NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第百三十九話「戦場の女神」

 

 煤けた風がカーテンから吹き込んできて、看護婦が慌てて窓を閉めた。その様子を右目の視界に収めながら、「あの」と声をかける。

 

「今、何時ですか?」

 

 ポケギアを取り上げられてしまったので何時かも分からない。看護婦は腕時計を見やり、「ちょうど夕刻ですね」と告げた。

 

「四時過ぎ。カーテンは、もう閉めましょう」

 

 だが看護婦とて先ほどの動乱を知らないはずがないのだ。分かっていて患者である自分を気にかけている。いい人だ、と感じてから声を発した。

 

「あたし、何かやらなくっちゃいけない事があると思うんです」

 

 その独白に看護婦は、「今は」と優しい声をかけた。

 

「安静にしている事が、やるべき事だと思いますよ、ナツキさん」

 

 名前を呼ばれナツキは自分の顔の左側に手をやる。「ばい菌が入りますから」と看護婦が制したが、包帯が巻かれている自分の容態は理解していた。

 

「峠は越えましたけれど、まだどんな症状が出るか分かりません。毒タイプの攻撃です。皮膚程度で留まるかどうかも」

 

 ナツキはベッドの上に横たえた拳を握り締める。こんな時に、何も出来ない。無力感が全身を包んでいき、感覚の失せた左目が余計に空虚を強調する。

 

「……あたし、こんな場所で終わりたくないんです」

 

 看護婦は癇癪を起こしたと思ったのかナツキの背中を優しくさすり、「今は耐える時ですよ」と口にする。

 

「焦ったって仕方ないです。情報網も復帰していませんし、セキチクは事実上、陸の孤島みたいなものなんです。こんな状態でどこにも行けるわけ――」

 

「行けるとしたらどうする?」

 

 突然挟み込まれた声にナツキが視線を振り向ける。病室の前に立っていたのは因縁の影だった。

 

「あなた、どうしてこんな場所に」

 

「オーキド・ユキナリと一緒にいた奴だな」

 

 冷徹なその声にナツキはすぐさま敵を見る目を向けた。

 

「確か、ヤナギとか言う……」

 

「無様な姿だ」

 

 ヤナギはナツキの姿を見るなり鼻を鳴らした。看護婦が止めに入る。

 

「ちょっと! あなた、患者の心の事も考えて――」

 

「心の事を考えていつまでもぬるま湯のような言葉を浴びせ続けるか? それでは緩やかに死ぬだけだ」

 

 ヤナギの言葉のあまりの冷たさに看護婦は言葉をなくした様子だった。ヤナギは無遠慮に病室に入り、「状況を伝えよう」と声にした。

 

「オーキド・ユキナリは特異点として覚醒。キクコを伴い、覚醒状態のオノノクスは破滅の扉を開こうとした」

 

 看護婦が、「はぁ?」と理解出来ない声を上げる。ナツキも同意見だったがユキナリの名前に反応する。

 

「ユキナリは……」

 

「行方不明だ」

 

 その口調がこの動乱の中心にユキナリがいるのだと直感させた。ナツキは、「何があったって言うの?」と聞き出そうとする。看護婦が、「今は」と止めに入ろうとするのをヤナギが強い口調で遮った。

 

「今は、今は、だと? だったらいつだ? 俺は、伝えるべき人間に今も明日もない、決断は誰にでも平等に訪れるものだと感じている」

 

 ヤナギは自分の感情を尊重しているのだ。ナツキは、「あの、看護婦さん」と声を出す。

 

「少しだけ、彼と二人で話させてもらえますか?」

 

 看護婦は狼狽したが患者の頼みとなれば仕方がないのだろう。「出来るだけ手短に」とだけ言い置いて病室を出て行った。

 

「手短に、か。皮肉が利いているな」

 

 ヤナギが一笑に付す。ナツキは、「あんたが何でここにいるの」と問い質す。

 

「ユキナリを、殺しに来たわけ」

 

「察しがいいな。オーキド・ユキナリを殺す。そうだな。つい数時間前までは、その目的が最優先事項だった」

 

 ヤナギの口調に変化があったのだとナツキは感じ取る。ユキナリをひっくるめて、何かが起こった。だからヤナギが自分と話をしている。

 

「今は、そうじゃないっての」

 

