ポケットモンスターHEXA   作:オンドゥル大使

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第五章 八節「二人の決意」

 サキとマコはベッドに隣り合って座っていた。

 

 呆けたように二人とも天井を見上げている。サキはもう泣きやんでいたがマコの手を放そうとはしなかった。マコは今までサキが守ってくれた分、自分もサキの背負っているものに少しでも協力できればと思っていたので何も言わなかった。それにマコのほうが本来はお姉さんなのだ。こうやって甘えてもらうのが本来の姿だとも思って、マコは微笑ましさ半分で手を握り返していた。

 

「サキちゃん」

 

 マコが天井を見つめたまま口を開く。サキも天井を見ながら返した。

 

「何だ? 馬鹿マコ」

 

「また馬鹿って言った。私馬鹿じゃないもん」

 

 マコが頬をリスのように膨らませて抗議する。サキはどうしようもない、と言ったように肩をすくめながら、

 

「そういう奴ほど馬鹿なもんなんだよ。で、何だ?」

 

「これからどうするの? また、ロケット団と戦うことになるの?」

 

 マコの言葉にサキは俯いて、静かに手を放した。マコは名残惜しそうにシーツを掴んだが、サキはリモコンを手に取り、テレビを点けた。まだロケット団復活のニュースとディルファンスの今後の対応の予想がマスコミでなされていた。サキは静かに口を開いた。

 

「多分、また大きな戦いが起きる。今度こそ、全ての決着を着けるための戦いが」

 

「じゃあ、また……」

 

 人が大勢死ぬの? と問いかけて、その言葉を呑み込んだ。今やサキもマコも当事者のひとりだ。軽はずみな発言は許されない。それにサキを不用意な言葉でサキを傷つけるのが嫌だった。だが、サキはマコの言葉を心得ているように続けた。

 

「ああ。人が大勢犠牲になる。それは避けられないだろうな」

 

 サキがマコへと向き直った。その赤い眼が少し翳っていた。

 

「マコ、お前だけなら今からでも遅くないかもしれない」

 

 マコは告げられた言葉の意味が一瞬分からなかった。サキは立ち上がって言った。

 

「ディルファンスを脱退する気は――」

 

「嫌だよ」

 

 マコはこの時ばかりは語気を強くしてサキの言葉を遮った。サキは少し面食らった様子で、マコの顔を見ていた。マコは言葉を続ける。

 

「さっき言ったでしょ。友達だから罪も分け合えるって。サキちゃんも脱退するならいいけど、私だけ逃げるのは嫌」

 

 サキは僅かに微笑んでから、マコの頭を小突いた。マコは少し涙ぐみながら言った。

 

「痛いってば。何すんの?」

 

「聞き分けのない馬鹿マコだな。お仕置きだよ」

 

 その顔に浮かんだ柔らかな笑みに、マコも笑みを返した。

 

 その時、不意に音が鳴り響いた。ジョウトで開発されたトレーナー用の通信端末、ポケギアの着信音に似たそれはベッドの脇に置かれたポケモン図鑑から聞こえていた。

 

「え? これが鳴っているの?」

 

 マコがポケモン図鑑を手に取る。サキへとそれを受け渡すと、サキはポケモン図鑑を操作してから耳に当てた。

 

「はい。お父さん?」

 

『おー。サキか。元気しているか。しばらく連絡が無かったから心配していたんだぞ』

 

 その声にマコは聞き覚えがあった。テレビで何度か耳にしたことがあったのだ。確かポケモン群生学の権威で、名前は――。

 

「心配なんていらないよ。私は元気だから。お父さんこそ、仕事で無理していない?」

 

 喉まで出かかったその名前は、目の前のサキの和やかな声で掻き消えた。今まで誰にも見せたことの無いような穏やかな顔でサキは話していた。声も歳相応の少女のものである。

 

『いや、それが大変でな。いや、愚痴を言うわけじゃないんだが、ついさっきも会議でディルファンスに接続していて、まぁお偉方に囲まれて窮屈だったよ』

 

「ディルファンスに?」

 

 サキが硬い声で聞き返した。マコも自然と緊張した。電話口のヒグチ博士はサキの声の変化を感じたのか、『どうかしたのか?』と尋ねた。

 

「……いや、大丈夫だよ。そっか。お父さん、ディルファンスのメンバーの選出に協力したんだもんね。当然か。今さ、ちょうどディルファンスの話がテレビでやっていて気になったんだよ」

 

『おお、そうか。確かにどのチャンネルもロケット団復活の話とディルファンスの話題で持ちきりだな。うん。ディルファンスのアスカさんとエイタさんが会議に出席していてね。他は私と同じディルファンスを支援している官僚の人たちで、すごく張り詰めた空気だったよ。あそこでチャンピオンのハコベラ君が止めてくれなかったら大変なことになっていたね。今頃ディルファンスの資金援助の話がなくなっているところだった。ディルファンスはこの先、大きな事件をロケット団が起こさない限り動かないことで合意――、おっと』

 

 喋りすぎたか、と博士は付け加えた。サキの声は穏やかなままだが赤い眼は鋭い光を湛えていた。

 

「お父さん。その話って本当?」

 

『ん、ああ。まだ公式発表じゃないが本当だとも。誰にも言っちゃいかんよ』

 

「言わないよ。私も、カブトの生態研究がもうすぐ終わりそうだから、近いうちに帰るね。ん。じゃあね」

 

