NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第百二十六話「嵐の中で輝いて」

 

「止まないわねぇ」

 

 ナツキが木陰から雨脚を見やる。アデクは隣で腕を組んでいた。

 

「そうじゃのう」

 

 ナツキはアデクと二人きりになっている今の状況を鑑みる。ナタネは、というといつの間にかはぐれてしまった。奇しくもアデクの言うデートに近い形となってしまった。灰色の景色の中で長い双頭を持つ鳥ポケモンが足を止めて周囲へと二つの首を別方向に巡らせている。メカポッポのガイドによるとドードーというポケモンらしい。

 

「どうやらドードーの縄張りに入ったみたいじゃのう」

 

「落ち着いているんですね」

 

 皮肉に聞こえかねないナツキの声に、「慌てても仕方がない」とアデクは応じた。

 

「石も餌もある。いざとなれば正面を突っ切ればいい」

 

「あたしはそんな楽観主義には思えませんけれど」

 

 雨音が響く。アデクは葉っぱを一枚千切り、「なぁ、何でぴりぴりしとる?」と尋ねた。

 

「ぴりぴりなんて。あたしは」

 

「オレと二人きりになるのが嫌か?」

 

 アデクの率直な物言いにナツキは口を噤む。二人きりになるのが嫌というよりかは、アデクから答えを迫られているようで気まずいだけなのだ。それは結局、自分のせいでもある。

 

「オレは答えなんて迫ったりせんぞ」

 

 そのような心中を見透かしたようにアデクは葉っぱを手から落とす。ゆらり、ゆらりと木の葉が舞った。

 

「お前さんの好きな時に聞かせてくれ」

 

「だから、それが今なんでしょう?」

 

 ナツキにはアデクが出来るだけ早く答えを聞きたがっている事は分かっていた。今、この瞬間にも答えを聞き出したい。それがアデクの胸中だろう。だが、アデクは急いた様子もない。

 

「別に旅の中でいつか言ってくれればいい話じゃが、せっかく二人きりになれたんじゃ。腹を割って話さんか?」

 

「あたしは、そんな気分じゃないです」

 

 その言葉で突き放そうとしたがアデクは頬を掻いて、「何を恥ずかしがる事があるのか分からんが」と袋から餌を取り出した。一匹のドードーが歩み寄ってくる。アデクは餌をちらつかせ、ドードーの興味を引いた。最も接近した時餌を投げつける。ドードーは餌を食べながら甲高い鳴き声を上げた。アデクが袋に手を入れる。また餌がもらえると期待したか、ドードーがさらに近づいてくるとアデクはあろう事か石を投げつけた。頭部に食らったドードーが逃げ出す。それをアデクは笑って見ていた。

 

「趣味が悪いですよ」

 

 ナツキの言葉に、「そういう施設じゃろう」とアデクは口にする。

 

「捕獲も出来んのなら、こうしてポケモン相手に遊んでやるしかない。ちょっとした意地悪もその遊びのうちじゃ」

 

「だからってあんな事しなくっても」

 

「ドードーに餌だけやればいよかったのでは、って? それは趣旨に反しておるじゃろう。このサファリゾーンはポケモンの生態を知るための場所。ポケモンに媚を売る場所じゃないぞ」

 

 それは、とナツキは口ごもる。アデクはポケモンとの関係性においてどこか一線を引いているようであった。

 

「アデクさんのいた場所では、こういうの当たり前だったんですか?」

 

「うん? イッシュ地方か。当たり前、ではなかったな。きっちり人の住んでいる場所とポケモンの棲んでいる場所は住み分けられておるし、最近は都市化も激しい。イッシュは航空産業を一手に背負おうとしとるから、草むらはどんどん減ってきておる。それを憂う老人もいれば、受け容れる若者もいて、そう単純な話じゃないのう」

 

 どこも同じか、とナツキは感じた。イッシュはそういえば仮想敵なのだ。それを思い出し、「カントーについては」と訊いていた。

 

「どういう風に教わるんですか?」

 

「昔みたいにポケモンを剥き出しにして今でも一国一城の主がいる古い国だと聞いていたが、それは間違った認識だったみたいじゃな。この地方の言語を学べばすぐに分かった。どうやらオレの喋っているカントーの言葉も少し古びているみたいじゃ」

 

 自覚はあったのか、とナツキは意外に感じた。

 

「だがのう、この言葉、気に入っておるぞ。何よりも率直で、余計な装飾がない。そういうのがブシドーだと聞いたが」

 

 アデクの言葉にナツキは思わず吹き出した。

 

「ブシドーって、今時ないですよ、そんなの」

 

 ナツキへとアデクは、「そうさなぁ」と口にする。

 

「だけれど、お前さんの笑顔を久しぶりに見れてオレは嬉しいが」

 

 その言葉にそういえばアデクの前では笑わないようにしていたのだと思い出した。自分の感情を抑制し、アデクには気取られないようにしようと。だがアデクはそれすらも見抜いていたようだ。

 

「笑ってくれれば、オレはそれだけでいい。お前さんが悲しむよりかはずっとな。正直、オレはお前さんを悲しませているんだと思っていた時もあった」

 

 それこそ意外だった。いつも強引なアデクらしくない。

 

「アデクさんも、そういう事思うんですか?」

 

「思うぞ。オレだって人間じゃしな」

 

 そういう弱さとは無縁のところにいる人間だと思い込んでいた。アデクは石を平野へと投げつける。

 

「こういう風に、真っ直ぐに、何も考えずにいられれば、と何度も思った。特にハナダシティで傷を負った時にな」

 

 その責任の一端は自分にもある。ナツキが顔を翳らせていると、「でも結果的に、オレは復活出来た」とアデクは努めて明るい声を出そうとする。

 