「今は、か。長期的な視点に立てば、当面は、と言うべきか」

 

「あんた、ユキナリをいやに敵視していた。ユキナリもあんたの事は調べていたはず。それなのにあたし達には何一つ言わなかった」

 

「オーキド・ユキナリは随分とぬるかったらしい。俺を確実に殺したくば情報を共有するのが早いだろうに」

 

「ユキナリは、あんたを殺したくなんてなかったって事よ」

 

 ナツキはシーツを握り締める。ユキナリの思いをヤナギは踏み躙っているような気がしたのだ。ヤナギは悪びれる様子もなく、「殺したければ手段は選ぶ必要はない」と告げる。

 

「その点で言えば、オーキド・ユキナリはとんだ三流だ」

 

 思わずナツキはヤナギの胸元を掴み上げていた。ヤナギはそんなナツキを冷ややかに眺めている。

 

「……ユキナリを馬鹿にしないで」

 

 身のうちから発した声にヤナギは、「なるほどな」と呟いた。

 

「アデクの言った通りか」

 

「アデク、さん……」

 

 その名前に力が抜けていくのが感じられた。ヤナギは手を振り払い、「アデクから前もってお前達の状況は聞いておいた」と言う。

 

「オーキド・ユキナリとキクコ。それにアデクとお前。複雑な関係だったらしいな」

 

 複雑な関係。そのような安直な言葉に換言されるものではない、と言い返したかったがナツキにはそれを返すだけの言葉もなかった。代わりのように無力感に苛まれていく。自分がもっと器用ならば、二人を傷つけずに済んだのに。

 

「アデクはお前がジムで怪我を負った事をオーキド・ユキナリに責め立て、勝負を挑んだが敗北。そのせいで関係は悪化。お前は生死を彷徨った」

 

「だから何? あたし達が馬鹿だったって言いたいの?」

 

 勝手に自分達の恋愛の渦に巻き込んで、何もかもを無茶苦茶にした。穏便に、全員で旅を終われたかもしれないのに、自分の勝手が招いた最悪の事態だ。ヤナギはため息をつき、「俺はお前らの色恋沙汰には興味がない」と切り捨てる。

 

「ただ状況を報せるべきだと感じたまでだ。お前も戦闘単位としては惜しいからな」

 

「戦闘単位……」

 

 ヤナギは、「二度も三度も同じ話をするのは好きじゃない」と前置きしてから話し始めた。キュレムというポケモンを伴ってユキナリを殺しにセキチクまで来た事。その時には暴走したゲンガーがこの街を覆っていた事。ユキナリは、メガゲンガーを下した代償にオノノクスに取り込まれた事、大きくはその三つだ。

 

「何で、ユキナリがそんな事……」

 

「思い当たる節があるはずだが。お前らは、今までもオーキド・ユキナリの異常なポケモンとの同調関係を知っていたはずだ」

 

 ナツキの脳裏にオツキミ山での一件やポケモンタワーでの戦闘が思い起こされる。キバゴがオノンドに進化した時、ワイルド状態から脱した時、ユキナリは信じられないほどのパワーを発揮した。

 

「でも、そんなのが仕組まれていた事だなんて」

 

「特異点。ヘキサやネメシス、ロケット団はそう呼称している」

 

「特異点……。ユキナリがそれだって言うの?」

 

「特異点は、この次元で何か歴史に残る大事を成す人間を大雑把に呼称したものに過ぎない。オーキド・ユキナリとロケット団の擁立するトレーナー、サカキ。この二人だ。何を成すのかまでの説明は省くが、この二人がこの次元において重要な役割である事は伝えておく」

 

 ユキナリがそのような大それた存在であるなど信じられなかったが、数々の事象がそれを裏付けている。皮肉な事に今までナツキの見てきたユキナリの姿こそ、その異常な状況を説明するのに一役買っていた。

 

「じゃあ、ユキナリは特異点だから、オノノクスと同調して、メガゲンガーを倒せた……」

 

「それもただ倒したんじゃない。中にいたキクコを取り込み、破滅への扉を開いた。本来ならば四十年後に訪れる事象だ」

 

 ヤナギの言葉は先ほどから突飛だが声音にはいささかの誇張もない。全て、事実だけを述べている様子だ。

 

「あんたは、どうする気なの」

 