 そう言ってサキは通話を切った。サキはついさっきまでの会話の声とは明らかに異質な、マコやその他の人物と会話する時の鋭い口調で言った。

 

「これではっきりしたな」

 

「え、っと。何が? っていうか、さっきのお父さん?」

 

「ああ。血は繋がっていないが」とサキは簡単に応じて、マコへと視線を向けた。

 

 つかつかとマコへと歩み寄ると、サキはその胸にある青い五角形のバッジを引き剥がした。サキ自身もバッジを外し、それを部屋の隅へと放った。マコはいきなりのことに狼狽しながら言葉を発した。

 

「な、何するの? サキちゃん。あのバッジは――」

 

「盗聴器が入っている。ディルファンスは何かを隠しているからここから先の会話を聞かれるわけにはいかない。奴らはどうしてもロケット団を葬り去りたいらしいからな」

 

「え? 何でそこまで分かるの?」

 

 マコが問うと、サキはポケモン図鑑の角でマコの額へとチョップをかました。

 

「痛いっ! 角はやめてよ、角は!」

 

「察しが悪いな。チャンピオンとのコネクションがあることなんて初耳だろう。それにディルファンスは世論を警戒してしばらく表に出られないと思っていたが、今の話で確信した。ディルファンスは近いうちに必ず大きな事件に遭遇する。それもロケット団が関与していると思われる事件に、偶然を装って意図的に、だ」

 

「どういう意味?」

 

 マコが額をさすりながら首を傾げた。サキはマコの言葉に面倒そうにな顔をしながら返した。

 

「チャンピオンはカイヘン地方を束ねているトレーナーの頂点だ。そんな人間とコネクションがあるということは、情報封鎖は完璧のはず。だというのに今回のような映像がロケット団から出てきた。これはロケット団と、ディルファンスの力関係に歪みが生まれたと考えるべきだろう。つまるところは、今までのロケット団とディルファンスの戦いは出来レースだったって訳さ。カトウの本部襲撃も、シルフカンパニーの襲撃も。多分、その出来レースを壊したのはロケット団の方だろう。今回のような映像を持ってきて、どういうつもりなんだかは分からないがな」

 

 マコはサキの言葉をゆっくりと頭の中で分解し、分かりやすく順序だてて並べなおしてから口を開いた。

 

「えっと、つまり今まではロケット団とディルファンスは共生関係があって、あの映像はロケット団の独断で流されたっていうこと?」

 

 自分で言ってから、マコは驚愕の声を上げた。これまでのことが全て仕組まれていた? そんなことおいそれと信じられるわけが無いが、サキの言葉に嘘偽りの気配は無かった。サキは人差し指で耳に栓をしながら、

 

「でかい声で驚くな。だからバッジを外してやったんだ。まぁ、この圏内では十分聞こえているかもしれないが、聞いている人間が誰かにもよるな。もしアスカやエイタがこの会話を聞いていたら私達はすぐに処分される」

 

「……処分、って」

 

 マコがその言葉を発し、息を呑む。サキは大したことでもないように言ってのけた。

 

「ああ。殺されるな」

 

「そんな……!」

 

「奴らはどうしても隠し通したいだろう。ロケット団との癒着関係がどこまでのレベルだったかまでは分からないが、私達がその可能性に気づいただけでも口を封じたいはずだ。これから起こるロケット団絡みの事件のためにもな」

 

「……どういう事?」

 

「ロケット団とディルファンスは出来レースを演じておきながらロケット団がその盟約を破った。つまり、ディルファンスは報復したいはずだ。だが、あの映像のせいでディルファンスは表向きには動けない。だが、裏でこそこそ動かすには組織の規模が大きくなりすぎている。そこで、自衛という言葉を使うのさ」

 

「自衛」とマコは鸚鵡返しに言った。言ってみてもよく分からなかったが、サキの話についていくには言ったほうがいい気がした。

 

「相手が再び仕掛けてきた。だから、こちらは武力で応戦する。介入行動ならば世論からの反感を買うが、報復攻撃ならば世論はまだ納得する。加えてロケット団は新生宣言をしたと言っても、カントーやジョウトでの悪名は残っている。少しでも世論に今のロケット団を失望させてやればいいのさ。そうすればディルファンスが行動を起こしても問題視する人間は少ない」

 

 そこまで言われればマコも当然察しがついた。

 

「……つまり、前の本部襲撃みたいなことが引き起こされるって言うの?」

 

「可能性としては十分ありうる」

 

 サキは首肯し、マコの目を見つめた。そこには覚悟を問いただすような光が浮かんでいた。

 

「マコ。もう、誰かが傷つくのを見たくはないよな」

 

 その言葉に、マコは強く頷いた。「よし」とサキは言って机の上に置いていた二つのモンスターボールを手に取った。

 

「これから起こることを止められるのは私達だけだ。多分、入り口用のトンネルが開通する二日以内に、それは起きる。ディルファンスが活動を再開できるようになるからな。あるいは二日後か。どちらにせよ、タイムリミットは二日だ。この間に私達は出来ることをする。いいな」

 

「うん。やろう。私も、もう戦いは嫌だもの。これ以上誰かが傷つくことが仕組まれているなんて、絶対に許せない」

 

 マコは立ち上がった。その目に確かな光を宿しているのを感じ、サキは頷いた。

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