入れて転移してしまったらしい。仕方なく私はノヴィスを集落へと連れて帰った。集落の人間も警戒をしていたが、ノヴィスの人柄に触れると警戒を解いた。帰り方がわからないノヴィスを滞在させるにあたり、ノヴィスの住処は拾った者が責任を持つ、という事でノヴィスは私と同棲する事になった。
お人好しのノヴィスはオーレン族の現状を聞き、少しだけでも手伝うと言い始めた。必要ないとこちらが言えば、じゃあ食事と寝床の恩返しでもと言い、最終的にはあいつの厚意に押し切られてしまった。
戦いだけでなく、あちこちの手伝いに集落を駆け巡るあいつはすぐに受け入れられ、人気者になった。あっちに引っ張られ、こっちに引っ張られ……別の集落にも手伝いに行くことがあった。ちなみにその際にオーレン族の年齢や平均寿命を聞いたそうで、帰ってきてから女性に年齢の話を振ったものだから、つい蹴とばしてしまった。
『リラさん、ご飯が出来ましたよ』
『リラさん、家の中を掃除しておきました』
『リラさん、ただいま。お手伝いで別の集落へ行った時に武器の素材を分けてもらいました。自分の剣には仕えそうにないのでリラさんが使ってください……そういえばそこであった霊祈氏族の女性から聞いたんですけど、オーレン族の人の実年齢って……痛っ! す、すみません、女性に失礼でしたよね!』
『どうしましたリラさん? ……どこへ行ってたのかって? ええと、あそこの彼女の畑の手伝いをしてました。彼女のご厚意でお花を頂いちゃいましたので飾りますね。……痛っ! な、なんでつねったんです……?』
……いつしか、あいつとの共同生活を楽しんでいる私がいた。ノヴィスと出会えたことだけはクリント王国の連中に感謝してもいいぐらいに。まあ、そのクリント王国のせいでオーレン族にとっては悪い時世ではあるのだが。ただ、あいつといる間はそんなことも考えずに、オーレン族でも白牙氏族でも戦士としてでもない、ただのリラ・ディザイアスとしていられた。戦士でない自分と言うのがが心地よくて、堪らなくて、自分でもどうしようもできなかった。
あいつと一緒に食べた食事は以前よりもおいしかった。あいつの寝顔をこっそりと覗くのが好きだった。あいつの頬を緩めた笑みを見ていると自分もつられて笑ってしまいそうだった。手合わせで私の爪があいつの肌を
無論、この時世にこんな生活が長く続くはずは無かった。
それからしばらくすると、クリント王国のせいでオーレン族より水が失われ、水を嫌っているフィルフサが大群で押し寄せてきた。
私も、ノヴィスも、その他も、皆でフィルフサに抗った。しかし、フィルフサの圧倒的な数とあの姿に見合わぬ統率能力で、次々と追い詰められていった。一人、また一人と戦士たちは無念を残しながら倒れていく。次第に戦士ならぬものまで傷つき倒れていったある時、他氏族の集落から救援の合図が空へと上がった。いかな勇猛無比な白牙氏族の戦士達でも自分の集落を護るので精一杯の現状、救援を見て見ぬ振りしようと暗い空気が流れたその時、ノヴィスが己が他集落の救援へと向かうと言い出した。
己の愛剣を持ち、急いで集落から出ようとするノヴィスを私は引き留めた。
『待て、ノヴィス! ここで助けに向かうという事がどういうことかわかっているのか!』
『はは……リラさんたちには迷惑を掛けるね。でも、見ちゃった以上は見過ごせないし、よそ者のボクのわがままだから……こっちも大変なのはわかっているけど……』
『そうじゃない! ……向こうの氏族もオーレン族全体の状況が……どこも救援を出すのが難しいのがわかっているはずだ。それでも、救援を求めたという事は向こうの集落は本当に滅びる寸前という可能性が……フィルフサの大群が待ち構えている可能性が非常に高い。そんなところに行けば、いくらお前でも……!』
『はは……そうかもね……うん、リラさん、約束しない?』
『……何だ、約束?』
『ボク達はまた会うって約束。ここかもしれないし、ボクのいた世界の方かもしれないし、何年かかるかわからないけど、また会おうって約束。……ダメ、かな?』
『……ふっ、全くお前らしいな。いいだろう、約束しよう……必ず、また、会おう……』