 そのような危険な要素を含むユキナリを抹殺するのか。その問いにヤナギは、「まずは確保だ」と告げる。

 

「処遇はその後。オーキド・ユキナリは今、敵の手にある」

 

「敵……。ロケット団と考えていいのよね?」

 

「あのフジとか言う男はそうは言わなかったが今の状況で動けるのはロケット団だろう。ネメシス側に動きがないとも限らないが、それならば俺も知っている人間が動くはず。フジは完全なイレギュラーだ」

 

 そのイレギュラーがユキナリを攫った。そう考えていいのだろうか。しかし、何よりもそのような情報を話す意図が伝わらなかった。自分になど黙っていればいい。

 

「何で、あたしに言うの?」

 

 ナツキは左目のあった場所をさすった。自傷防止のため、指先は包帯で丸められている。

 

「あんた、知っているんでしょう?」

 

 その言葉に全てが集約されていた。ヤナギは息をついて、「ああ」と頷く。

 

「お前は、もう長くないな」

 

 知っていて自分に話しているのだ。ナツキは右目から熱いものが伝うのを感じた。

 

「毒が脳に回ったらお終い。そうでなくとも奇跡的に繋ぎ止めた命。いつ終わってもおかしくはないって言われている。左目の利かないトレーナーなんて、もう無理よ。トレーナーとしては失格の烙印を押されたも同然。そんなあたしに、どうやって生きろって言うのよ!」

 

 いつの間にか責め立てる口調になっていた。慟哭するナツキにヤナギは、「言ったはずだ」と冷静に返す。

 

「戦闘単位として用があると。お前がトレーナーとして有益だから話を持ちかけている」

 

「何を今さら! あたしなんて、もう通用しないのに!」

 

 自分でも戦えない事は痛感している。この病院で、あるいは故郷のマサラタウンで緩やかに死を待つだけだとも。ヤナギはしかし、慰める言葉も否定する言葉も吐かなかった。

 

「死を受け入れるのならばそれでいい。そのような木偶に、俺は用がないからな。だが木偶人形にしては、お前の眼には光がある。それを見込んだのだが、見込み違いだったか」

 

 ヤナギは身を翻す。ナツキはヤナギの言葉に、「待って」と声をかけていた。ヤナギは足を止める。

 

「俺は助けない」

 

 その言葉が射る鋭さを伴ってナツキに突き刺さった。ヤナギは迷うまでもなく、「当然だろう」と言い捨てる。

 

「誰も助けてはくれない。窮地に現れるヒーローなど存在しない。誰だって、最後に頼れるのは自分自身だ。どのような判断を下すのであれ、自分の判断ならば納得が出来る。自分ならば、最後の最後であろうと足掻き、絶望せずに立ち向かったという自負を持てる。誰かに希望を託すのは弱者の内だ。希望は、本来、自分で掴み取らねばならない」

 

 ヤナギの言葉は冷たいが真理だ。特に今のナツキにとっては。このまま誰かの助けなしに生きられない身体として生き永らえるか。それとも、死と隣り合わせでありながらも、充足した生を望むか。

 

 ナツキは拳で膝頭を叩いた。点火するように熱が篭る。足で立とうとすると何度かよろめいた。本来ならば脚を動かす機構がいかれてしまっているのだ。当然、動かそうとする神経は空回りするばかりで見当違いの方向に力が入ってしまう。そのせいでナツキは前のめりに転がった。ヤナギは肩越しに視線を振り向けもしない。ずっと背中を向けている。まるでついて来られるかとでも言うように。

 

「……ついて来られるか、じゃない」

 

 ナツキは這いながらも立ち上がろうとする。今のヤナギを納得させるのには這い進むのでは駄目だ。血反吐を吐いてでも足で進むだけの気力。それが自分には求められている。

 

 ヤナギは振り返りもしない。その肩に手を置き、思い切りぶん殴ってやる。ナツキはそれだけを気力の支えにして立ち上がろうとするが、当然の如く足は思うように立ってくれない。よろめき、倒れそうになりながらもナツキは頭を振った。

 

 ――決して、諦めてなるものか。

 

 ヤナギを前にそれだけの気概はあった。ユキナリはヤナギとの戦いの最中、諦めたか。否、ユキナリはいつだって前を向いてきた。自分達の指針として、誰よりも無謀を通そうとした。本来ならば争いなど好まない、穏やかな少年であるはずなのに。ユキナリは誰よりも勇気を持って立ち向かった。その背中を見てきたのならば、今度は自分の番だ。

