NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第百五十三話「迎撃」

 

「いやはや、意外な結論やったな」

 

 マサキはマイクの音声を切ってそう呟く。イブキはマサキ護衛につかされていた。それ以外の人間は出払っている。その目的は既にユキナリ奪還作戦に向かっていた。端末に作戦開始時刻までのカウントダウンが出ている。

 

「意外ってのはヤナギの事?」

 

 イブキが尋ねる。電気の通っている病院からは抜け出せないのでマサキとイブキは病室で居を構えていた。

 

「ああ、あいつはやっぱりただもんやないわ。ワイやったらそんな因縁の相手、消してしまってもええもん」

 

 マサキの感想は率直だがあってもおかしくはない話だった。だがヤナギは決断した。ユキナリを助け出すと。

 

「全ての因縁をなかった事にする、ってわけじゃなさそうだったけれどね」

 

 因縁の上に自分達の関係性すら置こうというのか。ヤナギの英断はそれだけの覚悟の上にある。

 

「自分を客観視出来る言うんかな。あれほどの逸材やとは思わんかった」

 

 マサキはカントーの地図をディスプレイに呼び出す。三体の位置情報がリアルタイムで送られてきた。

 

「これ、誰かが協力しているの?」

 

 マサキ一人の力にしては出来過ぎている。イブキの声に、「ああ、分かる? 姐さん」とマサキはヘッドセットを首にかけて返した。

 

「ワイの研究仲間に募って位置情報の特定や、データの更新速度なんかを手伝ってもらっとる」

 

「それって、犯罪じゃ」

 

「そうやな。ばれれば」

 

 相手も犯罪組織なので大っぴらにはしないのだろうがロケット団を探るのに手伝ってくれる人間がいるのは意外だった。

 

「マサキ、あんた友達はいないって言っていたわよね」

 

「せやから友達というよりかは、んー、なんて言うかな、同業者、って言えば早いかもしれん」

 

 それでもいざという時に頼りになる人間はいるのだ。マサキはただ孤独なだけではない。それが分かっただけでもよかった。

 

「で? その三体の居場所は?」

 

 ディスプレイ上では常に動いているように見える。マサキは、「周期的なテレポートを繰り返して逃げとる」と答えた。

 

「だからこっちから仕掛けようって思っても、相手はこっちの殺気みたいなもんを鋭敏に感じるから、確実性を求めて捕獲は難しいな」

 

「どうするの?」

 

「周期パターンを計算してもらっとるから、もうじき出ると思うよ。あとは周期パターンが重なる時間帯にその場所に出向けばええ。ここからやと、サイクリングロード、シオンタウン経由の道路、ヤマブキからの接続点辺りが攻めやすいかな」

 

「他の場所に構成員を置くってのは考えないの?」

 

 その案をマサキは首を振って却下する。

 

「それも考えたけれど、この三体の特性を考えた場合、実力者による強行捕獲以外、不可能なのが分かる」

 

 アグノム、ユクシー、エムリットは精神を司るポケモンと分類されている。それはそれぞれが人間の精神の基点となったと言われているからだ。

 

「アグノムは意志、ユクシーは知識、エムリットは感情、か。傷つければ七日でそれぞれの精神が崩壊する。こりゃ恐ろしい伝承やな」

 

「でも伝説でしょ?」

 

「いや、分からんで。なにせ、今回導入するのはメガシンカポケモンや。トレーナーとの過度の同調にある。そのようなポケモンに精神攻撃されてみい。トレーナーにも危害が及ぶ可能性はある」

 

 マサキの説明にイブキは息を呑む。

 

「その事、ナツキ達には」

 

「伝えた。けれど、行くいうて聞かん。それにメガハッサムは絶対に使いたいところやってヤナギも言っていたからな。恐らくは実戦前の手応えを得たいんやろ」

 

 今回、捕獲班は大きく三手に分かれた。一班はアデク一人による強行突入。もう一班はチアキとカミツレによる協力捕獲班。そして最後の一班がナタネとナツキによるものだった。アデクとチアキ、カミツレに関しては心配していないがナツキに関しては不安要素も多い。

 

「どうして、この編成にしたの? ナツキを安定して使いたいのならばチアキと組ませれば」

 

「カミツレと組ませたほうが成功率は高いし、何よりもワイもヤナギ同様、メガハッサムの性能には興味があるんでな。ナタネと組ませる結果になった」

 

 イブキは一応納得したもののまだ払拭しきれないものがあった。

 

「どうしてヤナギは出ないわけ」

 

 ヤナギは今次作戦には参加しない。その理由を問い質したところ、「航空母艦を一日でも早く造りたい」のだと言う。マサキは、「しゃあないと思うで」と返す。

 

「ヤナギにはヤナギの考えがある。ワイらがどうこう出来るもんやない」

 

「でも、あいつがリーダーでしょう?」

 