お互いの小指を絡め合って約束する。ノヴィスの世界の作法らしい。ノヴィスに触れる感覚がこそばゆく、小指から伝わる確かな熱が暖かい。私たちは苦笑し合い、そこで別れた。ノヴィスは救援へと駆け出し────────帰ってくることは無かった。私たちが暮らしていた家もフィルフサに押しつぶされてしまい、ノヴィスがいたことを示すのは私の思い出だけとなってしまった。
あれから、私はフィルフサを倒しながら、ノヴィスの生まれた方の世界で出会った錬金術師・アンペルと共に異界の門を封印しつつ世界を巡った。
しかし……異界の門の封印は確かに重要であったが、私はそれ以上にノヴィスを探していた。ノヴィスと再会の約束をしていた。ノヴィスは誤魔化すことはあっても(しかも誤魔化すのが下手なのですぐにわかる)嘘をつくようなやつではない。ということは必然ノヴィスもまた約束通りに再会するために私を探しているはずだ。
ノヴィスも私と同じようにこちらの世界へ何らかの拍子で来ているかもしれない。寿命が短い? 時間を越えてくるか、もしかしたら寿命を克服しているかもしれない、とアンペルにノヴィスの事を気恥ずかしくて隠しながらもずっと探していた。ノヴィスに会えない苛立ちをフィルフサや魔物へと静かにぶつけながら、幾日も幾日も…………
それから何度目かのある日……私は、漸く、ノヴィスと再会することが出来た。
『リラさん、僕を鍛えてください!お願いします!』
クーケン島と言うなんてことのない島で、商人のお嬢さんがいなくなったと聞いて探していた時に、唐突にノヴィスと再会した。
同じ顔、同じ雰囲気、同じ武器……あの程度の魔物にてこずってはいたものの、私との記憶が無かったものの、“あいつ”は間違いなくノヴィスだった。昔、輪廻転生と言う概念を耳にしたことがある。ノヴィスは生まれ変わって私との約束を果たそうとしていたのだ。その健気さに、私へ会うために生まれ変わりまでしてくれたことに、胸を打たれた。心も体もこれ以上ないぐらいに昂った。蕩けてしまいそうな程の熱を持った気分だった。
しかし、気になることもあった。ノヴィスはノヴィスじゃない名前を何度も名乗っている。私にもその名前で呼ぶように何度も話をしてくる……なんだその名前は?ノヴィスはノヴィスだろう。まったく、そんな所まで
………………………………ライザ?ノヴィスの優しさに付け込む毒婦だろう、あれは。アンペルが才能を評価しているから仕方なく利用してやっているが、そうでなければノヴィスを我が物顔で道具の様に振り回すだけのあれを許しはしない。ノヴィスもノヴィスだ!毒婦に付きまとわれるのが嫌ならば拒絶すれば……ああ、お人好しのノヴィスにそれが出来ていれば苦労はしないか、全く……
「やれやれ……おっと、これだな」
私は今、ピオニール聖塔で探し物をしていた。
以前、ノヴィス達とここへ来て探し物の為に本を調べていた時に、偶然読んだこの塔に隠されている錬金アイテムの目録。その時はそれ以上の事は出来なかったが、必要になると思いその隠し場所や効果を記憶していた。
塔の一室に隠されていた箱を掘り起こす。忌々しき古代の錬金術師たちの遺産、その目録に書かれていた錬金アイテムの一つ『永遠の隷輪』。これは親の指輪と子の指輪のセットになっており、親の指輪をはめた者に、子の指輪をはめた者は心から従うようにされてしまうというものだ。
ノヴィスは元々私のものだから心が云々はいいとして……あの苦労人体質は私がどうにかしてやらねばな。全く、手のかかる奴だ。
「ふ、ふふふ……くふふ……待っていろ、ノヴィス。今回の件が済んだら、またあの時の様に一緒に暮らそう。なに、記憶が無いくらい許してやるさ……ああ、そうだ。ノヴィスが誰のモノかわからせるためにまた肌に私の爪を入れてやらないといけないな……ああ、楽しみだ……くっ、くくく……はははっ……!」
豊満な胸を誇るかのように身体を反らしてリラは笑う。従わぬものを見下す傲慢なる女帝の様に、恋い焦がれて頬を紅潮させた乙女の様に。
ノヴィスとのこれからの事だけを夢見て。
お読みいただきありがとうございました。
皆さま良いお年を。