授業が終わり、部屋に戻った爛。
一輝が居るはずだが、何処にも居ない。
とはいえ、彼がやることは大体の予想がついている。学園裏にあるところで鍛練でも積んでいるだろう。
「晩飯の用意をしておかないと……っと、そうだった。買い出しに行かないと」
昨日で丁度切らした調味料があった。忘れない内に買いに行かないと必要になった時に悲惨な目にあったので、買い物に行こうと準備していると──
「戻ったよ~」
「一輝?」
「やっぱり戻ってたね」
「その袋は?」
外に出ていた一輝が、両手が塞がるほどの買い物袋を持って戻ってきた。
「買い出しに行ってたんだよ。足りないものがあるから買い出しに行かないとって、爛が言ってたでしょ? 食事は爛に任せっきりだからね。買い出しぐらいは行かないと」
「そうか。なんだ、そういうことか。少し驚いたよ」
一輝は買ってきたものを冷蔵庫に積め始めた。
「一輝、話しておきたいことがある」
「話しておきたいこと?」
少なくとも、彼は知っておかなければならない。彼の実家が関わっている可能性があるのであれば尚更だ。
「実戦授業における『ありもしない規定』、ランクが低いということが分かれば、侮辱する学生騎士。お前はそれでもこの学園に居続けるのか?」
爛が言いたいことは、一輝にも分かった。他にも騎士学校は存在するし、実力主義の学園もある。一輝に向いているのはそういう騎士学校だ。
それでも、一輝はこの学園でやっていくのかと。爛はそう聞きたいのだ。
「勿論、僕だって調べられる範囲で調べたよ。でも、僕はここでいいって決めたんだ。その道は変えないよ」
「……そうか。なら、止めはしない」
ある意味で一輝は頑固者だと思った。
──コンコン。
この部屋の扉をノックする音が聞こえた。
目で合図した爛は席から立ち上がり、玄関の扉を開ける。
「六花?」
ものすごく不機嫌そうな顔をした六花が、玄関の前に立っていた。顔を出したのが爛であることを確認すると、口を閉ざしたまま爛に抱きついた。
不機嫌なときの六花がしてくる行動は、昔と変わらないようだ。
「何かあったのか?」
「……色々と言われてたよ。爛のこと」
聞きたくないことまで聞いたのだろう。微かにだが、声が震えていた。
「とにかく、中に入ってくれ」
六花を部屋の中に入れる。
「どうしたの? 穏やかには見えないね」
部屋に来たのが六花だったことには驚いていないが、彼女の顔が暗いことに違和感を感じて、首をかしげる。
「一輝……そっか、一輝は爛よりも……」
「……どうやら、俺がさっき話したことと繋がっているみたいだな」
遠回しでありながらも、あの場にいた爛は六花が何を言おうとしているのか、それがはっきりと分かった。
それは一輝も察することは容易であり……分かりきっていることだった。
「ま、俺に何かするのは構わないが、それが六花に飛び火するようであれば許さないさ」
「僕は平気だから気にしないで。六花」
「う、うん」
一輝は自分が誰よりも劣っていることを自覚しているし、その所為でどのような扱いになるかも、既に分かっている。分かっていながら、この道に進むのはそれ相応の覚悟を持っているからだ。
一輝の言葉に少しだけ安心する六花だが、彼女が浮かべる表情からは申し訳ない気持ちが伝わってくる。
「そんな顔をするな。笑顔でいてくれる方が、俺も一輝も嬉しい。
だが、何かされたらすぐに言えよ? 殺す……なんてことはしないが、模擬戦で分からせてやるから大丈夫だ」
「……爛って、六花のことになると人が変わったかのようになるよね」
「そうか?」
どうやら自覚はないそうだ。例えわざとであっても、火に油を注ぐような行為は、この二人に対してだけは止めておこうと思う一輝だった。