「せや。だからこそ、ボスってのは一番どっしり構えるもんやって理解しとるんやろ」

 

 ヤナギにそこまでの考えがあるかどうかは甚だ疑問であったが。しかし、イブキもマサキの護衛任務という、危険に赴く五人よりかは安全なポジションだ。文句は言えた義理ではない。イブキは病室のベッドに座って脚を組んだ。

 

「周期パターンは洗えたの?」

 

「まぁな。今回の場合、相手のテレポート先を予想して向かう、というよりかはこっちに限りなく近い場所に来てもらうのを待つ、と言ったほうが正しい。幸いにも三体はカントーから離れる様子はまだ見せん。それにしたって、フジは末恐ろしいやっちゃな」

 

 マサキの感想にイブキは、「ミュウツーの事?」と尋ねる。

 

「そいつもやけれど、この三体だって扱い間違えれば精神崩壊やで。正直、道徳の観念とか、自制のリミッターが外れた考えの持ち主やってのは確かやな」

 

 赤い鎖の生成方法を聞いた今となっては、それほどのリスクを払ってまでユキナリを確保したかったのは何故なのか、と考えさせられる。

 

「赤い鎖じゃないとオーキド・ユキナリはまず止められなかった。覚醒し、破滅の扉を開くのは誰にも止める事なんて出来なかったわけよね」

 

「そうやな。だからと言ってこいつは賛辞が欲しいわけでも、世界を救うとか言いたいわけでもない。ミュウツーを前にしてはっきりと分かったやろ?」

 

 マサキの問いかけにイブキは首肯する。ミュウツー。あれは殺気の塊だ。鬼と言い換えてもいい。ポケモンの領域に留めておくにはあまりに危険であった。

 

「よくあれを御するなんて考えるもんよ」

 

「研究者言うんはな、御せへんもんは使わんよ。全部想定内の事象に持って来ようとする。今回のユキナリ奪還作戦かて、フジの掌の上だって言う可能性は大いにある」

 

「じゃあ、私達が動くのも……」

 

「フジは読んどるやろうな。でも、だからと言って止めにも来ないのは、それが自分に優位に働くという確信があるからや。せやなかったら、この三体を餌にして何か仕掛けてくるか……」

 

「餌……」

 

 この三体に辿り着く事はフジの側からしてみても計算の範囲内。考えたくなかったが、そう考えてしまうと辻褄の合う部分が多い。

 

「……でも、そうなってくるとオーキド・ユキナリ覚醒を阻止したのも分からなくなる。一面を認めるともう一面が矛盾する」

 

「結局のところ、何もかもを分かっているのはもしかするとキシベかもしれんな」

 

 キシベの名前が出てイブキは身構えた。自分達は裏切り者である。もしかするとフジを通じて消そうという動きでもあったのかもしれない。その予感をマサキは否定する。

 

「でもフジとキシベが手を取り合うってのが想像出来ん。やっぱりキシベは高みの見物、言うのが正しいか」

 

「キシベはそれなりに戦局を理解して、フジを泳がせているって事?」

 

 マサキは頷き、「せやなかったらロケット団内で謀反が起きとる事になるし」と続けた。

 

「キシベはこの時代にロケット団を設立する事にこだわっていたはず。ロケット団が内部分裂で終わる、ってのは考え辛い」

 

「でもオーキド・ユキナリ覚醒時に、サカキは何も動かなかった」

 

「それも分からんねんなぁ」とマサキは首をひねった。

 

「特異点であるユキナリを打ち消せるんは、同じく特異点であるサカキが最も相応しいはずなんやけれど、それをぶつけなかったところを見ると、キシベはフジが覚醒を阻止する事を知っていた、と考えるべきやろうな」

 

 だが、その推論にはある疑問が付き纏う。

 

「だったらフジの行動は筒抜けって事よね?」

 

「せやなかったら説明つかんし……。でも、そうやとすると、今度はフリーザー捕獲に乗り出した意味が分からん。だってどうせフジが捕獲するんなら、ふたご島での戦闘なんて避けりゃええやん」

 

 もっともな意見だ。同じ組織内部で捕獲の意図があるのならば成功率の高いほうに預けるべきである。そうしなかったのは――。

 

「私達に捕獲させたかった?」

 

「あるいはロケット団の目から一度隠す必要があった」

 

「でもあんたの推理が正しいと、ロケット団でもフリーザーが捕獲された事は公になっていない」

 

「それどころかサンダーもやろ。フジがやっている事が組織内部で露見したら、それこそフジは大罪人。裏切り者やで」

 

 キシベが黙認していても誰かが我慢出来なくなる。そのはずなのだ。

 

「伝説の鳥ポケモンが一個人の手に渡ったとなれば焦るわよね」

 

「そりゃ、そうやろ。でも、キシベは焦るどころか尻尾も掴ませへん。フジのやりたいようにやらせている」

 