 

 一度目は無様に倒れ伏した。だが手をついて立ち上がろうとする。二度目は眩暈がして膝をついた。どうやら過度の集中は毒のようだ。それでも、今立ち上がらなければどうする。自分を奮い立たせ、ナツキは獣のように吼える。汗が床に伝い落ち、ナツキはヤナギへと一歩目を踏み出した。リノリウムの床で滑り、転げそうになる。だが、一線で持ち堪えた。その肩へと手を伸ばす。呼吸が荒い。心臓が早鐘を打っている。無駄だ、やめろ、と告げる脳細胞へと、うるさい、と罵声を浴びせた。

 

「……今は、あたしが立ち上がろうとしている」

 

 脳がクラッシュしても構わない。この一瞬のためならば命を賭そう。焼け焦げそうな意識の中、ナツキはヤナギの肩へと手をかけた。その時、ようやくヤナギが肩越しに振り返る。まるで、いたのか、とでも言うような目つきだった。

 

「俺を振り返らせるとは。だが、今はそれが精一杯、というところか」

 

 拳を振り上げる。だが、力が入らず肩を落とした。ナツキが倒れ込もうとするのをヤナギが支える。

 

「合格だ。これならば戦闘単位としては申し分ない」

 

 ナツキは荒い息をつきながら、「馬鹿に、してるんじゃ、ないわよ」と言い返す。

 

「いい? あんたがあたしを使うんじゃない。あたしがあんたを使うのよ」

 

 指差して放った言葉にヤナギは、「上等」と口元を緩めた。

 

「それほどの気概がなくっては面白くない。お前を認めてやろう、ナツキ。実はもう、話は通してある」

 

 ヤナギが呼ぶと暗がりから現れたのはナタネだった。どうして、と声にする前に、「ナツキちゃん」とナタネはヤナギの手から自分を引っ手繰った。

 

「支えていただけだ」

 

「肩に手をかけるまでは何も手出しするなって、言われていてさ。ゴメンね。辛かったでしょう」

 

 ナタネはナツキの額にかかった髪の毛と汗を拭う。ナツキは頭を振った。

 

「いえ、これくらい出来なきゃ、戦えませんから」

 

「その通り」

 

 ヤナギが自分達へと歩み寄る。

 

「ナツキ、お前のポケモンはハッサムへと進化していたのだったな」

 

「それが、どうかして――」

 

「ハッサムには先がある」

 

 その言葉にナツキは息を呑んだ。ヤナギは、「そうだな、ナタネ」と声をかける。ナタネは髪をかき上げた。

 

「そうだよ。ナツキちゃん、落ち着いて聞いてね。ハッサムには先がある」

 

 ナタネは自分をベッドに座らせて目線を同じにして説明した。

 

「どういう……」

 

「進化を超える進化。メガシンカの洗礼を受ける資格があるという事だ」

 

「メガ、シンカ……」

 

 聞いた事のない言葉に、「無理もないよ」とナタネは首を横に振った。

 

「これはまだ一部の学会でしか取り上げられていない事柄だからね。ナツキちゃんが持っていた石」

 

 そういえばナツキはナタネに石を手渡した事を思い出す。あの時は本当に生死の境でほとんど意識も朦朧だったが。

 

「あの石が?」

 

「メガストーン。メガシンカに必要な要素の一つ。もう一つは」

 

 ナタネがかき上げた髪の毛の合間から耳が覗いていた。ピアスが嵌められており、丸い石が輝いている。

 

「キーストーン。トレーナー側が持っている必要のある石。これら二つが同調状態にある時、メガシンカは訪れる」

 

「同調、って」

 

「ユキナリ君を思い出すといいよ」

 

 ナタネはナツキに分かりやすいよう、噛み砕いて説明した。ユキナリの今までの様子。それは同調に近いのだという。

 

「ポケモンと人間の垣根が崩れた時、それがメガシンカの兆候。でも同時に、それは危険な状態でもあるんだ。ポケモンのダメージがそのままトレーナーに与えられるからね」

 

 その段になってナツキはナタネの身体に複数の傷痕がある事を発見した。火傷のように引きつった皮膚に、「これもその一つ」とナタネが言う。

 

