NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第百十七話「セカイノナミダ」

 

「目標の第三層までの侵入を確認!」

 

 廃棄された発令所だがまだ使える。少なくとも侵入者を検知するくらいは。

 

 ハンサムは連れて来たエンジニア達を早速座らせ、倒壊後のシルフビルにてシルフカンパニーがロケット団にどれだけ投資してきたのか。そもそも実権を持っていたのはどちらなのかを精査させようとした。だが、その時であった。侵入者をシステムが探知したのは。寝起き面を叩き起こされた感覚をエンジニア達は味わった事だろう。慣れない発令所の椅子に座り、難解なパスコードを用いてシステムに介入したのはいいが、展開する隔壁を一枚、また一枚と破られていく感触は気味が悪かった。何より、ここはもう廃棄されたはずだ。今さら、何者が攻めてくるというのか。ハンサムは腕を組んで、「侵入者の姿は?」と問い質す。

 

「不明です! しかしシルフビル倒壊でも破れなかった隔壁をこうも容易く……」

 

「こちらの声を聞かせる事は出来るか?」

 

「いえ、目標が常に動いているせいで正確に声を伝えるのは難しいです」

 

「ではこの地下発令所に誰が攻めてくるのかも分からない状況を是としろと?」

 

 エンジニア達が息を呑む。分かっている。ここでストレスを与えるわけにはいかない。だが同時に、この発令所に今のタイミングで踏み込まれれば非情に厄介だ。いくら組織の動きといえども、政府に関知されるとなれば動きにくい事この上ない。

 

「いちいち役人連中にヘキサの存在を報せるわけにはいかないだろう」

 

 カンザキ執行官はヤグルマが確保しているはずだが、口封じには成功しただろうか。もうすぐ作戦決行時刻だったが依然連絡はない。それとももう排除に成功したという意味だろうか。ハンサムがポケギアに目をやっていると、「強力な電磁波を感知!」とエンジニアの声が飛ぶ。

 

「これは、電気タイプ?」

 

 その言葉にハンサムが命令の声を飛ばす。

 

「耐電仕様の隔壁くらいあるだろう。それを前面に設置し――」

 

「さらに高エネルギー体が接近!」

 

「何だと……」

 

 隔壁が一気に破られ、爆発の連鎖反応が巻き起こる。

 

「電気タイプでは」

 

「これは、炎タイプの攻撃です」

 

「ニトロチャージか?」

 

 思い浮かぶ技の名前を上げたが次の瞬間、全員の予感が裏切られた。巨大な氷柱が発令所の真上から重点的な隔壁を排除して迫ってくるのだ。エンジニア達が席から腰を浮かせ、「来る、来るぞ!」と悲鳴を上げて逃げ出した。ハンサムだけが発令所の中で静かに佇んでいたが、天井を破った氷柱は回転しており、未だに破壊を撒き散らしている。

 

 ハンサムは落ち着いて声にした。

 

「君らの一派か。電気、炎と、なるほど、一つの隔壁では役に立たないわけだ」

 

「俺が望む事を理解しているな。国際警察ハンサム」

 

 氷柱の上に立ち、自分を睥睨してくるのは一人の少年だ。青いコートを身に纏い、白いマフラーを棚引かせる。凍て付いた空気が充満し、茶色の毛並みを持つポケモンが震えた。

 

「カンザキ・ヤナギ君。会うのは初めてだね」

 

「シロナから何度か聞いた。あの時、お前らの作戦概要を頂戴しなかったら、恐らくはまだヤマブキに留まろうとは思わなかっただろう」

 

 ヤナギがポケギアを掲げる。どうやらシロナは最期の瞬間にヤナギへと作戦概要を伝えていたらしい。ヘキサの正義のためではあるまい。彼女自身、納得が欲しかった証拠だ。

 

「彼女らしいな」というハンサムの自嘲はヤナギの癇に障ったのだろう。空気がざわりと殺気立った。

 

「言葉に気をつける事だな。お前の命など、天秤にかけるまでもない。ここで死ぬか?」

 

 ヤナギの声音は本気だ。本気で自分を殺そうとしている。だが、ハンサムはそれを思い留まらせる言葉を知っていた。

 

「いいのかな? 我々の真意も知らず、私のような中間の人間を殺したところで、組織は生き永らえるぞ。今度こそ、君は尻尾を掴めない。彼女が命を賭して君に遺したものを、無駄にするかね」

 

 ヤナギは歯軋りを漏らし、「教えてもらおう」と口にする。

 

「ポケモンリーグとは何だ? お前らは、何のためにこの戦いに干渉している?」

 

「それを話すには少しだけ準備がいるが、いいかな?」

 

「この発令所では無理な話か?」

 

「いや、ここだから私は話せる。他の場所では盗聴の危険性があるが、ここならばその危険性もない。私は組織に知られずに君に真相を話せると言っているんだ」

 

 ヤナギは鋭い眼差しはそのままに要求の声を出す。

 

「話してみろ」

 

「ここには恐らくロケット団の連中も似たようなものを残しているはずだよ。それが発見された区画まで歩こうか」

 

 ハンサムが身を翻すとヤナギはポケモンを出したままついてきた。あれはマンムーだ。強力な氷タイプである。下手に手出しをしても返り討ちに遭うだけ。ならば従うほうが賢明だ。

 

「その区画って言うのは何だ?」

 

「君は、このカントーの興りを知っているか?」

 

 ヤナギは少しの沈黙の後、「興味がないな」と切り捨てた。

 

「そうでもないはずだ。シロナ、彼女はよくその話をしたろう?」

 

 その言葉にヤナギから返ってきたのは肌を粟立たせる殺気の渦だった。自分とシロナとの間に男と女の仲があったと考えているのだろう。ここで怒らせるのは得策ではない。

 