「でも、それは結果論で」

 

「ユキナリといいお前さんといい、人の怪我にそこまで親身になれるもんじゃな」

 

 アデク自身、トレーナーとしての再起が危ぶまれた怪我だ。心配になるに決まっている。

 

「ユキナリは、責任をきっと誰よりも感じていたはずです。ちょうどオノンドも使えなくなって、精神的に参っていた時期でしょうし」

 

「オレも、あの時のユキナリは見ていられんかった。だからこそ、お前さんには笑っていて欲しかった」

 

「だから、病室で告白したんですか?」

 

 ナツキの問いかけに、「それもあるが」とアデクは含んだ言い回しをする。

 

「あの時じゃなければ、もしかしたらもう一生、お前さんに会えんのかもしれんと思うと怖くってな」

 

 怖い。そのような感情ともアデクは無縁の人物だと思い込んでいた。アデクは逆境でも何でも弾き返すくらいの気概の持ち主だと。

 

「意外か?」とナツキの胸中を読んだ声に頷いた。

 

「ええ。アデクさんらしくない」

 

「オレらしくない、か。だが、オレだってお前さんを好きと言った時からもう二度とお前さんらには追いつけん。告白の機会はこれしかないと思うと、居てもたってもいられんかった。ここで告白せねば男が廃る、とな」

 

 雨脚が弱まってきた。アデクが掌を天に向けながら、「ちょっと止んできたな」と呟く。

 

「ちょっと歩かんか?」

 

 アデクが指差すのはまだぬかるんだ地面である。ナツキが渋っていると、「オレがエスコートする」とアデクが手を差し出した。その手を取るべきか逡巡していると、「何を迷う?」とアデクが声にした。

 

「この手は罠じゃないぞ」

 

 その言葉にナツキは手を重ねていた。アデクはナツキを引っ張り、木陰から出て行く。垂れ込めた雲が少しだけ薄らいでいる。

 

「涼しいな。雨上がりの風は」

 

「まだ上がってないですけれど」

 

 ナツキは小雨にぼやくと、「こんなの、降っているうちに入らんわ!」とアデクが快活に笑った。その笑い声で陰鬱な雲を吹き飛ばしていきそうだった。

 

 ぬかるんだ地面をドードー達が歩いていく。三本指の足跡をつけながら。アデクが呼び寄せたのは湖だった。湖畔には、まだ雨の痕がついている。

 

「よし」とアデクが袋から石を取り出す。何をするのかと思っていると石を投げて水を切った。三回ほど湖の腹を跳ねて石が沈む。

 

「もったいないですよ」

 

「なに、これもタダじゃろう? だったら、楽しんだもん勝ちじゃ」

 

 アデクが再び石を放る。見事に三回跳ねて石は沈んだ。

 

「お前さんもやってみい」

 

 アデクの言葉にナツキは、「あたしは下手だし」と肩を落とす。

 

「やる前から敗北宣言とは、お前さんらしくないのう」

 

 敗北、という言葉にナツキはムカッとする。

 

「負けてなんていません」

 

「じゃったら投げてみい。まぁ、オレには勝てんじゃろうが」

 

 ナツキは袋から石を取り出し、「あたしだって」と投げる。すると湖を三回跳ねた。胸を反らして、「どうです?」と自慢する。

 

「実力は拮抗、というところか。だが、オレはまだ本気を出しとらんぞ」

 

 アデクは石を三つ掴んで同時に放り投げる。すると三つの石がそれぞれ三回跳ねた。器用な真似にナツキは目を丸くする。

 

「どうじゃ? これを超えられるか?」

 

 挑発的な物言いにナツキも石を三つ掴んだ。放り投げようとするが、そのうちの一個がすっぱ抜けて頭上に上がる。アデクの頭にこつんと落ちた。

 

「あっ、すいません」

 

 あとの二個もほとんど跳ねずに湖に沈む。アデクは頭を押さえて、「こういう手もアリか……」と呟いていた。

 

「いや、わざとじゃないですし!」

 

「勝利宣言をこういう形で撤回されるとは……」

 

「だからわざとじゃ」

 

 アデクがおろおろとするナツキと目線を合わせる。不意に目があってナツキは吹き出した。アデクも快活に笑う。二人分の笑い声が相乗し、草原を駆け抜けた。

 

「雨、止みましたね」

 

 もう雨が降っていない事をナツキは確認する。アデクは、「そうじゃな」と日が差し込んでくる湖を眺めた。楕円の光が湖に投げ込まれ、きらきらと湖畔が輝く。ナツキが感嘆の吐息を漏らすとアデクは拍手した。

 

「いや、美しいな。自然の作り出す風景は」

 

「アデクさん、美しいとか分かるんですか?」

 

「失礼じゃの」とアデクは唇を尖らせる。

 

「お前さんよりかはずっと精通しとるわい」

 

 その言葉にナツキは売り言葉に買い言葉の体で返した。

 

「その格好で美しいとか、ちょっとうけますよ」

 

「オレは年中この格好じゃからな」

 

 アデクは腕を組んで大声を出す。ナツキは、「だから何で自慢げ」と笑った。

 平原を風が吹き抜ける。雨の気配を消し去った清らかな風に全身が洗われる気分だった。アデクがこちらを見つめている。自然な流れで二人は向き合った。

 

「オレはナツキ、お前さんが好きじゃ」

 

 改めて発せられた声にナツキは戸惑う。まだ答えが出せない。

 

「……あたしは、まだ答えられません」

 

 その言葉にアデクは、「いいわい」と返す。

 

「いつか答えてもらえるならな」

 

 アデクは石を三つ、湖に向けて放った。それぞれが軌道を描いてくるくると回り、水を切った。

 

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