「あたしはハッサムと同調し、メガハッサムとしてジムを制そうとした。でも途中で限界が訪れた。その時、キクコちゃんが来て、あたしとハッサムのエネルギーを全て吸収し、メガゲンガーとなった」

 

「キクコちゃんは? どうなったの?」

 

「オーキド・ユキナリと共に行方不明だ」

 

 ヤナギが発した言葉にナツキは、「そんな……」と声を詰まらせる。自分の下から親しい人間が二人も消えてしまったなんて。

 

「それを取り戻すために、メガシンカは必要なカードとなる」

 

 ヤナギの言葉に、「どういう意味?」とナツキは問い返す。ヤナギは、「ほう」と感嘆の息を漏らした。

 

「何よ」

 

「さっきまでの怯えた獲物の目ではないな。獣の眼光だ」

 

「女の子を褒める言葉じゃないわね」

 

 ナツキは舌鋒鋭く言い返す。先ほどまで自分を抑えていたたがが外れたような気がした。汗も随分と引いてきている。

 

「メガシンカは誰にでも扱えるわけじゃない。あたしが使えたのはマスターにその方法の表層を教わっていたから。ハッサムが何よりも主人の仇を討ちたいと思っていたから。だから」

 

 ナタネはピアスを外し、ナツキへと手渡す。それと共にモンスターボールをナツキに握らせた。ボール越しでも分かる。ハッサムがいる。

 

「真の主人が扱うのが、相応しいんだとあたしは思っている」

 

「あたしが、メガシンカを使う……?」

 

 にわかには信じられない事だったが、ナタネもヤナギも真剣そのものだった。

 

「メガシンカを使える人間は重要なキーになる。この先、もしオーキド・ユキナリの処遇を決める段になったら、少しくらいは発言権があるかもしれないな」

 

 ヤナギは試しているのだ。自分がその賭けのレートに登るかどうかを。ユキナリとキクコを救うためにはメガシンカを会得するしかない。ヤナギはユキナリを見捨てる算段かも知れない。そのような時、自分には力があれば出来る事は増えてくる。ナツキは拳をぎゅっと握り締める。

 

「やるわ。あたしが、メガシンカを使ってみせる」

 

「ナツキちゃん。キーストーンを、どこかに身につけないといけなくなるけれど」

 

「だったら、ここを使って」

 

 ナツキが示したのは左目だった。その挙動にナタネが息を呑む。ヤナギでさえ、それは予想外だと言うように目を見開いていた。

 

「左目に、義眼として埋め込めばいい。どうせ左は使い物にならないんならそうすればいい」

 

 ナツキの決心にナタネが、「急ぐ必要はないんだよ」と声をかける。

 

「義眼だなんて、そんな……。ナツキちゃん、これからの事も考えて――」

 

「考えています、ナタネさん。だからこそ、この決断をしたいんです」

 

 ナツキは左目を包帯の上からさする。感覚はないが、この目が使えないのならばその程度は構わなかった。何よりも自分の決意のため。自分の身体の権利くらいは自分で持っておきたい。

 

「ヤナギ。あんた、医者くらいは抱えているんでしょう? だったら、義眼の手配、二、三日中に出来るわよね?」

 

 ヤナギは口元に笑みを浮かべ、「俺を嘗めるな」と返す。

 

「半日中に手配しよう。ナツキ。言っておくが、もう戻れないぞ」

 

 その通告にもナツキはめげなかった。

 

「あんたこそ、あたしを安く買った事、後悔させてやる」

 

 喉笛に噛み付いてやる気迫で口にするとヤナギは、「それでこそ、戦闘単位だな」と減らず口を返す。

 

「医者はすぐ寄越そう。義眼技術程度ならばそう時間はかからないだろう」

 

「医者だけじゃないわ。メガシンカを試す相手。それも用意して」

 

「傲慢な女だ。だが、それも既に手配済みだ。俺の用意する相手が満足するように戦え。もう戦場でしか生きられないのならな」

 

 その言葉にナツキは迷いを捨てた。自分は戦士だ。決して一人の女で終わるつもりはない。その覚悟が胸を焼き焦がす。

 

「上等よ」

 

 ナツキの声にヤナギは満足気に鼻を鳴らした。

 

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