「それが結果的に自分に吉となるって分かっているって事かしら」

 

「やとしたら、キシベはヘキサツールよりも恐ろしいな」

 

 マサキの意見にイブキも首肯するしかなかった。

 

『こちらアデク。聞こえとるか?』

 

 割って入った通信の声にイブキは肩をびくりとさせる。マサキが落ち着いて対応しヘッドセットを耳に当てた。

 

「おう、こちらマサキ。ワイの改造したポケギアのアプリ、使えているか?」

 

『バッチリじゃな。位置情報を常にトレースして、来るのを伝えておるが……、本当に来るのか?』

 

 現場からしてみれば不安だろう。アデクの赴いているのはヤマブキシティとタマムシシティの境だ。飛翔能力のあるウルガモスならば遠くでもいいだろうという判断だった。もちろん、ポケモンリーグとしては長距離の「そらをとぶ」は違反となるのだがアデクはそれも厭わない考えだった。ギリギリまで自分を切り詰めてでもユキナリを救いたい。それは彼の仲間ならば誰しも同じようだ。

 

「来るかどうかについては心配いらん。ワイが解析したぴったりの時間に来るさかい。それよりも他の連中、返事はないが大丈夫か?」

 

 マサキが広域に呼びかけると、『こちら第二班』とチアキの声が聞こえてきた。

 

『私達はサイクリングロードに展開している。……それにしても、これは何とかならないのか?』

 

 これ、というのは自転車だろう。サイクリングロードでは自転車に乗る規則となっている。

 

「規則やからな」とマサキも返した。

 

「跨っとるだけでええって。手持ちの状態は?」

 

『貴公の指示通りの編成だ。この戦法は試した事がないのだが、うまくいくのか?』

 

「ゼブライカとバシャーモやろ? 二体の素早さを最大限まで活かすにはこれが一番ええんや。頼むで」

 

 そちらの交信を切り、マサキは第三班へと繋いだ。

 

「ナツキ、とナタネ。大丈夫か?」

 

『こちら第三班。指示通り、シオンタウン周辺のクチバ東に展開中。状況は……』

 

 通信網にナタネの鼻歌が聞こえてくる。ナツキはため息を漏らし、『聞いての通り』と口にした。マサキは苦笑する。

 

「リラックスしてるんはええ事や。ナツキも気を張り過ぎるなよ」

 

『了解』とナツキが通話を切る。その直後、カウンターの一つがゼロを刻み、赤く染まった。

 

「第一班、アデク! 来たはずやで!」

 

 マサキの声に、『こちらアデク』と通信が繋がる。

 

『マサキ。本当に、相手は小型のポケモンじゃろうな?』

 

 アデクを含め戦闘展開させている五人には新型モンスターボールを渡してある。いくら三体のポケモンが伝説級とはいえ、新型の機能を発揮すれば難しい話ではないはずだった。

 

「ああ、そうやけれど。どないした?」

 

 アデクの声音の変化を感じ取ったのだろう。マサキの問いかけに、『聞いとらんぞ……。二体! 見た事のないポケモンがユクシーを守っておる!』と叫ぶ。

 

「二体、やと……」

 

 マサキも想定外だったのか、端末を引っ手繰りキーを素早く叩く。その間にもう一つのカウンターが赤く染まった。第二班の通話が繋がる。

 

『……おい、目標は一体ではなかったのか?』

 

『マサキさん。何かまずそうなポケモンが付いているんだけれど……』

 

 続け様に弾けたチアキとカミツレの声にマサキは、「大丈夫か?」と聞き返す。

 

「その得体の知れんポケモンってのは何や? 情報を送って欲しい!」

 

 マサキの必死の呼びかけにアデクが応ずる。

 

『こいつは……。マズイ! 攻撃してくる!』

 

「アデク? アデク!」

 

 通信に多量の雑音が混じり、アデクとの音声通話が難しくなる。途端に途切れた回線を繋ぎ直そうとするがさらに狂乱の声が響いた。

 

『この、ポケモンは……!』

 

『こちらカミツレ! 先制攻撃が弾かれた! 目標の映像を送るわ』

 

 カミツレからポケギアを通じて送られてきたのは粗い画像だったがユクシーを囲うように二体のポケモンが浮遊している様だった。二体はけばけばしい色を湛えた案山子のような形状をしている。

 

「何や、これ……」

 

 マサキでも理解出来ない現象なのだろうか。完全に硬直したマサキへとイブキは声を飛ばす。

 

「マサキ! 早く指示をしないと!」

 

 我に帰ったマサキが、「分かってるけれど……」とキーを叩き情報を共有しようとする。しかし、研究仲間から出た結論に二人して唖然とした。

 

「アンノウン……。未確認のポケモンやと……」

 

 表示された文字に硬直するしかない。イブキは自分達では窺いようもない現象が巻き起こっている事に戦慄した。

 

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