「誤解しないでくれ。ただ、彼女とはよく話した身。この話題が考古学者である彼女を奮い立たせる一因であった。私と彼女の間に、深い意味はないよ」

 

 ヤナギは鼻を鳴らし、「どうだかな」と口にした。

 

「君の中で、それほどシロナという女性は軽薄かね?」

 

 少しでも返答を間違えれば即殺されそうだったが、ハンサムはあえて余裕めいた口調を崩さなかった。歩みながら、ヤナギがきちんとついてきている事を確認する。

 

「閉鎖区画だが、我々の技術を使えば一日で開いたよ。もしかするとロケット団はそれほどここを重要視していなかったのかもしれない」

 

「ロケット団?」

 

 ヤナギが聞き返す。ハンサムは、「そうか」と頷いた。

 

「ロケット団というのはシルフカンパニーの下部組織だ。犯罪を請け負う組織だったとも言える。闇の側面さ。君も感じないわけではなかっただろう」

 

 ヤナギは無言を返す。それが肯定になっていた。

 

「この大型エレベーターは地下十一階に通じている」

 

「十一階?」

 

 地上のシルフビルよりも深い地下に何があるのか、彼は少しだけ興味を示したようだ。ハンサムは、「ついてきたまえ」と促す。ヤナギはモンスターボールにマンムーを戻し、エレベーターに乗った。するとエレベーターの天井が軋む。

 

「何か俺にあれば、上の連中が黙っていない」

 

 保険というわけか、とハンサムは納得する。

 

「なるほど。君もなかなかに用意周到だな」

 

「お前らほどではない」

 

 下降していくエレベーターを感じながら、「君は」とハンサムは口を開いた。

 

「何のために戦っているんだ? もうシロナの意思を継ぐにしてもこれ以上は出過ぎた真似ではないのか?」

 

「そうかどうかは俺が決める」

 

 ハンサムはヤナギの答えに口元を緩めた。

 

「特異点とやりあっただけはある。君は、転んでもただでは起きない性格だな」

 

「特異点とは何だ?」

 

「着いたぞ」

 

 ヤナギの質問をエレベーターの到着音が掻き消す。壁には明滅する「R」の赤いマークがある。

 

「これが、ロケット団か」

 

「ああ。彼らが隠していたのは、これだ」

 

 ハンサムが壁の照明スイッチを入れる。すると投光機が壁に備え付けられたそれを照らし出した。ヤナギが息を呑んだのが分かる。

 

「これは、カントーの地図か?」

 

「すぐにそうと気づく辺りさすがだね」

 

 ハンサムが賞賛の拍手を叩きながら歩み寄る。ヤナギは壁にある石版へと顎をしゃくる。

 

「これは何だ?」

 

「レプリカだが、これはある組織が持つ石版と同じ形状のものだ」

 

 中央に青い六角形があり、一部が赤く区切られている。

 

「ヘキサツールと呼ばれている」

 

「ヘキサツール……」

 

「信じられないと思うが、これはある種の預言書でね。この予言に従い、歴史を動かそうとしている連中と我々は対立している」

 

「それが、ロケット団か」

 

 ヤナギの言葉にハンサムは首を横に振った。

 

「ロケット団は、これを利用しようと考えている組織だ。最終目的は我々と変わりはしないが、少しだけ計画のやり方が異なっている」

 

「ではこれを元に歴史を動かそうとしている集団とは何だ?」

 

 ハンサムはヘキサツールを眺めながら、「我々も知りたいよ」と呟く。

 

「名前すら定かではない。だがその集団は古よりヘキサツールの予言に従い、カントーの地を造った」

 

「人間が、カントー地方を造ったというのか」

 

「おかしい話でもあるまい。シンオウはポケモンによる創世神話がある」

 

 その言葉にヤナギが口を噤む。シロナとの思い出でも脳裏を過ぎったのかもしれない。

 

「このヘキサツールは、我らの組織にも似たようにレプリカがある。どうやら古の一派は三つの集団に別れたらしい。保守的な、歴史を守る事を至上目的とする集団と、ロケット団と、我らが組織ヘキサへと」

 

「ヘキサ……」

 

 ハンサムは微笑み、「ヘキサツールの名を冠しているのは伊達じゃないよ」とヤナギを見据えた。

 

「この預言書に書かれている事は、今の我々では解読出来ないが、ほぼ実行されているらしい。その中に、このポケモンリーグの記述がある」

 

「ではこの戦いは、既に記述されたものだと言うのか」

 

「それどころか、この預言書は今より四十年後の未来まで予想している。なにせ、このヘキサツールは四十年後の未来から来た物質なのだからね」

 

 ハンサムの言葉にヤナギは瞠目したが、「詳しく話を聞くと長くなりそうだな」とヘキサツールへと視線を戻した。

 

「賢明だ。私もこの話をするのは面倒でね。頭がこんがらがってしまう」

 

 四十年後の未来から、しかも次元を超えてやってきた物体の通りに歴史が進んでいるなど、話すだけで恐ろしい。

 

「これを守っている組織は二つ。我らヘキサと歴史の裏に潜む集団、手に入れた情報では仮面の軍勢と名指しされていたが」

 

「仮面の、軍勢」

 

 仮面、という部分がヤナギに引っかかったらしい。もしかすると当たりか、と感じたがハンサムは言葉を続ける。

 

「仮面の軍勢はヘキサツールに刻まれたとある事象を実行するために存在している」

 

「とある事象とは何だ」

 

 ヤナギの声にハンサムは指を一本立てて口にする。

 

「この預言書の終わり、つまりは人類の終焉だよ」

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