ポケットモンスターHEXA   作:オンドゥル大使

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第六章 五十三節「つまらない大人」

 背後から突き上げてきた衝撃に舌を噛みそうになった指揮官は前につんのめったが、肘掛けを掴む事で指揮官席から滑り落ちる醜態を晒す事は無かった。体裁を保つために声を張り上げる。

 

「何事か!」

 

 コンソールに向き合っていた団員がキーを忙しく叩きながら、「現在、情報取得中です!」と叫ぶ声を返す。その声に覆い被せるように、他の団員が声を飛ばした。

 

「指揮官。空中要塞背面より高熱源反応! これは、補助ブースターです!」

 

「補助ブースターだと? 所在は明かされていたのか?」

 

 団員は首を横に振った。開示されていた情報ならば今、狼狽する必要はない。またも明かされていない情報か、と人知れず歯噛みした指揮官はフクトクの声を聞いた。

 

「背面を覆っていた束縛が解けます! 前面に展開していた後退用噴射剤の残量ゼロ!」

 

「このままでは……」

 

 濁した声を上げたイタクラの先を、メインスクリーンへと視線を投じた指揮官が引き継いだ。

 

「カントーに、上陸してしまう」

 

 それだけは避けねばならなかった。アスカ達と誓い合った約束であり、自分達大人のけじめでもあった。だというのに、またも誰かの掌の上で踊らされている感覚に指揮官は抵抗するように腕を振り翳した。

 

「背部噴射剤の供給をカット! 前面に回せ!」

 

「駄目です。何者かがシステムを掌握しています!」

 

 メインスクリーンの端に映し出されたコンディションモニターにある空中要塞のエネルギー供給図の青い部分が次々と赤く変色し、繋がっていた部分が断線されていく。蔓延していく不安を遮る声もなく、次々と赤いランプが点灯し、制御不能の点滅を浮かび上がらせる。

 

「浮遊機関を切れば」と発しかけたイタクラの声は「駄目だ」というフクトクの声に掻き消された。

 

「浮遊機関を切れば、この速度なら空中要塞は確実に地上に落下する。それに、浮遊機関のシステムにも、もうアクセス出来ない」

 

 全システムが赤く塗り潰され、指揮官は胃の腑が重くなるのを感じた。何かが起こっている。だというのに何も出来ない。またも身の不実が大人の責任を果たせずにいる。思わず肘掛を殴りつけかけて、ぐっとそれを堪えた。今、いたずらに不安や怒りをあおるわけにはいかない。何が起こっているのか、見当もつかないのだ。

 

「カントー側からの布告、及び元チャンピオンからの通信は」

 

「一切ありません」と返った声に、では本当の敵は誰だ? と自問する。この期に及んで空中要塞のシステムを掌握し、カントーの益にもならない破壊行為を是とする者――。

 

 その時、指揮官の脳裏にキシベの姿が像を結んだ。まだ、足掻くというのか。団員達全てを巻き込んで、己が私怨のために。単なる執念、というよりももはや復讐の亡霊と言ったほうが過言ではないその在り方に指揮官は小さく呟いた。

 

「……キシベ様。あなたは、何を望んでいらっしゃるのですか」

 

 ブリッジの中で不安が渦巻き、メインスクリーン上に映し出されたカントーの平原が大きく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ワタル、聞こえてる? 空中要塞がまた前進を始めたわ。氷の手が、どうしてだかうまく作れない。ポケモン達が急に大人しくなったのよ。今のあたしじゃ、ヘキサは止められない。ワタル、あなたが』

 

「分かっていますよ」

 

 遮った声に、しかしながらどうすればいいのだという憤りもあった。周囲を見渡せば、頭を下げた自分のポケモン達が映る。空中要塞に崇めるべき何かがあるかのように。この状態で攻撃など出来るのか。したしても、有効打になりえるのか。だが、その双肩にはカントー全ての平和を預かっている。ここで退くわけにも、事態を静観するわけにもいかない。だが、先程の光が怒りを拭い去ってしまったかのように、ワタルの心中は穏やかだった。荒れ狂う風にマントがはためくが、それとは対照的な心境にワタル自身も戸惑っていた。

 

 ――光に中てられたか?

 

 冗談にもならない問いかけだった。ここで戦意を喪失して何とする。ワタルは目の前の空中要塞へと睨む眼を据えた。あれは世界の敵だ。止めねばならない。止められなければ、カントーにいる罪もない市民が犠牲になる。

 

 傷つくのは前線に立つ人間だけで充分だった。

 

 矢面に立たされた手前、責任は全うしなければならないと思う反面、自分もあのブリッジに収まっている大人達も同じなのではないかという思いが過ぎった。

 

 責任という鎖に雁字搦めにされ、進む事も戻る事も容易ではない大人の視点。

 

 いつの間にそんな風になってしまったのか。

 

 カントーを制したトレーナーとの戦いやチャンピオン戦ではまだ胸の高鳴りはあったと言うのに、いつ失くしてしまったのか。空白を埋める何かを見つけようとして、頭を振った。今はその時ではない。たとえつまらぬ大人の諍いであっても、それが世界の命運を分けるのならば、望んで歯車になる決意をせねばならない。

ワタルはこの空域にいるドラゴンタイプへと命令の声を放った。

 

「俺のドラゴンタイプ達よ。空中要塞の前進を何としても止めるんだ。破壊光線、逆鱗、流星群、どれを使っても構わない。陸地に至る前に、完膚なきまでに叩き潰せ」

 

 その声に頭を垂れていたドラゴンタイプ達の眼に再び戦闘の光が点火する。果たしてこれが正しい在り方なのか。問いかける内側からの声に、ワタルは「……仕方がないだろう。俺ももうつまらない大人なんだ」と苦い顔で返した。

 

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